表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/28

閑話 輸送部隊~驚いて、驚いて、はしゃいで、喜んで~

「必ず物資を届けてくれ。頼んだぞ。」

「はっ!」


 発注ミスで配送センターの在庫が不足気味になった。配送センターの在庫がなくなれば、そこから配送を受けている駐屯地はすべて補給を断たれることになる。これは緊急事態だ。輸送部隊100人は、崖っぷちに立つような緊張感とともに王都GHQを出発した。

 この任務のために与えられたのは、兵士100人のほか、馬車4台、人力荷車6台だ。

 まず馬車4台だが、車体は「キャラバン」と呼ばれる大型の幌馬車で、1台につき4頭の馬で引く。その馬も、特に牽引力が強い大型種を使っている。最大積載量は6t。ただし荷物を満載すると、移動速度は4km/h程度と、人間が歩くのと変わらない。盗賊などに狙われたら逃げるのは無理だ。また、道路のぬかるみに車輪がはまって抜け出せないなんて事も多発する。輸送中はこのあたりに気を配る必要がある。運用の際は、御者1人に加えて、徒歩で1~2人を随伴させて車輪がぬかるみなどにハマらないように注意させる必要がある。合計3人程度。

 次に、人力荷車6台だが、最大積載量は100kg程度。数値が一定しないのは、2輪車なのでバランスが悪いからだ。荷物の積み方によって、シーソーみたいに傾く。うまくバランスをとれる重量に配置しないと、あまり荷物を運べないという事になる。運用の際は、荷車を前から引く者、後ろから押す者、車輪がぬかるみなどにハマらないように注意する者が必要だ。さらに街の中では、周辺の歩行者に注意を促し、道をあけてもらうように呼びかける者も必要になる。合計4人程度。

 100人の兵士に10台の車輌、運用に必要な人数もそう違わないとなれば、単純に1台につき10人を配置して、車輌の運用に必要ない兵士は護衛という形をとればいい。そう考えて、輸送部隊の隊長は兵士を10個の分隊に分けた。


「よし、もう間もなく最初の目的地だ。

 各部隊はこれより別行動をとり、先に割り振っておいた通り、それぞれ仕入れ先から集荷してこい。

 集荷後は、我が隊に合流せよ。」

「「はっ!」」


 というわけで、10人ずつの10部隊が、10の街と村へそれぞれ移動していった。

 そして再集合したところで、問題が発生する。


「どうやら魔物が増えているようだ、との情報を得た。

 各隊、どうか?」

「背伸びをして挑戦した低ランク冒険者が逃げ帰ってきたとの情報を得ました。」

「適正ランクの冒険者に、負傷が増えたとの情報を得ました。」

「より高ランクの冒険者に向けて、討伐依頼が出し直されるのではないか、との噂話を耳にしました。情報源は冒険者ですが、根拠は未確認です。」


 隊長は考え込んだ。

 自分たちの任務は輸送だ。途中で魔物が出れば討伐して進むのが()()だが、どうも魔物の数が「普通」の範囲を超えているようだ。ならば「普通」の対応をするのは危険かもしれない。何よりも避けなくてはならないのは「物資を運べない」という事態だ。魔物を恐れて立ち止まっていては運べないが、それは魔物さえ居なければ運べるということ。最悪なのは、荷物に被害が出たり、車輌が壊れたり、車輌の操縦ができないほど兵を損耗することだ。


「……まず部隊を再編する。」


 各分隊から護衛担当の兵士を集めて、これを2つに分けた。

 そして片方には、護衛を継続させる。車輌が1カ所に集合しているのだから、人数が減っても護衛には問題ない。


「そして残る兵は、今から王都GHQへ戻れ。

 魔物のせいで足止めを受けている旨を報告し、増援を要請するのだ。」







「すげえ!」

「なんだ、このデカい馬車は!?」

「馬がないぞ!? どうして走るんだ!?」


 兵士たちが騒ぐ。

 部隊長は、ぽかーんと口を開けたまま、言葉も出なかった。

 馬車? これが? バカな。そんなものより遙かに大きい。まるで民家だ。山小屋のほうがまだ小さい。こんな巨大な物体が、なぜ移動しているのか、まるで理解できない。


「輸送部隊の皆さん、物資を集めてくださってありがとうございます。

 馬車や荷車に関しては、皆さんのほうが詳しいと思いますので、ちょっとお願いがあるのですが、スロープを作ってくれませんか? 馬を積み込むためのスロープです。私が作りますと、使ってみたら重さに耐えきれずに折れてしまったなんて事になりかねません。馬に怪我でもさせたら大変です。どのぐらいの重さがあって、どのぐらい頑丈なスロープを作ればいいのか……これは、やはり皆さんの知識がなくては成り立ちません。」


