閑話 口角がつり上がる。クックックッ……次の王位は俺のものだ。
アレキサンダー・レッド。
レッド王国の王族宗家であるレッド家の、その現在の家長だ。王位継承権2位である。
過去にレッド家が世継ぎに恵まれずに王族から転落して、今の公爵家になった事は知っている。だが、正直そんなのは「過去の歴史」という認識だ。一族は代々ひそかに「いつか王位を取り戻す」という目標を受け継いできたが、それが現実的な、手の届くものになったとき、アレキサンダーにとって「レッド家」なんてものは、どうでもよくなっていた。
「俺が……俺こそが未来の王だ。俺こそが王になるべき存在だ……!」
幼少期から植え付けられた「王になるべき一族だ」という教育が、ここに来て「自分こそ頂点だ」という個のプライドにすり替わっていた。
「その通りです、坊ちゃま。」
と家令のじいが、いつも通りに肯定してくれる。
じいは間違っている時には間違っていると教えてくれる奴だ。しかもアレキサンダーの神経を逆なでしない巧妙な言い方をするので、間違っていると言われても腹が立たず、むしろ冷静になれる。
そんなじいが肯定する以上、自分は何も間違っていない。アレキサンダーは確信を強め、プライドを高くしていった。
アレキサンダーのスキルは「呪詛」。
最初は「相手をちょっと不運にする」という効果だった。たとえば、うっかり手が滑ってティーカップを落としてしまうとか、うっかりつまづいて足をくじくとか、その程度のしょうもない効果だった。
しかし、鍛えていくと強力なバッドステータスを付与するスキルが目覚めた。
また、このスキルの面白いところは、場所または人物などの対象に「設置」するスキルだという事だ。「設置された対象」には効果がなく、「設置された対象」に触れた者に効果が出る。つまり、罠とか属性付与みたいな感じで使う。
そのアレキサンダーが、最近になって呪詛スキルを設置した場所が2つある。
1つはゴブリンの森。これはルナシー王女を暗殺するためだ。ルナシー王女が新兵部隊に参加するとの情報を得て、作戦地域の適当な場所に設置したものだ。このとき設置したのは「変異」というスキルで、これの設置ポイントに触れた者は魔物になってしまう。
もう1つは、王城に保管されている、とある資料だ。王弟の死――その前後の記録である。王弟が謎の衰弱死を遂げたのは、アレキサンダーが王弟にある贈り物をしたからだ。その贈り物に「病気」「不治」「悪化」「隠蔽」「限定」と5つのスキルを設置して。
ここでアレキサンダーのスキル「呪詛」をまとめてみよう。
グレード1
「呪詛」不運になる。
グレード2
「負傷」負傷する。
「病気」体調を崩す。
グレード3
「不治」バッドステータスが自然回復しない。本人の治癒力を高める系のスキルも無効になる。
「昏倒」昏倒する。意識がなくなるだけで健康状態に影響はないが、回復しなければ衰弱する。
「変異」魔物になる。どんな魔物になるかは法則がある。
グレード4
「悪化」時間経過で「負傷」「病気」が悪化する。
「隠蔽」呪詛スキルによるバッドステータスを、鑑定系スキルから隠す。
「限定」呪詛スキルが効果を与える相手を限定する。
王弟に贈ったプレゼントには「病気」「不治」「悪化」「隠蔽」「限定」の5つのスキルを設置してあった。「病気」によって体調を崩し、「悪化」によって具合が悪くなっていくが、「不治」のせいで治らない。さらに「隠蔽」のせいで鑑定系スキルでも原因が分からず、「限定」によって王弟以外がプレゼントに触っても何も起きない。なぜ王弟だけが? と原因不明に拍車がかかる。
結局、王弟の死の真相は、誰にもその真実に気づかれることなく、病死として扱われた。
アレキサンダーは笑いが止まらなかった。王弟が死んで、王弟妃は実家に戻ることになり、子供も一緒に引き取られた。つまり、王位継承権2位と3位がいっぺんに排除できたのだ。
これで王位継承権4位だったアレキサンダーは、一気に2位へ躍り出た。
「うはははは! まさに一石二鳥! 疑いの目も向かず、最高の結果だ!
