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感染を食い止めるために、まず逃げ出そう

 イーストン王国の紋章をつけた立派な馬車が、街道の向こうからやってきて、王都に入っていった。

 紋章を見せつけるように、ゆっくりと市街地を通過して、馬車は王城へ向かう。


「貴国からの支援物資で、多くの民が救われる事でしょう。

 イーストン王は、今回の支援物資に対して、深い感謝の意を示し、いずれ正式な返礼をおこなう事を考えています。しかし今はまだその余力がなく、取り急ぎ謝意のみを伝えるべく、こちらの品をお贈り致します。」


 高級そうな生地でできた布が開かれ、中から贈り物が出てくる。

 それをうやうやしく差し出す使者。

 こういう場合には、王の横に控えている者が、差し出された物を受け取りに行って、王のもとへ運ぶ。レッド王国の場合、この役目を担っているのは、かつてのメリッサ・ワイズのような専属メイドだ。


「うぐっ!? ぐげげげげ……!」

「なっ!? これは……!? うげげげげ……!」


 贈り物に手を触れたとたん、専属メイドが苦しみ始め、魔物に姿を変えていく。

 驚いた様子の使者だったが、自分もまた魔物に姿を変えた。

 謁見の間はたちまち阿鼻叫喚の図となる。衛兵が魔物になった2人を取り囲むが――


「「うげげげげ……!」」


 衛兵たちもまた、魔物に変異してしまう。

 感染スキルと変異スキルの組み合わせによる効果だ。

 近寄るだけでどんどん変異スキルが感染していく。

 すぐに国王の安全を確保しようと、一部の者はゲルハルト国王を守るように囲んで、謁見の間から脱出していく。

 だが、魔物に変異した者は、もう意識までも魔物になってしまう。じっとしているわけもなく、手当たり次第に攻撃を仕掛ける。

 逃げ遅れた衛兵が魔物の接近を許し、魔物に変異していく。

 すると、その近くにいた衛兵も。

 たちまち変異スキルが感染していって、ゲルハルト国王も魔物になってしまった。


「ち、父上……!?」


 ルナシー王女は、ゴブリン王に変異した指揮官の末路を思い出した。

 殺すしか対処法がなかった。

 まさか父親を殺すことに……!? と、ショックを受けている間に、ルナシー王女の体も魔物に変異し始める。


「くっ……! こんなもの……!」


 ルナシー王女の脳裏に、2つのことが思い浮かんだ。

 1つは、今朝目覚めたばかりのグレード5「鼓舞」のスキルだ。自分と部下のバッドステータスを軽減する。解除や無効化はできないが、毒のダメージを軽くしたり、麻痺の影響を緩めたり、変異の進行を遅くしたりする効果がある。少しは時間を稼げるはずだ。

 もう1つは、ジャックとの会話だった。


「もしもの時は、最寄りの車輌に乗せて下さい。傷でも毒でも()()()()()()はずです。」


 一番近い車輌は――と記憶を漁るが、王都の出入り口にバスが来るのが一番近くて確実な場所だ。そこまで移動するには、時間が足りない。変異が進んでしまう。

 ならば、とルナシー王女は魔道具「伝意の鏡」を取り出した。


「ジャック! 助けてくれ!」







「ジャック! 助けてくれ!」


 取り出すより先に「伝意の鏡」から声が聞こえた。

 説明を求めている暇はない、と直感した俺は、即座にスキルを3つ発動した。

 まず周辺の地形情報を得る「世界地図」。発動したといっても、このスキルは常にオンのスキルだ。

 そして2つめ、グレード6「自動検知」。これは転移スキルをSLV10まで鍛えたら目覚めた。運送業を展開してきたこの2週間、俺はスキルの訓練も続けてきた。このスキルは周囲の敵・罠・アイテムなどを検知する。ルナシー王女殿下の居場所もだ。スキルレベルが上がると検知できる範囲が広がって、膨大な情報が入ってくる。本当ならどれがルナシー王女殿下の反応なのか分からないところだが、王女なのだから王城にいるはず、と当たりを付けて探すと、すぐにそれらしい反応が見つかった。

 3つめは、当然「転移」だ。


「殿下!」


 王城に転移して驚いた。城内に魔物の群がいる。

 俺はすぐにルナシー王女殿下を抱き上げ、王城の窓を破って脱出した。


「いったい何が……むっ!?」


 事情を聞こうとして、ルナシー王女殿下の体が一部変異している事に気づいた。


「車輌召喚。」


 キャンピングカーを召喚して、移動スキルですぐそばの空中に浮かべ、車内に飛び込む。

 即座に点検不要スキルが発動して、ルナシー王女殿下の姿が元に戻った。


「お、おお……! 本当に治った。」

「いったい何があったのですか?」


 尋ねて、同時にキャンピングカーの40インチテレビをつけた。

 王城周辺に配置した情報収集車からの音と映像が出る。大勢が移動する音、魔物の声、悲鳴、怒号……どうも城内はまだ混乱しているようだ。映像は王城を外から空撮している形なので、城内の様子が分からない。

 テレビから視線を外し、ルナシー王女殿下に向き直る。

 テレビの映像と音声について尋ねたそうな顔をしていたルナシー王女殿下だが、今はそんな場合ではないと判断してくれて、何が起きたか話してくれた。






「ふははは……!」


 魔物だらけになった王城を、アレキサンダー・レッドは悠々と闊歩した。

 玉座の間に入り、階段を上って、玉座に触れるほどの距離まで来ると、近くに王冠が落ちていることに気づいて、拾い上げた。

 マントを翻して玉座に腰掛け、戯れに王冠をかぶってみる。


「ふはははは!」


 これだ。これこそが求めていたものだ。

 アレキサンダー・レッドは笑い続けた。


「…………。」


 その横で、静かにたたずむ「じい」は、ゆっくりと姿を変えた。

 足下の影が形を変え、立体化し、じいの体を包んで実体化する。それはまるで、闇で作られた新しい肉体だった。







 謁見の間を窓の外から撮影しているカメラの映像を拡大し、城内の様子をテレビに映した。

 アレキサンダー・レッドの動きは、世界地図スキルと自動検知スキルで気づいた。魔物になった者は無秩序に暴れるが、どう見ても目的地へ向かって進んでいくように動いている反応があったからだ。


「これは……いわゆる、王城が制圧された、と言ってよろしいのでしょうか?」

「そのようだな。

 ジャック。力を貸してくれ。」

「もちろんです。」


 レッド王国のこんな状態を放置するのは、国際情勢のパワーバランスを崩してしまう。

 これはもう、助けるより他にない。

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