36.交渉
チェシーは、護衛にベールとウィルを連れ、共和国へと着いていた。
彼女はフードを脱いで素顔をさらしているが、ベールとウィルは相変わらずフードで顔を隠している。
ツヴァイがエルフに見つかってしまった、クリムトの町に到着すると、交渉相手はどうやら待っていたらしく、すぐに接触してきた。
「お待ちしておりました。」
声を掛けて来たのは、一人、あちらも緑の外套を着ていて、フードを目深に被っている為、顔は確認できない。
3人を連れ、町の中でもエルフの居住区だろうか、人間の少ない場所に案内される。
「こちらです。」
案内をしていた男が、そう言って立ち止まったのは、大通りから少し入った場所にある、普通の民家だった。
中に入ると、部屋もごく一般的な家屋のようで、出入り口すぐに広めの部屋があり、どうやらリビングのようだった。
部屋の中央には、大きめのテーブルが1つと、それを囲むように椅子がいくつか置いてあり、出入り口の扉から机を挟んで奥の方に4人のエルフが、すでに座っていた。
4人は、案内されて入って来たチェシー達を確認すると、全員が椅子から立ち上がり、礼をする。
「これは、これは・・・よくぞお越しくださいました。」
「・・・ずいぶん準備がいいのね。」
「こちらにも、移動できる者もおりますから。」
「そう・・・。」
「まぁ、立ち話もなんですから・・さ、こちらにどうぞ。」
椅子を指示され、チェシーだけがそれに座る。
残りの2人は立ったまま、彼女の後ろに付いた。
「そちらの方々も、どうぞ・・」
「彼らはいいわ・・・護衛だから。」
「そうでしたか。」
2人にも座るように言ったエルフも納得したのか、そのまま自身の椅子に腰を下ろした。
「早速で、申し訳ないですが・・・」
「ええ、貴方方も忙しいでしょうし、簡潔に行きましょう。・・・どうやら思っていたよりも、議会の有名人が集まっているようだし。」
「こちらの事も、良くご存じのようだ。」
「・・・さすがの調査力ですな。」
チェシーの答えに、黙っていた別のエルフも口を出し始めた。
「おほんっ・・・本題に入っても?」
どうやら、チェシーと対面しているエルフが、交渉を取り仕切るらしく、他のエルフ達は黙った。
チェシーはどうぞ、とジェスチャーをして続きを促す。
「では・・・王国の件、貴方が首謀したという認識でよろしですか?」
「ええ、そうよ。」
「理由を聞かせていただいても?」
「今は教えられないわ。・・・私は、貴方方を信用していないもの。」
「・・・そうですか。」
ズバリと教えない理由までつけてしまう辺り、普段通りの彼女のようだった。
ベールは内心でほっとしていたが、ウィルは少々驚いた。
「・・・我が国でも人間達が多く、騎士団に所属する人間の兵士がほとんど、王国の同胞の救援に向かってしまいました。」
「・・・それで?」
「戦争からこれまで、我々は、人間、ドワーフをを受け入れ、国も発展してきたのですが・・・」
「その辺りは、こちらでも理解しているつもりよ?」
チェシーは、甘く見られていると思ったのか、少し苛ついていた。
「これは、失礼を・・・では端的に、今回指示を受けずに離反した、人間の兵士達の討伐に、ご協力いただきたい。」
「あら?・・・貴国は、王国の人間達を見捨てるの?」
「見捨てるとは、人聞きが悪い・・・先程も言ったように、彼らは命令の無いまま、行動を起こした・・・つまりは離反したのです。」
「自国の不始末の処理を我々に依頼すると?」
「いえいえ・・・ご協力していただきたいのです。」
チェシーと対面しているエルフは、冷や汗をかいていた。
「離反した人間の兵士の数は多く、残りは精鋭と言えど・・・」
「我々は、8人で王国を潰したわ・・・」
それほど魔法を使えるかどうかは、戦力に大きく関わる。
エルフも魔法を使えるのだ。
