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閑話 そうか、もうなっていたのか

 ルナシー王女は「将軍になりたい」と思っている。

 忙しい父に代わって、幼少期のルナシー王女と遊んでくれたのは、エドバルト将軍だったからだ。エドバルト将軍は、ルナシー王女から慕われているのと同じように、部下たちからも慕われている。ルナシー王女は、そんなエドバルト将軍を見て育ち、自分もそういう将軍になりたいと思うようになった。

 もちろん、やがては女王になる立場だと分かっている。だからこそ、軍隊という「国家の暴力」「切りうる手札の中で究極のカード」について、実際の運用、その注意点や効果、コストなどをしっかり学んでおく必要があるとも思っていた。軍を出してこれこれの成果をあげ、これこれの犠牲が出た、という報告を聞くだけでは、その成果に酔って戦争好きの狂王になったり、犠牲になった兵やその家族に配慮しない愚王になったりして、民心が離れてしまう恐れがある。

 もちろんそれは程度問題で、暴君から名君まで幅がある。だが名君でも、いくらか狂王寄りだったり、いくらか愚王寄りだったりするものだ。このバランス感覚を鍛えるためにも、現場を知ることは有効な手段である。つまりは、将軍になりたいという夢も、やがて女王になるための準備だと言える。


 父王に無理を言って説得し、新兵部隊に参加した。

 だが不運なことにゴブリン将軍と遭遇し、足を骨折して動けなくなる大怪我をしてしまった。逃げることもままならず、あとは殺されるのみというところで、ゴブリン将軍はにわかにルナシー王女への興味を失って立ち去る。

 もはや敵にも邪魔にもならず、餌としての価値もないという事か。自分の全てを否定されたような気がして、ルナシー王女は悔し涙する。自分の無力さに対する怒りと、歯牙にも掛けられない情けなさが混じり合って、脂汗が出てくるほどだった。


「うう……っ……。」


 と、そこへ見知らぬ新兵が現れた。


「おい、あんた、大丈夫か!?」

「ううっ……く……あ、足が……!」


 心配してくれる少年に、答える余裕もない。足が無事なら、足さえ無事なら、他のダメージは無視して戦えるものを……と。

 新兵の少年は、足が折れているのを見て取ると、手早くあり合わせの材料で添え木をしてくれた。おかげで痛みがだいぶマシになる。ポーションや回復スキルはなくても、こういう手当をしてくれる心遣いが嬉しい。おかげでいくらか冷静になれた。

 続けて指揮官が現れたが、ゴブリン将軍が近づいてくる音に恐れをなして逃げ出した。けしからん奴だ。


「グオオオオオオオオオ!」


 現れたゴブリン将軍。

 新兵の少年は、どうするべきか迷っていた。逃げるか、助けるか。助けようとすれば自分も死ぬ危険があるのだから、ためらうのは当然だ。

 こんな時、エドバルト将軍だったら……と、つい思ってしまう。グレード4に達したスキルで、ゴブリン将軍ぐらいあっさりと倒してのけるのだろう。その強さに憧れて剣術スキルを鍛えてきたのに、まるで歯が立たない自分の無力さが恨めしい。

 構わず逃げろ、と言おうとした矢先、新兵の少年が何かに気づいた様子だった。そして足下とゴブリン将軍を交互に見る。彼の足には、銀色の金属質のブーツがあった。


「くっ……! うおおおおっ!」


 何を思ったか、新兵の少年がゴブリン将軍に向かって駆け出す。

 バカな。自殺行為だ。と思った直後に、別の意味で驚いた。速い。人間とは思えない速度だ。あれがあの少年のスキルなのか。

 少年がゴブリン将軍に跳び蹴りを食らわせると、ゴブリン将軍は腹が爆発したように砕け散って、胸から上と腰から下を残して上下に真っ二つになった。

 ルナシー王女は驚きのあまり絶句した。そして同時に、胸の高まりを感じていた。この強さは、まるでエドバルト将軍のようだ。自分が理想としてきた強さだ。窮地にあっても仲間を助ける行動も、自分の理想と一致する。

 絶対に仲間を見捨てない精神性も、ルナシー王女にとっては理想だ。彼は見捨てるか助けるか迷ったが、それは戦える力があると気づいていなかったせいだろう。それがあると気づいて、相手と自分を交互に見た。確信がないときの仕草だ。

 さっき指揮官は、彼の事を「なんだ、役立たずか」と言っていた。それが彼への評価なのだろう。彼は今まで自分の実力を知らず、発揮する事もなく、ゆえに評価される事もなかったのだろう。新しいスキルに目覚めたばかりの者には、それをどう使えば役立つのか分からないというのがよくある事だとエドバルト将軍が言っていた。

