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その前に、ちょっと頼まれてくれ

「駐屯地への補充物資を輸送せよ。」


 謁見の間で、魔道具「伝意の鏡」をもらった直後、国王陛下から命令をもらった。


「この任務は、そなた1人でできるはずだと報告を受けている。部隊1つを1人で運んだのだから、と。

 にわかに信じがたいが、本当か?」

「はい、陛下。

 スキルの効果で、現在の最大積載量は、人間なら6000人。1人の体重を装備込みで100kgとすると重量ベースでは60トン相当です。」


 無限収納スキルに目覚めたことは黙っておく。経営的には国家ほど安定した就職先もないが、従業員の扱いに関しては国家ほど不安定な雇い主もいない。特に軍人は、そもそも危険な戦闘を任務としている上に、政治的な理由で簡単に翻弄される。身の振り方を考えたくなった時に備えて、切り札は残しておくに限る。


「60t……ならば運べるか。」


 驚いた様子の国王陛下だったが、すぐに気を取り直した様子で、軍の高官らしき人物らに「後は任せた」と命じる。

 そして、俺より先に謁見の間にいた軍の高官たちに案内されて、輸送する物資の保管所へ向かうことになった。なぜか全員でぞろぞろと案内してくれる。

 王城から少し離れた場所に、軍の総司令部(GHQ)がある。全国から情報が集められ、整理・分析されて、必要な情報だけがGHQから王城へ報告される。軍事的な情報の保有量は、国内最大だ。

 また、このGHQには、情報だけでなく、物資も集められる。各地から納品された物資をここへ集め、近隣の駐屯地へ配分する。その中継基地になっているのだ。この配送センターとしての役割は、全国にいくつもある拠点の1つという位置づけになる。

 徴兵されたばかりの人員も、ここで訓練を受ける。俺が今住んでいる兵舎があるのも、このGHQの敷地内だ。ただし配送センターや情報処理をしている本部には近づけない。同じ敷地内にあっても、そこは機密保持などの目的で、きちんと区分けされている。


「さて、輸送して貰う物資の保管所へ案内する前に、我々から君に命じることがある。」


 俺が住んでいる兵舎がある訓練区画、その小会議室で、俺は軍の高官たちに囲まれた。

 ちなみにこの小会議室は、いわゆる作戦会議室(ブリーフィングルーム)ではない。というか、この世界の軍隊には、出撃前の部隊全員に作戦を説明する習慣やルールがない。情報処理をしている本部のほうに、司令官や指揮官、その副官あたりが集まって、作戦会議をやるだけだ。

 これは武器や通信技術の未発達が大きな原因だ。剣と魔法で戦うために、兵士1人あたりが担当する戦闘面積が小さいのだ。魔法の射程距離はせいぜい30m程度で、攻撃範囲も広くて半径10m程度。要するに手榴弾を投擲するのと似ている。その魔法もスキルがなければ使えないので、全員が使えるわけではない。

 突撃銃で普通に100m以上も遠くを攻撃できて、狙撃銃やら榴弾砲やらでさらに遠距離から狙える地球の軍隊なら、少数でも広い範囲をカバーできる。米軍採用のM16の有効射程は500m、ソ連で使われたAK47でも300mと推定される。

 こっちの世界では、それができないために、100人単位の兵士が隣の奴に手が届くほどの距離で密集して、そのまま突撃する。中世スタイルだ。つまり、地球の軍隊みたいに少人数で作戦を遂行することがないし、できない。10人で1つの分隊を作り、これを作戦遂行の最小単位とするというのは、銃があって初めて可能なことだ。剣と魔法の兵士を10人集めても、せいぜい立てこもり犯ぐらいの事しかできない。

 つまり、部隊全員に作戦を説明するというのが、現実的でないという事情がある。出撃する部隊をさらに分けて作られた小部隊の隊長や、一番下っ端の兵士たちには、どこそこへ行けとか、どこそこを確保せよとか、行動直前になって目的のみが指示される。たいていの場合、それは偵察任務のような一時的な事情によるものだが、理由や状況などは一切説明なしだ。そのため、状況が変わって目的の達成が困難になった場合に、柔軟に判断して対応するという事ができない。

