まさか歩行スキルが強いとは
キャッチーさが足りなかったので、改稿してみました。
展開が大幅に変わったため、第2話も改稿しました。
死んだ――と思ったら、異世界に転生していた。中世ヨーロッパ風の、剣と魔法の世界だ。
黒髪黒目の日本人だったのに、今や金髪碧眼だ。新しい名前はジャック。俺はレッド王国の田舎にある農村で、農家の次男として生まれた。
この世界では15歳になるとスキルに目覚める。それをもって成人とされるのだが、俺のスキルは「歩行」だった。効果は「疲れずに歩ける」というもの。SLV×10kmで効果が切れるが、再使用すればどこまでも疲れずに歩ける。
「マジかよ……。」
せっかくの異世界転生だ。剣とか魔法とか使ってみたかった。特に魔法。地球じゃ存在しなかった技術だ。憧れる。派手に敵を吹っ飛ばし、冒険者として活躍する。そんな事を夢想していた。だが現実は歩行スキル……俺の無双は夢想のまま終わってしまったのか……。
「歩行!? 何だそりゃ!?」
「どう考えても使えないスキルだな!」
落ち込む俺に、友人らがゲラゲラと容赦ない。農家の次男がそんなに長距離を旅するわけでもなく、使えないスキルを持った落ちこぼれと罵倒されることになった。困った時に支えてくれないなら、友情もここまでだ。お前らの名前を紙に書いて、丸めて捨ててやる。
一応、スキルを発動すると足に謎のブーツが現れるおまけ付きだ。足にぴったりフィットしていて、つなぎめがなく、金属のような質感で、触ると硬い。だが足首は自由に動かせる。足首を動かすときはそこだけゴムのように伸び縮みしているようだが、手で触ってみると硬い。謎の素材だ。足下の安全だけは確保されるのが幸いか。
やれやれ、と落ち込んでいるところに、徴税官がやってきた。
「15歳になった者がいるな!? 徴兵だ! 来い!」
長男以外の健康な男は、15歳になったら徴兵される。
俺は次男で健康だから、徴兵される事になった。
「役立たずめ! きびきび歩け!」
徴兵されて分かった事は、兵士というのはひたすら歩く仕事だという事だ。レッド王国では徴兵した人員を1年間訓練して、そのあと実戦経験を積ませるために国内の魔物を討伐して回る。転戦に次ぐ転戦。見張りに立つときでさえ、決まったルートを巡回するので、寝るとき以外はひたすら歩き続けなくてはならない。疲れずに歩けるというのが、とてもありがたかった。スキルレベルもガンガン上がる。
ただし、俺の評価は最低だった。戦闘系のスキルがなくてろくに戦えず、生産系のスキルもないから物資の補充もできない。疲れずに歩けるだけの歩行スキル。ひたすら運搬係だ。行軍すれば物資満載の荷車を引いて移動し、戦闘すれば伝令として情報を運び、野営すれば小間使いのように使われる。この部隊で、俺には「役立たず」というあだ名がついた。
それでも命じられるままに歩き続け、やがて俺たちは、とある森に到着する。
「ここはゴブリンの森と呼ばれている。その名の通り、ゴブリンが住み着いている森だ。
森の手前に野営地を設営し、明日には討伐を開始する。各員しっかり休んでおくように。」
あけて翌日、俺たちはゴブリンの森へ突入した。
すぐにゴブリンを複数みつけ、攻撃を仕掛けていく。戦闘スキルがない俺は、予備の武器を持って指揮官のあとをついていく。武器系スキルを持っている奴らが、矢が切れたとか剣が壊れたとかいう場合に、予備を渡す役割だ。部隊を複数に分けたときには、他の部隊との伝令役もある。
順調に討伐は進み、昼頃になって休憩していると、ズシン、ズシン、と重そうな物音が聞こえてきた。だんだん近づいてくる。そのうちガサガサと枝葉のこすれる音も聞こえるようになり、俺たちは脱ぎ捨てた靴を慌てて履き、食べかけの食事を放り出して、指揮官の前へ整列した。
「グオオオオオオオオオ!」
やがて茂みの向こうから現れたのは、巨大なゴブリンだった。
マジかよ……上位個体だ。
普通のゴブリンは体長1.5mほど。しかしその巨大ゴブリンは3mほどの巨体。明らかに上位個体だ。3mならゴブリン将軍か。ゴブリンがゴブリン戦士を経て、ゴブリン将軍になる。2段階も進化した上位個体だ。
たまにこういう上位種族に進化した個体が現れ、上位の冒険者へ討伐依頼が出される。それには発見者がうまく逃げ帰って報告する必要があるのだが、俺たちは人数が多くて、うまく逃げるなんて事は難しい。絶対に見つかるし、逃げ遅れる奴が出る。
「総員、抜剣! 戦うぞ!」
何を思ったか指揮官が戦闘を命令し、兵士たちは巨大ゴブリンを取り囲む。
