17.魔族とは
「で・・・聞きたい事がいろいろあるんだが。」
「まぁそうよね、いいわ答えてあげる。話をする為にここに来たのだし。」
俺達は、移動して今は部屋の中にいる。
どうやら先ほど眺めていた街の中にある、大きな屋敷に来たらしい。
部屋の中には、いかにも高価なソファーが2つ低いテーブルを挟んで置かれており、その奥にまた別の机と椅子が置かれている。
チェシーと向かい合うように座ると、ベールが彼女の後方に立っていた。
すごく自然にそうしたところを見ると、彼女が主人で彼がその従者である事を理解させた。
「なんで、俺を連れて来たんだ?」
「特に意味はなかったけど・・・ベールのついで?・・・そういえば、君の仲間と賭けをしていたからその景品ね。」
「勝手に景品扱いか・・・いったいどんな賭けだったんだ?」
「それは君の仲間に聞いたらいいんじゃない?会えるかどうかは知らないけど。」
「・・・そうかよ。」
どうやら俺の知らないところで、チェシーと3人の間で賭けが行われたらしい。
だが仲間に聞けとは、今の状態ではなかなか難しいだろう。
なにせ目の前で魔眼と魔法剣を使ってしまったし、それを観衆に目撃されている。
仮に大陸を渡って戻れたとしても、あの時にコロシアムにいた誰かに見つかれば、俺はまた処刑執行されるだろうし。
「もう一つ、お前や俺は魔族じゃないのか?」
前回魔族なのか聞いた時、何か説明が必要とか言っていたのが気になっていた。
「あぁ・・・それね、じゃあ逆に聞くけど、君は魔族なの?」
「・・・わからない・・・が、もう王国では魔族扱いなんだろうな。」
「じゃあ他人が決めたから君は魔族なんだ。」
「・・・そういう事になるのか?」
「なるでしょう。少なくとも君が向こうに戻ったら、魔族として処刑されるのだから。」
「・・・はぁ・・・魔族ってなんなんだ。」
「そう!重要なのはそこよ!・・・魔族とは何?」
「それは・・・言葉の定義って事か?」
言葉の意味が曖昧なままでは、話していても認識に齟齬が生まれるし、なにより曖昧なまま出された結論など、そもそも意味をなさない。
「そうなるわね。確か向こうの大陸では、魔族は魔法を使える・・・だったっけ?」
「あとは、見た目は人間と同じで、寿命が長いだったか・・・。」
「じゃあ、エルフは魔族なんじゃない?」
「エルフは、エルフだろう。魔族じゃない。」
「エルフの見た目は殆ど人間と同じだし、寿命は数倍あるわよ?」
「・・・そうかもしれないが、そもそも生物として別物なのだろう。」
エルフは耳が人間よりも少し尖った形をしているし、やたらと目がいい。
身体的な特徴として、エルフという種族が人間とは別の物を持っている。
「ふーん・・まぁいいわ。じゃぁ君は魔族ってことでいいわね。」
「・・・そうなると、お前も魔族だろ?」
「それは違うわ。私は魔法使いだし、ただの人間よ。」
・・・話しててますます頭がこんがらがってきた気がする。
「ここまでの言葉の定義だと、お前も王国へ行けば処刑されるだろうし、魔法を使える・・・なら魔族って事になるじゃないか。」
「それは違うわ!・・・だって私は、君と違って自分を魔族だと認めていないもの。」
「酷い言い訳に聞こえるが・・・。」
何を言おうか少し考えていると、チェシーがまた突拍子もないことを言ってきた。
「君の仲間達も魔法を使っていたと思うのだけれど・・・今の言葉の定義だと彼らも魔族ってことになるわね。」
「はぁ?あいつらは、魔法なんか使ってなかっただろ。」
「そうなの?私には魔法を使っているようにしか見えなかったのだけれど?」
「どこを見てそう思ったんだよ・・・。」
「だってそうでしょう?どう考えたってあんな大斧振り回しながら走ったり、大きすぎる円盾を持ちながら素早く動いたり、ベールが躱しきれない速度で矢を射ったり・・・普通の人間にできるとは思えないわ。」
「あれは、冒険者としての技術だ。」
「・・・その技術って言うのが、魔法の事なんじゃないの?」
「そうすると、殆どの冒険者が魔族になっちまうんだが・・・。」
「言い訳に魔法を技術って呼んでいるだけなんじゃない?」
頭を抱えてしまった。
「・・・最初から魔族なんていなくて、人間がいるだけだと?」
「案外そんなもんなんじゃないの?魔族って。」
チェシーは俺の言葉に同意した。
つまるところ、魔族なんてただの言葉だと。
・・・なんだか、くだらない事で悩んでいたような気がしてきた。
「他人を勝手に決めつけて、迫害して、処刑する・・・それをできるのが人間なんじゃない?それを否定できるのも人間なのだと思うのだけれど。」
中世ヨーロッパの魔女狩りを思い出して、妙に納得してしまう。
あれも確か、集団ヒステリーだったかで結論が出ている。
「この大陸は、かつて魔大陸と呼ばれたみたいだけど、人間も、エルフも、ドワーフもいるし・・・魔族なんて見たことないわよ。」
「人間が勝手に魔族って言葉を作って、それが独り歩きした状態だったと・・・」
「そうなんじゃない?言ってしまえば、ドワーフもエルフもほとんど人間みたいな見た目なんだし、人間といっても差し支えないでしょうし。」
・・・だが、まだ俺には疑問が残った。
「魔眼はどうなる・・・確かに俺の目は普通とは言えないだろ?」
「そうね・・・こちらの定義だと、飛び抜けた魔力の人が持っている目ね。」
「魔力が高いとこうなるってわけか・・・。」
「この国にも魔眼持ちはいるわ・・・少ないけどね。」
はぁ、と一息つき、ため息まじりに漏らしてしまう。
「今まで必死に隠してたのは、何だったんだろう・・・。」
「無駄な努力ご苦労様でした?」
「・・・こっちだとそういう事になるんだよな。」
思わず笑ってしまった。
チェシーも笑っていたが、なにやら思いついた様子だった。
「そういえば君、なんて言ってたっけ?『ロイ・・・俺決めたよ・・・』だっけ?」
チェシーがコロシアムでの俺の言動を真似した。
「・・・やめてくれ・・・黒歴史を見せられている気分だ。」
その日、俺は何か肩に乗っていた重すぎる荷物がなくなった気がした。
ある意味では、そうなんだろう。
よほど、あの時の俺の姿が滑稽に見えたのか、チェシーはしばらく笑い続けていた。
ひとしきり笑った後、彼女はまた俺に宣言してきた。
「ま、賭けは賭けだし、君の所有者としては、馬車馬の如く働いて貰うから、そのつもりで!」
「・・・はぁ?」
「だって、そうでしょう?私と君の仲間は賭けをして、私が勝った・・・その景品が君なんだから。」
「ちょっとまて!」
「え~なぁに~?主人に逆らうなんて・・・そんなに殴られたいの?」
そう言うと、何故か魔眼を使っても避けられない拳を持つ女は、とても綺麗な顔でほほ笑んでいた。




