記憶をなくしても私は異世界へ戻ります。なぜなら魔王がいるからです
心の奥底に大事な記憶があるのは分かります。
でも、私にはその記憶は思い出せません。
思い出したくても思い出せない、この気持ちは苦しくて、痛くて、泣きたくなります。
私はその気持ちから解放されたくなり、崖の上へと来ました。
私には存在価値がありません。
誰からも好かれていません。
誰からも必要とされていません。
こんなに苦しいのならこの人生を終わらせることを選びます。
崖の下は海です。
私は海を背に目を閉じます。
「さようなら」
私はそう呟き後ろへ倒れるように身を投げました。
「待って」
誰かが私を抱き締めました。
声で男の人と分かります。
そして、その男の人も私と一緒に崖から落ちていきます。
「ねえ、本当にこれでいいの?」
崖から落ちている途中に男の人は言います。
「もっと生きたい」
私は泣きながら言いました。
「分かった。もう一度君にチャンスをあげるよ」
男の人はそう言いましたが私はすぐに気を失ってしまいました。
◇◇◇◇
私は誰かに体を揺すられて目を覚ましました。
「大丈夫?」
私に声をかけてくれたのはお猿さんでした。
私は驚きました。
だってお猿さんが喋っているのだから。
「えっと、あの」
「元気そうだね猫ちゃん」
「猫?」
「可愛い猫ちゃんだね」
お猿さんは私を見てニヤニヤしています。
何か鼻の下が伸びているように見えます。
「おい、猿! そいつは俺のだ」
そう言って次は狼さんが来ました。
お猿さんは逃げるようにどこかへ行きました。
「この辺は変な奴ばかりだから気をつけろよ」
「あっ、ありがとうございます」
私は狼さんに頭を下げてお礼を言いました。
「あんたも違う世界から来たんだろう?」
「えっ」
「俺もそうだから。ここの住民はみんなそうなんだ」
「それじゃぁあなたも以前は人間ですか?」
「そうだよ」
「何故、私はここに来たのでしょうか?」
「俺もそれは分からないんだ」
「ずっと答えを探しているんだが分からないんだ」
「どのくらいここにいるんですか?」
「分からないくらいずっとかな?」
私は狼さんの言葉に身震いをしました。
ずっとこのよく分からない異世界に住むのは不安です。
「この町の生活の仕方を教えるよ」
「生活の仕方ですか?」
「ここは自分のレベルで食べる物や身につける物が変わるんだ」
「レベル?」
「ゲームの世界にいると思ってくれればいいよ」
「ゲーム?」
「言葉で言われても分からないと思うからまずは見てて」
そして狼さんは“武器屋”と書いてあるお店に入ります。
狼さんは店主に武器がほしいと言いました。
すると店主が狼さんをカメラに撮りました。
すぐに写真が出てきて写真の中の狼さんの頭上に“LV 52”と書いてありました。
店主はそれを見て武器を出して来ました。
とても強そうな武器です。
剣と盾はキラキラと輝いていてすごく頑丈に作られているように見えます。
「いくよ。俺から離れないでね」
狼さんはそう言って武器屋を出ます。
町から少し離れると暗い森になりました。
私は怖くて仕方がありません。
すると、カサッと音がしました。
そして前から小さなドラゴンが現れました。
小さくても威圧感はたっぷりです。
そのドラゴンを見て狼さんはドラゴンを切りつけます。
ドラゴンは切られると煙になって消えました。
「これがこの町の生活の仕方だよ。ドラゴンを倒してレベルを上げて武器をどんどん強くするんだ。そして最後の敵、魔王を倒す」
「魔王?」
「魔王は誰も見たことがないんだ。誰も魔王に戦いを挑んだ奴はいないからね」
「魔王って強いの?」
「強いから魔王なんじゃないのかな?」
「弱いから魔王って言ってるのかもよ」
「でも、どっちか分からないから俺はもう少し強くなって戦いを挑むよ」
「戦うの?」
「何かが変わるかもしれないからね」
「すごい」
狼さんのどうしてもこの町から出たい気持ちが伝わってきました。
その日から私も狼さんと一緒に冒険へ出ました。
一緒にいるだけで私のレベルも上がりました。
最初の私の武器は細い枝でした。
それがレベルが上がるごとに太くなり、木刀になり、やっと剣になりました。
