39.山脈越え
『しくじったわ・・・』
見知らぬエルフと大蛇のガンドという何とも言えない取り合わせで話していた俺に、チェシーが連絡をしてきた。
『・・・迎えに来るのか?』
『・・・すぐにはいけそうにないの・・・君が一番近いところにいるはずだから、こっちに来てくれない?』
エルフと交渉するとは聞いていたが、どうやら彼女の方は、厄介な状況になっているようだ。
『下手をうったな?・・・』
『・・・そうね・・・否定はしないわ。』
『どの辺りだ?』
『共和国近くの森みたい・・・今山脈に向かって移動してるわ。』
『わかった。・・・が、急いでもそれなりに時間が掛かるからな。』
『ええ・・・お願い。』
頭の中でも会話を終えると、俺はすぐに胸元にある金属の輪から手を離した。
「・・・会話の時間は終わりかね?」
大蛇が少し寂しそうな声を出した。
・・・こいつ、何故俺と話したがる・・。
「ああ、そのようだ・・・どうやらこっちが迎えに行く必要があるみたいでな。」
言いつつ、山脈側に振り返る。
・・共和国は、だいたい向こうの方角か・・・。
「ちょっと!貴方は私と来るの!」
「知るかっ!・・・俺はやらなきゃいけない事ができたんだ。」
言い終わりに、全力で移動を開始した。
魔眼を使い、木々の立ち位置、地面の状況を確認し、魔力を使って身体を強化する。
一歩目からフル加速しているので、見知らぬエルフが何を言おうが、俺には届かない。
完全に置いていかれたエルフを見て、大蛇が口を開いた。
「・・・振られたようだの。」
「言い方が気に入らないわね!・・逃げられたなら追うに決まってるでしょ!武器ぐらい買わせないと!」
「・・・へこたれないのぅ。」
「蛇と一緒にいる方が嫌だわ!」
「・・・むぅ、しかたないのぅ。」
エルフもまた、最大速度で走り出す。
略図を畳んだまま出し、探索の魔法を使った。
標的の青い点は、まだ追いつけそうな距離だ。
「・・・むぅ、また寂しくなってしまったのぅ・・・まぁ、あの若いのには、また会える気がするがのぅ。」
神と呼ばれた大蛇は、何を見たのか、そう呟きながら寝床としている池に引き返していく。
「・・・ウィン、大丈夫かしら?」
「今の状況では、お嬢様が逃げる事の方が大事です。」
未開発の森の中、木々が立ち並び、獣道と言える道もない場所をベールに支えられ、ようやくと言った足取りで、山脈を目指す。
「ウィンは、我々の中でも戦闘向きです・・・だから護衛に選んだのでしょう?」
「ええ・・・彼の振動の魔法と武器を合わせれば、多人数にも有効だもの。」
彼女の応答を聞きつつも、ベールは周囲を警戒している。
「・・・どうやら、向こうの索敵も優秀なようですな。」
「まずいわね・・・。」
ベールは何かに気が付いたのか、一度足を止めた。
ストッと音を立て、彼の足元に矢が刺さる。
「いたぞ!!!」
エルフの叫び声が2人の耳にも入った。
「お嬢様、先へ。」
「ええ・・・お願い・・・回復したら迎えに行くから。」
ベールは主人から手を放し、背中を向ける。
彼の目もまた、自身の役目を覚悟したのか、紅く燃えるように光を放った。
「魔眼が何故、特別と言われるのか、神髄をお見せしましょう。」
そう囁くように言うと、ゆっくりとエルフの兵士の方向へ歩き出す。
「ええ・・・存分に。」
チェシーは彼の背中に、そう呟いた。
そして自身もまた、この状況から抜け出す為、山脈へと向き直り、ゆっくりと歩き出す。
支えがなくなり、更に遅くなったが、少しでも距離を稼ごうと、その歩みは止めない。
山脈を越えるのは、いつ以来だろうか。
爺さんに拾われてすぐの頃、2人で越えた事があるくらいか。
爺さんは、魔物の生息域にも詳しかったので、あの時は子供の俺を連れていても、そんなに魔物に見つからなかった。
だが今は違う。
俺は、そんなに詳しく知っているわけでは無いし、俺を呼び出した女の所へ急ぐ必要がある。
・・・曲がりなりにも、一度は助けられているしな・・・。
前世では恩義などよりも、対価で行動する人間だった気がするが・・・。
冒険者としての旅がそうさせたのか。
それとも、あの女が変えたのか。
仲間を自らの手で殺してしまったからか。
・・・まぁ、今はいい・・・考えるのは後だ。
移動に集中し、流れていく景色は、立ち並ぶ木々のおかげで、自身の速度がいかに速いのかを俺に教えていた。
しばらくその速度で移動していると、周囲の魔素が濃くなってくる。
・・・でかいのか、群れがいるか。
・・・小さいのなら、邪魔なやつだけ斬ればいいか。
走りながら、両手を腰の後ろに手を回し、黒い針のような剣の柄を抜く。
目の前に、大木がありそれを右側から周り込みながら通過した。
ガァゴォォオオオオ!!!!
