66.狂気の目
「・・・ふむ、若いのぅ。」
騎士団長は、俺を見据えて目を細めた。
長い顎鬚を触り、ずいぶんと落ち着いた様子で、こちらを見ていた。
「・・・脅し程度、とでも思ってるのか?」
「違うのかね?」
俺の顔を見ながら、騎士団長の口元は、少し緩んだ。
「・・・そもそも、我々と事を構える気なら、迎えの者など死んでいただろう?」
言いながら、座っている椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。
「それに・・・君の目からは、殺気が無さすぎる。」
「・・・へぇ。」
俺の魔法剣は、未だ空中を浮遊し、天体の周りを回る衛星のように、くるくると回る。
「生憎、魔族と呼ばれて取り囲まれた者の目は、見飽きているのでな・・・。」
今度は、大きな机に腰掛けるように、騎士団長は正面に来た。
「自分は、絶対に死なないと思っている男の目だ。」
老獪とも思える様子で騎士団長は、俺を見据えている。
「まさか・・・いくら魔法を使えたところで、正式な騎士団相手に1人なら・・・死ぬさ。」
「・・・報告では、1人で共和国とやり合ったと聞いているがね。」
「さぁな・・・俺も知らん。」
俺の答に、騎士団長は解らないと言った顔になった。
「君がやったんだろう?」
「・・・俺の身体がやった事は確かだな。」
厳しい目を向けてくる騎士団長の表情も解るのだが、事実は言っても理解されないだろう。
「だが、俺が望んでやったわけでは無い。」
両脇に並ぶ兵士達は、騎士団長の指示を待っているのだろうか、剣を抜いたまま、胸の前に掲げるようにして動かない。
・・・これまで見て来た兵士達より、訓練されているようだ。
明らかに別種の空気を纏う兵士達は、騎士団長が言っていた通り、精鋭なのだろう。
部屋の重い空気に、いつでも陽気な様子だったダッドすらも息を飲んでいた。
「・・・そう言って、これまで何人殺したのかね?」
騎士団長は、刺すような目で俺を見て来た。
光が反射したのか、その目は少し光ったような気がした。
「魔族は殺すだったか?・・・お互い様だろう?」
「魔族を殺しているのは、危険だからだ。」
じっと俺を見ながら、騎士団長は、淡々と続ける。
「君の例をとってみろ・・・王国は、もう残っていないと言ってもいい。」
俺を睨みつける男の目は、自分の正しさを信じて疑わない者の目だった。
「で、俺が死んだら気が済むと?」
「魔族を殺せば、話は何とか纏まるだろう。」
これまでの、前世を含めた経験が俺にそう告げている。
頑固者を絵に描いたような老人だ。
・・・俺では、話しても無理だろうな。
ガレイの事もあり、帝国騎士団は柔軟な方なのかと思っていたが、淡い希望だったようだ。
俺を中心に、ふわふわと宙に浮いていた魔法剣は、右手を開くと、吸い寄せられるように収まった。
まるでそこにある事が、自然なように。
自分の魔力のみで作られた剣は、身体の一部のようにも感じた。
「・・・残念だよ。 久々に使える冒険者を見つけたと思ったんだがな。」
「俺は、平和主義者なんだけどな。」
「本気でいっているのかね・・・?」
真剣な目をしたまま、騎士団長は、口元を緩ませて俺に言う。
「・・・笑っているぞ?」
「お互い様のようだが?」
ダッド以外の、並んでいた兵士達は、一斉に動き出した。
胸の前に置いていた剣を下段に下ろし、左肩を前に出して突進してくる。
振り返りつつ、半円を描くように、水平に薙いでいく。
ガリガリと音を鳴らしながら、周り斬ると、厚い鎧を着た兵士達の突進は止まった。
「流石に硬いな・・・。」
鎧ごと斬ったつもりだったが、思っていた結果には至らなかった。
突進を止める事は、叶ったようだが血を流している者は、一人もいない。
先程まで、ただの金属フルプレートだと思っていた兵士達の鎧は、薄く光を放っている。
「ドワーフと戦うのは、初めてかね?」
兵士の様子を見ていた俺に、背後から騎士団長が声を掛けて来た。
振り返ると、騎士団長は、すでに剣を抜いているどころか、豪華な机を足蹴にして跳び、俺に斬りかかっていた。
咄嗟に、右手の魔法剣を横にして、降りかかる剣を受ける。
ガキッ! と耳障りな、金属同士が衝突したような音が鳴る。
全体重を掛けられた一撃を片手で受けることになってしまい、押し込まれる。
振り下ろされた剣を避ける為に、後ろに倒れ込みながらなんとか避ける。
前方から転んだ形になった騎士団長は、その年老いた見た目とは裏腹に、左手で絨毯に着地すると、片手で身体を跳ね上げ、側転するように立ち上がった。
それとは対象的に俺は、思いっきり背中を絨毯に打ち付け、後頭部を強打してしまった。
