61.止まらない足音
帝国領、ダルトの町。
少し懐かしい気もするこの町の宿屋へ、俺達は戻っている。
昨日は、宿に着いた途端に、疲れで泥のように眠ってしまった。
自分の中とは言え、戦ってばかりで、心が消耗していたのか、起きたらもうすぐお昼だった。
今は宿屋に併設されている食事処で、遅めの朝食を取っている。
しかし、この前まで一緒に行動していた知人がいない食卓は、気安く話す空気でもなく、あまり会話が無い。
ただカチャカチャと食器の当たる音だけが響いていた。
「で、なにがあったのか教えて欲しいんだけど!」
その空気に耐えられなくなったのか、アーネットが机を両手で叩きながら、立ち上がると半ば叫ぶよに言った。
「・・・そう言われてもな。」
実際、俺にもよくわからない。
・・・爺さんが、いや・・・俺の身体を奪った奴が、かつての剣聖だったって事位か?
俺が困った表情になったのを見た為か、チェシーが口を開いた。
「・・・君に何があったのか、教えて欲しいわね。」
「それよ!それ!」
チェシーの言葉に、アーネットが同意した。
割といつもテンションの高いエルフは、酒も飲んでいないのに顔を真っ赤にしていた。
「んー・・・じゃあ。」
そう切り出して、二人に俺の見て来た事を話す。
眠った後、自分の中と聞いていた真っ白い部屋の中で何があったのか。
その間、俺には外で何があったのか見ていない事。
よほど俺の魔眼が欲しかったのか、俺の身体を奪った男がどうしたのか。
事実を並べただけで、これと言って何かがわかるわけでもないと思ったが、覚えている事をそのまま話した。
少し長くなってしまったので、アーネットは自分の座っていた椅子に座り直し、俺の話を真剣に聞いていた。
話が終わると、その目は少し明るくなった。
「・・・じゃあ、チェシーを刺したのは、ジェフじゃないんだ?」
「刺した?!」
アーネットの確認に、俺は驚き少し声が大きくなってしまった。
「・・・ええ、剣で胸をぐっさりとね。」
チェシーが落ち着いた声で、アーネットの言葉が事実だと言った。
「ベールがいなかったら死んでたわ。」
俺の顔が面白いのか、少しの薄笑いと、いたずらっぽい目を向けて、チェシーが追い打ちをかけてくる。
「・・・すまない。」
「何が?」
なんて言ったらいいのかも解らず、つい口をついた俺の謝罪の言葉にチェシーが疑問を投げてくる。
「・・・俺が負けなきゃ、そんなことにならなかったから。」
「君にしては、ずいぶん傲慢ね。」
食器の並ぶテーブルに片肘を突き、手を頬に当てながら、チェシーは言う。
「君を最初に縛った時に、姿を見せなかった剣聖が、最近になって出て来た・・・なら、いずれはこうなってたわよ。」
「早いか遅いかの違いね」とでも言いたげに、チェシーは笑って言う。
「でも・・・これで君への借しは、いくつになったのかしら?」
「やめてくれ・・・気が滅入りそうだ・・・。」
「返してくれるんでしょ?」
「・・・ああ。」
笑いながら話すチェシーと、頭を抱えながら応える俺を見て、アーネットは呆れながら言った。
「あのー・・・私もいるからね? 忘れないように!」
「・・・わかってるよ。」
・・・本当に、助けられてばかりだ。
「・・・身体は大丈夫なのか?」
「まぁ、何とかね・・・。」
俺の問に、チェシーは肩をすくめて答えた。
「ベールの魔法と、アーネットのおかげかしら。」
「・・・そうか。」
「君も、もう右腕は動くみたいね。」
「ああ・・・原因は俺の中で殺したからな。」
「そう・・・。」
俺の表情につられたのか、チェシーは少し目を細めた。
「これからどうする?」
「・・・難しいわね・・・共和国も剣聖のおかげで動けないでしょうし。」
