41.道中
その高音は、聞くものに終わりを告げる鐘のように、森に響き渡っていた。
遠くの方で鳴り響いていたその音も、今は聞こえない。
自身の魔力の大半を失ってしまい、満足に魔法を使えない状況では、その変化が自身にとって朗報となるのか、彼女には判別できていなかった。
ここまで、準備は怠ってこなかった。
しかし、結果としてエルフを舐めていた。
いや、自身の魔法に自惚れていた。
いくら後悔したところで、状況は変わらない。
今はただ、自身を守る為に戦っている仲間を裏切る事なく、最大限生きる方法を探す事が先決だと、彼女は理解している。
だからこそ、周囲の魔素の濃さはわかっていても、山脈側に逃げるしかない。
そうしなければ、エルフの兵士は迫ってきてしまう。
危険の度合いを天秤にかけても、その場所へ踏み込んでいく以外に道はなかった。
「こいつっ!!」
「・・・また魔眼持ちか!!」
「さっきと同じだ!・・・遠距離から攻め立てろ!!」
エルフ達は、立ちはだかる黒いローブから覗く紅い光を見て、警戒を強める。
そして、また弦の張られていない、大きな弓を取り出した。
「・・・弓には、いい思い出がありませんね。」
紅く光る眼をした標的は、後ろ手に何かを取り出した。
しかし、手に何を持とうが長距離からの狙撃ならば関係がない。
エルフ達の持つ弓は、次々と光輝き、高音を立てる光を放った。
光の射線は、次第に抉られ、木々もいくつか倒れる。
自身の攻撃によって砂埃が立ち、標的を見失ってしまったエルフ達は、結果が出るまで待つしかなかった。
少し経つと、砂埃が収まり、先ほどまで標的が立っていた場所も、だんだんと確認できる。
標的は、静かにそこに立っていた。
黒いローブを身に纏い、フードを目深に被っているので表情までは覗えない。
しかし、その両目はしっかりと紅く、妖艶な光を放っていた。
「・・・魔弓ですか・・・厄介ですね。」
男は静かに言った。
「・・・しかし、その程度であれば問題ないでしょう。」
言いながら男は、ただゆっくりと歩き出した。
「当たってないのか!!」
「次だ!・・撃て!!」
一人のエルフの号令とともに、再度高音と光が、男を襲う。
「・・・これだけですかね?」
男は、その歩みを止めるつもりもないらしい。
「もっとだ!!・・撃て!」
光の矢は、何度も放たれる。
しかし、標的の男は、静かに歩いて向かってきた。
複数人で射線をずらして撃っても、同時に3方向から撃っても、真正面から撃ち抜いても、男の歩みは止まらなかった。
ついには、数メートル先という近距離まで迫ってきた。
「距離をとるんだ!!!」
男への恐怖からか、今さら我に返ったのか、慌てて一人のエルフが言う。
「・・・遅い!」
聞こえた瞬間、標的の男の姿は見えなかった。
「うわぁあああ!」
指示を出していたエルフの声が響く。
その後、幾度か同じような悲鳴が聞こえてくる。
周辺の木々は、矢によってところどころ倒壊し、障害物はなくなっていたが、立ち込める砂埃は、エルフの長所である視界を奪っていた。
悲鳴は聞こえるが、だいたいの方向と距離くらいしかわからない。
「うわぁあああ!」
すぐに近くで悲鳴が聞こえた。
距離が近い。
何かの影が、真横を通った。
そのエルフの最後に見た物は、自身の服を着た、首から上のない真っ赤に染まった胴体だった。
しばらくすると、立ち込めていた砂埃も収まる。
その場所には、一人の男が立っていた。
黒いローブに身を包み、フードを目深に被った男の目は、すでに光を納めていた。
「・・・ウィルは、苦戦しそうですね。」
「いたぞっ!!魔族だ!!」
呟いた男に、またエルフの兵士達が弓を構えていた。
俺は、まだ山脈を超えられていなかった。
ちょうどよく谷になっている場所が見当たらず、適当に上り始めてしまったおかげで、辺りは一面雪景色だった。
遠方を見れば、ずいぶん上ってはいるものの、上っている山の頂上を見れば、まだ続いている。
目的の人物の場所は、便利な魔法を使えるエルフがついて来たので問題ないが、山道をろくに装備も整えずに上っているので、とにかく寒い。
目的は、頂上ではなく向こう側へ行く事なので、山の切れ目を探しつつ、移動している。
・・・そろそろ飯が必要か・・。
そう考えていた時、後ろから声が聞こえた。
「寒い!!それにおなか減った!!!」
振り返ると完全に立ち止まり、アーネットが弱音を吐いていた。
「・・・我儘かっ!・・・まぁ腹が減った事は認めるが・・・。」
こちらも同じような事を考えていたので、立ち止まる。
「貴方、食料持ってないの?」
「あったら魔物なんか食わねぇよ・・・。」
・・・まさか好きで食べてるとでも?
また俺が表情に出してしまっていたのか、アーネットは、困ったような顔をした。
「・・・わけてあげるから少し休憩しない?」
「・・・いいのか?」
「まぁ、貴方に魔物の相手をしてもらうのだし。」
「・・・なら頂こう。」
これも対価と考えれば、まだ納得できるだろう。
・・・まぁ、以前に食料を貰った時は、大量に魔物を倒した後だったが。
休憩するにも、雪だらけで休めるところもなく、動かないとさらに凍えてしまいそうだったので、ゆっくり歩いて移動しながら堅パンを食べることにした。
「お水はあるの?」
硬すぎる堅パンをむっしゃむっしゃ食べていると、アーネットが聞いて来た。
「水はある・・・冷たすぎるが・・・。」
「お湯にするにもねぇ・・・。」
魔法で火をつける事はできるが、温めるという行為は、コントロールが難しく、失敗すると水を入れている袋が燃えてしまう。
今の状況でやってみるのは、自殺行為だ。
「流し込むなら何とかなる。・・・悠長にもしてられないしな。」
今は、とりあえず急いで向かう事が先決だ。
エルフと交渉してくると言っていたやつが、次に迎えに来ることもできず、こっちに来いというのだ。
向こうも相当厄介な状況だろう。
今の俺には、焦る気持ちもありつつも、食事しながら移動するくらいしかできなかった。




