閑話 うーむ、疑惑は深まったが証拠がない
資料室で倒れたメイドを回復させた聖女に、ゲルハルト国王はお礼を言いながら、
「他の資料には触れても大丈夫なのか、確認しなければならない。」
と述べた。
まずは鑑定系スキルを持っている者を呼び出して、資料を鑑定させていく。このとき呼ばれた鑑定士というのが、ゴブリンの森に派遣された調査団が「師匠」と呼んでいた宮廷魔術師だった。痩せ型の中年男で、肩までのばした天然ウェーブの髪は深緑色。昆布やわかめを連想させるヨレヨレの陰キャに見える人物だった。研究者らしいといえばらしい風貌だ。
しかし腕は確かで、スキルは「鑑定」。しかも宮廷魔術師として鑑定系スキルに頼らない調査方法を研究・開発している。魔力を探知するスキルを持っており、これを使えば鑑定から隠されたものでも「そこに存在する」ということは分かるはずだった。
ところが問題が発生した。
「……何もない……? いや、これは……存在そのものが隠されていますね。」
鑑定系スキルから隠すのなら、修正液で文字を消すようにして隠せばいい。だがアレキサンダー・レッドの「隠蔽」は、その修正液さえも隠してしまう。修正液を使った資料をコピー機に掛けると、修正液の痕跡がわずかな影になって印刷されることがある。わずかな凹凸が影を作るからだ。この「すぐ隣との不連続な部分」がアレキサンダー・レッドの「隠蔽」にもわずかに存在した。「師匠」はそこに気づいたのだ。
だが発見できただけで、隠された魔力がどのような働きをするのかは分からない。鑑定系スキルの効果というのは、外国語を翻訳するようなものだ。見えているものは読み解けるが、隠されると読み解けない。
「他の資料にも呪いがかけられているかどうか、鑑定できるか?」
ゲルハルト国王の問いに、「師匠」は首を横に振った。
「たまたま発見できたにすぎません。
『ある』と言われなければ気づけないほど、わずかな痕跡です。『あるかもしれない』程度では、それらしい痕跡を見つけても、実際に『ある』かどうか判断いたしかねます。」
そうすると、確認する方法は、誰かが資料を順番に触っていき、昏倒するかどうか確認するという事になる。
誰が? という話になったとき、とりあえず近くに居たのはメイドだった。昏倒しても聖女がいる今なら回復できるから、と説得されて仕方なく資料を触っていくメイドだったが、その胸中は不安でいっぱいだった。もし昏倒ではなく即死だったら? あるいはゴブリンの森の事件のように魔物に変異してしまう呪いだったら?
聖女といえども死者の蘇生は不可能。だから国王は王女の回復を急いで聖女を呼んだ。変異した指揮官は討伐され、元に戻す方法どころか変異した原因から調べているような有様だ。こんな、地雷を探すために地雷原をしらみつぶしに歩くような事は、メイドの仕事ではない。日頃から命がけで国に尽くす訓練と覚悟をしている兵士だって、これは嫌がるだろう。
こういう場合は、死刑囚とかの「死んでもいい人材」を投入するのが普通だ。とはいえ、機密情報がつまっている資料室に、死刑囚を招き入れることはできない。
図書館みたいにずらーっと並んだ棚に収められた大量の資料。その背表紙を、窓を拭くようにして一気に触っていく。ただし、どの資料に触ったか分かる程度の速度で。それは、意図的に調整する必要などなかった。メイドは足も手もガタガタ震えて、冷や汗と脂汗でびっしょり濡れながら、次の資料に触れたら死ぬかもしれないという不安で自然と歩みが遅くなる。
こんな事をさせられるなら、もうこの仕事は辞めよう。そう心に誓って、生還できるように神に祈りながら歩いた。
祈りが通じたか、メイドは昏倒もせず他に異常も起きずに、全ての資料に触り終わった。
へなへなと腰を抜かして座り込むメイドの顔は、いっぺんに10歳ぐらい老けてしまったように見えた。
「辞職します。」
聖女が「恐怖」のバッドステータスを解除するスキルを使うと、メイドは立ち上がって、吐き捨てるように言い残し、すぐさま立ち去ろうとした。
「待ちなさい。」
「なん――……。」
怒りと恨みと侮蔑を込めて「なんですか」とにらみつけてやろうと振り向いたメイドだったが、途中で言葉を失う。
