限定1個、王族ホットライン
キャラクターレベルやスキルレベルを確認するのは簡単だ。自分の中へ意識を向ければいい。自分の心臓の音を聞くような感覚だ。
走行SLV10。過積載SLV10。補助動力SLV10。
ゴブリン王の経験値は特別に大量だったらしい。
SLV10に達したことで、新しいスキルが目覚めた。
飛行。SLV×10km/hで飛行できる。
無限収納。異空間にアイテムを収納できる。生きたままの動物は収納不可。収納物は時間停止の効果を受ける。
車輌召喚。任意の車種で自動車を召喚する。航続距離SLV×100km。最高速度100km/h均一。
強力なスキルを手に入れた。今回は車輌召喚が役立ちそうだ。しかし、なぜこの世界にこんなスキルが? この世界の文明レベルは、自動車どころか馬車だって庶民には珍しい。自動車なんか召喚しても、俺のような転生者でなければ使い方さえ分からないだろうに。本人の意識に応じてスキルが発生するのだろうか?
疑問は残るが、とにかく助かる。これはありがたい。大型バスなら定員60人だから、過積載SLV10で100倍、6000人を乗せられる。大型バスの運転は初めてだが、前世では普通自動車免許なら持っていたから、何とかなるだろう。基本的な運転方法は同じようなものだろうし、バス運転手が意識を失って乗客が咄嗟に運転したなんてニュースもたまにあるぐらいだ。
二階建てバスのほうが大勢乗せられると思ったが、そこまでの人数は居ないし、二階建てバスの階段は狭くて怪我人を抱えて上がるような事はできない。
「…………。」
ちょっと待て。ドア開閉はどうやるんだ? ……こ、このボタンか? ……こっちのボタンか? ドアっぽいマークがないぞ……!? こっちはフォグランプ、こっちは照明か? この車体に矢印がついたようなマークのボタンは何だ? これは「ASR」? 何だそれ? ABSの仲間か? 押しても何も反応しな……プシュー……おっと、これか。わざわざオレンジ色にして区別してあるじゃないか。なんかヤバいボタンかと思ったわ。
重傷者から順に乗車させて、俺たちはどうにか出発した。負傷者が多くて重傷者の状態も安定しない。とにかく最寄りの駐屯地へ急ぐ必要がある。野営地には、まだこれから逃げ帰ってくる兵士もいるかもしれないが、自力で動けなくなって森の中に取り残された者がいるかもしれないという事のほうが深刻だ。駐屯地から捜索部隊を派遣してもらう必要がある。そのために報告を急ぐ必要からも、出発を急いだ。
この指揮を執ったのは、事実上はルナシー王女殿下だ。指揮官を失えば副官が指揮官代理になるので、この副官にルナシー王女殿下が進言して事を進めることになった。指揮官が魔物に変異するという異常事態にアワアワとうろたえていた副官だが、副官という立場上、ルナシー王女殿下の正体は知らされていたから、話は早かった。
「すげえ!」
「なんだこれ!?」
道中はお祭り騒ぎだ。馬車より高い視界で、馬より速く移動している。初めて観光バスに乗った子供みたいにはしゃぐ兵士たち。
「こら、お前たち、重傷者に障るからあまりはしゃぐんじゃない。」
と副官は兵士たちに注意しながらも、自分も窓の外を眺めるのをやめられない。
ルナシー王女殿下に至っては、運転席のすぐ後ろの座席に陣取って、あれは何、これは何、と車輌設備について質問攻めだった。俺だって全部知ってるわけじゃないのだから勘弁してもらいたいが、俺より詳しい人が居ないので逃げられなかった。
そんなこんなで駐屯地に到着し、負傷者たちが治療を受ける。ブレーキのきき方が強すぎて急ブレーキみたいになってしまったが、輸送中に誰も死ななかったのは幸いだ。中にはかなり危ない重傷者もいた。車輌召喚スキルで召喚できる車は、車種を自由に選べる。救急車を召喚すれば搭載された医療器具や医薬品を使えるだろうが、あいにくと正しく使うための知識がない。同じ理由で戦車を召喚しても使えない。
ともかくゴブリンの森へ捜索部隊を派遣して貰い、俺たちは治療を終えた新兵部隊を王都へ運ぶ。そうして、ルナシー王女殿下が言っていた通り、訓練は中止され、駐屯地への補充指示やら事故と異常事態の報告やらがおこなわれた。俺は他の新兵たちと一緒に兵舎に戻って待機していたが、しばらくすると上官がやってきて、俺に「王宮へ行け」と命じた。
命令に従って王宮へ行くと、複数の門番が城門前に待機している。まずは門番の出迎えを受けた。すぐさま気をつけ、敬礼。門番が敬礼を返して、誰何してくる。
「何者か?」
「新兵部隊の兵士ジャックであります。
上官より『王宮へ行け』との命令を受け、出頭致しました。」
「了解した。照会が終わるまで待機せよ。」
「了解しました。」
門番と再度敬礼を交わし、1人の門番が城内へ走る。その間、気をつけ、休めの姿勢で待機を続ける。
15分もたった頃だろうか、門番が城内から戻ってきて、俺の入城を許可した。
