16.困惑
その女は、あまりに突然に現れた。
深い紫の腰あたりまで伸びた長い髪、顔はどこか幼さがあるが、その身体は大人の魅力に溢れている。
黒を基調としたローブを着ていて、縦に入った白いラインが、そのまま彼女の身体のラインを明確に表していた。
あまりにも唐突だった為、さっきまで騒がしかったコロシアム全体は、しんと静まり返っている。
闘いの途中で、それもこれからまさに打ち合おうという瞬間に現れた女は、高らかとその目的を宣言した。
「この子、いらないのよね?・・・だったら私が貰っていくから。」
「はぁ?・・・なにいってんだお前?」
俺はその突拍子もない宣言に、唖然とした。
「君は黙ってなさい!」
「・・・お、ゴフゥッ!!」
一言口を開いた瞬間に、女の拳が俺の腹に突き刺さっていた。
「黙れって言ったのよ?聞こえなかった?」
「・・・・。」
俺は無言で頷き、同意を示した。
向こうでロイが俺を見てる・・・困惑してる。
この世界に来てからというもの、女なんかに縁なんかなかったはずだが・・・。
女はあたりを見回すと、地面の上でうずくまっている黒いローブを見つける。
「さっさと、起・き・ろ・よっ!」
そう言ったか言わずか、女はいつの間にやら黒いローブの男の近くにいて、腹を容赦なく蹴りこんだ。
「ゴファッ!!!・・・あ、天使だ。」
そういいながら、黒いローブの男は起きた。
・・・生きてたのかよ!手伝えよ!
「ベールゥ~・・・そんな事いってるとぉ~・・・もう一発いれるけど?」
「・・・失礼しました。何度見ても、お美しいお姿なもので。」
あの女と、黒いローブの男はどうやら知り合いらしく、なにやら話している。
聞いた感じ痴話喧嘩のようで、仲が良さそうに見える。
街中で見たらただの痴話喧嘩で済むのだが、ここはコロシアムだ。
観衆達が騒ぎ始める・・・。
「・・・ちっ!うるさいわね。場所を変えましょう。」
女はすでに黒いローブの男を連れて、俺の隣に立っていた。
「行きましょ?」
そう言って女がほほ笑むのが見えると、青白い光に包まれた。
その色は、爺さんの魔眼に似ている気がした。
ロイが唖然としていると、ジェフは光と一緒に消えていた。
突然現れたのもそうだが、消えたことにも同様に驚いた。
魔法を見たという人々が暴徒となり、コロシアムはあわただしくなる。
ロイ、ガッツ、クリストフの3人は、とりあえずヴィンが半ば強引に貸して来た装備を着たまま、観衆に紛れて会場を出ると、外套を羽織り見つからないように街を出た。
「・・・失敗したな。」
「・・・であるな。」
「まぁ、最悪全員死んでたし?」
クリストフが笑顔でロイを茶化す。
「ロイ、お前今度あったら殺されんじゃないか?」
「まぁ、怒らせすぎたな。」
「自業自得である。」
失敗はしたものの、仲間は全員生きて街を出ている。
3人は、満足した顔でロゥトの町へ向かう。
見知らぬ女の言うことを、やけっぱちになって聞くことにした彼らだったが、彼女の言うことが本当であれば、彼らの仲間は生きているということを確信していた。
光が収まると、俺は見覚えのない景色を見ていた。
どうやら丘の上にいるようで、見晴らしがよく、天気もいいので遠くの方までよく見える。
驚いたのは、真正面にそびえる白い大きな建造物。
中央に高い塔があり、それを囲むように六角形の壁があるのが見える。
かなり遠いのか、それが大きな都市の全容を見るのにちょうどよい距離にも思えた。
「・・・ここ、どこだ?」
「かつて魔大陸って呼ばれた大陸。あそこにあるのは、この大陸にある国の首都よ。」
「はぁ?・・・ゴフッ!」
俺の腹に、女の拳が再び収まっていた。
「魔眼を持ってるわりにとろいわね・・・まぁいいわ、口の利き方に気をつけなさい。」