俺が身体を奪われる前は、共和国が魔法使いと手を組んで、魔力のない人間を排除しようと動き始めた。
その時の予想だと、共和国と帝国は、戦争になるはずだった。
俺達が、王国領で共和国が何をしているのかを帝国に伝えることで、魔力のない人間を是とするであろう帝国は、共和国に抵抗するだろうと思っていたからだ。
しかし、事はそうすんなり進まなくなった。
奇しくも俺の身体・・・いや勝手に使われたとは言え、俺がやった事なんだろうが共和国の兵は、かなりの数を減らしている。
まさかすべてを王国領に投入していたわけでは無いだろうが、それでも被害は大きいだろう。
そうなると共和国側は、帝国と事を構える気も無くなっている可能性がある。
「・・・気になるのは、ウィルか。」
チェシーが記憶をたどりながら、言った。
「そうね・・・あの時、君の身体の近くにいたと思うのだけれど、近づいた時にはいなくなってた。」
それを聞きアーネットが、何かに気づいた様子で話す。
「・・・2人なら黒いもやーっとしたので、どこかに行ったんじゃない?」
「ありえなくは無いな・・・。」
この前、相対した時と同じように魔法を使って逃げたというのは、十分に考えられる。
「どうかしら・・・彼が君を見て、戦わないわけがないと思うのだけれど。」
「・・・手傷を負っていたとして、私達を見て逃げたとかは?」
「この前、ウィルが引いたのは、ベールがいたからだろ?」
ベールは、言っていた。
ウィルの天敵は自分であると。
ウィルもまた、自覚しているように、ベールの言葉を聞いて引いた。
それが、この前の出来事だ。
例え、俺と戦って手傷を負っていたとしても、あの強気な男が、彼女らを見た程度で引くだろうか。
「わからないな・・・チェシーが見たと言うのなら、生きてはいるんだろうが・・・。」
「・・・そうねぇ。」
頭に手を当て、考えたチェシーは、以外な答えを出した。
「やりたい事は変わらないのだけれど・・・強硬的な手は取れなくなったと言っていいわ。」
「・・・まぁ、人手も減ったしな。」
「彼らが生きているなら、まだ戻るのも危なそうだし・・・しばらくは、様子見がいいかもね。」
「・・・そうだな。」
チェシーの言葉に同意しながら、ふと近くにあった窓を見る。
空はどんよりとした黒い雲が広がり、今にも降りだしそうだった。
ガシャッ・・・ガシャッ・・・ガシャッ
音を立てながら、一人の装備を着たエルフが歩く。
着ている緑の外套も所々が解れ、緩くなった金属製の防具が1歩歩くごとに音を立てる。
足でも怪我をしているのか、その足取りは重い。
しかし、1歩、また1歩と、彼の故郷に向ける歩みは、止まらない。
「・・・ま・・・ぞく・・・まぞ・・く。」
そう呟くこれは掠れ、しばらく水すらも取っていない事がわかる。
生きた人形のように歩くエルフを見つけ、彼女は慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられても、聞こえていないかのように呟きながら、歩くエルフの姿は、異様としか言えなかった。
「・・・ま・・・ぞ・・・。」
ドサッ!
ついにエルフは力尽きたのか、大きな音を立て、地面に突っ伏した。
「大変!・・・誰か! 手伝って!」
王国方面から来たエルフを見て、彼女は近くの知人に助けを求める。
魔族による王国への襲撃から、冒険者ギルド職員として、逃げ延びた人々の世話をしている彼女にとっては、それは普通の事だった。
すぐに駆け寄って来た男性が、エルフを見てすぐに担いだ。
「今度は、エルフか・・・。」
「ええ・・・。」
「ミフィー、そっちを持ってくれ。」
「はいっ・・・よいしょっと。」
2人に抱えられ、運ばれていくエルフは、うわ言のように呟いた。
「・・・まぞ・・く。」




