蹴ってダメなら、もっと蹴る
新しい派生スキルが目覚めた。2つだ。
1つは「過積載」。効果は、召喚車輌の最大積載量がSLV×10倍になるというもの。荷車召喚はSLV10で100kgまで積載できるが、それが10倍になって1トンまで積載できるようになった。
もう1つは「補助動力」。効果は、召喚車輌を牽引するのに必要な力をSLV×10%軽減する。パワーアシスト自転車みたいなものだ。これで荷車を軽く引けるようになる。SLV10になれば100%軽減。そうなればもう自動車と変わらない。
思った通り、最大積載量を強化するようなスキルが目覚めた。歩行スキルから走行スキルと荷車召喚スキルが目覚めたから、派生スキルは元のスキルを強化するような効果だと推測できる。荷車を強化するなら、最大積載量を増やすしかない。
最大積載量1トンの荷車に負傷兵を乗せて運ぶ。人数でいえば10人ぐらい乗せられる計算だ。鎧を脱がせればもう少し増えるか。そのままでは引っ張るのに必要な力が大きすぎて運べないが、動ける兵士に手伝って貰えばなんとか動くだろう。それにスキルレベルを上げればさらに大勢を楽に運べる。
問題は、荷車召喚スキルと違って、出したり消したりを繰り返す方法が使えないことだ。鍛えるのに時間がかかる。
「またゴブリン将軍でも出てきてくれれば、一気にレベルアップできるのに……。」
「そう都合良くいくまい。
というか、それが好都合になるというのが恐ろしい話――」
「ぐおおおおおっ!」
突然の咆吼。人が苦しむような声だろうか。魔物が吠えるような声にも聞こえた。
何事かと周囲を見回すと、兵士たちが同じ方向を見ていることに気づいた。その視線を追ってみると、治療を受けたはずの指揮官が苦しげに悶えていた。
「うげげげ……うごああああ!」
人間の声とは思えないような声を上げて、指揮官の体が膨らみ、変色していく。
5mを超える巨大ゴブリン――ゴブリン王だ。
「マジかよ……どうなってるんだ?」
「なんだ!? ……呪いか何かか!? くっ……! とにかく逃げるのだ!」
「それは無理ですよ。」
自力で動けないほどの満身創痍の負傷兵が多数。動ける兵士の中には、彼らを見捨てるのは忍びないと思う者が多い。なにしろ一緒に死線をくぐり抜け、命を助けたり助けられたりしてきた戦友だ。その絆は強い。俺だってルナシー王女殿下を今さら見捨てて逃げるのは無理だ。最低でも荷車に乗せて一緒に逃げる。
問題は、動ける兵士たちがいてもゴブリン王に勝てる見込みはなく、俺も荷車を引いて逃げながらでは戦えないという事だ。つまり、逃げるという選択肢はない。
姿が変わるだけで精神には影響がないとか、むしろ穏やかになっているとかなら、元に戻す方法を探すという選択肢もあった。だが、ゴブリン王になってしまった指揮官は、手当たり次第に暴れ始めた。こうなれば、もう討伐するしかない。
「はあっ!」
俺は走り出した。走行スキルはSLV2。10mの助走で400km/hまで加速する。
このまま蹴れば、威力はゴブリン将軍を倒したときの4倍だ。対物ライフルの20倍以上の威力になる。弾丸というには大きすぎる威力だが――
「テストショット!」
心臓めがけて跳び蹴りが命中した。ズドン、と爆発したような音がして、ゴブリン王が吹っ飛ぶ。
しかし、どうした事か、ゴブリン将軍のように砕け散ることもなく、わずか10mほど吹き飛んだだけで終わってしまった。ゴブリン王は、よろめきながらも立ち上がる。
「マジかよ……どんだけタフなんだ。」
防御系のスキルを持っているのかもしれない。ゴブリン王は憎々しげに俺をにらみ、よろめいていたダメージはどこへやら、元気よく駆け出して猛烈な勢いで突進してくる。
丸太のような腕が振り回され、パンチが砲弾みたいに飛んできた。急いで躱そうとしたが、意外な敏捷性に回避が間に合わない。俺はそのまま殴られて吹き飛んだ。
「ジャック!」
ルナシー王女殿下が俺の名前を叫ぶ。
名前で呼ばれたのは、なんだか久しぶりだ。
立ち上がって手を振り、無事をアピールした。躱そうと動いていたことで、かなりパンチの威力を殺せていたようだ。しかしダメージはある。ゴブリン将軍を倒して経験値が入っていたから、スキルレベルと同様にキャラクターレベルも上がっていた。増えた体力のおかげで助かったようなものだ。そう何度も食らうのはマズイ。とにかくもう1発攻撃を当てるしかない。1発当てれば吹き飛ぶのだから、起き上がる前に追撃すれば一方的にボコれるはずだ。歩行スキルのおかげで疲れを感じないのだから、どれだけでもボコり続けてやる。
「はあああっ!」
再び走り出す。叫びながら走るのは、そのほうが速くなるからだ。ハンマー投げの選手なんかも、投げる時に叫ぶ。叫ぶ事で脳のリミッターが外れて、普段より少し強い力が出る。短距離走の陸上選手が叫ばないのは不思議だが、少なくとも俺の場合は、叫んで声が続く程度の短時間なら叫んだ方が速くなる。スキルなしでも、叫ぶことで走る速さが4km/hほど上がるのだ。
「グオオオオオオ!」
ゴブリン王が迎撃のパンチを繰り出す。
それを躱して回り込む。狙いは足。膝を後ろから蹴り倒す。
「ファーストショット!」
カクン、と呆気なくゴブリン王が膝を折って転倒する。400km/hの膝カックンだ。さしものゴブリン王も耐えられない。
「ワイルドショット!」
ゴブリン王の首を狙って蹴りを集中する。タフな胴体よりも筋肉が少なく、破壊しやすいだろう。同時に、起き上がったり反撃したりできないように、絶えず右へ左へと蹴り飛ばす。歩行スキルのおかげで疲れないから、いくらでも続けられる。
そのうち、ゴキッ、と嫌な音がして、ゴブリン王の頭部がおかしな方向へ曲がる。そして、蹴り飛ばす感覚が急に重くなった。完全な脱力。死亡だ。俺はゴブリン王に勝った。
「「おおおおおっ!」」
歓声が上がる。成り行きを見守っていた兵士たちだ。
口笛や拍手が飛び交う。そのうち歓声が1つにまとまっていった。
「「ジャック! ジャック! ジャック!」」
スポーツ観戦みたいだ。応えて手を振りながら、俺はスキルレベルとキャラクターレベルを確認した。