24 これ、何の肉?
マーリンガム家を出発し、まずはニツバの領主屋敷を目指すワタたち。
「あ、そういえばこの先に森あるよね」
「大変だった思い出しかないや」
「ふふっ、わたしは楽しんでいましたよ」
「このドS落ち目様!」
「……その首落としましょうか?」「冗談ですっ!」
「もーふたりとも緊張感ないんだからー」
「どっちが!」とキースとクーが同時にワタにツッコミを入れる。
そのはるか上空では、コスモがしっかりと魔車に追従していたりするのだが、三人が気付く様子はない。
しかしライオットの街を出たら、すぐにコスモが降りてきた。
「お、先行ってたんじゃないんだ」
「殊勝な心がけって奴かな?」
「……違うみたいですよ」
ワタが窓から手を出し振ると、速度を上げたコスモ。
そして低空飛行し道の先で何かを掴み上空に上がり、それを放り投げた。
「……魔族だ」
「これまた予想通りでしたね」
「どーすんの?」
「……くっくっくっ。ワタちゃんちょっとハンドル持ってて」
「ほいほい」
助手席からハンドルをサポートするのもすっかり慣れたワタ。
キースはハコ乗り状態になり、屋根に載せてある武器を手にして、車内に戻った。
持ち込んだのは、鉄製の長い筒をもつ遠距離攻撃武器。
「あ、それライフル? この世界って拳銃ないんじゃないの?」
「ケンジュウ”は”ない。分かる?」
「……翻訳おかしかったってこと?」
「惜しい。ワタちゃんの想像したケンジュウは無い。けど銃自体はあるんだよ。この大陸には広まってないけど、別の大陸ではこういうライフル銃が作られている。それでもまだ珍品だけどね」
まじまじと眺めるワタ。するとクーが気付いた。
「……もしかしてですけど、キースは珍しいもの好きでしたよね?」
「くくくっ! 姉さん大正解! 実はこれね、俺のコレクションなんですよ。倉庫に入れてあったのをすっかり忘れてて、ついでに弾丸の補充もいい方法を思いついちゃったので持ってきました」
「いい方法……あ、ワタに作らせるつもりですね?」
「あっはっはっ! またまた正解! バレちゃいましたー」
「……金持ちの道楽」「なんか言いました?」「いえいえーなにもー」
一方ワタはライフル銃に夢中で聞いていない。
そして前方には魔族が二名。
「二人だけだから突っ切るよ!」
「はい!」
「……あっ、おー!」
出遅れるワタ。
魔族たちはコスモの急襲と速度を落とさない魔車に意表を突かれ、何もできなかった。
お昼ごろ、森の手前にある村に到着。
予定ではここでお昼休憩。
コスモは自主的に狩りをして、一応魔獣なので村人を驚かさないように離れた場所でお食事。
ワタたちの昼食はマーリンガム家特製サンドイッチ。マーガリンは塗っていない。
「なんかピクニックみたい」
「昔はよくしたなぁ」
「わたしもしましたよ。城内でしたけど」
「私の心の傷が広がるぅ」
「ははは。それじゃあ今のうちに思い出作っておかないとね」
昼食中、ふとワタの手が止まった。
「……どうしましたか?」
すると、突然ポロポロと泣き出すワタ。
キースもクーも驚き大混乱。
「どどどどうした!?」「え、え、おなか壊しましたか!?」
「……ううん。ちょっとね、家帰りたいなぁってのと、帰りたくないなぁってのが一緒に来て……うん……あはは……うん……」
驚いたままの顔で固まる二人。
そのまま静かに、ワタが鼻をすする音だけが響く食事は続く。
その間キースはその原因が自分にあることを自覚し、クーはただただ、いたたまれなかった。
「……さて、行くかい?」
「うん。ふぅ……。あはは、二人とも変な顔」
「あー……」
「大丈夫。……今のところは」
作り笑顔のワタ。
キースとクーで顔を見合わせ、あえて二人も笑顔。
「そうですか。ならば早く出発しましょう。このままだと森の中で夜を迎えることになっちゃいますから」
「ですね。といっても運転は俺なんだけど」
「じゃーコスモに運転させる?」
「やれるものならばやってみなさい」
「あっははは!」