だが、竹槍で戦車に立ち向かうごとく、巨大ゴブリンにあっさり薙ぎ払われ、吹き飛ばされ、叩き潰されてしまう。訓練を終えたばかりの新兵なんかで対応できる相手ではないのだ。
「くそっ! 逃げろ! 退却だ!」
ようやく無理だと理解した指揮官が撤退を命令するが、その時にはもう部隊は壊滅していた。運良く生き残った者は、散り散りに逃げていく。単純に巨大ゴブリンの反対方向へ。まず逃げ切れば、次に野営地へ戻ればいい。そうすれば再集結できる。
俺も必死で逃げた。方向なんて分からない。とにかくあの巨大ゴブリンから遠くへ向かっていた。
そのうちに歩行スキルがSLV10(最大)になった。これにより、派生スキルが2つ目覚めた。1つは「荷車召喚」。人力荷車を召喚するスキルだ。もう1つは「走行」。移動速度をSLV×10倍にするスキルだ。走行スキルのおかげで、俺の逃走は一気に加速した。20km/hから200km/hへの加速だ。急に見えない巨大な力に放り投げられたような感じだった。慌てて速度を調整する。
移動は速くなったが、森のなかをデタラメに走ると、方向を見失う。どこをどう走ったのか、俺はいつの間にか元の場所へ戻ってきたらしく、巨大ゴブリンが立ち去って死体だらけの現場に到着した。
「うう……っ……。」
うめき声が聞こえた。
見ればまだ息のある者がいた。満身創痍だが、生きている。
「おい、あんた、大丈夫か!?」
話したことがない奴だ。没落貴族の子供だろうか? やけに整った顔立ちをしている。兵士の格好でなければ、また頭に兜をつけていなければ、女に見えたかもしれない。革鎧を押し上げる発達した大胸筋が見事だ。どれほど鍛えれば、これほど皮鎧を押し上げるのだろうか。
「ううっ……く……あ、足が……!」
負傷兵はうめく。見れば足が微妙におかしな方向に曲がっていた。骨折しているのかもしれない。本人は強い痛みを感じているようで、歯を食いしばって耐えている。受け答えもろくにできないようだ。脂汗がすごい。
「荷車召喚!」
載せて運ぼうと思ったが、出てきたのは10kg積めるかどうかの小型キャリーカート。
マジかよ……くそっ、使えねぇ!
すぐにスキルを解除して、満身創痍の負傷兵を背負って運ぶことにした。
とりあえず折れた足に添え木でも、と思って、近くに落ちていた折れた槍を回収し、ちぎれ飛んで転がっていた誰かの腕から服の袖を貰う。これで添え木の材料はそろった。
負傷兵の足に添え木の処置をしていると、ガサガサと茂みをかき分ける音がして、指揮官が現れた。
「む? 元の場所に戻ってしまったか。
おお、無事な者も……って、なんだ、役立たずか。
む? お前……! そちらのお方は……!」
指揮官が何やら驚いている。そちらのお方? この負傷兵か? やっぱり貴族か何かだろうか?
「グオオオオオオオオオ!」
すぐ近くで巨大ゴブリンの声が聞こえた。
ガサガサ、メキメキ、と枝葉をかき分けて近寄ってくる音がする。
ヤバいヤバいヤバい! もう匂いか音か何かで見つかってしまっているようだ。まっすぐに近づいてくる。
「ヒィ~~~ッ!」
指揮官が悲鳴を上げて逃げ出した。最後にチラッと負傷兵を見たようだが、自分の命を優先したらしい。
どうする!? 俺も逃げるか!? 俺には新たに目覚めた走行スキルがある。人を背負って歩くのでは、せいぜい2~3km/h程度しか出ないが、走行SLV1で移動速度が10倍になる。20~30km/hなら走って逃げるのと同じだ。
いや、ダメだ。20〜30km/hでは、逃げ切れるか怪しい。だがもし負傷兵を見捨てて逃げれば、歩いても40〜50km/h、走れば200km/hも出せる。……ダメだ。見捨てるのはできない。それなら怪しくても限界まで背負って逃げるほうがいい。
日本人としての記憶のせいか、我ながら甘い感覚だ。しかし、ギリギリまで追いつかれた状態からでも、200km/hも出せるのなら逃げ切るのは余裕だろう。
「……あれ?」
待てよ? 200km/h? 高速道路どころの速度じゃないぞ? 衝突したら死ぬ速度だ。……という事は……? え……マジかよ……? そんなに……? ……いや、しかし……計算上は……。
「グオオオオオ!」
ついに姿を見せた巨大ゴブリンと目が合う。
「くっ……! うおおおおっ!」
なかばヤケクソで駆け出し、巨大ゴブリンに向かって飛び蹴りを食らわせた。
バァン! と爆弾でも爆発したような音を立てて、3mの巨体が上下に真っ二つになった。
マジかよ……上位個体を……ゴブリン将軍を……倒せてしまった。
あんまり書きためていないので、不定期更新になりそうです。