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閑話 聖女は全てを癒やしたい

 イーストン王国が魔族に襲われたとき、王女シーラ・イーストンは、まだ14歳だった。スキルに目覚めるのは15歳の誕生日だから、このときのシーラ姫はスキルを持たない「ただの人」だ。

 魔族とそれが率いる魔物の群は、イーストン軍との激しい戦いを経て、国王が殺される事態にまで発展した。ただし国内外の混乱を避けるために、国王の死は秘匿された。

 魔族は国王を殺したことで満足したのか、引き上げていった。まるで将棋やチェスでもやっていたような態度で、イーストン王国に何かを要求するわけでもなく、黙って引き上げていった。国中を巻き込む戦乱の末に国王まで殺したというのに、魔族にとってこれは「ただの遊び(ボードゲーム)」にすぎないようだった。

 公式発表は「イーストン軍の奮戦により魔族を撃退した」という事になったが、実際には苦い敗北だった。国王は今回の事件で多忙になり、体調を崩したと発表された。これでしばらく国王の死を隠せる。時間を掛けて「だんだん衰弱している」という発表を段階的におこなった上で、最後は「死亡した」と発表する。こうすれば国内外の混乱は最小限にできるだろう。


 とはいえ、王女であるシーラ姫は、父である国王が死んだという真実を知っている。

 そうして心を痛めている間に15歳の誕生日を迎え、目覚めたスキルは「神聖魔法」。鍛えて派生スキルが目覚めれば、回復・防御・浄化などのスキルが増えていく。


「遅すぎですわ……。」


 今さら回復スキルに目覚めても、父はもう戻ってこない。死者の蘇生はできないのだから。

 とはいえ、神聖魔法スキルは希少性が高くて効果がすごい。父は救えなかったが、他に救える人がいるはず……と、シーラ姫はスキルを鍛えた。

 スキルの練習と実益をかねて、シーラ姫は負傷兵たちを治療した。魔族が残していった魔物と戦って国民を守るために、兵士たちは日々戦わねばならない。そうして傷ついて戻ってくる彼らを癒やすうちに、シーラ姫は「聖女」と呼ばれるようになった。

 中には明らかに助からないような重傷者もいたが、聖女と呼ばれるようになった頃のシーラ姫は、スキルも十分に育ち、どんな重傷者でも生きてさえいれば必ず治すと評判だった。シーラ姫自身も、自分を聖女と慕ってくれる人々を死なせたくない、父のように殺される者を出したくないと、必死に治療する。そうして日々「絶対に治してみせる」という気持ちが高められていった。

 そういった経緯で、聖女としての矜恃は「全てを癒やす」。どんなに瀕死状態だろうと、どんなに大勢が負傷していようと、全てを癒やしてみせる。そう心に誓っていた。


 しかし聖女は挫折する。

 あまりに被害が大きく、電話やメールみたいな高速通信手段がない世界だから、全体像の把握までに長い時間を要した。

 ちなみに「伝意の鏡」はレッド王国の宮廷魔術師が作ったもので、その人物のスキルがなければ作れないし、大量には作れないから、ごく限られた人物しか持っていない。イーストン王国では「伝意の鏡」の存在すら把握していない状態だ。

 ともかく、ようやく把握できてきた被害の全体像は、シーラ姫を絶句させるほどだった。

 国中が被害を受け、全国で負傷者が激増。食糧や日用品を扱う産業までもがまともに動かないために健康状態や衛生状態が悪化し、病人も増えていく。当然、負傷者の治療もほとんどできない。

 ならば……と、聖女として王女として治療と慰問に回ることを決意したのはいいが、圧倒的に時間が足りない。間に合わなかった人々がバタバタと死んでいく。

 聖女の矜恃は「全てを癒やす」。そう「全て」だ。全員を救いたい。それが聖女の望みだ。しかし間に合わない。残酷な現実に、聖女の理想は踏みにじられる。回復スキルの所有者がもっと大勢いれば。あるいは移動がもっと速ければ。……と、ありもしないものを求めてしまう。

 だが、そんな聖女の無念に応えるかのように、謎の白い箱(救急車)が現れた。それも1つや2つではない。街道を埋め尽くして地平線まで続く長蛇の列だ。不思議な事に、馬車のような大きさだが、馬車馬がいない。にも関わらず、動いている。

