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29  感謝してよね。ようやく眠れるんだから

 魔王城のど真ん中を堂々と歩く三人。

 周囲には魔族の姿も当然あり――というか、常時囲まれているような状態だが、あちらから手を出さない限りはこちらも手を出さない。


 魔王のいる部屋へは群衆が道を開け誘導。


 「やーやーやーどーもどーもー」


 そんな中、まるでパレードと勘違いしているかのように、一人この状況をを楽しんでいるワタ。


 「ワタちゃん軽っ」

 「おかげで冷静でいられますけどね。キースもでしょう?」

 「はい。……俺一人だったら今頃発狂してるか小便チビってます」

 「あらっ」


 言わせておいて自分は違うと言いたげなクーに、冷めた視線を返すキース。


 だがやはり納得していないご武人もいらっしゃいます。

 「失礼!」と一言、3人の前に大柄でライオンのような髪形をした魔族が立ちはだかった。


 「お、自分は納得してなーいってやつ?」

 「左様。いくら御方(おんかた)の命とはいえ、やはり魔族としての誇りがそれを許しはしませぬ」

 「魔王を無視してまでってこと? ……分かった。魔王には私から言っとく」


 (すごいことを言い出すなぁ)と呆れつつも、ワタの心意気を買う二人。

 あちらが剣を出したので、こちらはクーが対峙。


 「女子(おなご)か……」

 「ご不満でも?」

 「……失礼した。御仁から感じ取れる雰囲気は、間違いなく本物。なれば我も本域を出させていただく」

 「わたしも剣士ですから、あなたには本気でぶつからせていただきます」

 「あ、でも魔法禁止ねー。《ここにいる全員、魔法使えなくなる》っと」


 周囲が一斉にぎょっとして、実際に試す魔族も。しかしワタの能力の前には完敗。


 「……ふっ、元より魔法を使う気などなかったが、おかげで余計な邪魔立てもなくなる。感謝しよう。では行くぞ!」




 両者同時に走りこみ、剣と剣がかち合い火花を散らす。


 「……中々やりますな」

 「ふふっ、そちらこそ。魔法一辺倒の魔族にしては太刀筋もしっかりしていますよ」

 「ほほう。……なれば、これでは如何かなっ!」


 上下左右に十文字切り。

 しかしクーはこれを紙一重でかわしきる。


 「太刀筋はしっかりしているといいましたが、あなたのは我流ですね」

 「なんと……」


 そう一言、剣を収める魔族。そして頭を下げた。


 「お時間を取らせてしまい申し訳ない。これ以上は無意味な剣舞であると確信いたしました」

 「……勿体ない。あなたの素質ならば既にスキルを手に入れてもおかしくないのに」

 「魔族は、神に見放されていますゆえ……」

 「ならばひとつ。あなたは今まで剣を交えたどの魔族よりも、しっかりと剣を扱っていました。誇ってください」

 「……かたじけない……」


 一層深く頭を下げる魔族。

 クーは、自身に敗れた彼が誇りを失い死を選ぶことのないよう、取り計らったのだ。


 周囲もさすがにこの雰囲気に水を差す真似は出来ず、かといって賞賛を送る訳にもいかないので、手持ち無沙汰である。


 「最後に、あなたのお名前は?」