城門をくぐると、そこに別の兵士が控えていた。城内を担当している警備兵だろう。彼の案内で城内を進む。大理石っぽい素材がふんだんに使われた城内には、至る所に金銀の装飾が施され、よく分からないが高級っぽい絵画や彫刻が飾られていた。カーペットもふかふかで、干し草の上を歩いているような感触だった。地球でだってこんなふかふかのカーペットを歩いた事はない。
やがて、いかにも豪華そうな扉の前に、また門番みたいな兵士が立っていた。その兵士が俺を見ると、ドアに向かって声を掛ける。
「新兵ジャック、お目通り願います。」
ややあってドアが開き、中へ通される。
ここまでたっぷり財力を見せつけられながら進んだ先は、さらにひときわ豪華だった。謁見の間だ。天井が高く、ダンスホールみたいに広い部屋の奥には、装飾的な階段の上に玉座があって、すでに国王陛下が着席していた。その左右には文官らしき格好の数人が控えており、ドレス姿に着替えたルナシー王女殿下も臨席していた。
ああいう格好をしていると、新兵に混じって剣を振っていた勇猛な人物とは思えない。高貴なオーラをドバドバ垂れ流して、まさに深窓の令嬢といった雰囲気だ。皮鎧を押し上げていた胸も、どうやらサラシか何かで押さえつけていたらしく、今や大胸筋とは見間違うべくもない山のような存在感を放っている。
余談だが、「国王陛下」の「陛」はこの階段のことを指す。「陛下」とは「階段下」という意味だ。つまり、階段下にいる相手を見下ろす立場の人物という意味である。ちなみに、その国王陛下は、思ったより若かった。国王なんてヒゲの生えた老人だと思っていたが、考えてみればルナシー王女殿下の父親なのだから、ルナシー王女殿下がよほど遅くに生まれたのでなければ、国王陛下だってまだ40歳かそこらのはずだ。名前はゲルハルト・バーニングリット。俺が16歳だから、先代の王についてはよく知らない。早世したのか、今の国王陛下が生まれるのが遅かったのか……。まあ、どうでもいい話だ。
その階段下にはずらりと全身鎧の警備兵が並んでいる。この、左右に並んだ警備兵の間に、直接は会ったことがない軍上層部の人物とおぼしき3名が、国王陛下に向かって立ったまま、首だけこっちを振り向いていた。どうやら直前まで国王陛下と何か話していたらしい。
社長ばっかり集まるパーティー会場に乞食が紛れ込んでしまったような、凄まじい場違い感がひしひしと押し寄せてくるようだ。
ここまで案内して貰う途中で受けた説明を思い出し、俺は部屋の中央まで進み出て、そこで跪いた。すでにドア前の兵士が俺の名前を告げているので、俺は名乗ることもなく跪いたまま待機する。そもそも平民が国王に直接話しかける事がすでに無礼とされるので、誰何されるまではこっちから口を開くわけにもいかない。
そうして床を見ていると、「おもてを上げよ」から始まって、ルナシー王女殿下を救った功績やら負傷者を護送した功績やらを褒められて、1つの魔道具を与えられた。
「その魔道具は『伝意の鏡』といって、2つで1組になっている。離れていても、お互いの風景や音を伝える魔道具だ。
その片方をそなたに与える。そして、それと対になっている、もう片方の鏡を持つのは、我が娘ルナシーだ。」
「ジャック。そなたは我が命の恩人にして、ともに死線をくぐった戦友だ。立場を超えて、気の置けぬ友となってくれ。」
「謹んで承ります。
早速ですが、殿下。なれと言われてなるものではありません。なった後に、それと気づくものです。」
「ふは……! いかにも、その通りよな。」
俺の指摘に、国王陛下が噴き出した。軍の高官らも、国王陛下に従って微笑する。なにやら子供のほほえましい行動を見守っている大人たち、というような空気が流れた。
「むう……。では、なぜ受けた? なれと言われてなるのと同じではないか?」
ルナシー王女殿下が、唇を尖らせる。
「なった後にそれと気づきましたので。殿下のおっしゃった通り、我々は戦友ですから。」
助けたり助けられたりすれば、絆は深まるものだ。俺はルナシー王女殿下の命を助けたが、指揮官の理不尽を何とかしようとしてくれたり、重傷者を助けるために骨折の痛みを我慢してくれたりした。運が悪ければ俺が重傷者の中に並んでいたかもしれないのだから、ほとんど命を救われたのと同じだ。
「そ、そうか……。」
ほわっとルナシー王女殿下の表情が和らぎ、はにかんだ笑顔を浮かべて、人差し指で頬を掻いた。
国王陛下は満足そうにうなずいて眺めていたが、ややあって表情を引き締めた。
「さて、ジャックよ。その魔道具『伝意の鏡』ともう1つ、そなたには命令を与える。
駐屯地への補充物資を輸送せよ。」
加筆修正
大型バスの運転方法が分からない主人公。
このとき主人公はまだ「排気ブレーキが大型バスにも装備されている」という事を知らない。
それをなんで後から書き足すのかって?
作者が知らなかったからですよwww