38.逃走
チェシーの魔法の光が収まると、3人は森の中にいた。
「エルフの魔法ですか?・・・」
「そのようね・・・あまり距離は飛べていないみたい・・・うっ。」
立っていたチェシーだが、片膝を地面につき、胸に片手をあて肩で息をしている。
ベールがそばにより、肩に手を添えながら確認した。
「・・・極端に魔力を消費したようですね。」
「ここからもう少し移動しないと、魔法の移動は無理でしょうね・・・。」
「弱りましたな・・・。」
「・・・エルフを甘く見ていたわ。」
「相手は魔族だ!手加減の必要はない!!!」
交渉の場にいたエルフのうち、一人が兵士に指示を出す。
「探索の魔法を使える者は?!」
「はっ!ここに!」
「魔力の高い女に男2人・・・全員黒いローブを着ている、探せ!」
「はっ!」
探索の魔法を使えるらしい、エルフの兵士はすぐに周辺の詳細がわかる地図を取り出し、魔法を使う。
対象がいるであろう、黄色い輪が、町近くの森一帯を示した。
「・・・この森付近か・・・十分だ、急いで部隊を派遣しろっ!」
「はっ!」
命令を受けた兵士が、走っていく。
「フンッ・・・所詮は魔力のあるだけの人間だ・・・殺せば死ぬ。」
「彼らには、エルフの怖さを体感してもらいましょう。」
4人は、指示を出し終えると、また民家の中に入った。
クリムトの町を出て少し西に進むと、森がある。
大きな森で、王国方面へ抜ける街道以外は、殆ど開発されておらず、大木も立ち並んでいる。
クゥエラ山脈の麓まで森は続くが、所々に開けた場所がある。
木材採取の為、過去に伐採された場所のみが、開けた状態とも言える。
エルフの兵士達は次々と森に入った。
一人は地を駆け、別の者は、樹上に上り辺りを見回す。
3~5人がチームとなり各々任された範囲を捜索していく。
人間にとっては、広域となる範囲を探索していても、エルフの目は非常にいい。
左右のチームがお互いの位置を確認できるギリギリの範囲に広がると、山脈側に向けて探索を始める。
「お嬢様、ベール殿・・・私が相手の数を減らしてきます。」
言いながら、ウィルはフードを脱いだ。
赤味の強い茶色い短髪、同じ色をした目は真剣さが伺えた。
これが、自身の仕事であるという自覚と、覚悟をその目に宿している。
「ウィル・・・お願い・・でも死なないでね。」
「お嬢様のご命令であれば。」
それだけ言うと、彼は2人に背を向け、見える山脈から逆方向へと駆け出した。
見送った2人は、振り返り山脈を目指す。
チェシーが弱っている事もあり、その足取りは重い。
森を駆けるウィルは、またフードを被り直していた。
すでに発動された魔眼が、影の中で怪しく蒼い光を放っている。
・・・想定より、数が多いな・・・。
彼の魔眼は、すでに何人かのエルフの兵士を捕捉していた。
そのままの速度で真正面から距離を詰める。
ヒュッ!
と音がし、ウィルのフードを矢がかすめた。
左側だけ、布が少し切れてしまった。
それでもウィルは速度を落とさない。
前方のエルフが叫ぶ。
「いたぞっ!!!魔族だ!!!」
声の主以外には、弓を構えるエルフが一人、剣を抜く者が3人いた。
ウィルは、走り幅跳びを行うように跳んだ。
空中で魔力を右拳にまとめると、そのまま地面に突き刺す。
地面はまるで、石を投げ入れられた水面のようなに波紋を作り、周囲に広がっていく。
ドゴゴゴゴ!!
という大きな音を立てながら、立っていた木々が揺れ、樹上にいたエルフを地面に叩きつける。
「な、なんだこの揺れは!!」
「弓だ!!撃て!!」
エルフの兵士達は、ウィルの魔法に慌てて弓で応戦する。
正確に射られた矢は、屈んだウィルを標的とし真直ぐに飛んでいく。
ウィルは、両手に魔力を纏め、立ち上がりながら、腕を横に素早く開く。
ブゥォオオオオ!!
彼の周囲に、突然強風が吹き荒れる。
飛んでいた矢は風を受け、標的を捕らえることなく、地面に突き刺さった。
「なめるなっ!!」
ウィルは吠えた。
その声も魔力を含んでおり、周囲の空気を揺らす。
「・・・くっ・・・魔族風情がっ!!」
「数を揃えろっ!!・・・敵の魔法に注意しろっ!!!」
彼らの予想よりも、強かったのか、兵士達が慌てている。
「待て・・・私がやる・・・」
そう言った、エルフの兵士はひと際大きく、弦の張られていない弓を持っていた。
「隊長!」
「・・・彼に普通の矢は、意味がないらしい」
弦の張られていなかった弓に、細い緑の光が繋がった。
「・・・なら、普通でなければいいのだ。」
言いながら、光の線を弦に見立て、矢をつがえるように、引き絞る。
そこには、弦と同じ色の矢が現れた。
「・・・フシュッ!!」
放たれた矢は、キィイイイイイン!と音を立てながら、標的目掛けて一直線に進んでいく。
射線上にあった木をなぎ倒し、その通り道は地面が抉れていく。
音を聞いたウィルは、素早く横に跳びなんとか矢の射線から避ける。
・・・エルフに、魔弓?!!
ウィルは、その矢の威力にではなく、その弓の存在に驚愕する。
その矢を放ったエルフは、ゆっくりと歩いて距離を詰めて来た。
「おや?・・・魔弓は初めてかな?・・・魔法武器が魔族にしか使えないなど、迷信だ。」
「・・・。」
ウィルは何も答えなかった。
無駄に情報を渡すのは、得策ではない。
両手で拳を軽く握り、それに自身の魔力を集めていく。
半身になり、両手を胸の前に突き出し、構える。
拳に付けられたグローブは、普段の黒とは違い、魔力によって蒼い光を放っている。
「そちらも魔法武器を使うのなら、こちらも使う・・・ただ、そういう事だ。」
「・・・なに?」
ウィルはその場で、左拳を振り切った。
ドゴゴゴゴゴゴ!!
音と共に空気を伝わる振動は、縦波となり、正面のエルフを襲った。
先程、エルフの放った矢により抉られて地面はさらに深く抉られる。
「ぐぅううううぅ!!」
目には見えない衝撃を受けて、前方にいたエルフは、さらに奥へと吹き飛ばされていった。
「隊長!!」
何人かのエルフの兵士が、駆け寄っていく。
・・・しかし、こちらのエルフが魔弓とは・・・もっと数を減らさないと。
ウィルは、さらに集まるエルフ達が、その弓を持っている事を確認しつつ、戦いに臨んだ。




