53.白い世界の中で
王国領内、元々草原だった場所が、今は無数の窪んだ溝が地面を窪ませ、荒れ地となっていた。
その東側、まだ草原が広がる場所に、共和国の兵士達は、野営のテントを張り、陣を作る。
共和国の兵士達は、一方的な戦果に満足しているのか、緩んだ表情で、酒を煽っている。
「反撃すらできないとはっ!」
「そいつは、無理ってもんだ! 奴らには、反撃できる魔力なんてないっ!」
「それもそうだ!」
兵士達は、自軍の圧倒ぶりを思い出し、口を開けば蔑み、嗤う。
そんな陣の一角にテントの中に明かりを点け、集まっている3人がいた。
「ヒャハハハッ!! ウィル! いい感じに事が進んでるじゃないか!」
ニールが酒を片手にくつろぎながら、軽く言う。
胡坐の形から片膝を立て、そこに肘を置き、酒を持っている。
行軍中のテントの中とは言え、用心しているのか、黒い外套のフードを目深に被り、顔を隠していた。
「そうねー、さすが剣聖は違うわ。」
ウィルの隣に寄り添うように座り、彼の右腕に絡みつきながら、ジェニスが甘い声色で同意した。
「ふっ・・・俺達は、何もしてないが・・・まぁいい。」
ウィルは、冷静に自身での功績ではないと言いつつも、少し顔を緩ませている。
「・・・目的は、この先だ・・・こんな簡単なことで終わっては面白くない。」
左手で持った酒を煽りつつ、ウィルが真剣な面持ちで言った。
「ヒューー! まだお嬢様っていうメインディッシュも残ってるしなっ!」
「どんな顔見せてくれるかしらねぇー。」
2人は、その言葉に心躍らせた。
ウィルは、今後起こるであろう光景を想像しながら言葉にする。
「・・・このまま私の考える通りに進むなら、共和国は帝国とも一戦交えるだろう。」
「そいつぁいい!・・・そこにお嬢様はいるのか?」
「・・・おそらくな。」
「てことは、ベールも新人君もいるよねぇ。」
ウィルの言葉に、2人は興奮したような声を出す。
「お嬢も、ベールも新人君もっ!」
「みぃんな仲良く、死んでもらわなきゃぁー。」
夜会は続く。
エルフにとっての正義を・・・魔法使い達にとっての正義を体現する者たちの喜びが野営地を照らしている。
買い出しに行ったベールとアーネットが戻り、全員で準備をする。
といっても、持つ食料の分担を軽くしたくらいで、装備に関しては、時間がとれるかもわからない状況だったので、手を付けていない。
アーネットとベールで大体の荷物を持ち、俺とチェシーは、最低限という分配になった。
アーネットは、俺とベールに比べれば、戦闘向きではないし、魔力もあるので少々重くても問題ない。
チェシーにも少し持ってもらおうと思ったが、ベールが持つと譲らなかったので、任せる事にした。
とはいえ、ある程度は分散しておかないと、何かあった時に困るので、最低限1日分くらいは、持ってもらう。
戦闘に関しては、特に心配していない。
全員が魔力を持っていて、魔眼持ちが半数を占める。
魔物など敵にならないだろう。
注意するべきは、同じく魔力を持つエルフ、ドワーフと俺達を裏切った魔法使いくらいだ。
前回、共和国で逃走に手間がかかったのは、おそらくエルフの結界系の魔法の影響と解っている。
結界系の特徴は、地雷のようなトラップ型で、特定の場所にしか影響を及ぼせない。
今回は、王国方面への斥候となるので、注意は必要だがそこまで気にする事は無いと言うのが、ベールとチェシーの意見だった。
仮に王国領内に共和国の兵がいたとしても、結界系の魔法を全土に展開する事など、できるわけがないと言うのだ。
結界系の魔法に熟練している者がいたとしても、一つの街や地域位なら仕掛けられない事もないが、こちらの足を止める程の効果をもたらすには、至らないだろうという事らしい。
「・・・まぁ、相手の魔法を警戒しすぎると、何もできなくなってしまうし・・・ある程度の危険は覚悟しないとね。」
「それもそうか・・・。」
「しかし、注意は十分にしておく必要があります・・・」
「注意と言われてもな・・・」
