34.ドワーフの訓練
『そういうわけで、しばらく迎えに行けないから、そのつもりでいてね!』
『・・・わかった。』
チェシーから連絡があり、急に頭の中に人の声がして驚いた。
どうやら、共和国のエルフ達と交渉する必要があるようで、迎えに来れないという内容だった。
『あら?・・もう少し寂しがるかと思ったのに。』
『・・・そんな風に見えるか?』
『強がってると、迎えにいかないからね!』
『・・・わかった、悪かったよ。』
チェシーの迎えがないまま暮らしていくという事は、いつまでもクッソ不味い魔物の肉を食べ続けることになる。
そんな事は勘弁して欲しいので、素直に謝っておいた。
『よろしい・・・まぁ君は交渉向きじゃないから、連れて行かないけど・・・その間に仕事してなさい!』
『・・・ああ、そっちの方が気楽でいい。』
『じゃ、迎えに行けるくらいになったら連絡するわね。』
『ああ。』
頭の中の声がなくなり、向こうも輪に魔力を通すのをやめたようなので、こちらも金属の輪から手を放し、通していた魔力を止めた。
しかし、エルフが人間をねぇ、気難しい奴が多いとは聞くが・・・。
魔力のない人間とは違い、魔力を持ち魔法を使える彼らは、優遇される事はあっても、冷遇される事はない。
エルフ達にとって魔力のない人間達が、急に邪魔になったのだろうか。
・・・ま、俺が考えた所で・・だな。
その答えは、おそらくチェシーが聞いてくるだろうと、その事について考えるのをやめ、魔素の濃い場所を探して、再び歩き始めた。
「ガレイ様・・・あの時は、大変申し訳ありませんでした!」
「ケイト、様はやめてくれ、もう俺は騎士ではない。」
ガレイは、帝国領ジェニムの街にある騎士団詰め所に行くと、真っ先に一人の青年が頭を下げに来た。
「それに、お前が謝る事は何もない・・・俺の指示に従い、しっかりと伝令を全うしたのだ。」
「しかし・・・私が伝令となったのは、自身の力のなさと、悔いております・・・」
ケイトは、自身の無力さから伝令に出されたと思っているようだ。
事実はそうでもない。
あの時いた兵士の中で、ケイトよりも剣に劣るが、突撃した者はいる。
あの場では、助ける相手が魔族とわかっていても、かまわず突撃できる精神力が重要だった。
そして、彼以外の兵士は、誰一人として魔族と言わなかった。
伝令を選ぶ基準など、あって無いようなものだ。
頭を上げようとしないケイトにガレイは、仕方なく声をかける事にした。
「・・・精神とは肉体からか・・・ケイト、修練場で待て、稽古してやる。」
「はっ!」
自身が許されたと思ったのか、ケイトは顔を上げ嬉しそうに修練場へ走って行った。
「めずらしいな!ケイトのやつが訓練か?!」
その様子を見ていた一人の男が声をかけて来た。
肌が浅黒く、その四肢は丸太のように太い。
背は低いが、全体的に肉厚で、簡単には倒れそうにない、屈強さが身体から見て取れる。
「ダッドか・・・ケイトにもドワーフのような屈強さがあればいいのだが。」
「ガハッハッハッハ!!それは無理というものよ!」
ダッドと呼ばれた、男はドワーフだ。
彼らは、斧やハンマーなど、重い大型武器を好んで使う。
「我らドワーフは、ガレイ殿のような細かい技術が苦手だ!代わりに殴ればいいと思っている!!」
「ケイトに学んで欲しいのは、その精神なんだがな・・・」
「そういう細かいのもよくわからん!!」
ダッドはまた、大きな声で笑い始める。
ドワーフとは、すべからく彼のような性格かと言われると、そうでもない。
騎士や兵士を目指す者は、たいてい細かい作業が苦手だからなるらしい。
ドワーフは、どちらかと言えば、武具の作成など細かい作業は得意な者の方が多い。
「そうだ・・・試しにダッドが奴に稽古をしてくれないか?」
「むぅ?・・・怪我してもしらんぞ?!」
「今の奴には、そのくらい厳しいのがいいだろう。」
「ガハッハッハッハ!ガレイ殿も面白い事を言う!いいだろう!」
ダッドは予想よりもあっさりと、ガレイの申し出を受けた。
ドワーフの兵士や騎士は、帝国では最大戦力でもある為、魔物の小規模な集団程度では戦場に行かない。
そういった、日頃の鬱憤が溜まっているのだろうか、訓練だけでも発散したいらしい。
ダッドは、発散するチャンスと思ったのか意気揚々と言った様子で、ドッシドッシと音を立てながら、修練上へ向かった。
ガレイは、何かに気が付いたのか、はっとして近くにいた兵士に声を掛ける。
「おい、ダッドの奴が前に戦闘したのはいつだ?」
「あぁー・・・魔族騒ぎのせいで、ずいぶん間が空いていると思いますよ?」
「・・・わかった、ありがとう・・・まずいな。」
「ケイトのやつ、今日が命日だな。」
様子を見ていた別の兵士が、笑いながら洒落にならない冗談を言った。
「・・・やめてくれ・・・洒落にもならん。」
帝国の騎士団では、ドワーフが多い事もあり、訓練中の怪我など日常茶飯事だが、肉体的な強さでも負けている人間の兵士が、訓練中に事故死というのも間々ある。
特に戦闘の間が空いたドワーフの兵士達は、力加減を間違えてしまい、うっかりしてしまう事がある。
それは、周知の事実でもあるので、訓練を指示した人間にも、厳罰が下るケースがある。
ちょうど今回のは、そのパターンに近い。
焦ったガレイは、急いで修練上に向かった。
息を切らせながら、修練場に入ったガレイだが、すでに訓練は始まってしまっていた。
訓練にも関わらず、案の定、2人は真剣を使っている。
「ガハッハッハッハ!小僧!まだまだへばるなよ!!」
「あ!!・・・ガレイ殿!!・・・これは!・・・いったい!!」
ダッドの奴は、嬉しそうに大斧を振り回している。
ケイトは、必死の様子で、逃げ回っていた。
ドワーフの動きは、見かけよりも俊敏だ。
持っている肉体的な能力を存分に使い、大型武器を軽々片手で使う。
ガレイはたまらず、声を掛けた。
「ケイト!・・・ダッドの奴、しばらく戦ってないようだから、死ぬなよ!」
「それは!!!!・・・いやだーーーー!!」
ケイトは、ダッドの状態を知り驚愕の表情を浮かべつつも、必死に攻撃を回避している。
「ガハッハッハッハ!まだ叫ぶ元気があるようだな!!!」
ケイトの拒絶から来た叫び声を聴いたダッドは、ますます元気になったのか、更に武器を振るう速度を上げた。
振り下ろされる斧は、地面すれすれで止まっていて、力技でコントロールしている事がわかるものの、修練場に敷き詰められた砂を巻き上げ、その速度が尋常でない事を表している。
「小僧!!逃げるばかりでは、勝つことなどできんぞ!!!」
「いやいやいや!!・・・死んじゃうっ!!・・・死んじゃうからっ!!!」
その後もケイトは、大斧を振り回すダッドが疲れるまで、必死に逃げるのだった。