数の差など、自身でやらない理由にはならない。
「貴方方は、離反者の討伐にエルフの部隊を投入すればよろしいのでは?」
「・・・。」
チェシーの言葉が的を得ていたのか、対面していたエルフは黙ってしまった。
それを見て別のエルフが話始める。
「この御仁には、建前など抜きにした方がよいでしょう。」
「・・・話が早くて助かるわね。」
話始めたエルフにチェシーは応える。
「では、私の方から・・・要するに我々は、エルフの国を取り戻したいのです。」
「・・・。」
チェシーが口を挟まない事を見て、さらに続けた。
「戦争の経緯からか、人間達は、皆魔力を持たないと思い込んでいる・・・そして才能ある者さえ、碌に使えず、数を増やすばかり・・・」
「・・・。」
エルフの男は、チェシーをちらりと見るが、特に応えない。
「我々エルフから見れば、人間達の言う魔族という定義が、そもそも間違っている・・・不毛なのですよ。」
「・・・。」
チェシーは、応えずただ彼の話を聞いていた。
「彼らが、魔力を持っている事を自覚してくれれば、どんなに楽か・・・おっと、これ以上は愚痴になりますね。」
聞いていたチェシーが、ゆっくりと話し始める。
「・・・つまりは、いい加減、魔族と言うのも飽きたし、人間は利用できないから殺してしまおう・・・と?」
「はははっ、それはいささか過激ですな・・・しかし、遠くはない。」
「貴方方から見れば、私達はいい口実ってことね。」
「ズバリと来ますね・・・ええ、まさに・・・ここで協力していただければ、そちらにとっても効率が良いかと。」
「・・・つまりは、過去の戦争は水に流して、今度は人間狩りをしましょうってこと?」
「お嬢様・・・」
あまりの過激さに、ベールが口をはさんでしまった。
「ベール・・・いいのよ、私は冷静だわ。」
「・・・。」
チェシー以外、周りの人間は黙ってしまう。
エルフは、対面する者の様子を窺っているのだろうか。
「・・・言っておきますが、私達は人間よ・・・そして人間の味方。」
「王国を襲った貴方が、それを言いますか?・・・」
「ええ、確かに王国を襲ったのも、私達・・・理由は教える気にはなれないけどね。」
話していたエルフも何かを考え始めたのか、黙ってしまう。
「私達には目的があり、今回の行動を起こしたわ・・・だからこそ、貴方方の為に人間を襲う事は出来ない。」
「ははははっ・・・これは面白い事を言う・・・ここがどこだかお分かりで?」
「・・・無駄よ、忘れたの?・・私達がいったい、何人で大国一つを潰したのか。」
「我々を魔法の使えない愚民どもと、同じにされては困る・・・」
すっと、黙っていた2人のエルフが立ち上がる。
ベールとウィルも少し身構えた。
「人間をすべからく弱いと決めつけている貴方方では、話にならないでしょうね。」
「・・・いいでしょう。では・・・」
「・・・交渉は決裂ね。」
話していたエルフの男は、座ったまま合図を出した。
「・・・やれ!」
その瞬間、立ち上がっていた二人のエルフが、各々武器を取り出す。
片方は、ダガーを2本、もう一方は腰に差していた直剣を抜いた。
それとほぼ同時に、ベールとウィルは魔眼を発動する。
ベールは紅く、ウィルは蒼く両目を光らせる。
「止まりなさい!!」
チェシーが2人に命じ、自ら立ち上がった。
武器を持ったエルフは、容赦せず彼女に向かって、手に持った武器を振りかぶる。
振り下ろそうとした瞬間、目の前の3人を囲むように青白い光が発生する。
カンッ!と音を鳴らし、直剣が床に突き刺さっていた。
「逃げられたか・・・」
物音を聞いたのか、外に待機していた武装したエルフの兵士達が、室内に踏み込んできた。
「・・・だが、そこまで遠くへは飛べないはずだ!!町と森を探せ!!」
「「「「はっ!」」」」
4人のエルフを残し、武装したエルフは勢いよく外へ駆け出した。




