30.混血の子供
「ほら、あの人・・・」
「魔族を助けたって・・・」
「よく歩いていられるわ・・・」
ガレイが帝国の首都、ジェニムを歩くと、噂の好きな人間が周囲でひそひそやっていた。
聞こえないとでも思っているのだろうか。
彼は、自然と厳しい表情になったが、歩くのをやめなかった。
「パパっ!」
歩いていると、一人の少年が呼びかけながら、ガレイに寄って来た。
まだ幼く、金髪で綺麗な目をしたその少年の耳は、少しだけ尖っている。
「おぉー、ジェイムズ!迎えに来てくれたか・・・」
「うん!」
ガレイは、目の前まで来た少年を抱き上げ、笑顔になった。
「ママはどうした?」
「お家でご飯作ってるって!迎えにいってって頼まれたの!」
「・・・そうか。なら帰ろう。」
「うん!」
ガレイは少年を抱えたまま、また歩き始めた。
調査の為、南側へ赴いていたが、こちらに帰ってきて、報告するとそのまま捕まっていたので、久しぶりの我が家になる。
「ママ!ただいま!」
「帰ったぞ・・・こら、手を洗え!」
家に着いたので、抱えていたジェイムズを下ろしたのだが、元気に走りだしてしまい、どうやらキッチンへ向かっているので、注意する。
しかし、元気がいい子供だ、先に母親の元に到着した。
「ママ!パパお迎えにいってきたよ!」
「ありがとう、ジェイムズ・・・でも手は洗わなきゃ。」
「うん!」
ジェイムズは、元気よく手を洗いに行った。
その様子を見つつ、ガレイもキッチンへ入る。
「・・・戻ったぞ。」
「おかえりなさい・・・よかった。」
ガレイの妻は、エルフだ。金髪で長い髪、エメラルドの目、子供を産んだとは思えない、美しい容姿。
自身の夫が帰ってきて、安心からか少し涙を浮かべている。
「エィス、すまない・・・心配をかけたな。」
「・・・戻ってきてくれて、よかったわ。」
夫婦は抱き合い、その存在が確かにいる事を確認しあう。
「さぁ、ご飯にしましょう。」
「そうだな・・・。」
緊張が解けた為か、ガレイの腹は大きな音を出した。
「ふふっ・・・よほどお腹がすいているのね。」
「・・・すまんな。」
ガレイは、少し恥ずかしそうだ。
トタトタと子供が走る音が聞こえ、その発生源はすぐに姿を現した。
「ジェイムズ!手は洗ったか?」
「うん!洗ったよ!」
両手を広げで、まだ濡れた手をガレイに見せる。
「よし、ならご飯にしよう・・・パパは腹ペコだ。」
「うん!」
母親に手を拭かれ、食卓に着くと、久々に家族がそろった一家は、顔を合わせて料理を食べる。
ガレイは、死を覚悟していたが、思い残すことはたくさんあった。
暖かい料理を食べながら、自身の生を喜んでいた。
俺は、帝国と共和国の間、自由区の中にある森へ来ている。
「戦争の準備をしているようだったら、それで伝えて。」
そう言って、チェシーが渡して来たのは、首に掛けられるように紐のついた、金属の輪で、内側には何やら模様が描かれていた。
「魔力を通すと、こっちに繋がるわ。」
言いながら、彼女も同じようなものを持っていて、俺に見せた。
「ふーん・・・」
輪を軽く握った状態で、魔力を集めてみる。
手に収まる程度の大きさなので、やりやすかった。
『そう、それで頭の中で考えれば会話ができる。』
『便利なもんがあるな・・・』
『魔術ギルドに流した物と同じよ?・・・見たことなかった?』
「ああ、見たことはない。」
あ、普通にしゃべってしまった。
「案外、難しいでしょ?・・・周りに聞かれてもフォローしないから、そのつもりで。」
「・・・わかったよ。」
確かに、魔力のない人間達の中で、突然しゃべり始めたら、魔法を疑われるか、頭でもおかしい奴と思われるだろう。
「同じねぇ・・魔力がない人間が使えるとは思えないが・・・」
「少し工夫して、使ってるみたいね。」