 「……いえ。名乗るほどの者ではありません」

 「分かりました。ワタ、キース、行きましょう」


 あっさりと、表情を変えず事を終わらせるクー。

 それが相手にとって一番救いになると分かっているからこそだ。


 しばらく歩くとまた一人絡んできた。


 「あーちょっとばかしオレにも時間くれや」

 「次はなにー?」


 話を聞けば、用事があるのはキース。

 カーライル家への襲撃時に散った兄の仇を取るのが目的だそうな。


 「でもなんで俺をご指名なのかな?」

 「それは」と答えようとした所で、再度城内放送。

 『即刻戦闘行為を中止せよ! これは厳命である! 繰り返す! これは厳命である!』


 「かなりお怒りのご様子ですけど……どうします?」

 「………………チッ」


 諦めた襲撃者。

 敵討ち自体はこの世界では珍しくもなんともないこと。

 キースもマーリンガム家の人間として、何度もそういう目に遭っているので、冷静に対処していたのだ。




 時間はかかったが、魔王の待つフロアに到着。

 キースが扉を指差して確認を取ると、数人が同時に頷いた。間違いない。


 「んじゃ、ごたーいめーん」

 「ははは。こんな時でも相変わらずとは」

 「最早恐ろしいですね」


 呆れる大人二人。

 扉が開き、赤い絨毯がまっすぐ敷かれたその先に、お目当ての人物がいた。


 「ようこそ。ようこそおいでなすった。さあ、どうぞこちらへ」


 ワタたちを歓迎するその声には、冷静さの他に、どこか嬉しさが漂っている。

 そして声の主の容姿には、ワタすらも驚いた。


 「……えっ!? あなたが魔王? スリーエフ?」

 「ああ初対面の方に名乗らないとは、とんだご無礼を。我こそは12魔王がひとり、11番魔王スリーエフと申します。……おっと、この容姿に驚かれているのですかな?」

 「うん。だって子供じゃん。私も子供だけど」

 「ふふふ。確かに見た目は幼子(おさなご)ですが、これでも不老の身。幾千の歳を重ねております」

 「ほぇー」


 ――11番魔王スリーエフ。

 見た目は角がある以外、完全に幼稚園児であり、スモックが似合いそうである。

 しかし実際には遥か時を生きる不老の存在。

 したがってその精神構造も成熟しつくしており、思慮深く、子供らしさは微塵も感じさせない――。


 スリーエフは己の力を誇示するような所作は一切見せず、それどころか笑顔すら垣間見えるほど。

 そしてワタたちを歓迎する姿勢やその容姿のせいで、ワタはともかくキースとクーの警戒心メーターは振り切れている。


 「すみませんが、これは何の真似でしょうか?」

 「その問に答える前に、お食事をご一緒にいかがですか? なに、毒などは入っておりません。魔王の誇りにかけても、お約束いたします」

 「こちらが怪しんでいることは、当然承知しておられるのですよね?」

 「ええ。逆の立場ならば、私も同様に怪しみます。だからこそ、魔王の誇りにかけてと申し上げました」


 キースとクーは目線を交差させ、やはり信用は出来ないという認識で一致。


 「んじゃーごっはーん! 魔王料理とかちょーすごそうなんですけどー」


 だが能天気女子中学生はそんなことお構いなし!

