29.騎士の教示
アーネットは、エルフに伝わる略図をただ、眺めていた。
不思議なことがあるものだ。
共和国領内にあった3つの青い点は、その明かりを一瞬消すと、魔大陸に再度灯った。
「・・・なにこれ?」
アーネットは自身の探索の魔法に自信を持っている。
精度について、同じエルフでも右に出る者は、いないだろう。
事実、彼女よりも探索の魔法に秀でたエルフなどいない。
彼女は、この魔法を十分に使いこなし、ここまで冒険者として生計を立てている。
同じ魔法でも使用者によって、その精度も範囲も変わってくる。
魔力が高いことだけが、その優劣の判断材料にはならない。
「一瞬で大陸を移動するなんて・・・」
移動系と呼ばれる魔法は、いくつか種類があるが、魔力の高いエルフでも大陸間を移動できる魔法を使える物が何人いるだろうか。
探せばいるようなきがするが、それでも自由に場所を指定して移動するなど指南の技だ。
アーネットが逡巡しているうちに、青い3つの点が、次々にその灯を消していった。
「魔力切れ?・・・嘘でしょ?」
自身の魔力の残量など、自分がよくわかっている。
まだ探索の魔法を使っているのに、その対象の灯が消えたのだ。
「・・・でも・・・だとしたら、わざわざ連れて行ってから殺す意味あるの・・・?」
「・・・ずいぶん物騒ですね?」
彼女のつぶやきを聞いていた、カウンター越しにいるマスターがたまらず声をかけた。
「なにかあったんですか?」
「・・・あぁ・・いや、ちょっとね・・・珍しい事が続けて起こるものだから。」
「・・・そうでしたか。ところで、指名依頼はうまくいきそうですか?」
「・・・駄目でしょうね・・・私の検索の魔法でも見つからないなんて。」
「それは、残念ですね・・・最近は、良い話が聞けていない・・・」
「・・・?他にも何かあったの?」
王国の件から、確かに悪い話が多いが、それだけではないかと思い、アーネットはマスターに聞く。
「いえ、以前に魔物の集団が帝国領の南、クゥエラ山脈の近くの村で出まして、それを騎士団が調査したんですがね・・・」
「・・・ええ。」
魔物の集団の話など、魔族の王国襲撃に比べればよくある事だ。
「どうやらそこにも、魔族がいたようなんですよ・・・」
「はぁ?・・・」
「しかも、あろうことか、派遣された騎士団の隊長は、その魔族に手を貸してしまった・・・」
「なによそれ?・・・ありえない。」
「ええ・・・だが、実際に騎士団は被害を出し、報告では魔族に食料を与えて逃がしたと。」
アーネットは、更に珍しい事象を聞き、続きを促した。
「それで?・・・どうなったの?」
「現在、敵前逃亡ということで、その騎士団の隊長が裁判されているらしいです。」
「へぇ・・・魔族がからんで裁判なんて、珍しいこともあるのね・・・」
アーネットは、騎士団がまだ冷静な対応をしていると思っていた。
魔族と聞けば殺してしまう。
それが、この大陸で生きていく人々の決まりのようなものだ。
大昔の出来事とはいえ、最近王国であったことも含めて考えれば、その結論も致し方ないように見える。
「裁判といっても、形式だけみたいですよ?・・・まぁ、魔族を助けたとなれば、それも仕方がないでしょう。」
「・・・そうねぇ。」
ガストル帝国、その領内の中央にあるのは、この国の首都と言える街がある。
名前は、ジェニム。
ジェニムの街では、山脈から取れる鉱山や、鉄鉱石を使った武具の産地として名をはせており、かつて剣聖もこの街で作られた武具を使用していたと伝わっている。
そして、この国の騎士団の中枢とも呼べる建物が存在する場所でもある。
「騎士ガレイ・ディー・・・貴殿には、魔族の協力者という容疑がかかっている。」
「・・・」
大きな会議室、中央には筋肉質の男が、一人立たされている。
男の周りには、金属の甲冑を着た騎士達が、立ち並び、すでに剣を抜き、胸の前に縦に収めて並んで壁を作っている。
男の正面、一番奥には、大きな机と椅子があり、髭を蓄えた一人の老人が、座っていた。
「ガレイ殿・・・何か弁解することは?」
「私は、武人です・・・私が協力したのは、失うには惜しい、剣の使い手でした。」
「ほぅ・・・」
会議室内は、ざわついていた。
集まった騎士は、帝国内でも精鋭と言われる部隊である。
それでも、この騎士の言葉には、驚きを隠せなかったようだ。
「私が突撃を指示したのは、我々の存在理由を奪われまいとした一心でした。」
中央に立たされたまま、男は続ける。
「その光景は、実に勇猛で、実に見事でありました・・・何百もの魔物を一人の剣士が相手取り、討ち続けているのです。」
髭を蓄えた老人は、顔をしかめ、目を瞑る。
その光景を想像するように。
「騎士とは何か、考えさせられました・・・そして、気が付けば伝令を出し、未来ある若者の命を奪ってしまった・・・その意味では、私は大罪人でしょう。」
「ふむ・・・。」
「しかし・・・私は、その魔族と呼ばれた若者を助力し・・・ある意味では、騎士の教示を守ったつもりです。」
男は、下を向き、ただ、その心情を吐露するように語った。
「なるほど・・・手を出す前に、魔族だとは判断しなかったのかね?」
「・・・彼の剣筋を見て、魔族だからなど・・・愚かな行為です・・・」
「愚かとな?」
老人は、片方の眉を上げ、目を見開いた。
「ええ、愚かです・・・彼の剣筋を見て、私は怯んでしまった・・・私程度では到達しえない領域だと・・・そして、すぐに部下に指示を出せないでいた事に、後悔したのです。」
「そしてガレイ殿は、その騎士の教示に従い、手を貸したのだな?」
「はい・・・」
会場がのざわめきは、さらに大きくなった。
間違っても、帝国を守る力である騎士が、その教示に従い、魔族を守ったなどと言うべきではない。
「王国の件もある・・・我々も、人材を失うわけにはいかんのだ・・・」
「・・・」
男は、下を向いたまま、ただ、その宣告を待った。
「ガレイ殿、貴殿の騎士剣を剥奪する・・・」
「・・・は?」
男は、いったい何を言っているんだと正面の老人を見る為、顔を上げた。
「頭を冷やせと言っているのだよ・・・もう一度、今度は一人の兵士、剣士として、その魔族を見極めろ。」
「はっ」
確実に、自身の死を覚悟していた男は、その決定に目を丸くし、信じられないという表情を浮かべていた。




