32.見通す大蛇
「まさか、魔物がしゃべれるとはな・・・」
・・・後ろに人がいる気配もないな。
「グゥワッガッガ!」
うなりながら目の前の巨大な大蛇は、瞼を細め、真一文字だった口角を上げている。
・・・笑ってんのか?・・・怖っ!
「ワシの顔は、そんなに怖いかのぉ・・・ワシは、ガンドかつては神と呼ばれた。」
・・・なんだこいつ。
「なんだとは失礼な。」
大蛇は、瞬きをして目を凝らすように俺を見た。
「ふむぅ・・・若いの、お主ずいぶん業が深いようだの。」
・・・さっきからこいつ。
「心でも読めるのか?・・・かね?」
「・・・厄介だな。」
心を読める敵というのは、本当に厄介だ。戦えば、次の行動を先読みされて、対応策を取られる。
不意を突こうとも、先にわかっていれば関係ない。
魔眼での先読みは、相手の動作を見て先読みするが、心を読んでいるわけでは無い。
心を読めるのであれば、動作を見ずとも何をするのかわかるという事だ。
・・・厳しいか。
「若いの・・・そう生き急ぐな。話がしたいだけじゃよ。」
「・・・俺はする気がないんだが?」
右足を引き、半身になる。
「ふむぅ・・・その短気さで、友も殺したのかね?」
「・・・それは俺のけじめだ。」
「己の決心を揺らさない為か・・・利己的じゃのう。」
ガギン!!
と金属同士が衝突したような音がした。
言い終わった瞬間を狙った一撃は、大蛇の下顎の手前で止まり、はじかれてしまった。
大蛇の頭部を狙っていた為、ジャンプしながら繰り出した一撃だったが、はじかれて体勢を崩し着地する時に、片手を地面に着いた。
「お主の仲間と同じじゃの。・・・いや、より酷い。」
「・・・お前と問答する気はない。」
今度は、直線的に進むフェイントを入れて、大蛇の頭上から魔法剣で突き刺しにかかる。
金色の刀身は、大蛇の皮膚には届かず、止められてしまった。
「・・・硬いな。」
「少しは話をする気になったかね?」
大蛇が頭を動かし俺を地面に放り投げた。
今度は、余裕を持って着地した。
「お主がそれでは、人間の常識など変わらないのではないかね?」
「・・・常識?。」
「改めさせたいのだろう?・・・お主達を魔族などと呼ぶ人間達を。」
「そんな傲慢な考え方はしていないさ。」
寧ろ、呼ぶなら勝手に呼んでいろくらいにしか思っていない。
「そうかね?なら何故今ここでこうしておる?・・・残った人間達も皆殺しにしてしまえばいいではないか。」
「あいつは、待った方が楽だとでも思ってるんだろ?」
俺をここに連れて来たのは、チェシーだ。
あいつが俺に仕事だと言ってこの森に連れて来た。
その真意など、知らないし、知る必要もないだろう。
「その女の言う事なら何でも聞くのだね。」
「・・・そんな事はない。」
「自身の目標など存在せず、その女の望みを叶えるだけで、満足しておる。」
「違うな・・・俺は生き残る為にそうしている。」
「意識を閉じ込められていた頃と何が違うのかね?」
「俺は・・・俺の意思でこうしている。」
「そう思っているのは、お主だけなのではないかね?」
・・・厄介な魔物だな・・・やはり斬ろう。
「『そんなんだから、お前は死ぬんだよ』・・・だったか?」
「・・・こいつ!」
以前、自称剣聖に言った俺の言葉だ。
短絡的に、魔族は殺すべきと動いたから言ったのだが・・・。
「魔族など、どうでもいいと言いながら、お主はどうやら拘っているようだ。」
「・・・そんなことはない。」
「そうかね?・・・ならば何故、友を斬った?」
・・・意識の檻から出せと、あいつに言った時から決めていた。覚悟していたことだ。
「ふむぅ・・・では、お主はその自称剣聖と同じだの。」
「・・・何故そうなる。」
「お主なら答えを知っておるよ。」
あの自称剣聖は、俺はもちろん、ロイ達も魔族と決めつけていた。
俺は、魔法剣を使っていたから、そう言われても仕方がないが、ロイ達は俺と旅をしていたという事だけでだ。
実際に彼らが魔法を使ったわけでもない。
「お主は、自身を魔族だと受け入れているのだな?」
「そんなもの・・・他人が勝手に言ってるだけだ。」
この蛇・・・いったいなんなんだ。
考えている俺を見て、大蛇は見下ろしながら、目を細めている。
「ワシの事が気になるのかね?」
「・・・ああ。」
「かつては、神とも呼ばれたが・・・今はそんな事を言う者もおらんだろう。神への信仰など、所詮は思い込みじゃよ。なにかに縋りたいからそうするだけじゃ。」
「神様も忘れられれば、ただの魔物か。」
「そういうことじゃの・・・。」
自分で言いながら、大蛇は寂しそうな目をしている。
「神と呼ばれたワシですら、人間に忘れられ、魔物と呼ばれるようになった。・・・魔族と一緒じゃの。」
「・・・似たもの同士ってことか。」
「まぁお主らと違って、ワシは静かに暮らしているだけだからのう。」
・・・それも一つの選択だ。だが、チェシーはそれを選ばなかった。
静かに暮らすだけなら、わざわざこっちの大陸に手を出す必要などない。
「ワシとは違って、その娘は諦めてはいないのだろう。」
「・・・諦める?」
「たとえ魔族と言われようが、自分が人間である事をな。」
「・・・俺が諦めているとでも?」
「でなければ、友は殺さなかったのではないかね?」
「・・・わかったような事を。」
「これでも、かつては神と呼ばれた存在じゃよ?解らぬ事の方が少ないだろう。」
「・・・だが、お前は諦めたのだろう?」
「そうじゃな。・・・だがお主もまた、そうじゃ。」
「・・・いったい何が言いたい?・・・俺の生き方がきにいらないか?」
「そうではないよ。・・・ワシとて同じようなモノだからな。・・・ただ、ワシは勿体なく思うぞ、遠く世界を渡った者よ。」
「・・・それも解るとはね。」
前世と言うべき世界は、こことは大きく違う。
魔法などないし、魔物もいない。
あの世界にいれば、俺は魔族などと呼ばれなかっただろう。
「俺に諦めるなと?・・・言ってどうなる?チェシーが諦めなければ、それでいいだろう。」
「そうではないよ・・・人は一人では、生きられない。大義を成そうとするならば、なおさら一人では・・・心が折れてしまう。」
「・・・あいつを助けろと?・・・今と変わらないと思うが?」
「いや、違うさ。・・・その精神が全く違う。その娘と共に歩けと言っておるのだ。」
「・・・意味が解らんな。」
「いずれ解る時が来る・・・お主次第じゃ。」
「・・・そうかよ。」
言いたい事を言ったのか、大蛇はゆっくりと池の方向に向き直った。
「水を取るのはいいが・・・この辺りはワシが吸収しておるから、魔素はないのう。」
・・・なにからなにまで、見えてるってことか。
「お主にも見える時が来るやもしれんの・・・なにせ魔眼持ちじゃ。」
「・・・心を読まれるのは、いい気分ではないな。」
一度大蛇が頭だけをこちらに向け、にやりと口角を上げた。
「若いの・・・久々の会話は楽しかったぞ。・・・また来い。」
言い終わると前に向き直り、大蛇は池の中へ帰って行った。
・・・結局言いたい事を言って終わりか、何がしたかったんだ。
残った俺は、消えていなかった焚火を見つめながら、薪を足し片膝を抱えて考えていた。




