9.スリの子供
冒険者ギルドが経営している酒場で酒を飲んだ後、俺達は昼のうちにクリストフが見つけた宿にいた。普段野営するときにはテントで雑魚寝がほとんどの為、こういった町の宿屋に泊まれる時は、なるべく個室にするのが俺達のルールだ。
冒険者にしては、贅沢な選択なので普通はそれぞれに個室を取るなどしないのだが、以前大部屋に泊まった際に、クリストフが空気を読まず女を連れ込んだ事が原因だった。
あの時は、ガッツとロイも酒のせいで変なテンションになっていて、それぞれ女を連れ込みやがったので、俺は一晩外にいた。
全員が冷静になったところで、俺がキレてしまったので、今はこの形になっている。
しかし、複数人とは・・・うらやま、けしからん!
宿の部屋で寝る準備をしようと、外套を脱ぎ、装備を外していく。
普段と違い、剣を持っていないので、脱ぐのは楽だと思った。
・・・あれ?。
いつもそこにあるものが、ない。
何かあった時の最後の手段であり、今の俺にとっての切り札、しかし誰にも見られてはいけない類の物。
魔法剣の柄がなくなっている。
え・・・なんで・・・
ロゥトについた時には確かにあったはずだ。最初に武器屋にいって、剣を預けた。
「あの時か!」
俺は、武器屋から出た後、子供とぶつかってしまったことを思い出した。
その出来事は、昼だ。そして今は夜中でしこたま酒を飲んだ後である。
酔っぱらって少々足元が不安だが、ここで探さないわけにはいかない。
あんなもの持っていたら、最悪子供でも俺と同じように、大人に追い掛け回されるか、子供が盗んだ事を白状した場合、俺を探しに捜索が始まってもおかしくない。
魔法剣は、魔族がよく使う武器だ。そしてここは人間の町。不穏分子と少しでも思われれば、排除しない理由はない・・・。
俺は、急に冷静になり、酔いが吹っ飛んだ気がした。実際はそうではないが。
すぐさま脱いだもの、自分の物をすべて持ち、宿を飛び出した。
結構大きな音がしているが、仲間達はしこたま飲んだ日は、次の日の午後まで寝てる。
魔眼を使うか?・・・いや・・・だめだ。
魔眼を使用するか少し悩んだ。
起動すると俺の場合、景色が少し黄色に見えるようになるため、夜に使うと松明などが無くても景色がはっきり見えるので便利だ。
思わず魔眼を利用することを考えてしまっているほど、俺自身が焦っていると言える。
宿を出るとそのまま、思い当たる場所をとにかく走り回った。
「これ・・・売りたいんだ。」
「・・・ほぅ・・・これは」
ミルという少年は、このロゥトの町で生まれた。父親と母親は、3年も前に病死している。
親類関係は、遠くの町にいると聞いている。家に大した蓄えがあったわけでもない。
冒険者にでもなれればいいのだが、自分の年齢ではそもそも、冒険者になる事が許されない。
ちょっとした町というのは、身寄りがない子供が生きていくには、つらい場所でもある。
裕福な人が多く、人もそれだけ多い。
小規模な村なら親代わりに世話をしてくれる人もいたかもしれないが、ここではそういったことは、あまり望めない。
人というものは、人口が多くなればなるほど、他人に興味がなくなる生き物らしい。
食べていく為には、町の掃除や農家、牧場の手伝いなどをする事があげられるが、どれも報酬は少なく、満足に食べれるかといわれるとそうでもない。
その為ミルは、時折訪れる冒険者を狙ってスリを働いていた。
この町の事はよく知っている。裏道、抜け道、隠れ場所。
ミルが本気になると、3日は見つからずに過ごせる。
第一冒険者なんて、いろいろな場所に行き過ぎて、一つの町の構造などそんなに詳しいわけがない。
自警団に探された事が一度あったが、結局見つかる前に盗った物を売ってしまった後だったので、ある程度の金があり、見つけた自警団員を買収して、事なきを得たこともある。
真夜中にしかやっていないこの店は、どんな物でも買い取ってくれるので、重宝している。
町の中で、一番はずれにあり、周りに他の商業施設も無い為、真夜中ともなれば人通りもない。
