26.技術の始まり
チェシーは俺の身体と他の魔眼持ちを連れて、何度も向こう側の大陸に行く。
どうやら人間の多い街を次々に襲っているらしい。
場所だけが変わりながら繰り返される惨劇は、もう何度行われただろうか。
襲う場所は、決まって王国領でそれ以外の自由区や残りの大国には手を出さない。
襲われた街の自警団や雇われた冒険者が反撃を試みるものの、赤子の手を捻るように蹴散らしていく。
・・・王国が気に入らないだけなのだろうか。
いや・・・あいつは、「魔法使いを魔族と呼び、蔑む愚かな人間どもを一掃しに行く」といっていた。
いずれは、他の大国も攻めるのだろう・・・。
何故・・・あいつは俺を必要とするのだろうか。
ジェフ・ジークの裏切りとは何なんだろうか。
そんなことを考えていると、どうやら答えを知っている奴がまた現れた。
「まった?」
「・・・考えていた。なんでお前がこんな事をするのか。」
「そう・・・じゃぁ続きを話しましょうか。」
前回と同様に俺の目の前に来ると、チェシーは話を始めた。
それは、開発が軌道に乗ったころでした。
人々の国の王は、新大陸からもたらされる食料や、新しい宝石に大変喜びました。
大陸に残った人々も、新大陸に向かった人々を開拓者として尊敬していました。
ある時、人々の国の王は、大陸中の魔法使いを新大陸に送る事を決めます。
多くの魔法使いが新大陸に渡れば、もっと沢山の食料や宝石が自分達の物になると考えたのです。
王の命令に従い、大陸にいた魔法使いは、皆新大陸に向かっていきます。
大陸に残った魔力のない人々は、自分達の生活を支えてくれていた魔法使いがいなくなり、やがて困ってしまいました。
魔力のない人々は、考えます。
どうしたら、前のように作物がとれるのだろうか。
どうしたら、前のように魔物を退治できるのか。
一部の人間が、魔素を使うと魔法使い達と同じような事ができる事に気が付きました。
魔素を体内に取り込み、自身の力を強くするのです。
これが、技術の始まりでした。
そうして、人々は魔法使いに頼らずに文明を維持できるようになりました。
いつしか、新大陸へ向かった魔法使い達は、人々から忘れられてしまいます。
久しぶりに新大陸で得たものを持ち帰ってきた魔法使いは、驚きます。
魔力を持たない人の身体には、毒になる魔素が人々の国に充満していたのです。
心優しい魔法使いは、これではいけないと、その身体に魔素を吸収し、自身の魔力に変えてしまいました。
するとどうでしょう、魔力のない人々は、また困ってしまいます。
魔法使いを忘れた彼らは、魔法使いを悪だというのです。
魔力のない人々は、魔法使いを次第に魔族と呼ぶようになりました。
魔族と呼ばれた魔法使いは、呆れてしまい新大陸に戻って行きます。
そして、魔力のない人々は、また国中に魔素をばらまきました。
すると、以前よりも濃くなっていく魔素につられて、魔力のない人々を魔物が襲ってくるようになりました。
魔物に襲われて魔力のない人々は、死んでしまいます。
それを見た魔力のない人々は、魔族のせいだと言うようになりました。
そこまで聞いて、思ってしまった。
「・・・自業自得のようだが。」
「そうよ。本当に愚かだとは思わない?」
しかし、技術を使うのに魔素が必要だとは思わなかったな・・・。
初めて聞いた事ではあるが、自分の場合は自身の魔力を使っていたので、気が付かなかった。
普通の剣を使っていても、ある程度以上の力を出そうとすれば、自身の身を守るためにも魔力を使って力を強くして戦う事は、日常的に行ってきた。
俺の力を見た3人も、冒険者の技術と呼んでいたから、そういうものがあるのだと思っていた。
「で・・・なんで俺がこうなってるんだ?」
「それは、君が剣聖の名を継いでいるからよ・・・って言わなかった?」
「答えになっていない・・・。」
こいつは、俺を苛つかせたいのだろうか。
「・・・大昔の戦争の終盤にね、それまで魔法使い側の騎士として兵を率いていた男がいたの。」
チェシーは、ゆっくりと語り始めた。
「その男は、とても心優しかったと聞いているわ・・・それにとにかく強かった。名前は、ジェフ・ジーク・・・後に向こうの大陸で剣聖と呼ばれた男よ。」
「剣聖が魔法使い?」
「ええ、それも魔眼を持っていた。最強の魔法使い。」
「魔法使いが、こちら側を裏切って、向こうについたのか?」
「・・・結果的にはね・・・理由までは定かではないわ。ただ彼は、自滅していく人間を助けてあげたかったみたい。」
「それで、裏切りね・・・」
なんの理由があって、そんな事をしたのだろうか・・・。
まぁ、おかげで戦争が終わったのだから、人間の為にはよかったのだろう。
「ええ・・・彼は、戦争が終わった後、大陸中を捜し歩いて、君みたいに魔眼を持って生まれた子を育てたそうよ。」
「・・・魔素か?」
「そう・・・魔素を吸収して、なるべく人間が住みやすくする為にね・・・そして自身の名を与えた。」
「・・・爺さんは、そんなこと言ってなかったぞ。」
「300年も前の人のことだもの、そう言われているってだけで、本当かどうかなんてわからないわ。」
「・・・なんで、お前が向こうの大陸にそんなに詳しいんだ?」
「魔法使いだから?」
「・・・それ、答えになってるか?」
「ちょっとした伝手があって、古い文献を手に入れてね。」
「・・・ヴィンか。」
「ええ。彼はとても便利だったわ。」
「いやな奴だったがな・・・」
「それは、君次第じゃない?」
「そういう物かね・・・」
「ええ・・・。今回は、この辺りで終わりのようね。」
チェシーがこの会話の終わりを告げる。
「いや・・・俺を出してくれ。」
「どうして?」
「決めたって言ったろ?・・・俺は、自身からも、今の状況からも逃げない。」
誰に何を言われようとも、俺は逃げない。
自分が、何の為に生きたいのかもわからない。
それでも、これから行うことは、自分自身で行いたい。
ただ、そういうつもりだった。
「・・・君にしては、素直ね。」
「どうせ、俺にとって必要な人間の方が少ないんだ・・・そいつらも、俺を殺しに来るだろう。」
「・・・わかってて、そうするのね。」
「・・・薄情か?」
「彼らにとっては、そうなるんじゃない?」
「・・・いいさ・・・裏切り者でも、剣聖と呼ばれる世界だろ?」
「・・・そういう事になるわね。」
「なら俺は・・・すべてを背負って生き残る。」
爺さん・・・あんたが生きてたら怒るかい?
・・・どうやら俺は、こういうやつらしい。




