14.王国の娯楽
その通路は暗く、長かった。
人が3人横に並んで歩いても十分な幅があり、通路の終わりには、両開きの重いドアが開け放たれており、暗がりからそちらを見ると、長方形の上辺だけ薄くアーチがかかった光が、暗い通路に向かって差し込んでいる。
足の縄は解かれたものの、両脇を兵士に抱えられ、俺はその暗い通路をゆっくりとあるいている。
後ろには、黒いローブのフードを目深にかぶった男が、なにやらつぶやきながら、俺と同じように兵士につれられ歩いていた。
「おいおい、私はただの盗品屋だ・・・それを処刑なんて法が許すはずはない!」
彼の両脇を抱える兵士は、もはや返事などしない。
「うるさい!」と小突くこともなく、ただ黙って己の任務を全うする。
黒いローブの男も存外、往生際が悪く、自分で歩こうとしないため、彼の方向からは、ズルズルと引きずられる音が響いていた。
通路の終わり、いよいよ光が強くなり、その白い光を遮るように、俺は目を瞑る。
歩きながら、足の裏を触る感触が、少し柔らかくなり、ザッザッという音共に、すでに通路が終わっている事を俺に知らせていた。
少し歩くと両脇の兵士が止まり、それ以上は前進する必要もないと思い、その場で止まる。
そしてそれまで、閉じていた目をゆっくりと開いた。
白い砂、天井のないスタジアム。
見渡すと全体に楕円形であり、俺のいる場所のそばに柱が2本、それに合わせて対岸に2本が支えるもののないまま、そこに立っていた。
後ろの3人も到着し、俺と黒いローブの男は、そのまま横一列に立たされる。
「諸君、よく集まってくれた!今日のよき日に、このコロシアムで見せるのは・・・」
俺の正面、20メートルほどだろうか。
離れた場所に立っていた男が、なにやらマイクのような物を口の付近に近づけて持ち、スタジアムを埋め尽くしている観衆を煽っていく。
どおやら、拡声器のような魔術道具を使って、広い会場全体に声をとどけているようだ。
聞く限り活舌がいいようだが、どうせ聞いても俺が魔族だの、諸悪の根源だのと喚くだけなので聞いていなかった。
そんなことよりも、俺は見つけておくべき人物がいる。
観客席をゆっくりと見まわすが、ロイ、ガッツ、クリストフの姿は見当たらなかった。
・・・さすがにこれじゃ、あいつらが来なくても文句は言えないな。
3人がすでにこの街についている事は知っている。
しかし、たった3人で俺を助ける為に、この群衆全員、いや王国を敵に回すことになる。
そんなことをすれば、はっきり言って生きて街を出られない。
自分の仲間の増援は諦め、俺は黒いローブの男に確認する。
「おい・・・戦闘はできるか?」
「戦闘?私はただの盗品屋、荒事は得意じゃない。」
「そういう商売をやってれば慣れそうなものだがな・・・」
「そんなの、逃げるに決まってる。」
「・・・なら始まったら俺の後ろに隠れてな。」
「そうさせてもらうよ、剣聖。」
「今は剣が無くてな。」
「どうやら、くれるようだぞ?」
正面に立って観客を煽っていた男が、その時俺の魔法剣の柄を掲げていた。
そしてそれを俺の足元に投げてくる。
すると両脇にいた兵士が、俺達の手を縛り付けていた縄を解いていった。
縄を解かれて、手首をさする・・・しばらくそこを締め付けられていたので、見ると跡ができていた。
俺が魔法剣の柄を広い上げると、スタジアム中になぜか歓声が聞こえる。
基本的に罵声でしかないので、聞く価値がない。
俺達の縄が解かれた後、すぐに兵士達と正面にいた男は、引き上げていく。
そいつらが出ると、俺達が入ってきたドアは勢いよく閉められてしまった。
そして、俺の対岸側の観客席の下、ちょうど俺の入ってきた扉と同じようなものがあり、今度はそちらが勢いよく開いた。
そして、暗闇から出てきたのは3人。
先頭の1人は、全身を金属製の白い鎧を身に着けた大男だった。
大柄な身体に似合う厳ついよろいで、ところどころが針のように鋭利に尖り、いかにも頑丈そうだ。
肩には人間に振るえるとは思えない大きさの斧を担いでいる。