 そして赤い光(赤色回転灯)を放ちながら、傷病者を次々と運び入れ、処置して吐き出す。はじめこそ警戒していた人々も、清潔な布(ガーゼと包帯)を巻かれた傷口や、苦しんでいた患者が楽になったのを見るにつけ、その白い箱がどのような性質のものかを理解していった。


「神は我らをお見捨てにならなかったのですね……!」


 聖女は感激に涙した。

 とはいえ聖女も何でもかんでも神のせいにする狂信者ではない。それでは王女なんて務まらない。もっと現実的に思考する能力はある。この白い箱が誰かのスキルによるものだとは推測できた。


「この奇跡の発生源をたどります。」


 幸いにも白い箱は次から次へと列をなして移動している。この車列を遡上するのは簡単だ。そうすれば白い箱を出しているスキル保有者にたどり着けるだろう。





「あなた様の献身に、厚くお礼申し上げます。

 非常に多くの民が、あなた様のおかげで、落としかけた命を拾っています。」


 聖女は跪いて感謝を述べた。

 騎士は「王女がどこの馬の骨かも分からない相手に跪くのは……」と止めようとするが、聖女にしてみればそれはまったく的外れなものだ。

 馬車が立ち往生して困っていると、そこへ現れた青年が都合良く修理に必要な資材と道具を持っており、知識も技術もあって、完璧に修理してくれた。青年は名前も告げず、お礼も受け取らずに立ち去った。……と、こんな話が世界中で散見される。この青年の正体は、神がつかわした天使だという噂が、民衆から教会まで多くの場所で信じられている。なにしろ、そんな都合のいい人物が都合よく現れるなんて都合がよすぎる。

 そんな都合のいい展開が、今まさに起きているのだから、これを神の奇跡、天使の降臨と言わずして、他に何と言えばいいのか。聖女として、この神の使いに跪くのは当然のことだった。そして、王女としても、この奇跡を再現性のある(また使える)ものにしたいという判断があった。


「半径1000kmの範囲内にいる傷病者は、すべて適切に治療しています。」


 奇跡は予想以上に凄まじいものだった。

 半径1000kmといえばイーストン王国全土が入ってしまう。

 にわかに信じられない話に、騎士たちが騒然となる。聖女も「バカな」と言いたい気持ちでいっぱいだった。しかし現実はどうだ。街道を埋め尽くす車列が地平線の向こう側まで続いているこの現実。聖女の手が回りきらない人々を、片っ端から治療しているこの現実。


「少なくとも、数日分の時間は稼げました。あなた様は、その数日でレッド王国の王城とここを往復できるのですか?」


 国王の命令で聖女を迎えに来たというジャック。王女としては拉致や暗殺を警戒しなければならない。だがジャックは敵対的でもなく、単独である。つまり拉致も暗殺もするつもりはないのだろう。そのつもりなら、こんな方法でおびき出そうとはしないはずだ。もっと密かに接近して奇襲を仕掛けたり、騎士たちを制圧して聖女を拉致したりするだろう。

 そもそも、そんな疑いを持つのが失礼なぐらい大勢の国民を治療してくれている。この功績1つで、聖女として迎えに応じるか、王女としてお礼に行くだけの価値はある。レッド王国とて、今のイーストン王国がどんな状況なのかは把握しているはずだ。それでもなお、という事なのだから、よほど切羽詰まった問題が起きているに違いない。







 話を聞いてみると、レッド王国の王女ルナシー・バーニングリットが突然の昏倒。王宮神官が懸命に治療してもいっこうに効果がないという。

 王宮神官というのは、回復系のスキルを持っている中でも、国一番の実力者である。浅い傷から深い傷までたちどころに治し、そればかりか毒やら何やらの状態異常にも対処できる万能性が求められる。王宮は魑魅魍魎が跋扈する魔窟なのだから、ありとあらゆる事態への備えが必要になるわけだ。

 ここで重要になるのが、鑑定系のスキルだ。回復系スキルは1つのスキルで何でも治すというわけにはいかない。毒なら毒、麻痺なら麻痺、傷なら傷と、それぞれに対応するスキルを使い分ける必要があるので、治療に際してはまず鑑定系スキルでもって、どこにどんな異常があるのか、どんなスキルを使って治すのが適切かを、判断しなくてはならない。