 巨大な箱形の物体から出てきたのは、新兵のような年齢の少年だった。

 だが、こんな巨大な物体を動かすスキルを持っていて、新兵ということはあるまい。どれほどスキルを鍛えればこんな事ができるのか……。

 驚いたのは、その実力に対して、態度があまりに謙虚なことだ。スキルを1つSLV10まで鍛えると、新しいスキルが派生する。この第2段階のスキルをSLV10まで鍛えると、次の第3段階のスキルが目覚める。この段階を「グレード」といって、古参兵でもグレード3に達している者はほとんど居ない。そのグレード3でさえ、こんな巨大な物体を動かすことはできないのだ。低く見積もってもグレード4……バカな。そんなのは将軍とかSランク冒険者とかぐらいだ。


「お、おお……。」

「しょうがねぇな……。」


 腰が低く、こちらの実力を買って頼んでくる少年に、兵士たちはニヤけている。

 兵士たちのスキルは、グレード2の前半(SLV1~5)だ。グレード4以上のスキル保有者に「皆さんのほうが詳しい」「皆さんの知識がなくては成り立ちません」なんて言われるのは、なんだか恥ずかしいような気がするほどだ。

 隊長が許可を出し、兵士たちがスロープ作りを始める。その横で、少年は奇妙な形の物体(フォークリフト)を召喚した。車輪がついた鉄の塊? 椅子がついていて、その前方には長い板が2つ。その板が上下に動いて、荷車を荷物もろとも持ち上げてしまった。バカな100kg以上あるのに……。


「馬車の馬を外してくれませんか? 外し方を知らないもので、皆さんが頼りです。」


 と少年がまた頼んでくるので、馬車から馬を外した。

 馬車の車体には荷物が満載。こちらは6t以上だ。どうするのかと思ったら、荷車同様そのまま持ち上げて、巨大な箱(トラック)に積み込んでしまった。信じられない光景だった。

 しかも、次から次へと10台の車輌を全部積み込んでいく。


「おいおい、どんだけ入るんだよ!?」

「荷車6台分が全部入るとか、どんな馬車だよ!」

「馬車が……馬車が丸ごと4台入るだと……!?」


 兵士たちは目を丸くして驚いた。部隊長はアゴが外れんばかりに口を開けて絶句している。

 その後、スロープを使って馬まで積み込み、巨大な箱(トラック)鳥の翼のようなフタ(ウイング)を閉じた。


「皆さんは助手席に乗って下さい。」


 兵士たちはもう、少年の指示に「次は何が起きるんだろう」とワクワクが止まらない。

 開けられたドアへ向かって、ほとんど我先にと押し寄せるようにして乗り込んでいく。


「うおー! すげえ!」

「屋根の上に登ったみたいな高さだな!」


 乗り込んだ兵士たちは大はしゃぎだ。


「じゃあ出発しますね。」


 ブロロロ……と動き出した巨大な箱(トラック)。ガラスの外の風景が移動していく。それはどんどん速度を上げて、やがて馬が空荷で走るより速くなった。速い速いとはしゃぐ兵士たちに混じって、部隊長は「極めて振動が少ない」という事に驚いていた。

 だが、しばらく走ると、全員の表情が引き締まった。魔物が見えるようになり、やがて戦闘中の部隊が見えてきた。


「降ろしてくれ。俺たちもここで参戦する。」


 討伐部隊200人とともに、輸送隊100人は果敢に戦った。さすがに討伐部隊として派遣される人員は凄かった。おそらくグレード3前半と思われるスキルを使っていた。だが古参兵ほどの年齢には見えない。つまりはエリート兵だ。王城警備隊あたりから声が掛かってもおかしくないだろう。

 だが何より驚いたのは、少年の活躍だ。蹴り1発ごとに5~10匹の魔物を粉砕していく。たった1人で討伐部隊よりも活躍してみせた。


「いやぁ、助かった!」

「こっちこそ。討伐に来てくれてありがとう!」

「ジャック。あんたもだ。運んできてくれてありがとう!」

「ああ、あんたのおかげだ。本当にありがとう!」


 などという声に混じって、誰かが呆れたように言った。


「……これ、討伐部隊いるか? 上層部の判断ミスじゃないか?」

「それを言うなら輸送部隊(おれたち)もだろ。」


 兵士たちがうなずき合い、肩をすくめる。

 だが、こんな新兵みたいな少年がこれほどの戦力を秘めているとは、誰が想像できるだろうか。ありのままを報告しても、現場を見ていない者からすれば虚偽の報告だと思うのが普通だろう。上層部の判断ミスだったとしても仕方のないことだ。


「喜んでいるところ、すみませんが……せっかく討伐したんだから、死体を回収していきましょう。

 積み込んでください。冒険者ギルドに運んで売れば、飲み代ぐらいにはなるでしょう。」


 この少年、なんとも凄い男だ。

 仕事を増やしているのに、兵士たちは喜ぶばかり。

 これも人心掌握術だろうか。あるいは利益を生み出すのがウマいというべきだろうか。

 ともかく、宴会は確定だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