18.無謀
「なんなんだ・・・あれは・・・」
そう呟いた男性は、クゥエラ山脈の北側、この大陸の3大国のうちの1つ、ガストル帝国、騎士団所属の兵士だった。
その視線の先には、数百はいる魔物の群れと、それを一人で相対する男がいた。
動きは早く、男の振る剣は橙色の光を放ち、それは一筋の線となって魔物の間を縫うように繋いでいる。
隣に立っている同僚も、その光景を目の当たりにして、驚愕している。
およそ人間の動きとは思えない。
騎士団に届いた依頼は、帝国領内の南、山脈付近の村が魔物の集団に襲われた為、調査とまだ魔物が集団を形成していた場合は、これの討伐でだった。
魔物の集団の規模は、村の生き残りの話を聞く限りそこまで大規模ではないようだったので、必要最低限という事で、全体で30名程度の騎士がその任務に就いていた。
行軍はおおよそ予定通りに進み、周辺の魔素の濃さもあってか魔物の襲撃もあったが、十分に対処できる数であったので、特に損害もなく順調に目的地にたどり着いた。
しかし、目的地が目と鼻の先という所で、すでに魔物の集団と一人の男の戦闘は始まっていたのだ。
闘う男の持つ橙色の剣は、切れ味が落ちることもなく、それを扱う男もただ正確に、群れる人型の魔物どもの首を落としていく。
その光景は、鮮やかであり、この世の物とも思えなかった。
当初の予定よりも、討伐対象の魔物の群れが多く、一人の男が闘っているからといって、安易に加勢しこちらに被害がでても面白くないという事か、それともただ目の前の光景が信じられないだけなのだろうか、騎士団をここまで率いてきた隊長は、なんの指示もださずに、口をあけ、眺める事しかできずにいた。
兵士の一人が魔族だと言った。
他の兵士もそう思っているのだろうか・・・。
騒ぐ事もなく、どうすればいいのかもわからず、ただ指示を待っている。
それを聞いた隊長は、情けないような、やるせないような表情となった。
騎士として国に仕え、その国民を・・・その国を守る事に従事する。
その意義を、ただ一人の男に奪われている。
隊長は覚悟を決め、部下に命令を下す。
一人の男が、多数の魔物を討ちとっているが、まだまだ数はいる。
この行動に意味はある、ただそう信じたいだけなのかもしれなかった。
「ケイト!お前は、戻り状況を知らせるんだ!行けっ!」
「はっ!」
応えたのは、闘う男を魔族と呼んだ兵士であった。
「全軍!・・・あの男を援護する!いくぞっ!」
「・・・オォォォオオオオ!」
兵士達は、各々に槍を持ち、盾を構え、隊長の号令の下、突撃を開始する。
ここに来る少し前、俺はチェシーから無理難題を言い渡されていた。
「じゃ、このまま帝国領にいって、思う存分魔物を狩ってきてね。」
「・・・そういうことなら、普通の剣をくれ!頼むから!」
「いやよ。どうせ壊しちゃうし、もったいないじゃない。」
「・・・それ、俺に死刑になれって言ってんのと変わらんと思うんだが。」
「大丈夫、山脈挟んで帝国側なら、まだ君のことは伝わってないわ。」
「・・・俺の命をなんだとッゴファ!!」
いつの間にか、チェシーは俺の両肩をつかんで膝を腹に入れていた。
光に包まれて、気が付けば背後には山があり、頂上付近には雪が積もっているのが見える。
目の前には小さな村があり、標高のせいか少し肌寒い。
「お前の方が生き残りそうな気がするんだが・・・」
「私がやってもいいのだけれど、そうすると君はもう仲間に会えないわね。」
「・・・。」
「じゃ、そういうことで。」
そういうと、チェシーは光に包まれ消えていた。
どうやら帰ったらしい。
