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無刀の剣聖  作者: ところてん
68/72

68.望まぬ景色

ダルトの町にある帝国騎士団詰め所。

そこは、全体的に金属の目立つ建物で、町を取り囲むように建てられた壁の一部として埋め込まれている。


その地下には、豊富に取れる鋼鉄製の巨大な檻がいくつかあり、チェシーとアーネットは、それぞれ別の檻に入れられていた。


「気休め程度ではあるが、エルフもドワーフでも逃げ出すのは難しい檻だ。」


そう言ったのは、ここまで彼女達を連れて来たガレイだった。

魔素を多く含んだ鋼鉄を使って作られた檻は、淡い光を帯びており、魔術ギルドからの技術も利用している一品らしい。

檻の中には、大したものは無く、床の一部に藁が敷かれ、格子の近くに小さなタルがあり、中には水が入っている。


檻の中にいる人物は、魔法を使う事が出来なくなるらしい。

おかげで、魔力をもつドワーフやエルフでも檻の中でおとなしくしているしかないという事だった。


しばらくの間は、大きな声で会話をしていた2人だったが、1日過ぎれば、話す事も次第になくなり、2日目には、アーネットが悪態を突き始める。

3日経ったら、ただ沈黙が流れ、薄暗い檻の中には、どこからともなく聞こえる水滴のしたたる音が響いていた。


「・・・お風呂。」


チェシーがポツリと呟いた。

思えば、ジェフが文句も言わずにつれていかれてから、ここまでずっと檻の中にいる。

確かに食事は、何も言わなくても決まった時間に出て来たが、風呂には入れていない。


町中などの喧騒の中なら誰にも聞こえなかっただろうが、チェシーの呟きにアーネットは反応した。


「そうよ! お風呂よ! お風呂ぐらい入ったっていいじゃない!!」


離れた檻から、アーネットのそんな叫びが聞こえ、チェシーは笑ってしまった。

確かに最初に呟いたのは、自分だがアーネットの声からその表情まで、想像できてしまい思わず笑ってしまったのだ。


しばらくの間、ギャーギャーと騒ぐアーネットだったが、近くに兵士が居るわけでもなく、帰ってくる声もない。

言い終わりの静寂が、彼女をまた押し黙らせた。


また静まり帰った薄暗い檻の中、次に響き始めたのは、硬いブーツの底が、石の床を叩く音だった。

無機質な渇いた音が、徐々に檻のある地下に向かってきているのは、明らかだった。


「「ふふっ・・・魔法使いともあろう者が・・・。」」


足音の主は、檻に入るチェシーを見るなりそう言った。

聞きなじみのある声に、チェシーはその人物を見上げる。


「「この程度の檻も抜けられないとは、哀れなものだな。」」


鉄格子の淡い光が、男の顔を薄く照らした。

その表情は、醜悪な笑みに歪み、チェシーを細部まで見ようと言うのか目が見開かれている。


「・・・ウィルっ!」


咄嗟に檻の中で、身構えるチェシーとそれを見る男。

汚れの無い装備に身を纏い、腰には豪華な装飾の施された直剣を提げていた。


「「あぁ・・・そうか、この身体の名はウィルと言うのか。」」


男は、そう言って腰の剣を抜き放つ。


「そう・・・今は、剣聖とでも呼んだ方がいいのかしら?」


身構えるチェシーと男の間にある鉄格子は、彼の剣によって、音を立ててその役目を終えた。

先程まで、光っていなかった男の目は、蒼い光を怪しく輝かせた。

それと同時に、チェシーの目も紅い情熱的な光を放つ。


「チェシー? 何かあったの?」


遠くの方から、アーネットの声が聞こえた。

どうやら物音を聞いて、不安を感じているらしい。


「「私と戦う気かね?」」

「・・・。」


黙って相手を見据えると、チェシーは腰の後ろに手を回した。

取り出したのは、剣の柄だった。


T字に鍔があり、握りは使い古された革、柄頭は丸い金属で見かけはただ、根元から折れた剣。

それは、改めて渡された彼の武器。


「ええ・・・私が諦めるわけにはいかないもの。」


目の前に立ちはだかる男に、強い視線を向け、握られた剣の柄を前に出し、魔力を纏めていく。

イメージしたのは、闘技場で見つけた男の剣だった。


それに呼応し姿を現したのは、青白く薄い直剣の刀身。

透き通るような色と薄さに、頼りなくも見えるその剣を見て、男は嗤う。


「「ふむ・・・小僧にやるには勿体ない女だ。」」


男の身体は、何を想像したのか、その熱を増していく。

膨れ上がる欲望からか、その身体は反応していた。


「ウィルは、もういないのね・・・。」


警戒を解かず、構えたままチェシーは呟く。


「「いるさ・・・俺の中で、心躍らせているようだぞ?」」

「・・・下品。」


その一閃は、素晴らしい一撃だった。

構えの状態から、予備動作を相手に認識されないよう、移動の魔法と同様に一瞬で間を詰める。

魔眼持ちである男の腹に、何度となく拳を突き立てて来た経験が、凝縮された一撃と言っていい。


パリンッ!


