13.繁栄の象徴
王国の繁栄と栄華を象徴する大都市、ベイーズの街。
俺がここに来るのは何回目だったか・・・。
冒険者になったばかりの頃はよく来ていた気がするので、最後に来たのは、4年前だっただろうか。
まぁ檻にいれられ、縄で縛られた状態でくるのは初めてだが。
この街に入るには、大きな門をくぐらなければならない。
街の全体を覆うように、高い壁がありその3か所に門がある。
南側は海に面しているのと壁のすぐ向こうが断崖となっていて人が通る事が出来ない為、そちらには門はない。
俺達は、北側の門から入ると、正面に街のメインストリートがありその先には、王城を望む。
メインストリートの両脇は見渡す限りの出店が立ち並び、食器やタル、装飾品、ただ綺麗なだけで扱いにくそうな剣などの土産物を売っており、地方から来たのだろうか人々が買い物をしている。
檻の中にいても人の息遣いが近く、それだけ人口密度が高い。
道はきっちりとした石畳が敷き詰められており、荷台の上でもそれほど揺れなかった。
どこまで運ばれるのかと思っていたら、どうやら目的地に着いたようだ。
コロシアムの前にある広場に着くと、演説用の台があり俺達はそれに檻ごと乗せられた。
その様子を見ていた人々がなにか始まるのかと、次第に集まってきた。
頃合いを見て、ヴィンが人間の領域で魔族を捕らえたなどと、演説してくれた為にその様子を見ていた大人数から、罵声を浴びせられ、石やらなにやら投げつけられた。
幸いと言っていいのか、檻の中にいるためほとんどが檻に当たり、俺にはほとんど被害が無い。
代わりに木製の檻は、石で削られたのか所々窪みができてしまっている。
「3日後には、この魔族どもはこのコロシアムで処刑されるだろう!」
ヴィンの演説は、大変盛り上がっていた。
俺の記憶では、コロシアムでは剣闘士と呼ばれる闘士達が戦い、それを人々に見せる。
普通に武器を使用した戦いである為、当然死人がでるのだが、その凄惨な光景もこの街では娯楽の一種だ。
ヴィンの演説が終わると、檻はそのまま放置され、周りには見張りの兵士が何人か交代で番をしている。
しばらくすると、集まった人も興味をなくしたのかどこかへ行ってしまった。
「・・・どうやらお前もここで死ぬらしいな、神様」
「・・・本当に厄介な・・・」
小声で黒いローブの男に言うと、聞こえたようで応答があった。
「しかし・・・王国はどうなってんだ?」
「一応の法はあるがね・・・民衆に認知されてしまっては法などね・・・」
「いや、俺が気になったのは魔素の方だ・・・。濃すぎないか?」
「そうかい?・・・少し前からは、こんなものだね。」
本来、魔素の多い場所には魔物が沸く。
魔物が多ければ魔素が集まる。
卵が先か鶏が先かという関係なのだが、魔素の多く含まれた物は、腹は膨れるが恐ろしくまずくなる。
特に顕著なのは水で、味も悪いが腹も壊す。
「よく暮らしていけるな・・・」
「王国兵は、集団戦がうまい。」
「そんな印象なかったが・・・」
「魔術道具の進歩のせいだね。」
「・・・結構知ってるのな。」
「商売柄必要でね。」
黒いローブの男が言うには、この街を含めたここら一帯は、少し前から魔素が集まりだしたらしい。
魔素が食料にも溶けだしたが、住民達は少々魔素が濃いくらい平気だそうだ。
道中で王国の兵士達が狼の魔物を殺した後、嬉しそうに焼いていたのを見て、俺に食わせるのかと思っていたのだが、自分達の食事にしてしまっていた。
あんなまずい物よく食べられるなと思っていたが、この魔素の濃さが原因だったのだろうか。
俺は爺さんと暮らしていた頃に、魔物の肉で食いつないだ事は何度もあるので、その味を知っている。
俺の狩りの腕が未熟で、食べられる物がなかった時や、雪山での生活を強いられた際に魔物を食べていた。
「うぇ・・・まっずい・・・」
まだ子供だった俺は、初めて魔物の肉を焼いて食べ、あまりの不味さに吐き出してしまった。
まだ魔眼のコントロールもできず、常に魔眼を使用していた俺にとって、焼いた肉は少し赤味がかって見えるし、像がよりくっきり見えた。切り口から出てくる血が鮮明に見えてしまったのが不味さに拍車をかける。
「小僧、まずいぞ・・・ムッシャムシャ」
「爺さん、なんで食えるんだ・・・」
「ん?・・・こんなもん慣れじゃ」
「・・・爺さんならもっといいもん食えるだろ・・・」
「節約は大事じゃ。まぁこれから食べる機会も多かろう、小僧も慣れておけ。」
「・・・やだなぁ。」
