72.崩れた精神
更新が遅くて本当に申し訳ない。
しばらく、不定期更新が続くと思います。
あの戦いから、どれほどの日数が流れただろうか。
限界まで魔力を絞りつくした俺は、あの場で気絶していたらしい。
どうやら、帝国騎士団の施設にある地下牢に収められているらしく、どのくらい経ったのかが曖昧だ。
この薄暗い籠の中で目を覚ましてから、殆ど看守としか会話をしていない。
会話と言っても、起きているかの確認と、飯を運んでくる時だけだ。
何人か交代で、牢番をしているらいが、全員が怯えた目でこちらを見るので、あまり話したいとも思えない。
何を言われても、ただ黙って受け取り、食べ終わった食器を籠の外に出すだけだ。
どちらかと言えば、此処は劣悪な環境なのだろうが、今の俺にとってはちょうどよかった。
黙っていても、最低限の飯は出てくるし、これまでの事に考えを巡らせる時間もたくさんある。
なぜ、魔力を持った人間が魔族と言われているのか。
なぜ、向こうの大陸にいればよかったチェシーがこちらに手を出したのか。
なぜ、彼女は俺を連れて行ったのか。
なぜ、奇襲だけしてその後に軍勢が攻め込まなかったのか。
なぜ、あのジジイは、急に出て来たのか。
なぜ、あのジジイは、大量の人間を操れるのに、俺の身体を求めたのか。
「楽しい? フフッ・・・」
・・・この時折聞こえる、聞き覚えのある声は何なのか。
「また考えてる・・・フフッ・・・嬉しい。」
「・・・ちっ。」
この声が聞こえてくると、いよいよ駄目だ。
声質のせいで、自分への怒りと嫌悪、更には絶望感が混ざり合い、腹の辺りでぐるぐると何かが蠢いている気がする。
拳を思い切り、地面にたたきつける。
皮がめくれ、少し血が出るくらいがちょうどいい。
「・・・あいつは死んだ・・・俺がやった。」
ぶつぶつと、自分に言い聞かせるように呟きながら、何度も何度も拳を打ち付ける。
「フフッ・・・怒ってる?・・・」
まだ聞こえるので、逆の手も同じように地面を打つ。
ガシッドシッという音が、暗い牢に響いていく。
その音を遠くで聞く、牢番の兵士達が怯えた声を上げていた。
「お、お前・・様子を見て来いよ!」
「やだよ!お前が行けよっ!」
そんな声が反響して聞こえて来た。
当然だ、こんなことを時折繰り返し、自分の拳を痛めつける男の事など狂ってるようにしか見えないのだろう。
・・・また怯えられちまうな。
ジジイのやった事は、ある意味成就しているのだろう。
俺の心・・・精神を壊し、俺の身体を自分のモノにする。
後者は、失敗だったのだろうが、前者は概ね成功している。
なにせ、ここでは、明らかに奇異の目で見られるのだから。
・・・変な声も聞こえるしな。
見えないはずの光景が見える。
聞こえないはずの声が聞こえる。
「・・・悲しいわね。」
「あああああぁああぁぁあぁぁ!!」
依然として語り掛けてくる声に、ついにはあの光景がフラッシュバックしてくる。
鮮明に・・・より明確に。
反射的に魔法剣を作ろうと魔力を集めるが、この籠がうまくできているのだろう。
まったく纏まらず、霧散する。
魔眼に関しても同様で、写す像が黄色になったり、ならなかったりを繰り返す。
ゆっくりと繰り返し、目の前に再生される映像を見て、今度は頭を地面に叩きつける。
額が切れようが、血が出ようが関係ない。
「おい、何があった。」
壮年の騎士、ガレイが落ち着いた様子で牢番をしている兵士に声をかける。
この前の騒ぎのせいで、帝国騎士団も壊滅的な打撃を受けてしまった為、一度は剥奪されたガレイの騎士剣は、彼に返されていた。
「ま、またあいつですよ・・・。」
「自分の手だとか、頭だとか延々と痛みつけるんです。」
「・・・またか。」
怯え切った牢番達の様子を見たガレイは、目を細めて言った。
「・・・わかった。 俺が様子を見てくる。」
「き、気を付けてください。」
「わ、解りました。」
ガレイは、二人に敬礼してから奥へと進んだ。
薄暗い牢には、明かりを取る為の松明がいくつかかかっている。
しかし、牢の中にまでは無い為、立ち止まりよく眺めなければ中の様子は解らない。
牢の数は全部で6つ、この間の騒ぎで手前の一つが壊されている為、現在使えるのは、5つ。
例の男が入っている牢は、一番奥の左側だ。
話によれば、狂ってしまったあの男が、ジェニムの街で騎士団に壊滅的な打撃を与え、その足でこの町で暴れまわったのだと言う。
ガレイ自身も、騒ぎの最中もこの町に居たはずだが、記憶が無い。
気がつけば、荒れ果てた町と潰れた死体がそこら中に転がり、何故か裸体で倒れている者が何人もいた。
両親の死体の前で泣いている子供。
最愛の夫を失った妻。
町の中には、いたるところに悲惨で無残な死と悲しみが広がっていた。
そんな中、気絶したままの状態で発見されたあの男は、彼女の死体に縋りつくように倒れていたらしい。
その場の判断で、彼はこの牢に収容されることになったが、現在も復興作業と共に、調査が進められている。
いったい、何が起こったのか。
何の為になされたのか。
原因は何なのか。
いずれにせよ、この牢にいる男が、鍵を握っている。
だが、もはや会話をしようともしなくなってしまった彼に、自分はなんと声を掛ければいいのだろうかと。
ガレイは、目的の人物が入った牢の前についても考えがまとまらなかった。
「ジェフ・・・それはやめてやってくれ、牢番が怯える。」
ガレイを見上げる彼の目は、時折金色を取り戻し、すぐに元の暗い色に戻る。
明滅する松明のように、消えかけた薪のように。
彼の目は、ガレイを見ているようで見ていない。
自分の後ろに何かがあるのか、それとも何か別のものが見えているのか。
ガレイからは、判別できなかった。
しかし、額から血を流しながらも、その両目から流れる涙を見ると、何を思い出しているのか。
何が見えてしまっているのか、妻子を持つガレイにとって、想像する事は出来た。
「ジェフ・・・やめてくれ・・・お前には、聞きたいことがあるんだ。」
「がぁあああぁああぁぁぁぁあ。」
ガレイの声に反応しているのか、いないのか。
彼は、言葉にならない声を出し、また一つ大きく頭を振りかぶり、地面にたたきつけた。
そのまま、気絶したのかピクリとも動かなくなる彼を見て、ガレイは一つため息をついた。
「・・・また駄目だったか。」
しかたない、と立ち去ろうと振り向いた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ガレイ・・・俺には・・・あいつを助けられなかった。」
「・・・そうか。」
短い言葉の後、カツカツと少し大きな音が、薄暗い牢の中に響いた。