その隙を突き、先程止めた2人の兵士が、俺の首筋に向かって剣を振り下ろして来た。
淡い光を纏った2本の剣が、一気に迫ってくる。
その瞬間、両の踵に力を入れて思いっきり、背中を滑らせた。
何とか、剣筋から自分の頭部を外す事に成功し、そのまま一度、横転して立ち上がる。
先程まで、俺の頭が置いてあった場所には、2本の剣が深々と突き刺さっていた。
2人の兵士は、それを難なく引き抜くと、こちらに向かって構える。
「・・・すべ・・・け・・・ために。」
目の前に立つ兵士は、ぶつぶつと呟く。
「あ?」
何と言ったのか聞き取れず、俺は聞き返した。
すると、2人の兵士をどけるように、老人が手を出す。
間が割れ、中央に立った老人は、その両の目を光らせながら言った。
「全ては、剣聖の為に!」
騎士団長の両目は、薄く緑の光を放ち、それ以外の兵士達も全く同じ光を暗い兜の中からこちらに向ける。
ダッドは、立ったまま気でも失っているのか、その目からハイライトが消え、その場に立ち尽くす。
脇にいた兵士にどけられてしまい、すぐに見えなくなった。
「・・・厄介な。」
「お前は、ただ・・・差し出せばいいのだよ・・・小僧。」
そんな事を口走りながら、騎士団長は、ゆっくりとこちらに足を出す。
歩幅に開き、膝を落とした瞬間、一気に加速して下段から斜め上に向かって、手に持った剣を走らせる。
俺は、大きく後方に宙返りしながら、机の後ろ側へ移動した。
「これは・・・。」
机の上に置かれた、騎士団長が見ていた用紙。
確かに、彼がそれを眺めながら俺を見ていた。
そこにあったのは、ただ白紙の紙束だった。
苛立ちながら、グシャリとその紙を握る。
「俺がいつから準備をしていると思っている?」
その淡い緑色は、とても魔眼とは言えないだろう。
しかし、ドワーフと言っていた兵士達だけならまだしも、魔力の無い人間であるはずの騎士団長まで、俺の魔法剣に触れて無事だ。
その現象は、1つの例を思い出せば容易に想像できる。
あの大蛇を斬ろうとした時と同じだ。
魔法剣が魔力の塊なら、同等の魔力があれば防ぐことができる。
「・・・魔力・・・その目。」
「ふむ、流石に気が付くか。」
「俺に負けたジジイが・・・。」
「ふっ・・・所詮は小僧の中で戦ったに過ぎん。」
騎士団長の歪んだ顔は、見覚えがあった。
「1つ・・・訂正しておこう。」
騎士団長は、俺に剣先を向け宣言する。
「俺の魔眼は、配り分裂する力だ・・・結果として相手の意識を奪っているに過ぎない。」
「・・・で・・・俺の中にもいたと?」
「そういうことだな。」
再度、騎士団長は、俺に向かってくる。
必要以上の力で、蹴りだされた絨毯は、黒い焦げ後を彼の足形のとおりに残した。
まるで人間魚雷かのように、空中を回転しながら飛んでくる。
その勢いのまま、今度は上段から一撃を見舞うらしい。
ふっと息を吐き、両手で魔法剣を握る。
魔力をより多く集めて纏めると、また形が変わっていくのが分かった。
魔眼で予測している動きに合わせ、一気に下段から跳ね上げる。
腕の振りだけでなく、足で踏みだし、腰を回転させ、すべての力をその一振りに集約させた。
目の前にある机を断ち切り、なお止まらず進む俺の剣は、予測通りに迫る剣を捕らえた。
かん高い悲鳴のような、跫音と共に、太い轟音を立てながら、騎士団長は、正反対の方向へ吹き飛ばされる。
それに巻き込まれ、真後ろに並んでいた兵士達も、部屋のドアに向かって吹き飛んでいく。
「・・・やっぱ頼りになるな・・・ガッツ。」
その形状は、もう魔法剣とは呼べないだろう。
しかし、俺の魔力で再現されたそれは、橙色の光を放ちながらも、振るう人物の重厚さも思い出せた。
「まだだぞ? 小僧!」
今度は、壁を蹴ったのか、吹き飛ばしたはずの騎士団長は、再度俺に向かって飛んでくる。
明らかに、人体の限界以上の力を使っているせいか、先程の傷なのか、その両足はぐにゃりと曲がり、壊れた人形のように回りながら突き進んできた。
魔法で作った大型武器を、最上段に振り上げる。
明らかに、天井を突き斬っているが、問題ないだろう。
跳んでくる老人に向かい、一気にそれを振り落とした。
「・・・さっさと死んどけ!」
鈍い音を立て、断ち切られたそれは、二つに分かれても、その勢いのままに、斬られた弾丸のように吹き飛び、綺麗だった壁を真っ赤に染めた。
その様子を見ても、兵士達の目の色は変わらない。
「全ては、剣聖の為に」と、口々に同じ言葉を呟き、その手の武器を俺に向け構える。
厄介にも、もともと魔力を持つドワーフの方が、体内の魔力を利用されているのか、目の色がだんだんと濃くなっていくのがわかる。
ガシャガシャと音を立て、迫る兵士からは、狂気以外感じなかった。




