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無刀の剣聖  作者: ところてん
59/72

59.剣聖 ジェフ・ジーク

オーガの死体からは、ゴブリンよりは少し濃い魔素がまき散らされた。


・・・やっと終わった。


そう心が安堵した瞬間、俺の周りを衛星のように回っていた武器は、音も立てずに砂のように崩れていく。

それを見届けると、どっと身体にだるさが出て、片膝を地面につき、片手を地面に当てる。


ベチャリと散らばった魔物の血から不気味な音が響いた。

余裕があれば、汚れるとか、気持ちが悪いとか考えるのだろうが、今はそんな余裕などない。


肩で息をして、身体を揺らしながら、そこに座りこんでしまう。

一度目を閉じ、呼吸が落ち着くまで深呼吸をした。


少し時間が経ち、落ち着いてくると瞼を開ける。

先程まで、魔物の死骸で埋め尽くされていた床は、いつの間にか元の白い床に戻っていた。


「ずいぶん諦めが悪くなったな・・・小僧。」


カツン、カツンと音を立てながら危機なじみのあまりない声が聞こえてる。

顔を上げると、そこには剣聖を名乗った男が数メートル先に立っていた。


「・・・まだ、返していない物が沢山あってな。」


その男を睨みつけながら、ゆっくりと立ち上がる。

先程まで、限界以上に酷使しきった前世の身体は、ところどころの関節から痛みという形で悲鳴を上げた。


「ぐ・・・。」

「・・・死人には、何も返せんだろう。」


目の前の男は、嘲笑うように俺に事実を伝えて来た。


「貴様が今から何をしたところで、生き返るわけでもない。」

「・・・そうだな。」


同意すると、俺の身体を奪った男は、にやりと口角を上げ、醜悪な顔を晒した。

自分の身体なのに、全く自分のように感じなかった。


「・・・さっさと魔眼を渡せ・・・それは、俺に必要だ。」


醜悪な笑みを浮かべたまま、俺に右手を出して来た。


「・・・断る。」


右手を掲げ、そのまま自身の身体に残った魔力を纏めていく。


「・・・お前を殺せば・・・俺の身体は帰ってくるんだったか?」


今更魔法剣の形に拘る気は無い。

当てれば必殺となる一撃を喰らわせられればいい。


鍔などいらない。

持ちてもできるだけ簡素でいい。


俺の右手には、薄く針のようにも見える刀身だけが姿を現した。

奇しくも、その刀身は、チェシーから貰った柄で作った魔法剣に似ていた。


「確かに・・・俺が死ねば、小僧に身体は帰るだろうが・・・今の状態では、ちと違うぞ?」


目の前の男も、差し出していた手を引き、後ろ手に回すと刀身のない剣の柄を取り出した。

まぎれもなく、俺が爺さんから受け取った柄だった。


「・・・今は、俺が身体と繋がっているのだ・・・中身が死ねば、連動する可能性もある。」


言いながら、目の前の男も魔力を剣として纏めていく。

以前に見た、爺さんの黄緑色の曲剣とは、少し違った形になった。


持ち主の心を写すように、禍々しく唸る魔力が纏まり、小さな渦が連なる。

曲剣ではあるのだろうが、所々に棘のような物ができ、その禍々しさを助長している。


「・・・ずいぶん、狂暴そうな剣だな。」

「小僧の魔力のおかげでな・・・だいぶ本来の形に近づいた。」

「それが本性ってわけだ・・・。」

「・・・ああ、そうだ。」

「よかった・・・。」


答えを聞いて、俺は安心した。

俺の少しだけ緩んだ顔を見て、目の前の男が聞いてくる。


「・・・何?」


青白い目を光らせ、俺の顔をしたそいつは、怒りをはらんだ声を出した。


「・・・ただの屑を殺すのなら、俺に罪悪感など沸かないからな。」


軋む身体に力を入れて、一度姿勢を正す。

真上を見て頭を回してから、正面を向いて半身になった。


「俺の相手は、お前のような屑がお似合いだ。」


身体の疲れがあるからか、奪われた俺の身体で嗤う男を見ても、怒りはこみあげてこなかった。

俺の顔を歪ませながら、目の前の男は言う。


「俺はお前を殺して魔眼を奪えばいいが・・・。」


安心してから見たそいつは、酷く汚れた、薄汚い野犬のように思えてしまった。


「お前は、俺を殺したら死ぬぞ?」

「・・・だから?」


俺の様子を見て、目の前の男は、怒りをむき出しにしてきた。


「せいぜい、自分の身体に気を使う事だなっ!」


言い終わりと共に、男は向かってきた。

数歩で距離を詰めると、その勢いのまま下段からの斬り上げる。


スッっと一歩左足を踏み出し、相手の剣筋を見送りながら腰を折り、屈んだ。

空を斬り進む禍々しい刀身は、その身に付けた細かい針をブルブルと震わせて音を出す。


クキャァァアアアン!!


生き物のような唸り声を上げながら、禍々しい魔法剣は、男の腕と共に俺の頭上へ上げられた。


・・・余計に魔物に近くなったな。


打ち終わりの隙を冷静に、その剣を持った腕ごと奥の首を狙う。


「遅いっ!!」


クキャァァア! ガキャンン!!


