27.容疑者
「・・・ふぅ・・・自分の身体は素晴らしいな。」
「よほど自分が好きなのね・・・」
「そういうことじゃねぇよ・・・わかれよ・・・」
「ふふっ・・・」
チェシーが俺を見て笑っていた。
意識が自分の中の檻にいたときは、あまり笑っていなかったと思うので、久しぶりに見た気がした。
「しかし、俺を蔑むのが好きだな・・・」
「そうね・・・楽しいもの。」
やはり彼女とするのは、こういう会話が性に合っている。
「で・・・これからどうするんだ?」
「まぁ、仮にも大国を潰したのだし、その内こちらに攻めてくるんじゃない?」
「それもそうか・・・待ってるだけか?」
「そうね・・・仲間になってくれそうな人を探しつつ、来るのを待った方がいいと思ってる。」
また、この女は不思議な事を言うものだ・・・あちらにこちらの味方をしてくれる奴がいるとは思えないが・・・。
不思議そうにしていると、チェシーは俺にある仮説を聞かせた。
「まぁ、普通の人は、こちらの味方にはならないでしょうけど・・・あなたに関わった人はどうかしらね?」
「はぁ?あの3人か?・・・ありえないだろ。」
「そうかしら?・・・周りからは、魔族の仲間だと言われていてもおかしくないんじゃない?」
「・・・ふぇ?」
考えてもいなかった仮説なので、あっけにとられて、変な声が出てしまった。
「君と戦ったからと言っても、彼らはずっと一緒に旅してたのよ?因縁つけられても不思議じゃないわ。」
「・・・それは、ないんじゃないか?戦ってるし・・・」
「まぁ、偵察はベール達にお願いして、向こうに置いてきたから・・・その内答えが出るわね。」
「・・・便利屋か?あいつ・・・」
「前からやってるし、慣れてるからね。」
どうやら、他の魔眼使い達は、向こうに残って諜報活動に勤しんでいるらしい。
俺が行っても、役にたたないだろうから、ありがたいことだ。
「そういえば、本当に全員殺す気か?」
「あ~・・・一掃するっていったあれ?・・・その前に彼らが常識を変えてくれればいいのだけど。」
「・・・きついだろうな。」
「そうねぇ・・・魔法使いの存在を彼らが認めるか、自滅するか、殺されるかの違いだもの。・・・愚かな選択をしない事を祈るわ。」
「それ、生き残る方法が1つしかないんだが・・・魔力のない人間が勝つって可能性もあるだろ?」
「ありえないわ。・・・それこそ君が裏切って、剣聖にならない限り。」
「・・・買いかぶり過ぎだ・・・そんなに自分に自信は持てん。」
「あら?そうなの?」
彼女は、いたずらっぽい顔をした。
・・・そういえば距離感がだいぶ近い気がしてきた。
なにやら柔らかいものが、完全に俺の身体に当たっている・・・
「・・・近くないか?」
「当たり前でしょ?・・・さっきまで繋がっていたんだもの。」
「・・・」
そういえば、彼女が俺の意識の前に来た時も、身体がそんなことしてたな・・・。
「移動系は得意だけど、精神系は苦手なのよ。それこそ肉体的に繋がってないと、君の中には入れない程度には・・・そういう意味では、普通の魔法使いの範疇ね。」
「・・・そういや、爺さんが満足に使える魔法なんてせいぜい1つか2つって言ってたな・・・」
「人間の一生の時間なんて、限られているもの・・・簡単であればある程度はいけるけどね?」
普通に話はしているが、柔らかい物がずっと当たっている感じがして、なんだか恥ずかしくなってきた。
「・・・そろそろ離れてくれないか?」
「い~や~よっ!」
「何故・・・」
「君が・・・どういう理由でも、仲間を裏切って、私と一緒に生きると言ったんじゃない。」
「・・・お前と一緒になんて言ったか?」
「この状況で、生き残るなんて、それしかないでしょ?」
・・・なんだか、丸め込まれた気がする。
しかし、俺の身体がどうだったかは、知らないが、俺はまだ気持ちを整理できていないのだが。
「それに、君の身体は喜んでるみたいよ?」
「・・・そりゃそうだろ。」
それから、チェシーにいたずらされたので、とりあえず全力でやり返した。