彼女と話しをした後、3日間は屋敷の中を掃除させられていたのだが、どうやら俺の手際がお気に召さなかったらしく、俺の掃除した場所をベールに再度させていた。
「使えない子は、いりません!」
最初はそんな言葉だったか・・・。結局その3日間、チェシーのサンドバック代わりに腹を叩かれた俺だったが、最後の方は油断しなければ避けられると思っていた。
つまりは、「もう見切れるし」と油断した結果、もろに膝を頂戴したため、一瞬身体が硬直した隙に、ここまで飛んできてしまったのだ。
帝国領ってあんまり来た事ないんだよなぁ・・・。
最初に追い掛け回された村が、帝国領近くであったため、爺さんと逃げるように移動したこともあり、冒険者になってからも、なんとかして避けてきた。
「・・・実家でもあるの?」
「そんなようなものだ。」
「家族仲悪いんだね・・・。」
あまりに拒否しすぎたときの、クリストフとの会話を思い出した。
・・・とりあえず、ここにいても仕方ないか。
魔法剣の柄を見られないように隠してから、目の前の村に向かうことにした。
少し村に入ったが人影がなく、それに違和感を覚えた。
いくつかの木製の家屋が静かに佇み、すこし離れた場所には大きな風車が1台動いている。
この規模で暮らせるとすれば、20人程度であろうか。
規模の割に静かすぎる村の中を進むと、前方に大きな影が見え、それが人ではない事に気が付くのに時間は必要なかった。
・・・また厄介なやつがいやがるな。
家屋の向こうから姿を現したのは、以前に見たことのある魔物だった。
大きな体躯、赤い目、皮膚は浅黒く、獣のように毛皮があり、太い腕。
ジーキーと呼ばれるその魔物は、巨大なゴリラのような姿で、とても獰猛である。
バフォーーーー!!!
俺を見るなり、一度諸手をあげ吠える。
なんとなく人がいないか気になり、視線を動かして周辺を確認する。
チェシーとの会話で一つの答えを得た気もするが、これまで気を使ってきた事なので、これはもう一種の処世術ともいえる行動だった。
・・・まぁ、急に気にしなくなるってのも無理な話だ。
今、俺の持つ剣はこれしかない。
手に握られたのは、刀身のない剣の柄。
「来いよ・・・。」
世界が黄色味を帯びてゆく中、俺の手にはすでに最も頼りになる剣が収まっている。
儚い夕暮れのようで、ただしっかりとそこにある。
突っ立っていた俺に、ジーキーはその巨体をゆすりながら近づいてくる。
動けなかったわけではない。ただ立っていただけだ。
やけにゆっくりと振り上げられた拳が、少しの溜めの後こちらに向かって進んできた。
魔眼を使うとやっぱりこう見えるよな・・・。
そう思いながら、2歩ほど横に動いた。
大きな拳が真横を通り過ぎ、先ほどまで俺のいた地面を叩いた。
その瞬間、手を動かす。
ゴゥッギャーーー!!!
片腕を肘のあたりから斬られたジーキーは、転倒しながら叫んでいた。
・・・普通の剣だと切れないんだけどなぁ。
前に戦った時は、苦労させられたなぁ・・・。
そのまま、倒れたジーキーにトドメを刺した。
その魔物の叫びを聞いたのか、山側の森から魔物が次々と姿を現す。
その中には、さっきまで食事をしていたのか、口の周りがどす黒い奴もいた。
・・・俺、これ死ぬんじゃね?
初めて見る規模の魔物の集団にものすごく逃げたくなった。
・・・あんなこと決めなきゃよかった。
少し後悔した。
だがここで逃げるのは、自分の仲間への宣言と矛盾してしまう。
また嘘をつくのは嫌だった。
ただ逃げ続けてここまで来てしまった。
同じ事を繰り返すのはごめんだ。
「ロイ、お前の言ったとおりだったよ・・・厄介すぎる。」
そう呟きつつ、俺は魔物の群れに突っ込んでいく。