狼さんはほとんどレベルは上がらず武器は変わりませんでした。
レベルを上げるのはレベルが高い人程、大変なようです。
私は少しずつレベルが上がると道具を貰えるようになりました。
今日は魔法の粉です。
魔法の粉の使い方は、ドラゴンに粉をかけてドラゴンにどうなって欲しいのか心で叫びます。
今日は中くらいの大きさのドラゴンが二匹現れました。
狼さんは苦戦しています。
一匹と戦っているともう一匹が後ろから襲ってくるのです。
私はヒヤヒヤと様子を見ています。
すると一匹のドラゴンが私に向かってきました。
どうしよう。
「狼さん。助けて」
「猫ちゃん。魔法の粉を使って」
そうです。
私には魔法の粉があります。
私はドラゴンに魔法の粉をかけます。
お願い。
石になって。
するとドラゴンは石になりました。
それを見た狼さんはもう一匹のドラゴンに切りかかりドラゴンは煙になって消えました。
「何で石?」
狼さんは笑っています。
「何故なんでしょう?」
私も笑いました。
初めてこの冒険が楽しいと思った瞬間でした。
今日は回復の粉を二人とも貰いました。
回復の粉は傷を治してくれる粉です。
今日は回復の粉があるのでいつもより少し、森の奥へ入ろうと狼さんは言いました。
私はそれなりにレベルは上がっていましたがまだ戦うのは怖いです。
すると大きな大きなドラゴンが現れました。
どう見ても強そうです。
そんなドラゴンに狼さんは立ち向かいます。
どんなに切りかかってもドラゴンには傷一つ付きません。
「狼さん。無理だよ。逃げようよ」
「ダメだよ。君のレベルを早く上げないと」
「狼さん?」
「君には死んでほしくないから」
狼さんは私の為に戦っているの?
そんな狼さんに逃げようって言うなんて、私は最低です。
しかし、狼さんはドラゴンに尻尾で払われ木に叩きつけられました。
狼さんは動けないようです。
ドラゴンが狼さんに向けて火を吐こうとしています。
狼さんが死んでしまう。
「こっちだよ」
私はドラゴンに向かって叫びます。
ドラゴンは私に気付き向かってきます。
そして私はあと一回分しかない魔法の粉をドラゴンにかけました。
お願い、石になって。
そしてドラゴンは大きな大きな岩になりました。
「狼さん」
私はすぐに狼さんに近寄ります。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。」
狼さんはやっと喋っています。
「粉をかけてくれる?」
「粉?」
「回復の粉だよ」
「あっ」
私はすぐに回復の粉を狼さんにかけました。
狼さんはすぐに回復しました。
「ありがとう。猫ちゃん」
「私こそありがとうございます。狼さん」
私達は笑い合いました。
私達は毎日、毎日、冒険へ出ました。
毎日、武器屋にも行きました。
すると武器屋の店主さんも私達を覚えてくれました。
「毎日、頑張っているね。狼くん」
「早くレベルを上げたいので」
「それなら狼くんが一人で戦ったほうが早いんじゃないのかい?」
「あっ、それはそうなんですけど、猫ちゃんが心配なんですよ」
「一人で戦ったほうが早いの?」
私は店主さんと狼さんの会話の中に入り、言いました。
「レベルを上げるのには経験値が必要なんだよ。それは二人で戦うと半分になるんだ。分け合うってことだよ」
「えっ、だから狼さんはあんまりレベルが上がらないんですね」
私は店主さんの話に納得しました。
それから武器屋を出て冒険へ出ました。
その途中で狼さんに言いました。
「狼さんは早くこの世界から出たいんだよね?」
「まあ、そうだね」
「それなら一人で戦って早くレベルを上げたほうがいいでしょう?」
「それは猫ちゃんが強くなってからでいいよ」
「どうして私を優先するの?」
「猫ちゃんが心配なんだよ。俺がこの世界からいなくなったら猫ちゃんは一人で戦うことになるんだよ。だからそれまでには」
「私は大丈夫だよ。狼さんは狼さんの幸せの為に生きてよ」
「それなら俺は猫ちゃんとずっとレベル上げを一緒にするよ」
「何でそうなるの?」
「俺は猫ちゃんを誰よりも大切に思っているからね」
そして狼さんは私を抱き締めてくれました。
『君はそれでいいの?』
私の耳に確かに誰かの声が聞こえました。
『大好きだよ』
誰?
