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第一章1 『巨乳なんてしぼんでしまえ』

開始です。貧乳に悩む女子高生マキナの運命やいかに!?

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「悪ぃな、俺、貧乳は無理なんだわ」

「え、えっと……」


 あまりの衝撃に脳内がフリーズしたのか、次の言葉が出てこない。貧乳? え、確かに私の胸は小さいけど、え? 私の好きになった人はこんなセリフを言う人だっけ?


「つーわけでごめんな! 今の彼女が部屋で待ってるからもう行くわ!」

「え、いや、あの、待っ……」


 待って、と言い終わる間もなく、古びた重たい非常口の扉を軽々と開き、たった今告白した彼--剣崎純助けんざきじゅんすけはホテルの部屋へと戻って行ってしまった。バタンという金属の重たい音が、周囲に空しく響きわたる。


 今の……確かおっぱいの大きい彼女さんの部屋に遊びに行くのだろうか。うちの高校は、修学旅行では珍しく生徒毎に個室が割り当てられている。こんな夜中に彼女の部屋に行ってナニをするつもりなのか、想像もしたくない。


 彼女が居ることは知ってたし、フられるのは覚悟していた。それでもせめて想いを知ってほしかったのだ。


 大学受験が本格化する夏休み前の最後の機会、好きな人に想いを伝えるチャンスはここしかなかった。それがまさか、こんな結末になるとは想像できないだろう。


「ふ……ふっざけんなぁ! フるにしても言葉を選べよバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 7月、強めの風が林を生暖かく吹き抜ける中、失恋女の泣き声が夜空に響き渡った。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 天道てんどうマキナ17才。


 入学式で一目惚れした野球部の彼。おっかけとして野球部のマネージャーにもなって2年間ずっとあこがれ続けた。高校3年夏の修学旅行の夜、奥手で「彼氏いない歴=年齢」だった私が、勇気をフり絞って告白した結果があの「貧乳は無理」だった。


 告白からどれだけ経ったのか分からないが、非常口裏でしばらく泣いて泣いて泣いて泣いて泣き尽くした。ひどく重く感じる非常口のドアを開け、トボトボと部屋に戻ろうとしたところで、耳になじんだ舌足らずな声をかけられた。


「どぅでしたの、マキナ? さっき剣崎くんとすれ違いましたけどぅ……?」


 非常口横の階段から、幼稚園以来の親友である百合花ゆりばなエルが首をかしげながら降りてきた。少しカールしている金色の長い髪、透き通るような白い肌、彫刻のように整った顔立ち。そして圧倒的な巨乳とスタイルの持ち主だ。


「エル……うえええ~ん、またダメだったよ……」


 思わずエルに抱きつき、ふくよかな胸に顔を埋めたくなる。フられたときはエルの胸で泣くのが定番の流れだ。願わくば定番にはしたくないものだが。


「あらあら、またダメでしたのぅ。ほぅら、おいでなさいなぁ」


 左手に日記を持ったエルが、両腕を広げて抱きしめようとしてくる。私がどんなに落ち込んだり傷ついたりしても、エルがいつも慰めてくれた。頼ってばかりだが、本当に良い友達だと思う。そのままおっぱいに顔を埋め……


【悪ぃな、俺、貧乳は無理なんだわ】


 唐突に先ほどの声がフラッシュバックした。エルに抱きつく直前で足が止まる。エルの、服を押し上げてはちきれそうなおっぱいに目が向かう。今ばかりは、大きな、本当に大きな胸を持つエルに頼るのは逆に心に刺さる。


「……? どうしましたのぅ、マキナ?」


 エルが怪訝な顔で見つめてくるが、うまい言葉が出てこない。


「その、ごめん、今は一人にしてくれないかな。いつまでも頼ってばかりじゃ悪いしさ……」

「そんな、どんどん頼ってくださいな! わたくしとエルの仲ではありませんか!」


 いつもと違い拒絶したことでエルが泣きそうな声で訴えてくる。相変わらず私のことになると、ちょっとしたことで不安になるみたいだ。いつも持っている天使の絵の描かれた日記を両手でぎゅっと握りしめていた。


「ありがと。でもごめん、明日ちゃんと説明するからさ、ほんっとごめん!」

「ちょっと、マキナ!?」


 勢いよくエルに背を向けて、廊下を走る。後ろでエルが呼び止める声が聞こえるが、フられた直後の心では余裕が無くて、気の利いた言葉も返せない。カードキーで部屋のドアを急いで開けて自分の個室に戻る。扉に背をつけたまま、力なくつぶやく。


