狸
スマホ打ちの練習のため、超短編です。
「最近さぁ、やたらとテレビとかで電子マネーやら何とかペイやら現金否定なCMを連日流しまくりおってさ。こっちは現金一択なアナログ縛りなんだっていうのに、やりにくいったらないよ」
「あら、やりようは幾らでもあるんじゃない?北の方ではうまくやってるそうよ」
きらびやかな飲み屋街から外れた路地にぽつんと建つ小さな居酒屋。
客は一人のおっさんだけで、店主の女性とカウンターを挟む形で呑んでいる。
「あの狡いやつらと一緒にすんなよ。本来の生き方をねじ曲げるのは俺らのやりかたじゃない」
「そう。でも時代は動いてるんだし、あの時みたく、新しい生き方も考えていかなきゃいけない時期よ」
「あれも乗り越えたんだ。また、考えてよくやるさ」
「そうだといいけどね」
店主の女性は注文されてた大学芋と豚の角煮を音を立てずにおっさんの前に置く。
それを待ってましたとばかりに嬉々として両方に箸をのばすおっさん。
「それにしても相変わらず変な食べ方ね。大学芋みたいな甘いものはデザートの時がいいんじゃないの?」
「いやいや、そんな事はないさ。旨いものはどのタイミングで食べても旨いんだ。良い酒と一緒になら特に、そして良い女も一緒となったらもう最高さ」
「コップ一杯でもう酔った?お水をお出ししましょうか?」
「同じ透明なら前に呑んだ沖縄の方のを薄めずにくれ。あれは旨かった」
「泡盛ね。銘柄も前のと同じでいい?」
「ああ。追加で焼き魚と卵も」
「はいはい」
とくとくと注いだ泡盛を注文通りに薄めずにコップに注ぎ、出す。
一般的な日本酒よりも高い度数の酒だが、おっさんは気にする事もなく味わいながら喉に流し込む。
「はぁ、やっぱこの店で女将のツマミをつつきながら呑んでる時が一番だな」
「なら、いいのがあるわよ。上物の大きな蟹」
「蟹ねぇ。幾ら?」
「このぐらいね」
そう言って取り出した年代物の算盤をパチパチと弾いて、おっさんに見せる。
「桁が多くないかい?」
「桁は同じだけど、乗ってる数字は小さくしてあげてるのよ」
「焼き魚と卵を早く欲しいや」
「残念」
そしてあれこれと二人で話ながらおっさんは酒とツマミを楽しみ、店主の女性で注文された品を手際よく上品に提供していく。
「おっと、もうこんな時間か。残念だけど、そろそろ帰るよ」
弱い酒、強い酒を問わずに何杯も喉を通したのにも関わらずおっさんはしっかりとした足取りで席を立ち、財布からお札を数枚だしてカウンターに置く。
それを店主の女性が軽く確認して、
「はい大丈夫。お釣りはどうする?」
「いつもみたく貯めといて。なんならそれで木天蓼とか買ってもいいよ」
「ふふ、出禁にされたい?」
「それは勘弁。じゃ、また来るよ」
「ええ。またのご来店をお待ちしております」