 中には鑑定系スキルに特化した者と、回復系スキルに特化した者、この2つを別々に用意して、2人1組で治療に当たらせるという場合もある。欲しいスキルを狙って得られるわけではないから、たまたま運良く都合のいいスキルに目覚めた者を、王宮神官に取り立てるしかないわけで、そのような工夫も時には必要になってくるのだ。

 そこへいくと聖女の神聖魔法スキルは非常に優秀で、とりわけ「ランダムにバッドステータスを1つ解除する」などという網羅性の高いスキルまで存在する。ルナシー王女には体に傷がないというので、ランダム解除スキルを10回以上も重ね掛けして片っ端からバッドステータスを解除していった。

 そうした上で、念のために最も強力な回復スキルを使っておく。これは脳出血などの目に見えない負傷を治すのが目的だ。脳出血などという知識はなくても、聖女は大勢を治療している中で、外傷がなくても鑑定結果に「出血」のバッドステータスがある場合があるという事を経験していた。


「う……ん……?」

「「おお……!」」


 ルナシー王女が目を覚まして、あたりを不思議そうに見回す。

 それをゲルハルト国王らが感嘆の声を上げて喜び、ルナシー王女はますます困惑していた。

 聖女は優しく微笑を浮かべてそれを眺めていた。






 再び昏倒されたのではたまらないというので、ルナシー王女が昏倒した原因を調べることになった。

 ルナシー王女に昏倒直前の行動を尋ねると、ある資料を調べようとしていたという。


「その資料を持ってまいれ。」


 ゲルハルト国王の命令で、メイドが資料室へ急ぐ。

 普通のメイドには資料について閲覧制限がかかっている場合もあるが、国王直属のメイドならそうした制限はない。これは国王の利便性を高めるために、機密保持ができるメイドを専門に用意しているからだ。

 ところが、このメイドが資料室へ向かったきり、いつまでたっても戻ってこない。どうした事かと、さらに別のメイドを送ってやると、後から送ったメイドは慌てた様子ですぐに戻ってきた。


「資料室で倒れています!」

「ほう……? 昏倒の原因が資料室にあるのか?」

「ともかく聖女殿、もう1度お願いできるだろうか?」

「はい。喜んで。」


 と、聖女はもう1度、治療を施すことになった。

 結果、分かった事が2つある。

 1つは、昏倒した者には何らかのバッドステータスが付与されていること。ランダムにバッドステータスを1つ解除するスキルで回復する事から、何らかのバッドステータスが解除されて昏倒から回復するようだと考えられる。ただし、鑑定系スキルでは確認できない。バッドステータスの内容も、存在も、鑑定結果に出てこないのだ。

 もう1つは、ある資料に触れると昏倒すること。その資料とは、王弟の死に関する記録だ。記録は定期的に点検され、紛失しているとその点検でバレる。だがその点検では中身までは見ないから、今まで昏倒する者はいなかった。


「なぜこの資料を調べようと?」


 ゲルハルト国王に尋ねられて、ルナシー王女はアレキサンダー・レッドへの疑念と、暗殺計画の可能性を話した。ルナシー王女がゲルハルト王に事前に相談しなかったのは、こうした事を安易にやってはいけないと思ったからだ。

 軽々しく王族宗家を疑っているなどと言えば、理由もなく親戚筋さえ疑う人物と評される。せめて確信を得るだけの理由を集めてから相談しようと思っていたのだ。


「ふむ……。その判断は正しいが、資料を自分で手に取ろうとしたところが間違いだ。

 たとえば毒殺の危険から身を守るために、食事には毒味役がつくわけだから、同じようにしてあらゆる所への接触には防波堤となる家臣を使わねばならない。」

「はい、父上。以後、そのようにします。」


 うんうん、とうなずいて国王は娘への指導を終えた。

 それから聖女に向き直り、お礼の言葉と返礼品の相談に入った。


「それならば、ジャック殿をしばらく借り受けたく思います。」


 聖女は、ジャックのスキルがあれば、イーストン王国の窮状をすみやかに救えると考えていた。

誤字報告を頂きました。ありがとうございます。

自分でも繰り返し確認しておりますので、「よく気づいたなぁ」と感心するやら「細かいところまで見て頂いたんだなぁ」と感動するやら。たいへん嬉しく思っております。

これからもよろしくお願いします。

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