 ゴブリン将軍が出てきてしまった時がまさにそれだ。指揮官は「新兵部隊の訓練なのだから無理をせずに撤退するほうがよい」という判断ができなかった。まあ、あの指揮官の場合は、個人の資質による部分も大きかったようだが。結局、訓練中止を判断したのはルナシー王女殿下だ。


「実は、君に配送してもらう予定の物資が足りないのだ。

 原因は、魔物のせいで仕入れが遅れていることだ。」

「その魔物は、君たち新兵部隊の訓練で討伐する予定だった。

 だが討伐する前に訓練が中止されたため、現在、急遽、別の部隊を編成中だ。」

「その討伐部隊の兵員や兵站を輸送するための馬車ないし荷車が不足している。

 物資を補充するために仕入れ先へ出払っていて、魔物のせいで戻ってこられなくなっているためだ。」


 どうやらこの高官3人は、兵站管理部、人事部、車輌管理部といった様子だ。

 しかし、訓練部隊が失敗したら討伐部隊が出発できないというのでは、車輌管理部の仕事が雑すぎる。兵站管理部と人事部が、今回の事態発生に一枚噛んでいるのかもしれない。車輌管理部がダメだと言っているのに兵站管理部と人事部が無理を言って出させた、というような背景がありそうだ。まあ、それを俺が知る機会はないだろうけども。兵站管理部で発注ミスでも起きたのだろうか。


「そういうわけで、君にはまず討伐部隊の兵員と兵站を輸送してもらう。

 魔物の出没地域にて討伐部隊を降ろし、君は討伐部隊の援護を受けながら魔物を突っ切って仕入れ先へ向かえ。

 そこで不足分の物資を受け取り、こちらへ戻ってきてもらう。配送センターで一旦すべての荷物を降ろしてもらう。これは配送間違いの予防と手続き上の必要からだ。面倒だと思うが、それから改めて荷物を積み込み、駐屯地へ向かってくれ。」

「普通にやれば人員も物資も大量に必要だ。時間もかかる。

 だが君のスキルなら、それらを大幅に削減できるはずだ。期待しているぞ。」

「単独での大量輸送だ。君にしかできない。」


 確かに、荷車が不足する中で討伐部隊を動かそうとすれば、兵站は徒歩で運ばなくてはならない。前線で戦う部隊を支えるために、兵站を運ぶための輸送部隊が必要になる。その輸送部隊を支えるために、よけいに食糧やら水やらが必要になり、前線部隊に必要な物資を届けるのが遅くなってしまう。

 どうにか前線部隊を作戦地域に送り届けても、今度は仕入れ先から物資を輸送する荷車を守りながら戦わなくてはならない。俺が自動車で運ぶみたいに一気に突っ切るなんて事はできないのだ。


「了解しました。」


 高官から「期待している」だの「君にしかできない」だのと言われれば、悪い気はしない。

 小会議室から出て、待機している討伐部隊のもとへ移動。そこで小型バスを召喚して、物資と人員を積み込んだ。

 人員は200人。定員数でいえばマイクロバスでも足りるが、マイクロバスにはトランクがない。物資を積み込む必要があるため、小型バスを選んだ。出発進行。大型バスよりも運転しやすい。






 しばらく走っていると、魔道具「伝意の鏡」が振動した。

 手に取ってみると、鏡の中にルナシー王女殿下が映っている。


「ああ、ジャック。ちゃんと見えるな。声は聞こえているか?」

「はい、殿下。聞こえています。」

「よろしい。……どこを見ている? また例の、バスというやつか?」

「はい。陛下のご命令に従い、輸送中です。

 前を見ていないと危険ですので、ご容赦下さい。」


 向かっている先は駐屯地ではないが。軍事行動は基本的にすべてが機密情報だから、安易に漏らすわけにはいかない。たとえ相手がルナシー王女殿下で、おそらくは国王陛下から俺の状況を聞いているとしても、だ。相手がそれを明言して「だから話しても大丈夫だ」と言ってくれない限り、こちらからは話せない。