もうすぐだ……! もうすぐ王位継承権1位になってやるぞ!」
だが、王位継承権1位のルナシー王女を排除する機会は、なかなか訪れなかった。
そもそも接点がないのだ。王弟のときは王弟の子供と学友になれたが、ルナシー王女とは年齢差がありすぎて同時期に在学できなかった。ルナシー王女は今年16歳、アレキサンダーは36歳である。だから贈り物をするのも簡単ではない。
たとえば誕生日に際して贈り物をするのは可能だ。相手が王女なら、そのご機嫌取りと人脈形成のために多くの貴族が贈り物をする。
ところが、贈り物が多すぎて王女が実際に触れるものは少ない。また贈り物の内容にもマナーやら何やら制限がかかる。たとえば、いくらルナシー王女がエドバルト将軍になついていて剣術が好きだと知っていても、まさか剣を贈るわけにはいかない。それは「王族に剣を向ける」という反逆の意思表示だと言われかねないからだ。結局、アレキサンダーからの贈り物がルナシー王女の手に触れることはなかった。
そんなこんなで時間ばかりが過ぎていき、ようやく訪れた千載一遇のチャンス。それがゴブリンの森に「変異」を設置することだった。「変異」に触れた者は魔物になってしまうが、どんな魔物になるかはランダムで決まるわけではなく、ちゃんと法則性がある。たとえば強い者が変異すると強い魔物になるという具合だ。
アレキサンダーは、ゴブリンの巣の近くに「変異」を2重に設置して、ゴブリンが通過するのを待った。そしてゴブリンがその場所を通過すると、「変異」が発動し、ゴブリンはゴブリン戦士になり、さらにゴブリン将軍になった。
これでルナシー王女も「訓練中の事故死」になるだろう。
「……と思っていたのにィ……!」
ある新兵が、たぐいまれな強いスキルを持っていて、ルナシー王女を救ってしまった。
「おのれ、余計なことをォ……!」
「まさに、まさに。おっしゃる通りです。
ならば、排除してしまいましょう。」
じいの進言で、野営地に忍び込んだ。じいのスキル「闇」の派生スキル「影転移」で影から影へ転移して先回りできるのだ。じいは便利である。ジャックとルナシー王女のなりゆきをこっそり見ていたのも、じいのスキル「隠密」で姿を隠していたから可能になる事だ。
そのじいの進言で、指揮官専用テントにある、指揮官用のベッド、そこへ「変異」を設置する。今度は3重に。
狙い通り、指揮官はゴブリン将軍を超える魔物に変異した。
だが――
「バカな……! そんな……あり得ん……!」
新兵部隊にいるのは、指揮官以外は全員新兵。なのに、その新兵の1人がゴブリン王を撃破してしまった。
「若様、『押してダメなら引いてみろ』と申します。」
「うん? どうするのだ?」
「まずは、あの新兵と王女殿下が離れるのを待ちましょう。どうせ王女と新兵なのですから、放っておけばすぐに離れるでしょう。
それより、今は王女殿下が王城にいないのです。この隙に、王女殿下の寝室にでも呪詛を仕掛けておけば……。」
「おお……! なるほど。よし、すぐ行こう。」
「はい、若様。
ですが、くれぐれも慎重に。王城の中には、暗殺対策のためにスキル封じが施してあります。」
スキル封じのせいで城内ではスキルが使えない。潜入のためにじいの闇スキルを使うのは無理ということだ。呪詛スキルも同様に封じられるから、城外でスキルを設置したアイテムを持ち込んで、城内に置いてくるしかない。それもルナシー王女が触れるものを、だ。
チョイスは簡単だ。ちょっと珍しい剣でも置いてくれば、気になって手に取るだろう。問題は、どうやって王女が手に取るような場所まで入り込むかだ。
「普通に潜入するしかないわけだな。」
「ご明察です。
こればかりは機会をうかがうことも必要でしょう。」
と、そういうわけで適当な理由を作って王城へ向かったアレキサンダーとじいだったが、王城の中は警備隊による厳重な警備が敷かれており、スキルなしで王族の生活区画に入り込むのは無理だった。
そうこうしているうちに新兵部隊は訓練を中止して、ルナシー王女は王城に戻ってしまった。
仕方がないので、アレキサンダーは、時間を掛けて人脈形成に努めようと方針転換した。王に会うのは謁見の間だけではない。より近しい関係になれば、執務室や食堂、私室などに呼ばれることもある。食堂にまで呼ばれるようになれば、剣をプレゼントしても反逆を問われることはないだろう。
珍しい剣が手に入ったから献上するとか言えば、受け取ってくれるはずだ。あの王は、けっこう親バカというか、娘に甘いところがある。
だが、それから間もなく、ルナシー王女が昏倒した。
王弟の死に関する資料に触れたのだ。そこに設置した「昏倒」「不治」「隠蔽」のスキルが発動した。「昏倒」は文字通り昏倒するスキルだ。意識がなくなる以外に健康状態には影響がない。しかし回復しなければ水分も栄養もとれずに衰弱していく。そこに「不治」を加えたから、自然回復はしない。自然回復しないという事は、本人の治癒力を高める系の回復スキルも無効化する。事実、王宮神官にも回復できなかった。
王弟のときと違って、突然の昏倒だ。非常に不自然で、原因究明と回復に全力が注がれるだろう。だが、それでもアレキサンダーは不敵に笑っていた。バレるわけがない、と。口角がつり上がり、どうしてもニヤニヤしてしまう。
「聖女を迎えに行かせたか……。
クックックッ……聖女ならあるいは『呪詛』を解除できるかもな……。」
「ええ、確かに解除・回復はできるかもしれませんな。
しかし、聖女には隠蔽された情報を鑑定するようなスキルはないはず。
それに資料に触れると呪われるのが分かってしまえば、資料は読めません。」
「王女が死ねば次の王位は俺のもの。生き延びても暗殺の証拠は掴めない。」
「フッフッフッ……どっちに転んでも、若様に損はないというわけです。」