 同時にため息をつき、諦める二人。

 そんな三人に微笑む魔王。




 「んむんむ。味は変わんないんだね」

 「でもこの見た目はちょっと……」

 「見た目と味は関係ないって。あとちゃんと野菜も食べること!」

 「はいはい」「結局いつも通りですね」


 魔王城のど真ん中で魔王と一緒に晩餐会。料理は豪華ではあるが、黒や紫という敬遠したくなる色と造型である。

 なのに普段どおり和気藹々とした雰囲気のワタたち。

 一方魔王スリーエフは完全に置いてかれている。


 「……先ほどまでの警戒心はどこへ?」

 「んーどこ?」

 「俺に聞かないでよ。っていうか、ワタちゃんのせいでしょ?」

 「えー」


 しかし魔王も魔王で切り替えが早く、これは自分が合わせるべきだと考えた。


 「んんっ、そんじゃ魔王さんからお話がありまーす」

 「キモッ!」


 魔王さん瞬殺。

 せっかく恥を忍んでワタたちに合わせたのに一言で全否定されてしまえば、そりゃー怒りもするってもんです。

 んが! 人が出来ている魔王さんは悔しさを奥歯で噛み砕いて平静を装う。


 「ならばこのままで。話があると「これおいしい!」って聞けえええっ!!」

 「おー怒ったー」

 「そりゃさすがにね」「憐憫(れんびん)の情を禁じえません」

 「だから人間というものは!」

 「あ、それは訂正させてください。これ、ワタちゃんが特殊なだけですから」

 「…………まあいいでしょう」


 キースもクーも、(魔王でもワタちゃんに飲まれるんだなぁ)と呆れている。


 「それで、話ですが……」


 ちらっとワタに目線が行くスリーエフ。

 そして警戒される側から警戒する側に回ってしまっていることに気付き、ワタの能力(のうてんき)に恐怖する。


 「ん? あーもう口挟まないよー」

 「本当ですね?」

 「ホントホント」

 「……それでは本題「うまっ!」っておいっ!」

 「あはは、冗談冗談。もうホントだから。はい、どうぞ」


 スリーエフは思わずキースとクーに目配せ。

 二人は笑いながら頷き、「大丈夫ですから」と一言。


 「はぁ……この話がなければ今頃血祭りに上げていましたよ。では本当に本題です」




 「まずは確認をさせていただきます。ステージ王国西方の海上にある島を吹き飛ばしたのは、あなた方で間違いありませんか?」

 「あそこ、キースさん()の所有物だったんでしょ? そっちに文句言われる筋合いはないと思うけど」

 「……ということはあなた方なのですね」

 「あ」


 あちゃーと頭を抱えるキースとクー。


 「ワタちゃんに交渉事は無理だね……」

 「分かってたことですけど……」

 「ぶーぶー。でも私もそう思う」


 「いやいや、これは交渉というほど高等なものではありませんよ。いわば相談です」


 そう言うと魔王は周囲にいた者を、衛兵も含め全員部屋から追い出した。


 「ということはここからが本番だと」

 「ええ。ああちなみに、この相談内容は、既に数名が把握済みです。結果がどうであれ、その数名には事前に命を下しておりますので、ご承知おきを」

 「……つまり、俺たちがどう動こうと結末は変わらないと」

 「はい」


 これで主導権を握ったと判断し、口元が緩むスリーエフ。


 「んじゃそれ《命令がなんだったか忘れる》ってしちゃったらどうすんの?」

 「……??」

 「あースリーエフ様? どういう命令を下したのか、覚えていますか?」

 「それは…………あれっ!? えーと……」

 「ということで、ワタちゃんにそういう事前の準備なんかは一切通用しないんです」

 「……そういうことですか。ならば細かい話は抜きにしましょう」


 魔王らしく切り替えも早いスリーエフ。


 「我々12魔王は全員が不老の存在であり、そして不死でもあります」

 「特別なこと?」

 「ええ。この体質は、言わば神からの呪いです。そして我々12人の全てが、この呪いを解こうともがいた。年を数えることすらも忘れてしまうほどに」


 「私は本の虫です。12魔王随一の知識を誇ります。そしてこの呪いを解く方法と、そして何故このような呪いが掛けられたのかを長年研究し、ついにその真意に辿り着きました。……我々12魔王は、『真なる魔王』を封印する存在だったのです」