「工夫?」
「ええ、魔素の濃い場所でとれる金属を使うと、魔力が無くても使えるみたいね。」
「金属に魔素が混ざってるからか?」
「私もやったことがないから、よくわからないのだけど、どうやら繋がりっぱなしになるみたいよ。」
「・・・逆に不便そうだな・・・」
要するに、携帯電話が通話の状態で、ずっと動いているのだ。
遠くに一瞬で情報が伝わるが、逆に必要ない事も一瞬で伝わってしまいそうだ。
「ま、これなら魔力がないと使えないから・・・なにかあったら使いなさい。」
「わかった、そうするよ。」
じゃ、といって彼女は青白い光と共に消えた。
彼女から、受けている命令は、魔物の狩り、そして重要なのは、魔眼を使って魔素を吸収する事のようだ。
魔素だまりと呼ばれる、魔素の特に濃い場所を探して、吸収してしまえという事らしい。
剣聖がやっていた人助けとあまり変わりがないようにも思うが、今は自身の魔力を高める事も重要なので素直に従う事にした。
森は、大きく山脈の麓あたりまで続いているようで、昼でも影ができ、過ごしやすい気候だった。
とりあえず、魔素の集まりを探そうと、魔物を探しながら山脈側へ向かって歩き始める。
「あ、そういえば食料・・・」
ふと、思い出して自分の背負っている小さいカバンを下ろし、中を確認した。
・・・ですよねぇ。
このところチェシーについていたので、補給などしていない。
お金も持っていないし、こういう結果になっても仕方がない。
カバンの中には、堅パンが一つ入っているだけで、それ以外の食料は、入っていなかった。
水袋もあったが、中身は無いに等しい程度。
・・・久しぶりに魔物でも食べるしかないな・・・水はどうするか・・・
このまま魔素だまりを探してもいいが、水が無いのは危険だ。
俺は先に水場を探し、この大きな森をさまようことになった。
さまよっている途中で、猪に近い形をしたボーアという魔物を見つけたので、とりあえず狩っておいた。
今は、血抜きをしつつ肩に担いでいる。
着ている外套はよごれてしまうが、ゆっくり血が抜けきるまでやっていると、日が暮れてしまうし、なによりそんなことを気にしている余裕はない。
水が無ければ死んでしまう。
今日の食料となる魔物を肩に担いで歩いていると、大きな池が目の前に現れた。
・・・魔素は濃くないな・・・人がいてもおかしくはなさそうだが・・・
魔素の薄い場所で、水場があれば村を作るはずだ。
それがされていないという事は、そもそも発見されていないか、何らかの理由がある。
池に近づき、手で水を掬う。
そのまま一口だけ飲んでみた。
・・・大丈夫そうだな。
問題なさそうな事を確認し、今度はカバンから水袋を取り出して、沈めて中に水を入れた。
ふと、対岸側が光った気がした。
見ると、黄色い大きな光の玉みたいなものが、少し暗い森を照らしている。
・・・なんだあれ・・・見たことがないな。
まぁ、襲ってこなければ気にしないことだな。
今日はそこで野営の準備をすることにした。
大した荷物も持っていないので、そんなにやる事があるわけではないが、担いでいた魔物を置き、火を起こす為、薪を探した。
・・・こういうの、久々だな。
一通り、準備ができ魔法で火をつける。
皮をはぎ取り、簡単にさばいた魔物の肉を拾ってきた細い木の枝に突き刺して、火のそばに置いて焼き始めた。
・・・見た目は、普通にうまそうなんだよなぁ。
魔物の肉も、いくら不味いとはいえ、肉である事には変わりがない。
これから味わうであろう不味さを考えながら、火の前で座り、肉が焼けていくのを見ていた。
焼き終わり、久々に一人で食べた魔物の肉は、ゴムのようで、なかなか噛み切れず、鉄臭い味がして、これまで食べたどの魔物よりも、不味かった。