と渇いた音が鳴り響き、その結果を物語らせた。

掲げるように上げられた男の手。


そこに逆手に握られた剣が、彼女の最速の一撃を受け、微動だにせずそこにある。

豪華だが、普通の鋼の剣に見えるその刀身は、二つの色が混ざりあい、濁ったような黒色の光を纏わりつけている。


「「・・・少々、じゃじゃ馬のようだな。」」


冷静に話す男は、剣を持たない腕を加速させる。


「ぐっ・・・」


魔眼をもってしても見切れない速さで、チェシーの首をそっと握ると、そのまま上に持ち上げた。


「「魔眼がなじんでおらんな・・・それがお前の敗因だ。」」


チェシーは、新たに剣を作り、無理やり突き出そうとする。

しかし、今度は剣を握る腕を掴まれ、そのまま檻の奥まで押し込まれてしまう。


身体が宙に浮き、自身で踏ん張ることなどできず、そのまま背中を格子に叩きつけられた。

衝撃で脳が揺れ、視界がぼやける。


反射的に声にならない声を上げ、その身の自由がなくなっていく感覚が、彼女を襲う。


「「・・・しかし、物足りんな。」」


男が嗤い、首を絞める手が強さを増した。

唯一の武器ともいえる魔法剣の柄が、力を失いつつあるチェシーの手から滑り落ちた。


「「・・・まぁ、戦う楽しみは、小僧に取っておくか。」」


弱る女を見て、腕から手を離すと、身に付けているローブに手を掛ける。


「チェシー? だいじょうぶ? チェシー?」


遠くから聞こえるエルフの声さえも楽しむように、嗤う男の行為は続く。





・・・いったい何人いるんだ。


騎士団長のいた部屋から、兵士達をなぎ倒しながら進んでいたが、そろそろ魔力が尽きる。

流石に、ドワーフが多い国の騎士団だけあり、予想よりも多くの魔力が必要だった。


俺の通って来た道は、真っ白だった大理石を赤黒く血で汚し。

兵士達から出た臓物と、はじけ飛んだ肢体が、瓦礫のように散乱している。


肩で息をし、喉が渇く。

魔力が減れば、腹が減る。


手も足も、着ている防具のなにもかも、ここまで斬り飛ばした兵士の血が、豪雨を浴びた後のように俺から滴っている。

ポタポタと落ちる雫は、すべてが赤く、黒く、少し暖かい。


まだ白い大理石を俺が滴らせた返り血が汚していく。

騎士団長のいた部屋から、真直ぐに来た通路を戻っているはずだが、度重なる戦闘のおかげで、すっかり建物の中で迷子になっている。


出口も解らず、どこに向かえばここから出れるのかも曖昧だった。

ゆらゆらと揺れる視界の端にまた兵士の足が見えた。


その瞬間に走り出す。


こちらを見て向かってくる兵士との距離を一気に詰めると、縦一線。

悲鳴を上げる間すら与えず、まだ若かった兵士は、斜めにずれるように崩れた。


その様子を見ていた視界の端に、突かれる槍の穂先を捕らえた。

反射的に上半身をそらし、槍の来た方向に魔法剣を突き出す。


剣先が獲物を捕らえた感覚を感じ、そこから真上に手を上げると、血飛沫が上がった。

その方向を見ると、血を吹き出し倒れる兵士の奥から、更に2人が剣を向け迫ってくるのが見えた。


その方向に身体を斃すようにして、前に沈み込むように足を出す。

滑りそうな床を足で蹴り、向かって来る剣を右で払い、空いた胴を左で薙いだ。


殺した数だけ、俺の身体に二刀流を覚えさせているようだった。

魔力の消費と打ち合う数をなるべく減らし、効率的に殺していく。


皮肉にも、自ら望んだわけでは無いこの状況に、俺の剣は成長していく。


「・・・風呂・・・入りてぇ。」


また浴びてしまった血の温もりを感じながら、出た言葉は、そんなくだらない望みだった。

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