2人目も、全身を金属製の鎧で身を包んでいたが、こちらは大男とは違い、背丈は俺と同じくらいか、少し大きい。身に着けている鎧は、深紅で全体的にシャープな作りだ。
手には大きな円盾を持ち、もう一方で長い槍を持っていた。
3人目は、前の2人とは違い、革製の軽装であった。
しかし、ところ処に金属製の部分が見え、革も少し黒っぽく分厚い事がわかる。
銀色のマスクをしており、それだけが浮いて見えそうだ。
手に大弓、腰の後ろには一杯の矢の羽が見え、横に直剣を提げていた。
3人ともに、その装備で顔の表情が見えず、目の部分は穴が開いているようだが、こちらからは影ができており、どこを見ているのかもわからない。
ゆっくりと歩き対岸にあった柱と柱の間に立つように進んできた。
どうやら何かの合図で、この戦闘は始まるらしい。
こちらは、2人・・・武器は、魔法剣の柄のみ。
着ていた防具はそのままだが、いかにも手練れといった雰囲気の3人の闘士を相手では心もとない。
考えていると、こちらと対岸の3人の間に、火のついた黒い塊がなげいれられ、それがパンッと音をならしてはじけた。
その瞬間、俺の処刑は開始されたのだ。
白い鎧の闘士が、恰好に似合わず素早い動きで、こちらに向かって猛ダッシュしてくる。
間合いにはいるや否や、すかさず肩に担いでいた大斧を振り下ろしてくる。
俺は何とかサイドステップで躱す。
ドゴンッ!
という音と共に、大斧が俺のいた位置へ到達すると、その圧で地面の砂が浮き上がり、砂が風と共に舞い上がる。
・・・当たったら死ぬな。
俺は冷や汗をかきつつ、様子をみながら男の横に回り込む。
その瞬間に盾を構えたまま深紅の鎧の闘士がこちらに向かって突っ込んでくる。
ショルダータックルの要領で、盾を突き出しつつ繰り出された突進に、吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がされる事になり、ついでに自分でも転がる事で2人から距離をとる。
「ウォォォオオオオ!!!」
突然、白い鎧の闘士は雄たけびを上げた。
起き上がりつつ、反射的に声の方向に目をやる。
白い鎧の闘士のそばで、黒いローブの男はすでに、地面に転がり動かなくなっている。
遠目では、大きな矢が体に突き刺さっているように見えた。
黒いローブの男の状態を見ていると、近づいてくる足音が聞こえた。
すぐに正面に視線を戻す。
目の前には大きな円盾があり、こちらを狙おうと掲げられた槍が見える。
円盾の中央に向かって全力で前蹴りをする。
ちょうど槍を突き出す寸前で、重心が後方によっていた為か、深紅の闘士は盾ごと押される形になり、バランスを崩して少し後退する。
その様子を窺ったからか、左前方から大きな矢が飛んできていた。
矢を見た瞬間から回避を始めるが、間に合わず、左肩の外側を掠めた。
革製の鎧ごと切れて出血する。
つっ!!!・・・この連携はっっ!!
出血箇所を抑えつつ、何とか深紅の鎧の闘士から距離をとろうと、右方向へ走り出す。
すると、聞きなれた声が俺の耳に届いた。
「どうした?ジェフ、逃げてばかりでは勝てないぞ?」
嘘だろっ?!・・・駄目だ、そっちを向くべきではない!そっちには・・・
俺は反射的に声の聞こえた方向に振り返ってしまった。
そこには、深紅の鎧の闘士が立っていた。
「それとも・・・」
盾は持っているが、構えてはいない、そして自ら槍を地面に突き立てると、おもむろにヘルムを脱いでいく。
やめろ!・・・見るな!・・・そんな事はありえない、あいつは俺の仲間だ!
心の中で必死に抵抗している俺がいるが、深紅の闘士のその行動から視線をはずす事が出来なかった。
妙にゆっくりと動いている気がする。
顎が見え、肌の色がわかる。
輪郭がわかり、口、鼻と順に見えていく。
そして特徴的な赤い髪が目に入る。
その顔は昨日も見た顔だ。
優し気な青い目、現代日本でも間違いなくイケメンに分類されるであろうその容姿。
その容姿の男を俺はよく知っている。間違えるはずもない。
そこには、深紅の鎧を着たロイが立っていた。
「こっちの方が戦いやすいか?」