「エル、心配してるよね。ごめんね。明日ちゃんと謝るからさ……」


 幼馴染みの泣きそうな瞳を思い出す。エルは気丈で優しいけれど、私になにかあると急にうろたえ出すのだ。しかし、説明したくとも「貧乳が原因でフラれたから、巨乳のエルとは一緒に居られない」とは言えないし、他に良い言い訳も思いつかない。


「はあ、お風呂はいろっと……」


 制服と下着を脱いでバスルームに入り、マジマジと正面にある大きな鏡を見つめた。


 肩まで伸ばした赤くストレートな髪に緑の瞳。少し切れ長のつり目に、整った鼻、厚めの唇。うん、美人とは言えなくとも、顔は悪くないと思う。


 運動は好きではないが、野球部でマネージャーとは言え忙しく動いていたので、それなりに引き締まった身体。父親の道場でたまに運動させられるので、贅肉もそこまでついていない。腰つきは細く、お尻も少し大きめの安産型。クラスの女子の中でもスタイルは良い方と言っていいだろう。


 ただし、前世で何か悪いことでもしたのか、おっぱいだけは皆無だった。


「はあ……エルやお母さんみたいな巨乳だったらフられなかったのかなぁ……」


 思わず深いため息が出てしまう。エルは私の学年で随一の大きさのおっぱいの持ち主。そして私のお母さんは女の人でも振り返るほどの巨乳なのだ。赤みがかった髪は遺伝してくれたのに、おっぱいの大きさは全く遺伝してくれなかった。DNA仕事しろと本気で訴えたい。


 緩慢とした動きでユニットバスのフチをまたぎ、湯の張っていない湯船の中に移動する。お湯が外にかからないようにノロノロと耐水カーテンを閉め、蛇口をひねってシャワーを出す。


「冷たっ」


 水を被って身体がビクッとしてしまった。ぼーっとしていて、シャワーを壁に掛けたまま水を出してしまったようだ。古い設備なのもあってか、お湯が温かくなるまで時間がかかるみたい。


「あー、でも冷たい水もフられ女にはお似合いよね……」


 また涙が出てきた。さすがにおっぱいが小さいことでフられたことは今回が初めてだが、フられたのは初めてではない。何回か告白をしたことはあったが、いずれも玉砕してきた。


「好きになった人にはいっつもフられるんだよなぁ…」


 昔から男を見る目は無いようだ。好きになるのはいつもヒドイ性格のイケメンばかり。こっぴどくフられてからようやく気づく。イケメンだから性格が悪いわけではないのだろうが、流石に偏見を持ってしまいそうだ。


 ようやく暖かくなってきたシャワーを頭から浴びながら、過去の自分を思う。顔や服装、言葉遣いなど、見た目に騙され続ける私も良くないと分かってはいるのだが。エルに何度も忠告されても、なかなか治らない。


 お湯の熱が肌を伝わり、ほんの少しだけ気持ちも暖かくなってきた。湯気がバスルームに充満し、さっき見ていた鏡を曇らせる。今ならこの貧乳も鏡に映らないだろう。


「私だって、全くモテないわけではないんだけどなぁ……」


 何度か告白されたことはある。格好良い男の子、性格が良さそうな人だって何人も居た。でも、私の好きな人ではなかったから、申し訳ないけど断っていた。そして好きな人にはフられ続けてここまで彼氏なし。


「あーもー、両想いの彼氏が欲しいよぅ……」


 好きな人に好かれたいというのはそんなに贅沢なことなのだろうか。


 エル以外の友達には「告白されたらとりあえず付き合ってみたら?」とは言われるものの、好きでもない人と付き合うのは失礼な気がしてなかなか踏み切れない。重く考えすぎなのは分かっている。でも、自分の性格はなかなか変えられないものだ。


「あー、シャンプーとトリートメント部屋に忘れた……」


 髪を洗おうとして、家から持ってきたお気に入りシャンプーを鞄に入れたままなのに気づいた。濡れたまま外には出られないし、一度身体を拭いてから戻る気力もない。


「もうこれでいっか……」


 あきらめて、ホテルに備え付けの安っぽいシャンプーを使うことにする。殆ど泡立たないので何度も何度もプッシュしないと行けない。いつもの髪を洗う作業さえ、今はひどく面倒に感じてまた泣きそうになる。


「はあ……明日もあるし、今日はもう寝ようっと」


 髪と身体をのそのそと洗い、蛇口を捻ってお湯を止め、バスタオルでざっくり身体を拭く。洗顔だけは備え付けでは出来なかったので、寝る前にメイク落とししつつ洗うことにする。


