44.封印
「起きろ!小僧!」
耳元に懐かしい声が響き、身体を揺すられた。
大きく斬られた割には、身体に痛みもなかった。
「・・・起きんかっ!!」
ベシッっと音がし、頭が痛くなった。
衝撃を受けて俺は目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開く。
俺のすぐそばには、爺さんがいた。
驚いて辺りを見回した。
ただ、真っ白な広大な空間がそこにはあった。
空も地面も白く、平坦で色は、爺さん以外に色のついたモノは無かった。
「・・・爺さんか?・・・ここは?」
「小僧の中じゃな。」
「・・・俺の?」
「お主のこれまで獲得してきた世界であり、失ってきた世界でもある。」
爺さんは、そう言うと片手をあげ、俺の後ろを指さした。
そこには、一人の男が立っていた。
黒い髪に、分厚い眼鏡。
スーツを着ていて、ネクタイは曲がっている。
「・・・俺?」
そう呟くと、スーツの男はこちらを睨んできた。
だが、何も言わなかった。
すると、昔の俺の前に子供の頃にあったおじさんがいた。
だが、すぐにいなくなってしまう。
今度は、隣にいたはずの爺さんが立っていた。
「・・・。」
爺さんも、今度は何もしゃべらなかった。
「・・・なんなんだよ・・・これ・・・」
一匹の魔物が爺さんの手前に現れた。
俺は少し身構えたが、そこにいるだけで、こちらを襲う気は無いようだった。
すぐに、別の魔物が姿を現した。
次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も、次も。
いつの間にか、夥しい数の魔物が、俺を囲んでいた。
どれもそこにいるだけだった。
そして、爺さんの声が聞こえた。
「ずいぶん、魔物を殺して来たの・・・。」
「・・・殺せなけらば、こっちが死ぬ。」
「こやつらも、そうだったかね?」
大量の魔物を従えるように、3人の男が姿を現した。
ロイ、ガッツ、クリストフ・・・かつて冒険者として旅をした仲間。
「・・・お前ら・・・」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
誰も声を出さずに、そこにただ立っていた。
笑顔を向けるでもなく、無表情で突っ立っている。
俺は、怖くなって一歩後ろに下がった。
ガシッ!と音を立てて、右肩を掴まれた。
分厚い手があり、その先には、ベールの顔があった。
「・・・。」
彼も何も言わなかった。
ベールの方向を向くと、彼の隣にはチェシーが立っていた。
そして、その後ろにアーネットがいた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
3人も何も言わなかった。
「人は、一人では生きていけない・・・」
また、後ろから爺さんの声がした。
「・・・だが小僧・・・お前は、そうでないと思っているようだ。」
近くにいた、ベール、チェシー、アーネットが消えてしまった。
「このままでは、助かったとしても、感謝も感じぬだろう・・・」
ドゴン!!!!
大きな音がして、魔物達の最前列に、一匹の巨大な竜種が現れた。
ガァゴォォオオオオ!!!!
そいつだけは、動きこちらを見て、咆哮を上げる。
びりびりと、空気が振動するのを感じる。
竜種が身構え、地面を揺らしながら突進してきた。
俺も避けようと、足を動かそうとした。
いつの間にか、かつての仲間達が俺の身体を抑え込んでいた。
ガッツが背中から両脇を抑え、クリストフとロイが、足をしっかりと抱えていた。
「糞ッ!!!離れろっ!!」
竜種は勢いをつけて走ってくる。
依然、3人は俺の身体から離れない。
竜種が目の前まで迫り、俺は咄嗟に右手を顔の前に出した。
グシャッァアァアア!!
容赦なく、襲い掛かった竜種は、俺の右腕を食いちぎった。
「アアアアァァァァァァァアアアアアア!!」
痛みで叫び声をあげてしまった。
いつの間にか3人も竜種も消えていて、俺は肘から先がなくなった腕を抱えて、うずくまる。
「・・・利き腕を封じる・・・小僧も少しは、周りを見る事だ。」
そんな、爺さんの声が俺の頭の上に響いた。
「アアァアア!!!」
叫びながら起き上がると、そこはベットの上だった。
呼吸は荒く、視界が霞む。
斬られた胴に痛みが走り、また叫びそうになった。
バタンッ!と勢いよく、部屋のドアが開いた。
「起きたの?!」
下を向いていた頭を上げると、そこにはチェシーが立っていた。
その表情は、少し心配しているようだ。
・・・こんな顔は、初めて見るな・・・。
「・・・悪い、変な夢を見た。」
不意に右手を上げようとした。
しかし、動くはずの自分の腕から反応が無い。
慌てて左手で、自分の右手をつかむ。
温度はあるが、重いゴムのような感覚で、自分のモノではないようだった。
力が入らず、少し揺するとぐにゃぐや曲がる肘、右手は開くことも閉じる事も出来なかった。
その様子を見て、近寄って来たチェシーが、俺の右腕をつかんだ。
見ているので、触られた事がわかるが、皮膚からは触られたような感覚が無かった。
「・・・動かないの?」
「そのようだ・・・。」
辺りをよく見渡すと、いつもの部屋ではなく、どこかの町の宿のようだった。
基本的に木目がむき出しの部屋で、そんなに高いところではなさそうだった。
「まぁ・・・生きているだけましね。」
「・・・そうだな。」
チェシーは、そのまま両肩をつかみ、俺を寝かせた。
そして、そのままベットに入ってくる。
「・・・なにしてる?」
「怖い夢を見たなら、一人だと寝にくいでしょ?」
感覚の無い右腕を抱くようにして、彼女も隣で横になった。
肩の近くが、彼女の胸に埋もれているが、その感覚もない。
「・・・子供でもあるまいし。」
「あら?・・大人な事がしたいの?・・・3日も寝てたのに・・・元気ねぇ。」
いたずらっぽい顔をした彼女が耳元で囁くように言った。
しかし、身体は重く動かせそうにもない。
こんな時に耳元で、そんな事を言わないで欲しいものだ。
「・・・しない。」
「なら寝なさい・・・明日には、また移動するわ。」
そう言われ、彼女がいる事で安心したのか、再び眠りにつくまで時間は掛からなかった。