結局はワタのおかげで雰囲気が戻った。
ちなみにその頃コスモは、村人に見つかり何故か拝まれ、困惑していました。
森に進入した一行。略して森進一。
道は広く、迷いようがない。
「……はずだったのに!」
「あはは! またやったー!」
「キースったら方向音痴なんですからー」
「うるさいうるさい! うぅ……何でこうなるかなぁ……」
「んでもこのままだったら森の中で夜になるんでしょ?」
「だと思いますよ」
「それはイヤだから、出られるようにするね」
「すみません……」
平謝りのキース。
「どうせ前の時も……って言ってないんだった!」
「あっ、だから前回は魔法を突破して出口を見つけられたんですね」
「はっはー、納得だわ」
「あーぁあー」
自分からバラしてしまったワタ。
やっちゃったーという顔をしつつ自分で笑っている。
そして《私たちはこの森から脱出できる》と創造すると、あっさりと広い道に出た。
「この、全ての努力を一瞬で無駄にされる感覚」
「あはは、言いたいことよく分かります」
「なにがー?」
「そしてこの何も分かってない能天気さ!」
「よぉーく分かりますっ!」
「なぁーにぃーがぁー!?」
キースもクーも大笑い。
一方その当事者であるワタはそのことを忘れるまで、意味を分かっていなかった。
森から脱出した所で日が暮れた。
焚き火をしつつ、料理の準備。
「前も似たようなところで野宿だったよね? んでひどい目にあった」
「今回はしっかり準備してあるから大丈夫だよ。何作るかも決めてあるからね」
「そう言って肝心の食材を忘れていたりして?」
「ははは、姉さんったらいやだなぁ、そんなことあるはずない……はず…………」
笑った顔のまま固まるキース。
途端にワタの表情が苦くなり、クーは頭を抱えている。
「二度あることは三度あるって言うし、ここは穏便に……」
「これ二度目だから!」
「そうでした……はい……」
「……それで、どうするんですか? さすがにご飯抜きは笑えませんよ」
「ほんと、どうしましょ……」
ワタは本格的に機嫌が悪くなり、クーも少々頬が膨れている。
キースは四面楚歌。
「……それじゃあ、森に入って動物を狩ります。俺が責任取って……」
「この真っ暗な中ですか? 冗談は顔だけにしてください」
「ご、ごめんなさい……」
すると突然ドサッ! という重いものが降ってきた音。
「っとぁ!?」
「な、なに??」
焚き火で一応は明るいのだが、それでも突然に音がしたので全員びっくり!
「ンフアアアッ!」
「あ、コスモ?」
「……夜だから見えないや」「わたしも」
ワイバーンの咆哮に星空を見上げる三人。
しかし夜空に黒い姿なので、一番目のいいキースでも視認できず。
「まいいや。なんかわかんないけどありがとーねー」
「ンフアアッ!」
「ワタちゃんの言葉に反応するってことは、やっぱりコスモだね」
「うん。そんじゃ料理任せたー」
ワタはあとのことを二人に任せ、一人だけ夜風の当たらない車中へ。
「相変わらずなことで。んさーってと、ワタちゃんへのお土産は何かなー?」
「えぇー……」
「あぁー……」
二人ともが言葉を失った。
というのも、コスモからのお土産が、その――アレだったのだ。
「コスモは魔獣だから全然気にせず食べるだろうけど、俺たちにはキツイね……」
「わたしは食べたこと自体はあります。でも見た目が人型ですからね……」
「ぅぇー姉さんよく食えましたね……」
「ま、まあ……フリーの剣士なので、ダンジョンに潜ることもありますから」
「……どうします?」
「ワタには見せられませんよね。……見つからないうちに捌いて、焼肉にしてしまいましょうか。味は驚くほど”上半身”ですから、味ではバレないと思います。ただ気分的には……」
「んー……やるしかないかぁ。姉さん、剣でぶつ切りにしておいてください」
「仕方ないですね……」
それからしばらく。
ワタが魔車から降りてきた。
「お! いいにおい!」
「う、うん。そのまま焼肉にしたんだけど、いい?」