少しかん高いような、それでいて低さも混ざったような咆哮と共に空気が震えた。
声の主は、俺の目の前にいて、向こうの目も完全に俺を捕らえている。
茶色い鱗に覆われた体表、人からすれば巨大な体躯。
巨大なトカゲのようだが、明らかに別種。
鋭い目は紅く、肉を切り立つ為か、全体的に尖った歯。
蝙蝠のような翼幕のある翼と一体となった腕。
4足で地につき、自身の重さのせいか、尖った爪が地面にめり込んでいる。
竜種か・・・ガンドみたいなのだと、ある意味楽なんだが・・・。
ひとたび人の住む町へ下りれば、災害となるそれに向かって、俺はそのままの速度で正面から向かっていく。
あちらも、こっちに向かって、その巨大な4足を動かし、大きく口を開きながら突進してきた。
俺の眼前に、その牙が迫った瞬間、真上に跳んだ。
急に標的がいなくなり、止まれなかったのか、竜はそのまま通過していく。
空中で身体を捻りながら身体を回転させると、竜の巨大な背に向かって2本の魔法剣で切りつけた。
首筋あたりから、背中の中央に向かってくるくると、回転しながら切りつける。
・・・硬ってぇ。
金色の刀身は、竜の肉まで達せず、覆われた硬い鱗に傷をつける程度だった。
竜の巨体さゆえに、魔素を十分に取り込んでいるのか、それともそいつ自身が魔素を放っているのか。
魔力に似た何かで防御された。
・・・大蛇は、完全に魔力だったが・・・竜種ってどれもこんな感じなのかな・・・。
背から転がって、地面に降りた俺に、竜は振り返り咆哮する。
ガァゴォォオオオオ!!!!
「・・・こっちは、急いでんだよ!!!」
俺は左手の剣をしまい、右手の魔法剣を両手で持つ。
そして、今までよりもより多くの魔力を刀身に纏めていく。
過剰に魔力を供給したせいか、金色の刀身の周りには、橙色の光がまとわりついていく。
それを見たからか、それとも先ほどの繰り返しと思ったか、竜は再度突進を仕掛けて来た。
ドタドタと地を揺らしながら、速度を上げていく竜。
先程とは違い、その場で俺は下段に構えて待っている。
竜は迫ると口を開き、噛みつこうと動き出す。
その口が開ききった時、竜は俺の間合いに入っていた。
見計らい、下段に置いた剣を、腰の回転と共に上に向かって振り上げる。
竜が次の一歩と、左前足が地面につけ右前足を上げようとした瞬間、頭部から背に掛けて真ん中からズレた。
バランスを完全に崩した竜だが、勢いが止まらずそのまま突っ込んでくる。
それを見て、真上に跳んだ。
ズサァアアアアー!!!
と音を鳴らしながら、真っ二つにされた竜が、肉塊となって転がった。
そのまま、赤い中身の見えている背中に着地する。
「ハァッ・・ハァッ・・・」
一気に魔力を消費した疲労からか、肩で息をしていた。
ジャキリと右手の柄が音を立てた。
握っていた柄を見ると、負荷をかけすぎた為か、真ん中から砕けて割れてしまっていた。
・・・仕方ないか。
竜の背から地面へ下りる。
一応、修理できる可能性もあるので、細かく割れてしまった物も含め、背中のカバンにしまっておいた。
魔法剣は、柄が無くても作れる。
折れてしまった、柄は持ちにくいし、咄嗟の時に短くて抜けなかったというのは、阿保だ。
「こんな美人に武器を買って貰えるんだ、大事にしなよ!」という、これを作ったであろう店主の言葉を思い出した。
・・・これ、チェシーに言ったら・・・・やめとこう。
そう考えていると、聞き覚えのある声が、また聞こえた。
「ちょっと!・・・待ちなさいって!」
俺を捕まえようとしたエルフは、どうやら追いかけて来たらしい。
・・・全力で走ったんだけどな。
竜種と戦ったとはいえ、魔力を使って全力で走ってた俺に追いついたのだ。
このエルフも相当速い。
「武器も・・ない・女の子を・・・放りだして!!」
「・・・そんなんなるなら、来なきゃいいだろ。」
「どうせ・・・あんた捕まえないと・・・私が町でお酒飲めないのよ!!」
「勝手にしろよ・・・」
俺は、また移動しようと山脈に向かって振り返る。
「あんた!誰かを探してるんじゃないの?!」
「・・・そうだが、何故わかる?」
俺は、心を読まれた気がして、首だけで振り返る。
・・・どこぞの大蛇でもあるまいし。
「・・・私が・・・手伝ってあげるわよ!」
エルフは、手に持った紙を俺に突き出した。
そこには、青い点と赤い点が並んで灯っていた。




