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無刀の剣聖  作者: ところてん
67/72

67.矛先

淡い緑色の目をした兵士達は、俺を中心に半円を描くように並んでいた。

それぞれが両手で剣を持ち、全員が同じように中段に構えている。


隣との間隔はなく、両肩が隣の兵士と擦れ合い、微かな金属音を立てている。

装備によって表情までは、伺い知る事はできない。


一糸乱れぬ動きで剣を振り上げ、上段に構える。

剣の刀身は、それぞれ違った色を薄く纏わりつかせ、その強度が魔力によって強化されている事が解る。


兵士達との距離は、もう殆ど無いと言っていい。

もう一歩踏み出せば、双方の間合いに入るのは明らかだ。


腰だめに両手で、大斧となった魔法剣を構える。

少し荒くなった呼吸を整え、兵士達から間合いに入ってくるのを待った。


魔眼を使って視る兵士達の動きは、酷くゆっくりとしている。

まるで走馬燈を見ているかのように、長い時間が経っているようにも思えた。


一斉に動きだす右足が、床から離れ、ゆっくりとこちらに向かって進んでくる。

そのまま、床に足が着こうかと言う瞬間だった。


わずかに間合いに入っている足を見逃す事はしない。

腰にある大斧を一気に振り抜き、一閃する。


金属製の防具は、激しい音を上げたが、纏わりついている魔力の光が、俺の一撃の威力を殺したようだ。

彼らの足は、胴体についたままだった。


しかし、体勢を崩した者が多く、ほとんど構えが解かれている。

片足で踏ん張って、打ちかかって来たのは、4人だった。


見るからに単調な軌道で、ただ力任せに振られたようにも見える一撃だったが、当たれば致命傷になる。

その凶悪さは、剣に纏わりついている光が証明していた。


咄嗟に、大斧から手を放し、2本の針のような剣を作る。

刀身は、金色ではないが、イメージしたのは、チェシーに貰った魔法剣の柄で作った時の形だった。


上段から迫る4本の剣筋を予測して、左側の2人に狙いをつけ、一気に距離を詰める。

何人かが倒れたおかげで、2本の剣筋の間に身体を入れるスペースができていた。


そこに飛び込むように移動して、懐へ一気に2本の剣を突き入れる。

魔法剣は、魔力に守られた防具を見事に貫通し、2人の兵士の腹に穴をあける。


後ろで、振られた剣が床を叩いた音がした。

肩越しに見ると、先ほどまで俺のいた場所に向かって振ったらしく、2本の剣が床の大理石に食い込んでいる。


突き刺した2人からは、もう魔力を感じず、そのまま切り上げるとバターのように胴体が斬り崩れた。

魔法剣は、血をはじき汚れなかったが、返り血で俺の身体は、更に赤黒く汚れる。


崩れた死体の被る鎧の奥からは、淡い光が消えている。

その様子を確認しながら、近くで体勢を崩している兵士に斬りかかる。

どうやら、連続して防ぐほど魔力が高いわけでもないらしく、弾かれることなく斬れた。


背後から気配がして、振り向くと、先程まで床に剣を刺していた兵士が、剣を持ち直しこちらに斬りかかっていた。

一度右手の魔法剣で横薙ぎにする。


2人の兵士の胴を守る防具からかん高い音が鳴り、魔法剣は弾かれた。

そのまま身体を回転させて、左手の魔法剣でもう一度薙ぐ。


すると今度は、防具ごと胴体に刃が通り、通り抜けると剣を上段に構えていた上半身が、床に転がった。

踏ん張ったままの恰好で残った、下半身の切り口から、ピュクピュクとまだ赤い血が噴き出している。


・・・なるほど。


理解した後は早かった。

ドワーフにも魔力があるとは言っても、本当にそれ程多くは持っていないのだろう。


俺の一撃を受けると、武具に纏わりつくように光っていた魔力の光が、明らかに薄くなる。

そこに更に一撃を入れると、魔力による防御が間に合わないのか、素直に斬れる。