「そうか。頑張ってくれ。

 ところで、ゴブリン王に変異した指揮官だが、症状から見て、やはり呪いのようだ。」


 呪詛はスキルだ。呪いは自然発生しない。


「……という事は、人為的なものと……? 誰が、何のために?」

「分からん。

 父上にも報告した上で、調査チームを送ることになった。

 その輸送を任せたい。そちらの輸送任務が終わったら、王城に戻ってくれ。」

「了解しました。少し時間がかかりそうです。2日後には伺えるかと。」

「うむ。では待っているぞ。」


 通話を終了すると、後ろから「おい、今のは王女殿下か?」と声を掛けられた。窓の外に夢中になっていた討伐部隊の面々が、「王女殿下だと?」と一気に食いつき、質問攻めにされることになってしまった。なんだか知らないが、こいつらやたらとルナシー王女殿下のことが好きなようだ。アイドルみたいな扱いようである。

 だが、このおかげで俺は討伐部隊の面々と少し打ち解けた。滑らかに連携をとるためには、これも必要な事だ。この先は彼らに援護してもらうのだから、人間関係を円滑にしておくのはいい事だ。王女殿下に感謝する材料がまた増えた。






 道中は特に問題も起きず、俺たちは魔物が現れるという地域へ到着した。討伐部隊とその物資を降ろして、車輌召喚をやり直し、軽トラックを召喚した。乗るのは俺だけだし、荷物もないのだから、動きやすい軽量な車種で、悪路にも強いほうがいい。軽トラックなら、荷台に屋根壁がない分、車体そのものが軽い。

 早速現れた魔物に対して、討伐部隊が戦闘を開始する中、俺は軽トラックで突っ切って進む。討伐部隊は魔物がこっちへ集まらないように注意を引きつけてくれていた。


「行け! 今のうちだ!」


 と見送られて、戦線を離脱する。

 しばらく進んで討伐部隊の姿が見えなくなったところで、俺は車輌召喚スキルを解除し、軽トラックを消した。そして奥の手の2つめ、飛行スキルを試す。

 SLV×10km/hだから、SLV10まで鍛えても100km/h。まだSLV1の今は自動車に乗ったほうが速い。ただし、ここに走行スキルを加えると、話は違ってくる。遮蔽物のない空を100km/hで飛行するのは簡単だが、未舗装の街道を100km/hで走るのは難しい。走行スキルはSLV10だから、飛行なら1000km/h、走れば2000km/h、自動車なら1万km/hまで出せるが、そんな速度ではまともに制御できない。

 そういうわけで100km/hにおさえて空を飛ぶ。空を飛びながら、車輌召喚のオン・オフを繰り返してスキルレベルを鍛えていく。この段階で、召喚した車輌は飛行スキルでは飛ばせないということが確認できた。

 車輌召喚スキルを鍛えながら「そういえば車でいくらか轢いてくる手もあったな」と討伐部隊のことを思い出した。だが、その考えはすぐに否定した。ゴールド免許を持っていた俺が、車を凶器として使う? ひどく抵抗感がある話だ。車はそういう道具じゃない。銃は殺すための道具、蹴りは倒すための技、しかし車は移動するための平和的な道具だ。

修正前

仕入れ先から荷物を回収し、配送センターでさらに荷物を積んで、駐屯地へ運ぶ

荷物の量は、配送センターへ届ける量<配送センターから運び出す量

主人公の運送能力やべぇ……を表現したつもりで、何そのポンコツ配送センターっていう。


修正後

仕入れ先から荷物を回収し、配送センターに届ける。配送センターから駐屯地へ荷物を運ぶ。

荷物の量は、配送センタへ届ける量>配送センターから運び出す量

現実味……コレ大事

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