2.ここまで
それは、家に帰る途中の出来事だった。
都内にある会社でIT系のエンジニアとして、働いていた俺は、その日の帰りもも終電近く、いつも通りコンビニで夜ご飯を調達し、ゴロゴロと雷が鳴っている中、家に向かって歩いていた。
普段は、雷に対して特別怖いとも思っていないが、その日はやたらと音が近く感じ、天気も悪かったと思う。
ゴロゴロゴロゴロ!!
ひと際近くで音がしたため、少し立ち止まってしまい、上を見上げた瞬間だった。
目の前が真っ白になったんだ。
前世というのだろうか。俺の記憶はそこまでで止まっていて、次に気が付いたらこの世界にいた。
身体は小さくなっているようで、どうやら5,6歳くらいの身長だろうか。
腕も足も細くなっていて、白い肌にはところどころ痣があった。
一番の変化は、この世界は全体的に黄色っぽく見えることだ。
前世の感覚でいうと、黄色っぽい色のサングラスをしているときの景色とでもいうのだろうか。
もちろん、今の俺はそんなものしていない。
周辺は、小さな木造家屋が数件ならんでおり、地面はアスファルトではなく土が主体で、小石がころがっている、いかにも田舎といった風景で、時刻は夕方だろうか?黄色っぽいおかげでよくわからない。
周辺を観察しつつも、人間なんて食べなければやっていけないもので、やたらと腹が減っている。
そういや、晩飯に買った弁当食い損ねてんな。
などと考えつつも、持ち物は来ているボロボロの服と、目元あたりまで隠れるくらい、少し大きめのフードのついた外套のみ。金目の物は持っておらず、食料らしきものもない。
んー、俺のしってる異世界転生と違う気がする・・・。
前世で読んだそういった物語では、赤子スタートだったり、幼い子供からスタートでも、無一文で外からっていうのはなかった。
たいてい、そこそこの貴族だったり、騎士だったりする家の子供スタートのはずだ。
・・・詰んでる。
としばらく悩んだものの、もうどうしようもないし、自分子供っぽいし、ここは一応村のようだし、もしかしたら人命救助のお題目の元、何か食べるものでも分けてくれるかもしれないと思うことにして、一番近くにあった家を訪ねてみた。
「すいませーん」
ドアをノックしつつ声をかける。
・・・ってかこれ日本語通じるのか?
「ん?はいよーちょっとまってなー」
お、通じた!
しかも優しそうなおっさんの声だ。
少しまつと、家の中から中年に見える優しそうなおじさんが出てきた。
「おー、こんな子供が・・・どうしたんだい?君のお父さんかお母さんは?」
ドアを開けて俺を見つけるなり、俺を少し心配してくれているようだ。
見た目通り優しい。
「・・・わからない」
「・・・そうか・・・最近はどこも不作のようだからね。」
口減らしに捨てられたとでも思われたのだろうか。
優しそうなおじさんをだましているようで悪いが、子供の特権としてここは、なるべく深刻な感じでおねだりしてみよう。
「おなかがすいていて、よかったら食べ物をわけてくれませんか?」
「ああ、いいとも。といってもうちもそんなに裕福じゃないからね、少しだけになってしまうが。」
「ありがとうございます!」
・・・どうやらうまくいったっぽい?
おじさんは家の中に俺をいれてくれた。
「しかし、子供を捨ててしまうほどとは。うちもギリギリだが、やってはいけない事もあるというのに。」
おじさんの声は少し悲しそうだった。
「そこで待ってなさい」と、テーブルとイスのあるところを指さし、食事の準備をしてくれている。
俺は、それに応じてフードを脱ぎ椅子に座って待っていた。
どうやら、隣の部屋がキッチンのようで、そこで温めたらしいスープをよそった器をもって、
おじさんが出てきた。
だが、おじさんが俺にそのスープを渡す前に、器ごと落としてしまう。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、優しそうだったおじさんの顔は、みるみる内に怒気を帯びてきた。
え?なんで?・・・
「この悪魔が!子供の姿でだますなどっ!!」
急に怒りがフルスロットルになり、おじさんは顔を真っ赤にしながら俺の外套を乱暴につかんだ。
次の瞬間、腹に思いっきり拳をくらった。
「え・・・なんで・・・」
痛いし、わけがわからず、俺はうずくまってしまったが、おじさんは梅干しよりも赤いんじゃないかと思うほど、顔を真っ赤にして怒っている。
「ふざけやがって!早く俺の家からでていけ!」
俺はおじさんに、背中を思いっきり蹴られ、ドアの方へと押しやられ、ついには外にだされてしまった。
「二度と来るんじゃない!」
そんな怒鳴り声をあげつつも、おじさんは家の中に引っ込み、閂を掛けてしまったようだ。
えぇーーーーなんなのーーー
何が、おじさんをあそこまで怒らせたのかはわからなかったし、いったいどうしたというのだ。
仕方なく、何件か別の家を訪ねてみたが、いないか、居留守か、同じように家に入れてくれても、罵声を浴びせられながら、おいだされてしまう。
最後は、村中の大人達が集まってきて、鍬やら、鎌やら物騒なものをもって追いかけられた。
何がなんだかわからないまま、村の近くにあった森を抜け、必死に走って小川に出た。
遠くの方から、「どこ行きやがった」だの「魔族め!」だの聞こえてくる。
もっと遠くへ逃げようとして、小川を何とか渡り、行き着いたのが森の中の洞窟だった。
中に入ると、座り込み、力も出ないし「あぁ。。。これから餓死か・・・」などと考えたものの、
思考力も衰えてきて、眠さが出てきた。
「あ、・・・これ・・やばいやつ」
つぶやきながら、俺は倒れこんでしまった。