15.決意
「どうした?・・・ジェフ?顔色が悪いぞ?」
気安く俺に話しかけるその男は、深紅の鎧を身に纏い、先程まで被っていたヘルムを脱ぎ捨て、持っていた円盾を放り投げる。
「なんで、お前がここにいる・・・!」
「・・・なんで?・・・おかしな事を聞くな、昨日会ったじゃないか。」
目の前の男は、空いた両手を広げ、わからないといったようなジェスチャーをした。
彼の腰には、見慣れない剣が吊るされていた。
「・・・そういうこと言ってんじゃねぇよ!!」
「あぁ・・・俺がこの場所に立っている事が不思議なのか?」
何故この男がこの場所にいるのか、何故仲間と戦わなければいけないのか。
「それ以外ないだろ!」
「そんなに不思議な事かな?・・・ガッツとクリストフも居るが?」
目の前の男がそう言うと、離れた所にいた2人も自身の顔を隠している装備を脱いだ。
見慣れた顔がその場に揃った。
「お前ら・・・悪い冗談はやめてくれ。」
「冗談?・・・冗談だって?!!」
目の前の男は、怒気を露わにした。
「冗談で済まない事をしているのはお前だろう?!・・・人間だと偽り、名前を偽り、仲間だと偽って、俺達をだまし続けた!!!」
「・・・俺が騙した?仲間と偽った?」
優しかったおじさんが俺を見て急に怒り出した時を思い出した。
「そうだろう!・・・剣聖の名を騙った愚かな魔族が!!」
「魔族なんざ知らねぇよ!!」
「あぁ、そうかお前の名前は、爺さんから貰ったんだったな・・・だからそいつが悪いんだよな?」
「お前が・・・爺さんを悪く言うんじゃねぇ!」
いくら仲間とはいえ、爺さんと会ったこともない男に、俺の師匠を悪く言われる筋合いはない。
「ずいぶんと死んだジジイを大切にするんだな?目の前の人間は、簡単に騙すのに・・・なるほど、そのジジイも魔族だったわけだ!」
「ふ・・・」
俺は、怒りのあまり手に持っていた魔法剣の柄を握り閉めすぎ、手のひらを少し切ってしまった。
血が少しづつ垂れ、白い砂面にポトリと落ちる。
「ふ?・・・どうした、魔族には人間の言葉は難しいか?」
・・・ただの挑発だ・・・俺を怒らせてこいつらに何がある?
「ロイ・・・わかった。お前、俺を怒らせたいだけだろ?」
「魔族が俺の名前を口にするんじゃない!」
「だったら!!・・その腰についてる立派なもので俺に挑んでくればいい!!」
俺は目の前の男が腰に下げている、見慣れない剣を指さした。
「お前が俺を怒らせて、何がしたいのかわからないが、ここはそういう場所だ・・・」
「・・・いいだろう。」
目の前の男は、同意して剣を抜く。
「俺を怒らせたんだ・・・死んでも文句言うなよ?」
「はっ?さっきまでただ逃げ回っていた魔族風情が!・・・今度はずいぶん口が回るな!」
俺を正面に捕らえ、構えられたその剣は、どこかオーガが持っていたボロボロの剣に似ていた。
刀身は肉厚で、淡い光沢があり、片手剣としては少し長めの直剣。
構えつつ、目の前の男が吠える。
「お前は、俺より強いと思っているようだが・・・とうに俺が超えている!!!」
「・・・そういう事は、剣で見せろよ。」
俺の声は、自分でも不思議なほど冷静なものに戻っていた。
また、心のどこかで諦めてしまったのかもしれない。
魔眼のせいで、誰かに合えば罵倒され追いかけまわされた。
爺さんの教え通り、コントロールすることで、外見は普通の人間と同じになった。
それでも、俺はどこか怯えていたんだと思う。
魔族だと言われる事を、自分が人間ではないと自覚してしまう事を・・・。
ただ・・・逃げるように爺さんについていった。
ただ・・・逃げるように剣を振った。
ただ・・・逃げるように魔物を倒した。
ただ・・・逃げるように冒険者になった。
そして・・・今は自分の仲間からも逃げたかった。
今の俺にできたのは、決意すること。
自分が人間なのか、魔族なのかも曖昧で。
はっきりと答えが出る事も怖くて。
思えば前世の頃も同じだ。
仕事から逃げたくてゲームに没頭した。
友人が結婚しているのを見て、俺には縁のないことだと諦めた。
そんな現実から逃げるように、異世界に行く物語に心躍らせた。
現実の問題は置き去りにして。
ただあの頃・・・俺は逃避したかっただけだったのかもしれない。
もう・・・目の前の現実から目をそらすのはやめよう。
俺は一度目を瞑る。
この世界に来たばかりのあの頃を思いだす。
・・・だけど、これは・・・俺が決めたことだ。
爺さん・・・ごめん。
右手の剣が、少し震えた気がした。
ゆっくりと目を開ける。
さっきまで明るかった景色は、どこか夕暮れのように儚く、なにか懐かしい気がした。
「ロイ・・・決めたよ・・・俺はもう逃げない。」
「・・・そうか。」
目の前にいたロイは、普段見せていた優しそうな顔で返事をしてきた。
「・・・知ってたのか?」
「いや・・・知らなかったさ。だがそんな気はしてた。」
ロイには思い当たるところがあったようだ。
「ジェフは不自然に強すぎる。いくら師匠と呼べる人に剣を教わったからって、中々そうはならない。」
「そんなに、圧倒してきたつもりもないんだが。」
「生き抜こうとかよく言ってたけど、いつでも余裕そうだった。」
「・・・そうだったか?」
「そうだよ・・・。」
元の優しい表情に戻っていたロイだが、その目はまた真剣なものに変わった。
「ジェフ、残念だが・・・」
「そうだな・・・たぶん俺は此処にいてはいけないんだろう。」
ふと、視線をロイから外す。
ガッツも、クリストフもこっちに手を出す気は無いようだ。
「本気のジェフと打ち合うのは・・・初めてだな。」
「これを使っていないからって、本気じゃないわけじゃない。」
ロイは、俺に構えるよう促す。
俺は握り過ぎていた魔法剣の柄を、軽く握り直して魔力を纏める。
それまで刀身のなかった柄に、半透明の橙色の刀身が伸びていた。
今の持ち主の決意を表すかのように、芯に近い部分が濃く、刃に近づくほど淡くなるその色は、グラデーションが綺麗で、持ち主に斬れない物は無いと安心させる。
「・・・綺麗だな。」
ロイは初めて見る俺の魔法剣を見て、そう呟いた。
「だろ?・・・だがこれは俺にしか使えない。」
「いらないよ・・・それのせいで、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだね・・・。」
それもそうだな、と俺は少し笑ってしまった。
「こっちも準備はいいぞ。」
「あぁ・・・」
2人同時に、右足を下げ半身になる。
ロイは直剣を両手で持ち、手を胸の前に収め、剣先で獲物を狙う。
中腰より少し低く構え、足に力を溜める。
俺は自然体に近く、無意識に体を任せる。
力を溜めきったロイが、俺に目掛けて突きを出そうと、足が動き始めた瞬間。
「はい、はいっ!、ストーーーーーップ!」
俺とロイの間に、見知らぬ女性が立ち、両手を俺とロイに向けていた。




