表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/28

閑話 明らかになった実力と、隠された真実

「新兵部隊が戻ってきた? 早すぎではないか?」


 国王ゲルハルト・バーニングリットは、その報告に首をかしげた。

 部下からその報告を受けて国王に報告しに来たのは、王都GHQの責任者エドバルト・ノイマン将軍。白ヒゲの老人だ。


「訓練中、ゴブリンの森でゴブリン将軍が出たとの事です。

 新兵部隊はこれと交戦し、壊滅。退却を余儀なくされたとの事です。」

「何!? ルナシーは無事か?」


 国王といえども人の子、人の親だ。我が子は心配だった。

 しかしルナシー王女は、言いだしたら聞かないところがある。新兵部隊に参加した件もそうだ。スキルが剣術だから将来は将軍になる、そのためには……と従軍する目的を3つ並べてみせた。

 残念ながらルナシー王女以外に子供が居ないゲルハルト王、最初は従軍など絶対にダメだと思っていたが、気の置けない友人を得ることの重要性は身にしみていたし、そのために身分を隠して従軍というのは効率的な方法だと理解もできた。危険性を無視すれば、だが。

 加えて人心掌握術を鍛えるために現場を知るというのは、これまた極めて重要かつ効率的なことだった。これは危険性を無視してでも、あえておこなうべき理由になり得る。安全な場所で交戦もせずに従軍したのでは、現場を知ることにならない。

 実際のところ、ルナシー王女の人心掌握術はたいしたものだ。王城警備隊やメイドたちからは大人気で、アイドルのように扱われている。王城警備隊の現場は、普段から見知っているわけだから、現場を知れば人心掌握術に役立つというルナシー王女の訴えには、すでに実績がある。

 そこでゲルハルト王は、3つの条件を出した。身を守るために1日1000回は素振りをしてスキルを鍛えること。従軍は新兵部隊の訓練行軍のみに限定し、訓練行軍が終わったら退役すること。軍部以外の現場も知ること。

 3番目の条件は、人心掌握術のために現場を知りたいというのなら、全部の現場を知っておけという当然の要求だ。むしろそれを許すのは、ルナシー王女を応援しているといえる。自分が在位中は将軍になるのも許そう、しかし最終的には女王になってもらわなくてはならないから……という国王の応援だ。一方、1番目と2番目の条件は、ひたすら我が子を心配する親の意見だった。一応、公的にもルナシー王女に万一のことがあれば王位継承者に困るという理由もあるのだが。


「はい。ご無事でいらっしゃいます。」

「そうか。」


 慌てて身を乗り出していたゲルハルト王、娘が無事だと聞いて、安堵のため息とともに背もたれへ体重をあずけた。ふう……ギシッ……と静寂の中に小さな声と音だけが響き、身を乗り出したときにひっくり返したペン立てを元に戻す。

 ペン立てを倒した事に、今ようやく気づいたほどだった。国王にしては、なかなかの親バカである。


「……しかし、上位個体か。

 では冒険者ギルドに連絡して、討伐依頼を出さねば。」

「いえ、それがすでに討伐されています。」

「どういう事だ?」

「新兵の中に、ジャックという兵士がおりまして、この者が討伐したと。

 さらにその際、ルナシー王女殿下をお救い申し上げたとの事です。」

「バカな……。それほどの新兵が?」


 (いぶか)しそうに興味を示した国王に、エドバルト将軍はちょっと困った顔をする。

 というのも、新兵がゴブリン将軍を倒したというのは、にわかに信じがたい報告だからだ。


「真偽のほどは調査中です。

 しかし、指揮官がゴブリン王に変異し、これも討伐したという報告もあります。」

「バカな……。」

「さらに、です。

 新兵部隊の負傷者全員を、単独で運ぶスキルを使ったと。」

「死亡者が多くて負傷者はあまり居なかったという事か?」

「いえ、数百人から1千人以上は居たようです。」

「バカな……。」


 頭をかかえて首を振るゲルハルト王。

 エドバルト将軍は、うなるように「同感です」とため息をついた。

 将軍が「さらに報告が」と続けようとしたとき、国王が先に口を開いた。


「……本当なのか?」

「調査中です。」

「うむ……そうだったな。」


 あまりに信じがたい話に、つい確認してしまったゲルハルト王。さっき聞いたばかりの「調査中」という報告が、頭の中からすっぽ抜けたとしても、この世界の常識人ならそれを責められないだろう。それほどに信じられない話なのだから。

 ため息をつくゲルハルト王に、エドバルト将軍は言いかけた報告を口にする。


「真偽は不明ですが、結果を見れば良い情報だといえるでしょう。

 しかし、悪い情報もあります。」

「何だ?」

「先月、兵站管理部において複数の発注ミスが発生しました。担当者が発注を忘れていたのが原因で、現在、在庫が不足しております。すでに発注をかけておりますが、そのために送り出した荷車および馬車が、魔物の出現によって足止めを受けています。この件は、新兵部隊の訓練行軍に組み込まれ、魔物を討伐する予定でした。しかし新兵部隊は上位個体出現による壊滅を受けて、訓練を中止しています。」

