50.共和国の特使
王国領の東側自由区との境界付近。
王国の騎士団所属の兵士達は、その一団と交渉することになる。
と言っても、本来、首都として機能していた街が潰され、指揮系統も急場しのぎで曖昧だ。
さらに軍として機能する程、率いる事の出来る将は、殆ど首都にいたのだ。
今ここに居ないという事は、死んだか、相応の怪我でもしている。
交渉の体裁は、何とか整えたという状況である。
つまりは、一方的な勧告を受けるだけで、王国側の意向など完全に無視されるような結果となる。
「・・・そ、それでは、我々に援助を申し出た兵士を差し出せと?」
たいして階級は、高くなかったが、この場のまとめ役を買って出た兵士は、青い顔をしながら、その勧告を受けていた。
「当たり前であろう、その者達は、離反者なのだ・・・軍律を犯した以上、我々で罰しなければならない。」
さも当然のように、エルフの将は応答する。
「・・・魔物の簡単な討伐でも引き受けてくれる者に限りがあるのです。」
「だから?・・・なんだと言うのだ? 我々は、我々のすべき事を成しに来ただけだよ?」
「・・・今ここで、王国が滅びる事は、貴方方にとても不都合では?」
苦し紛れに、国益に沿わないであろうと指摘した。
だが、そんな事は意味をなさない。
「まったく問題ないな・・・寧ろ自由区が山脈のこちら側に増えれば、帝国も手を出しづらいだろう。」
帝国と王国は、クェラ山脈を挟んで反対側だ。
その位置に自由区が増えるという事は、共和国にとっては自由に資金投入ができ、なおかつあまり管理をしなくても問題ないような土地が増えるだけになる。
短に経済を回す事を考えるなら、大国と取引するよりも、自ら資金を投入した自由区とした方が、何かと融通が利き、都合がいい。
「・・・では、共和国は、我々にこのまま潰れろと?」
「そういう事だ。 なぁに、我々も鬼ではない、共和国に協力しすれば、命の保障はしよう。」
「属国になれと? ・・・我が歴史ある王国に・・・。」
王国兵士の言葉に、い合わせたエルフの兵士達は、ドっと笑い声を上げた。
「・・・なにがそんなにおかしいのです?」
「どうやらまだ、解っていないらしいな・・・。」
エルフの将は、机に肘を立て、頬杖をついた。
そして、続く言葉を口にする。
「・・・剣聖を盾に、これまで怠惰に暮らして来た無能な人間達になど、国を持つ資格など無いと言っているのだよ。」
「・・・。」
王国兵士は、その言葉に驚愕し、何も応えられない。
「君達人間は、魔力を使える者を魔族として殺し続けて来た・・・おかげで開発は遅々として進まず、大した成果が上がらない。」
「・・・いったいなにを?」
エルフの将は、更に言葉を続ける。
「大昔の戦争をいつまでも引きずりできる事をせず、排除しようとしかしない・・・。」
「・・・まさか、共和国は、魔族を認めると?」
その王国兵の言葉に応えたのは、エルフの将ではなかった。
「魔族ではない、我々は魔法使いだ。」
エルフの将の隣に座り、あまり言葉を発していなかった男が、突然にそう告げる。
「・・・勇敢な開拓者を忘れ、この大陸にしがみつき、我々を排除してきた事を後悔するんだな。」
その男の言葉は、低く冷淡で何を言っても受け入れられない、そういう類の怒りを含んでいた。
「・・・共和国は、魔族と手を組むのですね。」
「何度でも言うが、我々は魔法使いだ・・・魔族などと言っている限り、王国が滅びる事に変わりはない。」
「魔族が調子に乗るなっ!!」
王国兵士は、立ち上がり魔法使いと事象する男に向かって叫ぶ。
「・・・どうやら、まだ状況が理解できていないようだ・・・しかたがない。」
そう言って、エルフの将も立ち上がった。
もう話すことはないと言うように。
それに魔法使いを自称する男も後に続いた。
そして、集まっていたエルフの兵士達も引き上げていく。
つい先ほどまで、王国兵士の言葉に笑い声をあげていたような弛緩した空気ではもうなく。
重い、物々しい物だった。
帝国の首都、ジェニムの街、騎士団詰め所の一室には、一人の髭を蓄えた老人が机に向かって座っている。
大量の書類に目を通し、帝国領内での魔物や、領民達の諍いなど、些細な事でも事後報告が上げられ、時には魔物の集団の調査依頼もここに集まる。
一つ一つを注意深く、確認し問題なければ、特に指示も出さないが、緊急となれば即座に騎士を集める。