 バスルームを出ると、部屋の空気がひんやり冷たく感じる。思ったより長風呂で、シャワーだけでも身体が温まっていたようだ。お風呂でさっぱりしたことで、少しだけ気持ちもすっきりする。


 パジャマ代わりの備品の浴衣を着て、顔を洗って歯磨きを終わらせる。ベッドに横になると、放置していたスマホ画面が光っていた。友達からフられたのを慰めるLIMEメッセージがたくさん届いている。元気出して、次があるよ、話聞こうか、お菓子食べない? etc……


 何で知っているの・・・? とギョッとした後、次のメッセージでその答えを知る。フられた直後に叫んだ声で、部屋が近かった何人かには事態が知られてしまったようだ。そこから広まってしまったのだろう。エルが言いふらすことはあり得ないし。


「エル、ゆい、紗英さえ、れんちゃん、秋子……みんな優しいなあ」


 もの凄く恥ずかしくて消えてしまいたくなるが、大切な友達の心遣いは心に染みた。そうだ、今日は修学旅行の途中で明日もあるのだ。


 フられたのはもう仕方がない。無理にでも気持ちを切り替えて残りの旅行をみんなと楽しもうと心に決める。強がりに過ぎなくても、空元気でも、優しいみんなの心遣いを無駄にしたくない。みんなの楽しい修学旅行をダメにしたくない。


「数多いし、お礼は明日直接言おうっと。あー! 明日楽しみだな-!」


 せめてもの強がりを言った後、泣き疲れて目も痛いことだし、もう寝ることにする。「大丈夫だから心配しないで」とだけ、親友のエルと、他の仲の良い友達何人かに返信しておく。全員には多くて無理だが、返信が明日になることぐらいは許してもらえるだろう。


 電気を消して、ベッドに入る。目覚ましをセットして、スマホをベッド横のテーブルに起いてから目をつむる。

 すると急に『カタン』と音がした後、『ブゥン』と鳴ってから部屋の片隅が明るくなった気配がした。


『……先ほどNASAより、先日破壊に成功した巨大隕石「DEUS(デウス)」に関して、緊急で会見があると異例の通達がありました。現場からの中継映像に切り替わります。え~、今映っておりますのが臨時記者会見の会場で、NASA局長のアレクセイ氏が……』


 女性の声も流れ始める。何事かと目を開けると、部屋の隅に備え付けの小さなテレビが点いていた。ベッド横のテーブルに置いていたリモコンが床に落ちて電源が入ってしまったようだ。


 慌てた様子の女性アナウンサーが「DEUS(デウス)」の続報がどうとかのニュースを伝えている。


 「DEUS(デウス)」--月に比肩するサイズの巨大隕石で、地球に衝突して人類が滅びるとしばらく大騒ぎだったが、半年前に何十発もの核爆弾を撃ち込むことで破壊に成功している。家族で避難する準備をしてテレビにかじりついて、破壊に成功したとニュースが流れたときは大喜びだった。お父さんなんか涙を流して喜んでいたものだ。


 あれだけの大事件だったのに、今では極まれに検証報告がニュースサイトの片隅に載る程度だ。喉元過ぎれば何とやらというやつだろうか。


「あれから半年も経ったのか……いや、それよりもさ……」


 それよりも、今の自分ではアナウンサーのおっぱいにばかり目が行ってしまう。ローカル番組なのか、見知った顔では無かったが、少し動くだけでゆらゆら揺れる大きなおっぱいに目を奪われた。可愛い顔と相まって、男の人に凄く人気が出そうだ。


「はあ……テレビまでわたしに追い打ちをかけてくるのね……」


 自虐的につぶやいてしまった。やはりそう簡単に気分は切り替わらないようだ。自分が情けなくなる。

 ニュースの続きを見る気にはならず、床に落ちたリモコンを拾ってテレビを消し、気を取り直して再びベッドに横になる。


「……ぐすっ」


 あ、ダメだまた泣きそうだ。考えまいとしても、目をつむり静かにしていると、フられた場面とセリフが脳裏によみがえってきてしまう。


「ちくしょー……世界中の大きなおっぱいなんて、しぼんじゃえばいいんだー……」


 それでもいい加減泣き疲れていたのか、目を閉じていると眠気が襲ってきた。身体から力が抜け、意識を手放していく……


『マキナ……聞こえますか……マキナ……』


 意識を手放す瞬間、聞き慣れたお母さんの声も似た誰かの声が聞こえた気がした。しかし思考は形にならず、そのまま深い深い闇へと沈んでいった……




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


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