63.捕縛と勧誘
俺達の部屋のドアが軽く叩かれた。
すぐに入るでもなく、声を掛けてくる。
「ジェフ、いるか?」
ドアの向こうから聞こえて来たのは、聞き覚えのある低い声。
「いるが?」
部屋のドアを引き開けると、そこにはガレイが厳しい表情をして立っていた。
その後ろには、どこかで見たことがある兵士が何人か立っていた。
「お前を迎えに来た。」
「・・・迎え、ね。」
ガレイの表情と、その後ろに控える兵士達の顔がその意味を物語っている。
「・・・俺だけか?」
「ああ・・・今のところはな。」
「いいだろう。」
俺の返答を聞くと、ドコドコと音を立て兵士達が部屋に入ってくる。
その内2人が、捕縛用の縄で俺の身体を縛りあげた。
「ちょっ! ジェフっ!」
その様子を見ていたアーネットが、叫んだ。
それをチェシーが抑えた。
「アーネット、落ち着いて・・・こうならない方が異常だったんだから。」
チェシーは理解しているようだ。
いづれは、こうなる可能性もあったことを。
身構える2人に、ガレイが告げる。
「悪いが、君たちはこちらで監視させてもらう。」
「・・・監視、ね。」
「なに、食事の準備はうちの兵がするし、金の心配もいらない。」
ガレイの声は、低く、狭い部屋によく響いた。
「抵抗はしてくれるな・・・。」
不安げな目を向けるアーネットを見て、チェシーは硬くその手を握った。
俺の脇にいた兵士が、縄をギュゥギュゥと引っ張る。
「いってぇ! おい! もう少し優しくしろよ!」
「・・・悪いが、決まりなんでな。」
痛がる俺を見ながら、ガレイが言った。
その目は、どこか暗い。
まるで、見たくない物を見ているように。
「・・・連れていけ。」
縄に引かれ、俺は兵士と共に歩き始める。
ガレイの真横まで行くと、その暗い目から諦めのような、悲嘆さが読み取れた。
「あんたの息子は、人間なんだろ?」
「・・・当たり前だ。」
そう言いながら、俺を睨む男を見てなんだか笑ってしまった。
宿を出ると、目の前に馬車があり、兵士達と荷台に乗り込む。
食料やら武器やらが、いろいろと積まれていたが、一番奥にいたドワーフがひと際目を引いた。
「お前がジェフか?」
笑顔を向けてくるドワーフは、目をギラつかせ、俺を品定めでもするかの世に見てくる。
「そうだが・・・悪いが、知り合いか? ドワーフは、見分けがつかなくてな。」
「ガハッハッハッハ! 大丈夫だ! はじめてさ!」
俺の言葉が、そんなに面白かったのか、ドワーフは笑いながら続ける。
「ダッドだ! 戻るついでにお前の護送を頼まれてな!」
「・・・そうか。」
兵士に連れられ、彼と対面して座る。
俺の両脇には、がっちりと腕を組んで兵士が座った。
準備ができたのか、馬車はゆっくりと動き出す。
王国兵に捕まった時は、否応なしに牢屋に詰め込まれたものだが、今回はそうではなし。
馬車の荷台と言うだけ、まだましだった。
「・・・罪人の扱いは、王国よりはましだな。」
「罪人? ガハッハッハッハ!」
ダッドと名乗ったドワーフが笑う。
その声が大きく、一度馬車が跳ねたような気がした。
「安心しろっ、お前さんは呼ばれただけだ!」
「・・・呼ばれた?」
ニヤリと笑うその表情と真直ぐに俺を見る目が事実だと言っている。
「ああ! お眼鏡に叶えば、お前さんは晴れて帝国騎士団員だ!」
「・・・はぁ?」
「なるさ! あの娘とエルフが大切なのだろ?」
低い背もたれに寄りかかり、一つため息をついた。
「・・・帝国騎士団は、脅して作るのか?」
「冒険者上がりは、跳ねっ返りが多くてな!」
表裏のないその笑みが、事の厄介さを売らずけていると言ってもよかった。
「・・・ずいぶん強引だな。」
「それも帝国式だ!」
「・・・そうかよ。」
また一つ、ため息をつき馬車の後ろを見る。
・・・呼ばれている? 騎士団員?
少なくなった人手を考えれば、帝国と事を構えるなんて不可能だ。
だからこそ、おとなしく捕まってやったと言うのに、まさか勧誘だ?
纏まらない考えに頭痛を覚えながら見た、馬車の後方だったが、幕が下ろされ、外を見る事は出来なかった。
そこは暗い部屋。
置かれたただ一つのベッドに片膝を立て座る男が一人。
どうしようもなく渇く身体が、目につくすべてを欲していた。
濃かった周辺の魔素は、吸い付くされ、魔物すらも寄ってこない。
「「この男・・・ずいぶんと欲が深い。」」
できるときに準備をしていた小屋の備蓄を食いつぶし、それでも足りぬと身体が欲する。
「「・・・まだ足りないとな。」」
片手で髭のない顎をさすり、どうしたものかと呟いた。
「「まぁ、他人に言えた事ではないか・・・。」」
片手を見ながら、一度閉じまた開く。
何度かその行為を繰り返し、拳を握る。
「「・・・ここは、俺の為の箱庭だ。」」
この男の目的は一つ。
それは、初めての裏切りから始まった。
「「・・・小娘程度に誘惑されおって・・・人形にしておくべきだったか。」」
仲間と呼べるすべてを殺し、魔力のない人間達を助けた。
傍から見ればそう映る行為も、彼の目的とは違う。
「「あの魔眼は・・・俺の物だ。」」
その言葉を聞き、反応したのか足元で何かがもぞもぞと動き出した。
「「・・・ちっ、もう起きたか。」」
足にかかる掛布をどける。
そこには、白い肢体を惜しげもなく晒し、笑顔のまま頬ずりをする女がいた。
男の身体も欲の赴くままに、素直に体が反応している。
熱を持つ身体と、湧きあがる欲求を感じ、男は呟く。
「「・・・英雄願望の色好きがっ」」
意識とは、裏腹に金色の髪を撫でる。
人形のように意識を失った目を向けながら、満足そうに笑った。
「「・・・何も成さぬうちから、褒美を欲するとは。」」
奪った身体は、主の意思とは関係なく動き始める。
「「まぁいい・・・魔眼を取り戻すまでの付き合いよ。」」
欲が渦巻き、熱を上げる身体。
徐々に意識を身体に渡す。
「「・・・まずは、飼いならす・・・この男を。」」
暗闇に、欲を貪る男と、意思なき人形の嬌声が響く。