国王が頭を下げていた。
「無理をさせてすまなかった。
辞職は受理する。ちゃんと退職金を受け取っていってくれ。
それと、今度のことに対して、危険手当を支給する。
今までご苦労だった。そなたの働きは素晴らしいものだった。」
「…………。」
メイドは一礼だけして、立ち去った。
「とにかく、はっきしりた事がありますね。」
重くなった空気を破って、聖女が口を開く。
はっきりした事というのは、王弟の死に関する資料だけが呪われている事と、その呪いは鑑定結果に出てこないという事だ。
「調べられたくないと思っている人物がいるようだな。」
「とりあえず触らなければ何も起きないようですし、他の資料にも問題はなかったというのは、安心できますわね。」
聖女の前であまり国内のこうした暗部を晒すのは恥だ。
ゲルハルト国王は場所を改めることにした。場所を執務室にして、聖女への感謝の念を表す。最初は謁見の間で会ったが、今度は執務室。よりプライベートな場所で会うという事は、相手への信頼や親密感を意味している。
通常は聖女にお礼を述べて、報酬の内容を決める。ジャックのことはその後、謁見の間で、という事になる。レッド王国の国王とイーストン王国の王女という関係だから、報酬の内容は国際条約になる。だが、このときゲルハルト国王は、謁見の間で待っていたジャックも呼び寄せた。
イーストン王国が望む内容が、魔族に荒らされた国内の復旧・復興に関するものになるだろうと予想していたからだ。支援物資を運ぶなら、輸送手段が必要になる。だが軍は各地へ派遣したまま、まだ戻ってきていない。民間もジャックが召喚した車輌が大量に押し寄せて街道がパンクしている上に、状況が混乱している。このため、まともに動かせる輸送手段は、ジャックしかない。
聖女とジャックへの対応が終わってから、ゲルハルト国王はルナシー王女とともにじっくりと考えを巡らせた。
「昏倒からは回復しましたけれど、バッドステータスを鑑定できないのは厄介ですわね。」
「うむ……余分に解除スキルをかけてもらったが、それでもまだ何かバッドステータスが残っているかもしれないという不安は消えぬ。」
「昏倒以外の効果もあるかもしれませんし、あとから効果を発揮するものもあるかもしれませんわ。」
「うむ……危険度を判断できぬ。
聖女殿をいつまでも引き留めておく事もできぬから、あの資料に対する調査は凍結するしかない。」
う~ん、とルナシー王女はうなる。
結局アレキサンダー・レッドに対する疑惑は深まったが、証拠は何も出てこない状態だ。
「アレキサンダー・レッドか……。現状、最も疑わしいのは彼だが、他にもお前を暗殺しようとたくらむ可能性のある人物や勢力は存在するだろう。」
「そうですわね……。」
たとえば侵略をたくらむ他国から暗殺者が送り込まれるといった可能性もある。
資料に呪いをかけた犯人としてはアレキサンダー・レッドが最も疑わしいが、ゴブリンの森の事件はそれとは別の人物・勢力によるものという可能性も残っている。
そもそも資料に呪いをかけて触った者を無差別に昏倒させるなんて方法は、暗殺としては非効率で不確実だ。むしろ資料を調べられたくないためだけに施された呪いだと考えた方が自然である。
それに対して、ゴブリンの森の事件は、より確実性が高い。つまり暗殺の方法として、訓練中の事故に見せかけるために用意された可能性がある。
そうすると「資料を見られたくない人物」と「王女を暗殺したい人物」では目的が異なる。目的が異なるなら、別々の犯人という可能性は高くなる。とはいえ、両方の事件が「何のためにやったのか?」と考えると、やっぱりアレキサンダー・レッドが怪しいのだが。
「ともかく、ゴブリン将軍やゴブリン王の死体は調査している。そちらの結果を待つのがよかろう。
今後の攻撃への対策として、アレキサンダー・レッドに監視も付けよう。」
バレないように遠巻きにやるしかないから、あまり詳しい情報は手に入らないだろう。だが、動きがあれば察知できるかもしれない。
なお、最も疑わしいからそうするが、他に犯人がいた場合、的外れな対策になってしまう。だが、それは仕方がない。現状できる事はそれぐらいしかないのだ。