「・・・わかった、わかったから腹に入れるのは、もうやめてくれ。」
「あら?顔の方がよかった?」
そう笑顔で女は答えた。それが怖かった。
「君にとっては、向こうの国にいるよりは楽だと思うけど?」
「・・・どこに行っても一緒だろう。」
「そうかしら?・・・それは君次第でもある事を覚えた方がいいわね。」
女の言葉は、少し心に刺さった。
これまでの俺の行動が、仲間を敵としてあそこに立たせてしまったのだから。
「で、あんたらいったいなんなんだ?」
「そんなに殴られたいの?」
女は顔の近くに拳を突き出して来た。
やっぱり怖い。
「いい加減、それしまったら?・・・あとそれも。」
そう言われて、俺はまだ魔眼を使用中だったことと、魔法剣を抜いた状態である事を思い出した。
急いで解除する。
「・・・その辺りは、流石ね。コントロールに淀みがないわ。」
「・・・わかるのか?」
「見えてるし・・・これまでさぞ苦労したのでしょうね。」
「必要だっただけだ。」
女は、もう一度拳を作っていたがどうやら俺の物言いには、諦めたらしい。
「まぁ、いいわ・・・自己紹介をしておきましょう。私は魔法使い、チェシー・リーン、そっちはベールよ。」
そう言うと、チェシーが俺の後ろの男を指さしたので、そちらを見る。
そこには、初めて見る男が立っていた。
「ベールと申します。」
「初めまして。」
ベールと呼ばれた男は、白髪のナイスミドルといった容姿で、身体は肉厚、服の上から見てもわかるほど筋肉質だった。
丁寧に挨拶をされて、とっさに答えた。
「初めましてとは・・・少し寂しいですね。長らく一緒に捕まった仲ではないですか。」
「・・・どこかでお会いしましたっけ?」
「こちらの方がよいですかね。」
ボンッ!と音と共に、ベールの周りに白い煙が立ち、それが晴れると黒いローブの男が立っていた。
「・・・魔法?」
ボンッ!と再度音がした。
「左様でございます。」
また、ナイスミドルになった男は、俺に肯定する。
「しゃべり方だいぶ違うな。」
「変身の魔法を使っていると、なりきってしまいますので。」
俺は、一つの疑問があった。
「チェシーも魔法を使えるのkッゴフ!!」
今度は膝だった。
「恩人には様を付けなさい!愚か者!魔法使いなのだから当然でしょう、それに私の魔法はもう見せているわ。」
「・・・ガハッ・・・・ハァ、ハァ。」
一瞬肺の中の空気がなくなって、呼吸が荒くなった。
「てことは、ここまで移動したのが?」
「ええ、そうよ。さっきのが私の魔法・・・移動系が得意なの。」
「てことは、二人とも魔族なのか。」
「魔族?・・・はぁ・・・君いろいろと説明してあげないとダメみたいね。」
そう言って、チェシーは頭に手を当てた。
・・・胸ってあんなに柔らかそうに動くんだな。
「言っとくけど、見られてる方はわかるからね?」
「・・・。」
何を言っても拳か蹴りが飛んでくるような気がした。
「それより、君の名前・・・教えてくれない?」
「あぁ・・・悪い、俺の名前は・・・」
「ジェフ・ジーク。」
言おうと思ったら、ベールが先に口にした。
「ふーん・・・剣聖と同じなのね。」
「・・・そういう反応は初めてだ。」
「そんなに馬鹿にされたいの?」
「違うが、大抵はそれは剣聖の名だろ?って感じだ、そこのベールもそうだった。」
「あの姿ならそれがあっているかと思いまして。」
「・・・確かにな。」
変身の魔法といったか、確かに姿に合わない言葉遣いでは、不信に思われるのだろう。
「・・・そろそろ、ゆっくりできるところに移動した方がいいわね。」
会話にそこまで時間がかかったイメージもなかったが、確かに魔物の気配がした。
「魔物か・・・」
「こっちの魔物は強いわ。今は移動しましょう。」
再度俺の周りは、あの懐かしい色に包まれた。