「アーネットさん、また指名依頼です。」
調査が終わるまで飲む!と宣言したアーネットは、その宣言どおりギルド経営の酒場で飲んでいた。
「はぁ?・・・今度はなに?」
そこには、人間のどうしようもなさが表現された依頼が書かれている。
ロイ、ガッツ、クリストフという名の冒険者3名について、魔族との関係が深く、今回の王国襲撃の手引きをした容疑がかかっている。
早々に捕らえて、尋問する必要がある為、最低1人を生かしたまま捕らえ、最寄の冒険者ギルドに連行する事。
「・・・こういうのを見ると、なんだかやるせなくなる。」
「・・・」
エルフの冒険者の言葉を聞いて、冒険者ギルドの職員は特に答えなかった。
彼からすれば、このエルフも疑う対象なのだろうか。
飲んでいた途中だったが、自分が依頼を出した縁もあり、気になったので、エルフに伝わる略図を取り出し、3人をイメージして探索の魔法を行使する。
略図には、赤い1つの点と、青い3つの点が灯った。
「・・・共和国領内ってところかしら・・・まだこの辺だったのね。」
彼女は、略図を眺めながら、ジョッキに残っていた酒を飲みほした。
「我こそは!時代の剣聖!!レインである!!!」
ロイ、クリストフ、ガッツの3人は、共和国領内で王国の情報を得た後、すぐに引き返す事にしたが、補給のために立ち寄った街の出入り口付近の広場で、変な奴に捕まってしまった。
冒険者ギルド運営の酒場が町の奥にあり、ここを通らないと町を出られなかったので、どうしようもなかった。
「・・・である?」
「ガッツ、知り合いか?」
「・・・こんな恥ずかしい奴、知らないのである。」
ロイは、思わずガッツに確認してしまった。
ガッツもどうやら知らないらしい。
「そこの3人の冒険者よ!!貴殿らは、悪名高い魔族と懇意にしていたと聞いているのである!」
「・・・俺達の事を知っているのか?」
「あの時、コロシアムで見ていたのである!」
「何の用かな?・・・急いでるんだが。」
「貴殿らに聞きたい事があるのである!!」
そう宣言すると、レインと名乗った騎士風の装備をした男は、腰に提げていた剣を抜きながら、3人に向けて歩いてきた。
ロイは、立ち止まった事を後悔した。
「・・・喧嘩でも売りたいなら、剣なんて抜くなよ。」
言いながら、ロイも剣を抜いた。町中で剣を抜く事などめったにない。
大型武器でもなるべく仕舞うように心がける。それは、お前を殺すという合図に他ならない。
「知らなかったとはいえ、魔族の仲間なのである!・・・何かを知っているはずである!!!」
「無茶苦茶だな・・・おい!!」
ガッツとクリストフも戦闘の準備に入る。だが、レインという奴の仲間もどうやら待機していたらしい。
町の出入り口側に3人、前にはレイン含めて3人。剣聖を名乗るだけあって、全員剣を持っている。
「・・・いわれのない事で戦うのは嫌である。」
「・・・めんどくさい奴だなぁ。」
「馬鹿ほど、数を揃えるのは、本当に厄介だ・・・」
逃げるぞ!と3人は、目くばせだけで意思疎通をする。
ガッツは大斧、クリストフは剣を構え、それに応じる。
「最初から私が闘っていれば、魔族など殺していたのである!!!」
「つまりは、横取りされたからって・・・因縁付けてるだけか・・・」
レインと名乗った男の答えに、ロイは呆れてしまった。
本来、ジェフとコロシアムで戦う予定だったのは、この男だったようだ。
ヴィンに言って、あいつの嫌がらせの一つとして自分達が闘ったが、あいつもこういう厄介なのをよく知ってるものだ。
前にいたレイン以外の2人が、手始めとでも言うのか、さっそく打ちかかってきた。
自分で時代の剣聖などと言うだけあり、連れている2人も手練れだ。
何度か打ち合うが、相手にも隙が無く、倒すには時間がかかる。
いや、実力は互角と言ったところだろうか。後ろから更に1人が打ちかかってくる。
数が互角になった途端、さらに厳しくなった。
その様子を見ようと野次馬も集まってきて、人垣ができてしまい逃げだすのも難しくなっていく。