店主は黒いローブのフードを目深にかぶっており、顔を見たことがないが、まぁこういった盗品を扱っている為の自衛策だろうと思うことにしている。
「いくらになりそう?」
「そうだねぇ・・・物だけなら金貨2枚」
ミルは、買い取りの値段を聞いて驚いた。
なにせ剣の柄だけで、刃がないのだ。冒険者から盗ったはいいが、そこまでの値段が付くと思っていなかった。
「これを持っていた人の事を教えてくれたら、金貨4枚出そう。」
「そんなに?」
「あぁ、これはほとんど失われたものだ。・・・それだけの価値がある。」
「それを持っていたのは、今日町に来た冒険者で、青黒い髪をしたやつのだよ。そいつは、大剣を持ってた。」
「・・・そうかい、そうかい。・・・名前はわかるかな?」
「・・・わからない」
適当な名前を告げる事もできるのだが、今後の取引を考えると、よくないので正直に答えた。
「・・・なるほど・・・では、金貨3枚だな。」
「・・・さがるの?」
「名前を教えてくれれば、金貨1枚を支払おう。」
「・・・わかった。」
ミルは、顔を見られていないはずだし、昼間にもう一度さがして名前を聞くくらいはできる。
仮に名前が聞けなかったとしても金貨3枚だ。たとえ名前がわからないままでも、しばらく食うには困らない。一人でつつましく暮らせば3年はいける。
店主から金貨を受け取ると、ミルは足早に自分の塒にしている橋の下を目指した。
ロゥトの町は、治水工事が行き届いており、近くの大きな川から水路を引き、町の中央に川を流している。
その為、町の中の所々に橋が架かっており、その下であれば雨はしのげるので、ミルはよく利用している。
俺は、町の中をとにかく走り回り、昼間にぶつかった少年を探した。
しかし夜中でそもそも人が、歩いているわけもなく。
たまに見かけるのは、酔っ払いか、これから女を連れ込もうとしている冒険者くらいだ。
遅い時間に頑張ることで・・・。
「・・・はぁっ・・・はぁっ・・・いねぇな・・・」
途中で疲れてしまい、あんなもの売れるとも思えないので、子供を探すのは昼にしようと。宿へ戻ろうとした。
来た道を戻ろうと振り返ると、ちょうど橋があり、その橋桁あたりに丸まっているものが見える。
何か引っかかる物を感じたので、ゆっくりと近づいた。
そこには、子供が外套にくるまり丸まっていた。暗いこともあり、わかりずらいが昼にぶつかった少年に見える。服の色がわかりずらくて、何ともいえないくらいであったが、他に手がかりもないし、声をかけることにした。
「ここで何をしている?」
「・・・うぅん・・・?」
寝ているのか。肩を少しゆすり起こす。
「・・・ふぁああ・・あ」
ミルは驚いた。明日探して名前を聞こうと思った、冒険者が目の前にいる。
これは、自身を探していたのだと、理解する。そして見つかってしまったのだ。
「お前、ここで何をしている?」
「・・・え?」
「昼にぶつかったやつだな・・・俺から盗った物はどうした?」
「・・・なにそれ?・・・僕知らないよ・・・」
「・・・っち・・・これだから」
俺は、少年の胸倉をつかみ、少し持ち上げる。
「あれは、お前が持っていていいものではない・・・さっさと出すんだ。」
「・・・ちょ・・・苦し」
チャリーン
何かが落ちた、それを見ると金貨のようだ。
懐にでも入れていたのだろう。
「・・・売ったのか?」
少年をにらみつける。
「・・・・」
答えなかったので、少し腕に力を入れた。
さらに苦しくなったのか、少年は首を縦に振った。
「・・・まさか、あれに金貨を出す店があるとはな・・・」
魔法剣の柄など、それ単体では大した意味はない、使用するには魔力が必要で、普通の人間には使えない。
使えるとすれば、俺と爺さんのような魔眼持ちか、魔族だ。
エルフや、ドワーフも魔力はあるが、剣にするほどの魔力量を持つものがまずいないので、除外していい。
「その店に案内しろ。」
少年は再度首を縦に振った。