「まぁ、そう言うな。魔物の肉が不味いのは、自分が人間だという証拠じゃ。」
「・・・」
「魔目持ちの数少ない人間としての特徴じゃぞ?」
「・・・そうなんだ。」
爺さんの言っていた事が正しいのならば、魔素の濃くなった土地に住み、嬉々として魔物を食べる彼らは、果たして人間なのだろうか。
コロシアムで俺の処刑が行われるまであと1日に迫った頃、見慣れた顔の3人が俺の入っている檻の前にやってきた。
「ロイ!すまんが飯をくれ・・・」
「生きてたな!ジェフ!・・・しかし再開の一言目がそれか・・・」
「ここの飯が不味いのが悪い。」
「受け取るのである。」
「あ、こらっ!」
ガッツが俺に堅パンを投げ渡そうとしたのを見て、檻の番をしていた兵士が止めに入る。
「これ以上近づくことは許されない!」
「パンくらいいいじゃないか!」
クリストフが兵士の相手をしていると、どこで嗅ぎつけたのか俺を檻に入れた張本人が姿を現した。
「おぉ、これはこれは・・・ロイ殿ではないか」
「・・・ヴィン騎士団長様、お久しぶりです。」
クリストフ達はまだ、騒いでいたが、ヴィンは気にしない様子でロイに声をかけた。
しかし、ロイ殿とは・・・寒気がする。
「はははっロイ殿、お世辞ならやめてくれたまえ、私はまだ騎士長だ。団長に悪い。」
「あぁ、そうでしたか・・・ヴィン殿ほど有能な方でしたら、もう団長にもなっているだろうと思ったもので。」
ロイのこういうところは素直に尊敬する。
たとえ苛つく相手にでも笑顔で対応するのだ。
「まぁ、団長になるのも時間の問題かな?・・・ところで、この剣聖を騙る冒険者は君のところのチームだったかな?」
「えぇ・・・そうです。」
「それは幸運だったな、明日にはコロシアムで処刑するところだったのだよ。」
「処刑ですか・・・なぜ?」
「この男は、剣聖の名を汚すだけでは飽き足らず、魔族である事を君達にも隠していたのだ。」
「魔族・・・なぜ彼が魔族だと?」
魔族ときいて、ロイは少し驚いた様子だった。
「これだよ。」
ヴィンは、意気揚々といった面持ちで、俺の魔法剣の柄をロイに見せる。
「それは・・・剣の柄、ですか?その柄がなにか?」
「魔法剣の柄だよ、魔族の武器だ。」
「・・・魔法剣!なるほど、そういうことですか。」
魔法剣の柄と聞いたロイは、驚いた顔をしていた。
「・・・しかしコロシアムで処刑とは・・・いったいどのように?」
「あぁ・・・中央に柱を立て、縛り上げたのち、火刑となる手はずだ。」
ヴィンがよく聞いてくれたというような、顔で答えた。
「神聖なコロシアムで、ただ処刑するのですか?」
「ロイ殿・・・何か意見でもおありで?」
ヴィンが少し、険しい顔をする。
・・・百人相か、こいつは。
「いえいえ、私のような冒険者風情の言葉です、お耳汚しになるかと。」
「ロイ殿、私は冒険者は嫌いだが、君のような優秀な男は好きなのだよ。・・・思った事を話してくれたまえ。」
どうやら、ヴィンでもロイの優秀さはわかるらしかった。
「そうですか・・・では・・・この土地は、かの英雄・剣聖ジェフ・ジークとも縁の深い場所、そこにある神聖なコロシアムなのです。大衆を呼び見世物とするにも、ただの処刑では余興になりません。それで大衆が満足するでしょうか。」
「・・・ほぅ・・・続けたまえ。」
「あえて武器を持たせて闘士達と戦わせ、結果として処刑すれば大衆達も満足するでしょう。」
「・・・なるほど、ロイ殿の意見ももっともだな。」
「お耳汚し、失礼しました騎士長殿。」
ヴィンはロイの意見を聞き、なにやら思いついたらしい。
下卑た笑みを浮かべている。
「最後に選別として、彼の剣を渡しても?」
クリストフが武器屋から受け取った剣をロイが、ヴィンに見せる。
「それは駄目だ。この魔族の狡賢さには油断ならないものがあるのでな。」
この為におだてた豚だったが、最後の木は登らなかったようだ。
「失礼しました、では我々はこれで・・・いくぞ。」
ロイは俺に剣を渡す事を諦めて、仲間を連れこの場から離れようとする。
「ロイ殿、冒険者が飽きたら王国の兵として士官しないか?」
俺はヴィンの提案を聞いて、本格的に鳥肌が立った。
あいつは、俺がいる事を含めて俺達冒険者チーム全員を目の敵にしていたはずだ。
「光栄な話ですが、あいにく私にはそれほどの腕はありません。・・・私のような生まれの者には、冒険者が精いっぱいでしょう。」
ヴィンはロイの答えを聞くと、なぜか満足そうだった。
「では、本当にこれで。」
そう言って、久々に見た気がする俺の仲間は、広場を後にした。