騎士団長が精鋭と言っていた、防具を着こんだ兵士達は、次々とかん高い音を上げ、そのすぐ後に肉塊へと変わる。

しばらくすると、部屋中の床は、大量の血と臓物で汚れ、赤い絨毯は黒さを増し、その部屋で息をしているのは、俺と抜け殻のような様子になったダッドだけだった。


肩で息をしながら、辺りを見回す。

両手で魔法剣を握ったまま、その場で立ち尽くしてしまった。


「・・・くそっ。」


兵士達を手に掛け、生き残った俺に残されたのは、どうしようもない不安だった。

そして、口を突いて出たのは、後悔だった。


しかし、考え悩む時間などなく、廊下の方からドタドタと誰かが近づく足音が聞こえる。

重い印象だったドアが、勢いよく開けられる。


「団長!」


大声を張り上げながら、入って来たのは、当然のように帝国騎士団の装備を着こんだ兵士だった。

どうやら、部屋の物音が尋常ではない事に気づき、駆け付けたようだ。


先頭の一人が俺を見つけ、叫ぶ。


「敵襲ーーーー!!!」


その反応は、至極当然だ。

ドワーフの精鋭達とは違い、金属が多いが、少し簡単になった装備を着た兵が次々と部屋に入る。

バシャバシャと音を上げ、汚れていなかったブーツが、散らばる血を巻き上げ、赤い斑点を付けた。


「貴様! いったい何をした!」

「・・・見ればわかる事だ。」


兵士の問に応えた俺の声は、別人の物のように掠れていた。


「・・・これを・・・一人で?」

「それ以外ないだろ?」


俺の心持など知らず、状況は進んでいく。

自分であいつらを斬った時を思い出した。


息をのむ兵士を見ると、まだ若く俺に畏怖でも感じているのだろうか。

何もせずに立っていると、またあのフレーズが聞こえた。


この状況を考えると、仕方ない事のようにも思えてしまった。


「魔族ね・・・。」


だが、もう止まれない。


「まぁ・・・好きなように呼ぶといい。」


そう自覚するのは、簡単だった。


「・・・だが、そう呼ばれ続ける限り、俺は続ける。」


少し騒がしかった、兵士達が俺の言葉に静かになった気がした。


「言っておくが・・・先に喧嘩を売ったのはそっちだ。」


両手の魔法剣を軽く握り直し、前を向いて少し姿勢を正す。


「・・・死にたい奴から来るんだな。」


俺はきっと、この大陸に住む人々にとって、どうしようもない悪人なんだろう。


オオオオオオオオ!!


どこからともなく上がった、雄たけびを合図に、意思を持つ兵士達とのどうしようもない戦いが始まった。





「「フハハハハ! いいぞ!」」


暗闇の中、蒼い目を光らせる男は、喜びの声を上げる。

かつて用意した駒は、今の彼にとって有用に働いた。


「「まぁ・・・あんな言葉で惑う奴ではないが・・・状況は十分だ。」」


彼の身体にこみあげる、渇きが潤うような感覚が、全身に染み渡る。


「「小僧には、殆ど魔法について教えていない・・・そして今回の事で戸惑うはずだ。」」


口元を手で覆い、無意識に零れる笑みを隠しながら、欲深い男は一人、歓喜に包まれている。


「「これで・・・俺は剣聖だ。」」


今後の事を見据えているのか、予測からの結論か。

振るえる身体を抑えながら、男は嗤う。


「「・・・さて・・・そろそろ行くか。」」


腰掛けるベットから立ち上がり、散らばる装備を身に付ける。

それに従うように、寝ていた女も身体を起こし、準備を進めた。


「「しかし・・・小僧の魔眼も捨てがたい。」」


蒼く光る目を収め、小屋のドアを久しぶりに開け放ち、太陽の光を浴びながら男は、考えた。


「「・・・そうか・・・先に心のよりどころを潰せばいい。」」


パチンという指を鳴らした合図と共に、並び立つ男と女の周囲には、黒い液体のような物が広がっていく。

地面にしみ出したそれは、悪意と欲が渦巻いているような模様を描いていた。

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