 「あー、全員倒したらラスボス登場って奴だ。あるあるネタだよねー」

 「……あるあるネタ、なのですか……」


 せっかく長年かけて見つけた真実を、あるあるネタで済ませられてしまったスリーエフ。

 表情には出さないけれど、結構凹んでいます。


 一方これで全ての合点が入ったキース。


 「つまり、真の魔王を復活させるために自身は死ぬ必要がある。その道具として国を混乱させ、人間に自身への深い憎悪を植え付け殺させる。それが今回の動乱の真実」

 「その通り。ついでに言えば、真なる魔王の復活により、または明確な魔族対人間の構図を完成させることにより、人間は殲滅されるのです」

 「なんで?」

 「なん……それは、ほら。我々魔族は人間の上位置換ですから」

 「……え、魔族ってチカンなの? あ、だからひどいことしようとしてるんだ! エロ同人みたいに!」

 「エロ……ってそっちの痴漢ではありませんっ!」


 いつもの展開に思わず笑うキースとクー。


 「はぁ、だから人間は……上位置換というのは、同族でより上位の種という意味です」

 「赤いワイバーンに対するコスモみたいなことだよ」

 「あー。キースさんのほうが分かる。だから魔王よりキースさんのほうがジョーイチカンだ」

 「いや、それとこれとは違うよ?」

 「えー」


 ワタのアホの子具合に当てられ、魔王スリーエフは疲弊してきている。


 「もう……疲れてきました……」

 「ははは。こんなのと一緒に旅をする羽目になった俺たちの苦労、分かりましたか?」

 「よぉーく分かりました……。ではもう最後の交渉だけにさせていただきます」


 呆れ顔から一転、しっかりと真剣な表情を取り戻した魔王スリーエフ。




 「私を殺しなさい。さもなくば貴公の仲間を殺します」




 魔王スリーエフは洗脳したイスル経由で、ワタが仲間の危機に強く反応することを承知している。

 だからこそ、この方法を取った。

 すなわち、キースにクー、コスモを、自身の手の届く位置に招いた。


 魔王スリーエフも、キースたちも真剣だ。

 唯一、能天気女子中学生を除いて。


 「えーやだー」

 「では貴公の仲間を一人ずつ殺しましょう」

 「どーなっても知らないよー?」

 「こちらは本気です」


 「ワタちゃん。正直なところ、俺はここで死にたくはない。エッタに怒られそうだし」

 「わたしもです。死ぬのならば、せめて浴びるほどのお酒を……っと、間違えました」

 「クーさぁん……」「姉さん……」


 あきれ返るワタとキース。一番いい所を持っていったのは、なんとクーでした。


 「んもう……」

 と言いつつ、どうすべきかしっかり考えているワタ。

 そして、結論を出した。


 「分かった」

 「おお! やはり我らの救世主!」

 「なにそれ。あのね、私これでも怒ってるんだからね?」

 「ふふふ、ええ存分にお怒りなさいませ。その怒りをもって私を、そして他の12魔王を殺してくださいませ!」

 「じゃ、行くよー! ってその前に」


 肝心な所でこれだ。さすがの魔王さんも軽くずっこけた。


 「他の魔王もそれ知ってんの?」

 「いえ。……あっ、思い出しました。私の死をもって12魔王にこの真実を伝達するようにと命令を下していたのでした」

 「なるほー。そしたら最後に。悔いはない?」

 「ない、と言えば嘘になるでしょうね。これほど長く生きた私ですら、時が足らずできなかったことは山のようにあります。しかしそれ以上に、この命を閉じることができるという歓喜が大きいのです。それほどまでに不老不死という呪いは辛く苦しいものですから」

 「そっか。うん。ほんとに分かった」


 ワタはあえて部屋に人を入れ、この結末をより多くの魔族に見てもらうことにした。

 魔族は魔族で本当にスリーエフを慕っており、泣いて撤回を求める者もいた。


 「……ありがとう。私は幸せでした。では我らが救世主よ、頼みます」

 「うん。……本当に幸せそうな顔してるね」

 「ええ」


 「……だーけーどーさーぁ?」


 一転声色を変え、悪魔の表情を見せるワタ。


 「私さっき、怒ってるって言ったよねぇ? 私に委ねちゃったこと、後悔してもらっちゃうからぁ」

 「……え? えっ、な、なに……を……?」


 「ふっふっふーっ! 《12魔王に掛かってる不老不死の呪いは消滅》しまーす。これ一個目ね」


 魔王の体がふわっと輝いた。見た目の変化はない。


 「次に《魔王スリーエフは死ぬ》よ」


 驚き通しの魔王と周囲の魔族。だがこれでもまだ魔王は健在。


 「ついでだからー、《真の魔王ってのも消えてなくなって、復活なんてしなーい!》ってどうよ!!」

 「なっ!? そ、そんな!? ま、待ってく…………」


 言葉の途中で魔王スリーエフは前のめりに倒れ、周囲が急いで抱き起こした時には、既に息はなかった。


 「……感謝してよね。ようやく眠れるんだから」


 頬の膨らんでいるワタは、みるみる乾きミイラ化していくスリーエフの亡骸にそう告げると、大きくため息をついた。




 「はーい、それじゃー私から皆さんにお話がありまーす」


 一斉にワタに鋭い視線を送る魔族たち。


 「みんなさ、これからどうするの? スリーエフは死んで、残りの魔王も多分すぐ死ぬよ。そしたらみんな路頭に迷う」

 「それは……」


 正論に、返す言葉が見つからない。


 「だからね、私からアドバイス。みんな、意識を変えようよ。これはそのチャンスなんだよ。格好付けて言っちゃえば、次の時代に歩き出そうってこと。せっかく魔王さんが命をかけて開けてくれた扉、くぐる前に閉めちゃ意味無いよ。慕ってたんでしょ? だったらちゃんと恩を返さないとね」