そんなことを即座に決定できるこの老人こそが、この帝国の軍備を一手に引き受けているというのは、自他ともに認めるところだ。
だからこそ、見落としが無いように、書類にも確実に目を光らせている人物でもある。
「・・・ふむ、どうしたものか。」
そんな中、時には判断に迷うような物も出てくる。
1枚の書類を手にしたまま、深く考える。
それには、帝国にとって重要な拠点となっているダルトの町からの報告が書かれていた。
そこにある名を見て、驚きもあり、まぁ予想していたという部分もある。
コンコン! 老人の部屋のドアが叩かれた。
「入れ。」
短く、そう告げると伝令役の兵士が、すぐに部屋に駆け込んだ。
「団長! すぐに謁見の間へ! 共和国からの特使です!」
「・・・ふむ、わかった。・・すぐに行こう。」
その報告を受け、老人は持っていた書類を簡単に折り畳むと、懐にしまった。
そして、立ち上がり伝令の後に続いて、部屋を後にする。
その足取りは、軽く見た目の老いを感じさせない足取りで、腰には一本の直剣が下がっている。
老人が謁見の間に着くと、一人のエルフが帝王の前で話を始めていた。
「・・・ですから、我々に協力していただきたいと。」
「・・・急に言われてもな。」
ドワーフの帝王は、困った様子で相手をしていた。
碌に交易もない、共和国からの急な要請をどうしたモノかと悩み、ひじ掛けに置かれた指は、トントンと上下に動いている。
「遅くなりましたかな?」
謁見の間に入った老人を見て、帝王は笑顔になった。
「おお! 騎士団長、よく来た。」
「お呼びになられましたからな・・・しかし、どういった事で?」
「特使殿、すまないがもう一度頼む。」
帝王に促され、エルフはもう一度話始めた。
「では、失礼して・・・」
エルフの特使は、持っていた書類を広げ、再度読み上げ始めた。
我が共和国は、かつてのエルフの国としての国体を取り戻すべく、魔力を持った者を集い、協力する事とした。
ガストル帝国においてもドワーフが多く協力できる相手と考えている。
共和国は、これより魔族という呼称を撤廃し、魔法使いとして魔力を持つ人間を受け入れる。
これに反発する者は、罰し徹底して排除する。
ついては、貴国との友好の為にも、この考えに賛同いただきたい。
以上、バルト共和国議会代表 ツェルニ。
エルフの特使が読み上げた書類を、丁寧に折り畳むと、近くにいた帝国騎士に渡した。
謁見の間は、騎士団長の言葉を待っているのか、しんと静まり帰っている。
「・・・ふむ・・・友好とな?」
「ええ、王国がこうなってしまった以上、残った大国は、貴国と我が国の2大国となります。」
「・・・そうかのぅ?・・・王国の行く末を共和国が勝手に決めるのかね?」
「そういうわけではありません・・・あくまでも現状で、考えているのです。」
「魔族の襲撃に備えているかと思えば・・・今度は魔法使いとな?」
「・・・。」
エルフの特使は、黙ってしまった。
それを見て、騎士団長は続ける。
「・・・魔族の次は、魔力のない人間かね?・・・節操がないのぅ。」
「・・・人間達が、魔力を持つ事を嫌い、それを理由に開発が遅れている事も事実です。」
「そういう事ではないのだよ・・・ここまで続けて来た・・・いや続けてしまった行いを急に他国に言われてやめるとでも?」
「・・・しかし。」
「エルフの国としての国体を取り戻すのは、結構だがいささか傲慢が過ぎるな。」
「・・・帝王の前で、貴殿が決めていいので?」
「・・・いいもなにも、客観的に事実を述べただけじゃよ・・・決めるのはあくまでも王だ。」
そういって、騎士団長は、帝王へと手の平を下手にあげる。
「まぁ・・答えは変わらんと思うがね。」
「・・・騎士団長も、そう思うか。」
「では、帝国は今の魔族排除を続けると?」
「・・・難しい問題だ、こちらも色々と話さなければな。」
「では、ご一考いただけるという事でよろしいでしょうか?」
「・・・そうさせてもらおう。」
帝王がそう応えると、今度は騎士団長が一つ提案する。
「・・・話にも時間がかかるだろう、しばらく街でも見回っては? 一人、案内役の兵士を付けましょう。」
「承知しました。 いいお返事がいただける事を楽しみにしております。」
エルフの特使は、納得したのか踵を返し、謁見の間を後にする。
その様子を見守ってから、騎士団長は、口を開いた。
「・・・厄介なことになりそうですな。」
その言葉を、帝王もい合わせた騎士達も、だまって聞き、各々で考えを巡らせる。