「ならば代わりの討伐部隊を送ればよかろう。」

「それが、新兵部隊の訓練中止を受けて、討伐部隊は他にも複数出撃しており、発注ミスの件で討伐部隊を出すには、兵員および輸送車両が不足しています。」

「むう……。」


 ゲルハルト王は考え込んだ。

 まず兵員の不足。これは対応可能だ。GHQの人事部が動かせない兵士が存在するから、それを動かせばいい。たとえば王城の警備隊や、近衛騎士団などだ。

 公式には存在しない事になっている諜報工作部隊もある。公式に派遣はできないが、こっそり魔物を減らす工作をやらせる事はできる。ただその場合、公式には「王は何もしなかったが、運良くなぜか魔物が減った」という事になる。幸運に助けられた無能な王という印象を与えてしまうので、これは避けたい。

 やるとしても、公式発表できる部隊を派遣するのと同時にやるしかない。たとえば少数の近衛騎士を動かし、不足する戦力を諜報工作部隊で補う。こうすれば「あり得ないほど少数で十分な成果を上げた近衛騎士すげぇ」と評価される。

 ただし通常部隊で対処する案件に近衛騎士が出るというのは異常事態だ。国軍に余裕がないと察してしまう者も出てくるだろうから、近衛騎士にも正体を伏せさせて通常部隊に偽装して出撃してもらうほうがいいだろう。そうすると成果を上げすぎるのは不自然になるから、諜報工作部隊は出さずに、またはその活動規模を縮小して、普通に通常部隊で対処したように偽装するのが望ましい。

 万一目撃された場合に備えて、近衛騎士ではなく王城警備隊から兵員を出すべきだろう。明らかに強さが違うから、見る者が見ればすぐに正体がバレてしまう。さらに偽装に真実味を持たせるために、「他の討伐隊を出したことで人員と車輌が足りなくなった」という情報も隠さなくてはならない。

 問題は車輌だ。討伐部隊を送る以上は、その兵站を運ぶ必要がある。それには車輌が必要だ。車輌なしでは輸送のためだけに膨大な人員を必要とする。そして輸送の人員を支えるために、余計な兵站を運ばなくてはならなくなる。


「もしもジャックなる兵士のスキルが本当に兵士1千人を運べるようなものなら、単独でも兵站を運べるかと……。」

「バカな……。荒唐無稽な話だ。」

「しかし他に良案が浮かびません。ルナシー王女殿下を救ったことへの褒美も必要でしょう。まず確認だけでもしてみるべきかと。」


 ゲルハルト王は、ちょっと考え込んだ。

 荒唐無稽な話でどこまで本当なのか分からないが、ルナシー王女が無事に帰ってきたのなら、少なくとも何らかの方法で助かったのは事実だ。そこに誰かの協力があったのなら、その程度によっては褒美を与えることも必要だ。少なくとも、親として礼を言うぐらいの礼儀は見せなくては。

 考えがまとまって、口を開きかけたところで、「そういえば……」と思い出す。新兵部隊の新兵たちは平民から徴兵した連中だ。平民には、国王からお礼の言葉を与えるというのが、すでに褒美になる。エドバルト将軍が言った「褒美」とは、礼を言うことも含むはずだ。


「……そうだな。調査中といったが、その結果はいつ出る?」

「報告がすべて真実なら、すぐにでも。

 ジャックなる兵士が実在するなら、今は戻ってきた新兵とともに兵舎に居るはずです。」

「うむ……そうか。

 よし、では報告が真実であれば、ジャックなる兵士をここへ呼べ。

 あと、兵站管理部、人事部、車輌管理部の責任者をここへ。報告が虚偽であった場合に備えて、代案を用意せねばならぬ。」

「はっ。」


 一礼して出て行ったエドバルト将軍の背中を見送り、ゲルハルト王は深いため息をつく。


「報告が真実であれば良いが……。」


 その後、3人の責任者と話し合っている途中で、報告が真実であるという調査結果が出て、ゲルハルト王は飛び上がって喜ぶことになる。何よりもジャックの実力を強く訴えたのは、ルナシー王女だった。王宮専属の神官(医者代わりの回復魔法スキル保持者)による診察を受けていて、父王に話をする機会が遅くなったのだった。

 青い顔をして知恵を絞っていた3人の責任者も、ほっと胸をなで下ろし、具体的な輸送計画を練っていった。

 そして――


「新兵ジャック、お目通り願います。」

修正前

なかなかの親バカである


修正後

国王にしては、なかなかの親バカである


修正理由

子供の命を心配しただけで親バカ扱いはあんまりだ。

でも兵士として使うのに「我が子の命だけ心配」「他の兵士はどうでもいい」というのでは、国王としてはちょっと……というのが、現実的なところでは?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >「はい。ご無事でいらっしゃいます。」 足を骨折しているのに…。 [一言] 最近(って言うか今日から)読み始めました。 (^-^ゞ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