 「……そうなると、我々は人間との戦争を」「ちっがーう!」


 突然大きな声で怒鳴るように否定したワタに、そこにいた魔族全員がビクッとしてしまった。


 「それじゃー意識変えれてないじゃん。今までと同じじゃん。扉くぐってないじゃん!」

 「し、しかし……君主を失った我らには、道が見えない……」

 「んじゃ、もうひとつアドバイス。魔王さんの命は、みんなにとってなんだったの? よぉーく考えること!」


 これにクーは感銘を受け、キースは笑いを堪えている。


 「ワタ……まさかここまで考えているとは……」

 「ははは、姉さん甘いっ。あれは多分、ワタちゃんお得意の『らのべ』だよ」

 「……感動を返してほしくなりました」


 「でも?」

 「だからこそ」


 二人で目を合わせて笑う。


 「それじゃー私たち帰るけど、いい?」

 「……君主の仇、討たなければ」「だーかールあ!!」


 怒りすぎて何故か巻き舌になるワタ。


 「ワタちゃん、こればかりは俺も魔族の肩を持つよ。だけどそれは後にしてもらえませんか? 俺たちにはまだ、みなさんと繋がって謀略を貪っていた自国の君主を追い出すという仕事が残っているんです」

 「ついでにわたしからも。わたしは亡国の姫でした。だからこそ申し上げます。魔王スリーエフは、望んで死を選んだんです。人間と魔族との価値観の違いというのはわたしも理解していますが、これはそれとは別のところにあります。ですからみなさんは、まずは新しい王をお探しになられてはいかがでしょうか」


 クーからのまさかのアドバイスに、魔族だけではなくワタもキースも驚いている。

 そしてこの言葉が効いたのか、ワタたちはそれ以上剣を交えることなく、上空で無傷で無双を繰り広げていたコスモと合流し、無事に魔王城を去ることができた。




 ―――――


 「……そうか。私も潮時だな」


 サキュバスから報告を受けたステージ国王アーヴィン・ガーネットは、己の未来を悟った。

 そしていつも傍らにある剣を左手に、逆手に持った。


 「ふふ、すまなかった。嫌なパートナーだったであろう?」

 「……いえ」

 「嘘が下手な奴め。貴様の色仕掛けが全て嘘であることはとっくにお見通しだったぞ。その細い尾が私を嫌がるからな」

 「これは……こちらこそ、申し訳ございません」


 「さて、すまないが一人にしてもらいたい。私はあまり人付き合いが得意ではないのでな」

 「……はい」


 静かに王の自室を出るサキュバス。

 それを見届けると、アーヴィンは一度剣を机に立てかけた。


 (……私とて馬鹿ではない。こうなることは百も承知だった。魔族が私の背中を刺すことも当然……。しかし、まさかこれほどまでに早くその時が来ようとは。……誰だ? 私の計画を狂わせたのは? ……一人しかいない。あの小娘め……)


 アーヴィンは笑う。

 これしか手を編み出せなかった自身の浅薄(せんぱく)さに打ちひしがれ、全てを失う数分後の自分を否定できない無力さを哀れみながら。


 アーヴィンは窓から地上を見下ろす。


 (これが、王の見る最期の風景か)


 その風景の中に、城を目指す一団を見つけ、声を出して大きく笑った。


 「はっはっはっ!! ……早いな。さすがは御三家だ。あやつらがいれば私など不要。……元より私は無用であったか。無能で、無用で、不要……。ならばせめて、連中の手を煩わせずに終わらせよう」


 再び剣を取り、自身の首へとあてがう。

 その視線の先には、部屋に敷かれたとても高級な絨毯。


 「……ははは、私の血で絨毯が汚れてしまうではないか。これでは最期まで無能の王だ。……それもいいか」


 呼吸を整え、手に力を入れ、剣を引く。


 「……何のつもりだ?」

 「すみません。その……情が移ってしまいました。えへへ」


 左眉毛がピクリと上がるアーヴィン。

 彼の剣を止めたのは、あのサキュバスだった。


 「……これは、とんでもないお願いであることは承知しております。その……」


 目に涙を溜めるサキュバス。

 そして意を決し、顔を上げた。


 「わたくしの、新たな君主になって下さいませんか?」


 ―――――


 御三家の部隊が王の部屋に踏み込むと、そこには既に王の姿はなかった。

 机の上に一枚の書置きを残し、アーヴィン・ガーネットは、自ら王の職を辞した。


 『罪は償われるべきである。なれば我が命を以って平和を呼び寄せる事こそが、私の贖罪である。だが私は、別の可能性から平和を模索する事にした。最後まで自分勝手な男で申し訳ない。アーヴィン・ガーネット』



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