チェシーの言う事ももっともだが、ベールの言葉の通り、用心するに越したことはない。
しかしながら、俺には結界系の魔法への対抗手段なんてない。
はっきり言って、魔法と名の付く物で人並み以上に使えるモノなど、魔法剣位だ。
「魔眼を使えばいいのです。」
困った表情になった俺を見て、ベールは簡単そうにそう言った。
「・・・俺の魔眼に、結界を見つけるなんて事できない気がするんだが?」
「まぁ・・・理由は色々とありますが、魔眼とはやはり特別なモノです。 使っていればきっと分かりますよ。」
「ふーん・・・じゃぁ、一応王国側に行ったら、使うようにしとくか。」
「是非お願いします。 せっかく魔眼持ちが2人もいるのですから、有効に使いましょう。」
そんな会話を終え、日も落ち迎えも来ないので、俺達は食事をしてから宿に戻った。
アーネットがしばらく飲めないんだろうからと、やたらとタルを空け、竜種の素材を売ったとはいえ懐事情はだいぶ寂しくなってきた。
それを知ったチェシーは何とも言えない顔になっていた。
「少しは改める気になったのかのぅ・・・」
また懐かしい爺さんの声が聞こえた。
瞼を空けると、俺はまた白い部屋にいた。
起き上がると、爺さんは目の前に立っていた。
「・・・どうだろうな。」
俺は正直に爺さんに応えた。
「爺さんの言う、周りを見ろってことや・・・人は一人では生きられないって事も・・・よくわからん。」
「・・・ふむ。」
爺さんの目は青白く、その瞳には、俺の姿が映っていた。
「目は・・・ずいぶん変わったのぅ。」
「・・・目?」
白い顎髭をさすりながら、爺さんはそんなことを言った。
「要するに、心のバランスじゃ・・・」
「・・・意味が解らん。」
「はっはっはっ、そういう所は変わっておらんのぅ。」
訝しい目をする俺を見て、爺さんは笑っていた。
まるで、出会ったばかりの頃を思い出すように。
「・・・小僧、まだ右腕は必要かね?」
「左だとやりづらくてしょうがないしな・・・爺さんがやったんだろ? さっさと戻してくれ。」
「・・・ふむ。」
俺を見つめながら、また爺さんは顎髭を触った。
「まだ早いのぅ・・・。」
「・・・糞ジジイ。」
「はっはっはっ・・・どうしてもと言うなら、久々に一手、やってみるかね?」
そう言って爺さんは、魔法剣の柄を抜き、魔力を纏めていく。
刀身の無かった柄は、黄緑色の反りのある曲刀を形作っていた。
「懐かしいな・・・。」
俺は、左手を前に出し魔力を纏める。
柄はないが、そこには橙色に光る剣が形どられていく。
「・・・死んだら終わりか?」
「小僧は死なんだろうか・・・わしが死んだら右腕は動く。」
「・・・なるほどな。」
真っ白だった世界は、徐々に黄色味を帯びていく。
「・・・爺さん、悪いが死んでもらう。」
「右腕を使えない事が、ずいぶん効いているようだのぅ・・・。」
ガキンッ!
魔法剣が交差し、金属がぶつかり合うような音を鳴らした。
せめぎあう剣の向こうに見える爺さんは、少し笑っていた。
「小僧っ・・・」
何度か打ち合い、距離を取る。
「・・・ちっ、少しは老いろよ・・・糞ジジイ。」
時計周りに、円を描くようにして歩くと、爺さんは反対に回った。
「生憎、すでに死んでおる身でのぅ。」
かつての爺さんと全く同じ動きで、粗々しくも攻め立ててくる。
だが、俺が手の内をわかるように、向こうも解っている。
そのすべてを剣で受け、隙を見て反撃するが、その全てをことごとく受け流された。
爺さんが身体ごと回転し、横薙ぎの一閃を放った。
剣を縦に構えて、何とか受け止めたが、2、3歩程度後ろに後退させられた。
「懐かしいのぅ・・・。」
剣を持つ手を身体で隠すように、半身で立つその姿は、以前に何度も見た。
全身から力が抜け、自然体。
あらゆる攻撃に反応する、青白く光る目。
「力任せに振っても当たらぬぞ?」
ついに死ぬまで、俺が超えられなかった師匠のままだった。
「・・・死人はさっさと死んどけよっ!」
打開策も見いだせないまま、俺は爺さんに打ちかかるしかなかった。