「くっ・・・厄介すぎる・・・」
「これじゃぁ・・・」
「逃げる方が・・・難しいのである・・・」
各々の力量が互角ならば、人数が多い方が有利なのは明白だ。
どうしようもなく、油断ができるはずもなく、3人はただ打ち負けない事に徹している。
その様子を、人垣の中から見ていた黒いローブの男がいた。
突然、その後ろに2人の人影が現れた。
一人は、見覚えのある黒いローブを目深に被っている。
もう片方は、見覚えのない、白を基調として淵には、黒いラインが入った外套を着ていて、こちらもフードを目深に被っていた。
2人は、集まった人をかき分け、騒ぎの中心まで歩いてくる。
「・・・お前の予想が当たったようだな。」
「あまり考えたくはなかったけど・・・愚かなことね・・・」
3人は驚いた。
王国が襲撃されたのは、ついこの間のはずだ。
距離を考えれば、この2人がここにいる事はありえない。
それこそ、魔法でも使わない限り。
「まさか、剣聖と名乗る馬鹿がいるとはな・・・」
「あら?君もそうじゃない?」
「俺は名を貰っただけだ・・・」
2人は話しながら、ついにロイ達3人と、襲い掛かっていたレイン達の間に入ってしまう。
そして、3人に背を向けた。
「何者である!!この者たちを庇うとは!!!この3人には、魔族を手助けした者であるぞ!!」
「・・・おいおい、展開早いな・・・もう決めちまってるじゃないか。」
「我々に剣を向けている時点で確定である!!」
「はぁ・・・そんなんだから、お前は死ぬんだよ・・・」
外套を被った男は、手を腰の後ろ辺りに回し、外套の中を探った。
そのまま引き抜くと、黒い太い針のようなものを出した。
「そんな獲物で!!いったいどうするのである?!」
「・・・お前を殺す・・・容赦はしない。」
ロイは後ろの2人を気にしつつ、前に立った二人を見た。
「お前・・・」
「ロイ、名前は言うなよ・・・そこの馬鹿と同じにされたくない・・・」
「・・・お前、王国で何したかわかってんのか?」
「その話は、後にした方がいいだろうな・・・」
言い終わった途端、レインが焦れたのか、白い外套の男に持っていた剣で打ちかかった。
白い外套の男の手に握られた太い針は、いつの間にか金色に輝く刀身を付けていた。
レインは、驚いたものの、そのまま勢いをつけて上段から剣を振り下ろす。
白い外套の男が、それを受けようと、ただそっと剣の通り道に自分の手に持つそれを置いた。
金属製の剣と金色に輝く刃がぶつかると、信じがたい現象が起こる。
頑丈そうな金属製の剣があまりにも静かに、その刀身の断面をさらけ出した。
「気をつけろよ・・・って、言う前に剣がそれじゃあな・・・」
「・・・なにぃ!!!」
レインは、自分の剣を見て、同様を隠せないようだ。
「・・・心が乱れてるぞ・・・剣が雑だ。」
「その剣は!!何なのである!!!!」
レインの状態に、白い外套の男は、呆れたと言ったジェスチャーをした。
「魔法剣だが?・・・なにか問題でも?」
「貴様!!魔族であるか!!!」
いいながら、レインは目の前の白い外套の男を睨みつける。
「そう睨むなよ・・・剣聖様。」
「くっ!!・・・剣をよこすのである!!」
レインの要求に彼の仲間が応え、持っていた剣を投げ渡す。
受け取ろうとしたレインの腕は、伸ばした途端に付けていた防具ごと斬られてしまった。
そして、受け取り損ねた剣をも斬られ、ガランッ!と音を立てて地面に落ちる。
「・・・笑わそうとしてるのか?」
「ぐぅぅぅぅううう!!」
痛がるレインを白い外套の男が、容赦せず頭を落としてしまった。
その様子を見ていた、周囲の野次馬が騒ぎ始める。
「魔族っ!!魔族だっ!!!王国からこっちに来たんだ!!!」
「いやーーーー!!!」
集まった人間が次々に魔族と口にし、蜘蛛の子を散らすように、逃げていく。
騒ぎの中で、人垣の中にいた黒いローブの男が前の2人に近寄ってくる。
「・・・帰りましょ?」
「ああ・・・」
青白い光が、顔を隠した3人と、ロイ、ガッツ、クリストフを包み込んだ。