「ちっ・・・。」


確かに隙をついたはずの、俺の剣は、禍々しい魔法剣に止められた。


そのまま鍔迫り合いになる。

押し込まれながらも、相手の剣筋を身体の外へ逸らしていく。


ガリガリガリと音を立てながら、剣は擦れる。

細かい針に引っかかり、魔法剣を引き事も出来ない。


「・・・その程度の身体でよくやるっ!」

「きついけどなっ!」


掛け声と共に左手に素早く、別の魔法剣を作り、目の前の男の首元を狙った突きを放つ。

残りの魔力が少なかった事もあり、その刀身は、通常の半分くらいの長さだった。


それを見切ったように、目の前の男は、バックステップして躱す。

それと同時に、俺の魔法剣にまだ引っかかっていた刀身を見限るように魔力を霧散させ、消していた。


「・・・なるほど・・・限界は近いようだな。」


今の打ち合いを経て、確信したかのように、俺の顔をぶら下げた男は嗤う。


「そう見えるか?」


はっきり言って、すでに限界など越えていると言えるが、おくびにも出さずに、返答する。


「・・・あぁ・・・後は心を折れば、お前の魔眼も俺の物だ。」

「心を・・・ねぇ・・・。」


少しの攻防で、すでに足は痙攣を再開しそうで、息は上がってきている。

しかし、それを悟らせまいと、懸命にじっとしていた。


「どうやら、客も来たようだしな。」


目の前の男がそう言うと、真っ白だった空間の一面に、外の様子が映し出される。


暗い荒野に、辺りは夥しい骸が転がる。

空も黒ずんでいて、雨が降っているようだった。


中央に一人の女性と、その後に続いて何人か、装備を着た兵士の姿があった。

見覚えのある長い紫色の髪を風に靡かせながら、雨の中先頭を進む女の目は、紅く光を放っていた。


「・・・あの女がここに居ないことが、お前の心の支えなのだろう?」


俺の顔をした男は嗤う。

その歪んだ顔の醜悪さは、自分の身体だと思いたくもなかった。


「やらせると思うのか?」

「・・・なに?」


俺には、一つの確信があった。

今、あいつの掛け声と共に、外の様子がうかがえた事と、夢の中でここに連れて来られた時の事が、不思議と合致した気がした。


・・・ここを俺の中と言ったのは、爺さんだ。

そして、今はあいつがこの世界を操っているようにさえ見える。


だが、あいつが居ない間に起こった出来事。

・・・俺はまだ魔眼を持っている。


つまり、すべてを操れているというわけでもない。


「・・・お前の意のままに・・・俺が操れると思わないことだ。」


左手の短い魔法剣を収める。

搾りかすかもしれないが、俺は全身の強化に使っていた魔力すらも右手に集中させていく。


「その程度の脆弱さで何ができる?」


細い針だった魔法剣は、本来の片手直剣の姿を取り戻した。


・・・もう走る力なんて残ってない。

俺の中だと言うのなら・・・少しは俺の力になりやがれっ!


外の映像を写す一面に向かって、魔法剣を撃ち出した。


「ちぃっ・・・小賢しい!!」


宙を進む魔法剣を止めようとしたのか、男は走り出した。


クキャァァア! ガキャンン!!


三度、唸り声を上げながら、禍々しい魔法剣は、俺の剣を弾き飛ばした。


「当てろよ! クリストフ!」


俺の左肩の上方に現れた、弓にはすでに矢がつがえられており、引き絞られている。


・・・これで最後だ。


音もなく進む、一筋の矢は、橙色の光の帯を作りながら進んでいく。

俺の狙い通りに、男の遥か頭上に突き刺さった。


ピキッ!!


外の映像を見せていた一面は、音を立ててひび割れる。


「ぐぅあああ!! 俺のっ!! 魔眼が!!」


俺の顔をした男は、左目の当たりを抑えて叫び声を上げた。

手の間からは、血が滴っている。


「消えろっ!!」


一度、叩き落された俺の魔法剣が宙を舞う。

そして、一気にひび割れた一面を叩き壊した。


「ぐぅああああああ!!!」


今度は、両目を手で覆いながら、かつての剣聖は、のたうち回った。

徐々に、俺の身体が戻ってくるのがわかる。


「・・・お前・・・奪うだけだな?」


俺は、確信した答え合わせをするように、静かに声を掛けた。


「・・・魔法使いが、満足に使える魔法なんて、1つか2つ。」


一歩その男に近づく度に、俺の身体は、前世の身体からこの世界の身体に変わっていった。


「俺の身体を奪えても、その中にいる精神までは犯せない。」


徐々に体調が戻り、魔力が戻ってくるのが分かった。


「・・・だからこそ・・・俺の心を折に来た。」


俺は、右手に魔法剣を作り出す。

いつの間にか、年老いた爺さんの身体になり、床に転がる男を見下ろしながら続けた。


「・・・悪いな・・・諦めなくて。」


俺の言葉に反応するように、見上げられた顔の両目からは、血が滴り盲目となった老人が口を開けていた。


「俺がっ・・・俺こそが剣聖だ!」


最後に聞いたのは、そんな言葉だった。

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