誰かが私にそう言っています。
狼さんではないです。
私は狼さんの腕から抜け出します。
「私は狼さんのこと尊敬していて、頼りにしています。でもそれは、狼さんと同じ気持ちではないです」
「そうだよね。こんなおじさんなんて選ばないよね」
「おじさん?」
「俺はもう、四十歳だからね」
「えっ、そんなふうには見えないです」
「だって、狼だからね」
そして私達は笑い合いました。
それから数日後には狼さんは魔王の所へ向かいました。
私はすごく心配でしたが、狼さんの為に止めることはしませんでした。
どうか、狼さんが元の世界に戻れますようにと願いました。
狼さんが旅に出て、一週間ほど経ちました。
狼さんが帰って来る気配はありません。
どうなったのか分かりません。
私は狼さんのことが心配になりました。
そして私も狼さんを探しに旅に出ました。
一人で戦うのは怖かったのですが、回復の粉と魔法の粉があるので少し、心強かったです。
何匹かドラゴンを一人で倒し、私は大きな塔へとたどり着きました。
何階建てなのか分かりませんがとても高い塔でした。
私は扉があったので扉を開けました。
開けるとすぐに螺旋階段が続いていました。
私は螺旋階段を上ります。
どんなに登っても上はまだ螺旋階段です。
息を切らしながら上ります。
そしてやっと扉の前まで来ました。
私はゆっくりと扉を開けました。
すると私は猫の姿から人間の姿に戻りました。
部屋の中にいたのは魔王さんなのでしょうか?
黒いローブを羽織りフードを頭にかけていてよく顔が見えません。
「魔王さん?」
「やっぱり君はここに来たね」
魔王さんはそう言ってフードを取ります。
私は魔王さんの顔を見て驚きました。
どこかで見たことがある顔です。
でも、思い出せません。
「私はあなたを知っています。でも、思い出せません」
「そうだよ。君に記憶を忘れる魔法をかけているからね」
「魔法? いつ?」
「君はここに何度も来ているんだよ」
「私が?」
「君は何度もここに来て、記憶を忘れてそして命を落として、またここに来ているんだ」
「私、ループしてるの?」
「そう。君だけなんだよ。俺と会って自分の世界に帰って死ぬのは」
「死ぬ?」
「他の人は自分の世界へ帰ると幸せに暮らすんだ。あの狼も幸せに暮らしているよ」
「狼さん幸せなんだ。よかった」
「君はこのまま幸せにはならないよ」
「えっ」
魔王さんは悲しそうに言いました。
「だから俺は君が幸せになるようにいろんなことを試したんだ。それでもいつも君はここに来るんだ」
「魔王さんはどうしてそこまでして私を助けてくれるの?」
「最初に会った君が言ってくれたんだ」
「私が?」
「“あなたはそれでいいの? 魔王のままでいいの? あなたは優しいんだから救世主にでもなってみんなを助ければいいのに”って言ってくれたんだ」
「私がそんなことを言ったの?」
「君は覚えていないだろうけど、俺は君に救われたんだ。だから俺も君を救うんだ」
「私達の関係って何?」
「それは」
魔王さんはそう言って私を抱き締めました。
抱き締められた瞬間に私のなくなった記憶が戻ってきました。
彼と過ごした毎日の記憶が戻ってきます。
私が彼をどんなに愛しているのか。
彼が私をどんなに愛しているのか。
全てが私の心に残っています。
私は彼の腰に手を回し、抱き締め返しました。
彼にはちゃんと伝わっています。
この場面も何度も繰り返しているのでしょう。
「また君を助ける時間がやってくるよ」
「ねえ、次は必ず覚えておくからね」
「君はそうやって毎回、言うんだ」
彼は悲しそうに笑いました。
そして彼は私の目を手で覆います。
そして私にキスをくれました。
私は最後に彼の頬に掌で触れました。
「何度でも君を助けるから」
彼の声が遠くから聞こえました。
私は眠気に襲われ、勝てずに寝てしまいました。
私は崖の上にいました。
掌が濡れていることに気付きました。
掌の水滴を見つめます。
何か大事なことを忘れている。
そんな感覚に襲われました。
そして私は水滴を握り締めて叫びます。
「私は忘れてなんかいないよ。私はあなたの隣にいることが幸せだから何度も戻ってたのよ」
「本当?」
私の目の前に魔王さんが現れました。
「ねえ、あなたの世界に連れて行ってよ」
「喜んで。お姫様」
彼はそう言って私を抱き締めました。
◇◇◇◇
私はこの塔のお姫様です。
そして私の隣には町の人に愛される救世主がいます。
私の大切な大好きな王子様です。
「魔王さん」
「もう、俺は救世主だよ」
「私と出会ったときは魔王さんだから、魔王さんなの。私だけが知っているからね」
「誰にも言うなよ」
「言わないよ。だって私達、二人の秘密だからね」
そして私は彼の頬にキスをしました。
彼は照れていました。
読んで頂きありがとうございます。
大切な人の為に人はどれだけ力を尽くせるのか。
この作品が読んだ方の心に響いてくれると嬉しいです。