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無刀の剣聖  作者: ところてん
60/72

60.人肌の温かさ

目を閉じ、少し落ち着くと、自分の身体を動かせる事が分かった。


ポツポツと降る雨が、頭に当たり髪を濡らす。

頬を撫でる風は、季節のせいか少し冷たかった。


久々に感じる気がする外の空気を大きく吸い込む。

息をゆっくりと吐き出しながら、閉じていた目を開けた。


生きている間に越えられなかった壁の高さを実感するように。


「なににやついてるの?」


いつの間にか正面の少し離れた所に、チェシーがいた。

俺の表情を見てどうやら呆れているらしい。


「・・・そうか?」

「君ねぇ・・・少しは空気読んだら?」


チェシーを見ると、まだ目を紅く光らせていた。

それにいつもの黒いローブは、赤黒く血で汚れ、胸の辺りが切れており、風が吹くと白い肌が見えた。


「・・・また迷惑かけたみたいだな。」

「それだけ?!」

「その目・・・どうしたんだ?」


チェシーが片手を腰に当て、もう一方を額に当てた。

頭の痛くなる事があったらしい。


「・・・君のおかげで、ベールは死んだわ。」

「・・・え?」


彼女の言葉が、少し信じられなかった。

あの男は、俺に強さを隠しているように見えた。

簡単には殺せないであろう事は、本来の姿を見せたときに感じていた。


「彼は、私の中にいる・・・そして魔眼を渡されたわ。」


驚いている俺を見て、チェシーは一つため息をつき、続けた。


「・・・私が今ここに居るのは、ベールのおかげね。」

「・・・すまない。」

「ふーん・・・。」


謝る俺の顔をチェシーは覗き込むように目を凝らしていた。


「ベールが言うには、君は大丈夫みたいね。」

「・・・爺さん・・・俺の身体を使ってたやつか?」

「ええ・・・もう君の中にはいないって。」

「そうか・・・。」


それを聞いて、何故か少し寂しいような気もした。


「・・・はぁ・・・流石ですって、ベールから。」


あの時と同じような顔をしていたのか、チェシーはそう言った。


「本当にいるんだな・・・。」

「ええ・・・今は私を通して君を見てる。」

「そうゴフッ!。」


ドスン!と音を立てて俺の腹に、彼女の拳が突き刺さった。

きつかったが、ずいぶん久しぶりな感じがした。


「許さない・・・。」


チェシーは、耳元でそう言った。

俺は反動で腰を折って、腹を抱える。


「これも・・・ベールから。」

「きっついな・・・。」

「当然ね。」


まだ痛む腹をさすりながら、折った腰を戻すと彼女の顔が近かった。

間近で見る彼女の目は、力強く紅い光を放ち、俺を注意深く観察しているようだった。


「・・・恨まれている、か。」

「それはベールに聞いて!」


チェシーは、胸の前で腕を組み、俺を睨んでいた。


「・・・ベールに聞け・・・か。」

「できない?」

「いや、できない事もないきがするよ・・・今ならな。」

「・・・そう、それよりも・・・。」


そんな会話をしていると、チェシーは俺の背後が気になるらしい。

俺の腰の辺りを掴んで、覗き込むように見ている。

それを見て、俺も振り返った。


そこには、立っている者などいなかった。

夥しい数の骸と、荒れてしまった荒野だけ。

暗くなった空と強くなり始めた雨が、その光景を一層暗く、悲しい物にさせていた。


「・・・こんなことになってたのか。」

「ええ・・・外の様子は見ていなかったの?」

「・・・ああ。」


自分の中にいた時、外の様子が見えたのは、最後の一瞬だけだった。


なにより、身体を奪われた時の激痛から、殆どの時間を戦っていた気がする。

状況が悪すぎて、外の事を考えるなんて無理だった。


「そんな余裕は無かったし、見えた時には、チェシーが居た。」

「そう・・・。」


俺の応えを聞いても、彼女は納得いかないようだった。

俺を盾にしながら辺りを確認している。


「ウィルとジェニスがいたはずなんだけど・・・。」


キョロキョロと小動物のように動く彼女を見たからなのか、あまりにも連続で死体を見たからか、自分でもよくわからなかったが、気が付いたらそうしていた。


「ちょっ・・・。」


すでに近かった彼女の身体を抱き寄せると、驚いたような声が聞こえた。


「・・・あの時、見えなかったら、きっと負けてた。」

「え?・・・なに?」


小声で言うと、聞き取れなかったのか、聞き返されてしまった。


「・・・もうちょっと、雰囲気とか考えたら?」


チェシーは、困ったような声を出した。

その声すらも、今の俺には甘美に感じる。


腕の中にいる彼女は、柔らかく、温かかった。

その熱を受けた心が、少しだけ温かくなる気がした。


少しの間そうしていると、近くでガサッと音がして、反射的に顔を上げた。


アーネットがおっかなびっくりと言った様子で、近寄って来ていた。

その表情は、「こんな場所でやるなよ」と顔に書いてあった。


「もう・・・大丈夫なの?」

「ああ・・・。」


少しだけ、笑ってアーネットに応えた。


「そっか・・・。」


アーネットの目は、少し潤んでいた。


「心配かけたみたいだな・・・すまない。」

「・・・君にそう言われると・・・なんだか気持ち悪い。」


アーネットは、耳をピンと立てて、自分の身体を両手でさすっていた。


「・・・悪かったな。」


俺が続けた言葉に、アーネットはさらに大きく身を震わせた。


「チェシー・・・ジェフも戻ったみたいだし、帰えらない?」


アーネットは、俺を無視してチェシーに言った。


・・・そんなに変だったか?


「そうね・・・迎えに来るのが目的だったし、帰りましょうか。」


そう言うと、チェシーは俺の腕の中から離れてしまった。

それが少し寂しいような気がした。


チェシーが振り返り、少し近づいてきていた兵士に声を掛ける。


「偵察も十分でしょ?」

「ああ・・・しかし、共和国の軍がこうなるとはな・・・。」


チェシーに応えたのは、ガレイだった。

普段から少し低い声が、さらに少し低くなっていた。


「・・・これは・・・いったい誰が?」

「たぶん・・・俺・・だな。」


ガレイは、一瞬俺の顔を見て驚いていた。


「・・・そうか。」


そう呟くだけで、深く聞いて来なかった。


「・・・魔法で戻るのか?」

「ええ・・・今更歩いて、山脈越えは、馬鹿らしいわ。」


俺の言葉にチェシーが頷くと、すぐに青白い光が、俺達を包んだ。





クェラ山脈に連なるとある山。

その中腹に小さな木製の小屋が1軒あった。


魔素も濃い為、周囲に人里など無く、それでも外観はある程度整っている。

小屋に窓などは無く、中は暗闇が広がり、一人の男がうめき声をあげていた。


「・・・小僧がっ!」


うずくまった男が、床を拳で叩き、ダンダンと音を立てる。

その男の傍に、一人の女性が寄り添い、男の背中をさする。


「やめろっ!」


男は、どうしようもない苛立ちと、怒気を放ち、女性の胸を片手で突き飛ばす。


「・・・。」


物言わぬ女性が、尻餅をついたが、荒れ狂う男に笑顔を向けていた。


「クソォォォオオオオオオ!!」


男の咆哮は、誰もいない山中に木霊した。

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