 自分が戦えることに気づいた少年は、自分が成し遂げたことに驚いていたが、我に返るともはや迷いはなくなっていた。自信を持ったのか、確信を得たのか、とにかく彼の雰囲気が急に変わった。


「背負ってお運び申し上げたいのですが、御身に触れることをお許し願えますでしょうか?」


 少年の申し出に「差し許す」と答えながら、ルナシー王女はドキドキしていた。


「そもそも、添え木をくれたときに、もう触れておるではないか。」

「それは、王女殿下とは存じませんでしたので。」

「ずいぶん胸を見ていたようだが?」


 なぜか口から出てきた言葉に、ルナシー王女自身が驚いた。

 自分は何をとち狂った事を言っているのだろうか。これではまるで下手な誘惑だ。


「男だと思っていましたので、ずいぶん発達した大胸筋だな、と感心しておりました。」

「ふむ……この胸が筋肉であれば、我が剣もゴブリン将軍ジェネラルを切り裂けたかもしれぬな。」


 とりあえず彼の返答に助けられた。流れに乗って筋肉の話に逃げておく。







「立場を超えて、気の置けぬ友となってくれ。」


 王城に戻って彼を呼び出し、懇願した。

 彼の功績を本当かどうか疑っていた父王たちに、叱責せんばかりの勢いで、起きた事実を説明した。

 彼とのつながりを失いたくない一心で「あの戦力を放置するのは国家の損失」とまで言った。それは事実だが、彼を単なる戦力として見るのは本意ではない。


「なれと言われてなるものではありません。なった後に、それと気づくものです。」


 友になれという話を、受けるとは言ってくれたが、ぴしゃりと言われて傷ついた。


「では、なぜ受けた? なれと言われてなるのと同じではないか?」


 じゃあやめます、などと言われては困るのに、つい口から出てしまう。

 だが、返ってきた答えは――


「なった後にそれと気づきましたので。」


 実に嬉しいものだった。

 そうか。もうなっていたのか。






 指揮官がゴブリン王に変異したのは、やはり呪いによるものだった。

 もっと詳しく調べるためには、死体を調べる必要があるという。そこで調査団を派遣することになった。しかし、新兵部隊の訓練中止を受けて、王都GHQの車輌はすべて出撃中。調査団を運ぶ車輌がない。

 そこで、ジャックを頼ることにした。


「王位継承権2位は、どなたでしょうか?」


 ジャックの言葉に、はっとした。

 狙われているかもしれない。その動機になりそうな「王位継承権1位」という地位を持ってしまっている。

 ゴブリン王に変異する呪いが暗殺のために用意されたのなら、その前に襲ってきたゴブリン将軍もまた同様なのかもしれない。


「……アレキサンダー・レッド。現在のレッド家の家長だ。」


 王位継承権は、まず王子・王女が生まれた順に1位から順に席が埋まる。といってもルナシー王女には兄弟姉妹がいない。そうなると王位継承権は、次に父王の兄弟へ流れる。実際、父王には弟がいたのだが、すでに病死している。原因不明の衰弱死だった。

 この王弟の死には、毒殺の線も疑われたが、当時の王宮神官が「国内はもとより近隣諸国に存在するものまで、あらゆる毒とその症状を知っているが、これは見た事がない症状だ」というので、毒殺の線は否定されている。

 王弟は結婚していて子供もいるが、王弟が死亡したことで王弟妃は未亡人となり、実家へ戻る形になった。王弟の子供も母とともに母方の実家へ。そのため、バーニングリットの血は引いていても、バーニングリット家には含まれない。

 こういう経緯で、次に王位継承権が流れる先というのが、王族宗家のレッド家なのだ。その家長たるアレキサンダー・レッドが、実際の王位継承権2位となる。もし彼が王位を狙うなら、これほど好都合な状況はないだろう。ルナシー王女1人を暗殺すればいいのだ。

 もし王弟が健在なら王弟が第2位だった。王弟の子供が第3位となる。これが王弟の死によって子供が王弟妃の実家へ。バーニングリット家から外れることで、2位と3位が一気に王位継承権を失う。

 あるいはルナシー王女が結婚して、子供ができていたら、王位継承権2位はその子供だった。王弟やその子供は、自動的に1つずつ順位を下げることになる。

 つまり、今ほどやりやすいタイミングはない。


「殿下。調査するべき対象が増えたようです。」


 まさにその通りだ。

 王弟の死は、毒殺ではなく呪いによるものではなかったのか?

 だが、それを調べ始めてすぐに、ルナシー王女は昏倒した。

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