「おっけーおっけー。私しっかり中まで火が通ってるのがいい」
「そうすべきだと思いますよ……」
結局アレの肉を美味しく頂いたワタたち。
「俺、うなされるかも……」
「分かります……」
「んー? なーにー?」
「なんでもないよ。ははは……」
明かりが焚き火だけなので、周囲がよく見えないのが救いである。
翌朝。
「……第二弾っ!」
「明るいと余計に忌避感が……」
「ワタちゃんは……寝てるか。さーて、これはますます見せられないぞー……」
「……ぅはぁ……。わたしが捌きます……」
「すみません。マジで……」
明るい所で見るアレのインパクトは絶大。
普段よく倒しているはずのクーですら口に手を当てるほどだ。
しばらくして火の準備が終わったキースが、アレを捌いているクーの様子を見に来た。
「姉さん、どんな按配で……って、うえぇ……」
そこはまさに惨殺現場。
背を向けているクーだけが息をしている。
「……キース……」
「あ、はい」
「……わたし、気付いちゃいました……」
「あ、えーっと……何に?」
「……料理って……楽しいですね……!」
キースに振り返ったクーは、返り血を浴びて髪が真っ赤に染まり、瞳孔が開いており、そんな姿なのにまるで好きな人を射止めたかのような恍惚の笑顔。
「ひいぃぃっ!」
「って、わたし元から赤い髪なんですけど? 森の中で捌いていたから暗かっただけなんですけど? ようやく終わってほっとした笑顔だったんですけど!?」
「ご、ごめんなさい……」
「いいんですよ? あなたも料理してさしあげても……ふふっ」
ごめんなさいごめんなさい盛りました。第三者視点盛りました。
その後はキースが切りそろえ塩コショウで仕上げをして、クーは近くの池で鎧の血を落とし、ワタに気づかれないように工作完了。
肉を焼き始めれば、においでワタが起きてきた。
「朝から肉? 重いー」
「ニツバに着けば野菜食べられるから、辛抱して」
「ぶーぶー。ってそこにキノコあるじゃん」
「毒キノコですよ、それ」
「げ」
実際には毒があるかはクーは知らないのだが、下手に食べて本当に毒があったら大変なので、毒キノコということにしたのだ。
「んむんむ……ちょっと肉固いよねー。って、二人とも箸が進んでないぞーフォークだけどー」
「ははは。えーと、あれだ。料理してるだけでお腹一杯になる奴」
「そ、そうです。匂いだけでお腹が一杯に……」
焼けている肉を見て、思わず顔を逸らしたクー。
相当なトラウマになったようです。
「なんかわかんないけど、食べないならもーらいっ!」
「あはは……」
取り繕う笑顔の二人。
「あ、そーいえばこの肉って何? 牛? 豚? 鶏肉じゃないよね? まさかカエルとかワニ?? 私ゲテモノはやだなぁ」
ついに来てしまったこの質問。
二人とも回答に困る。
「んー、これアレじゃない? ミノ」
「ぃっ……」「ぅっ……」
「って言っても、私ミノなんて食べたことないんだけど」
ワタは牛で言う第一胃を差してミノと言ったのだが、二人は別の意味でのミノと捉えてしまった。
ますます食欲が減退し、フォークを置いてしまう二人。すっかり青い顔である。
さすがにここまで来ればワタもその異変に気付き、この肉がナニモノなのかと考える。
(これ多分、コスモのお土産の肉でしょ? ってことはコスモも食べるお肉。コスモは確か、海で大きい魚を獲ったり、山の平らな所で魔獣をつかま……)
理解したワタ。その手からフォークが滑り落ちた。
「……これ……何の肉? ねえ……キースさん、クーさん。これ……何の肉……?」
もう食べられない三人。
キースもクーも、顔を背けることしかできない。
ワタはゆっくりと首から提げている笛を持ち、口に咥えると全力で吹いた。
待ってましたとばかりに颯爽と現れる黒い影。
その表情は早く褒めてほしくてたまらないといったものであり、このあとに起こる惨劇を微塵も想像していない。
地上に降り、何も気付かぬままワタに(撫でてー)と催促。
しかしワタは動かず、それどころか、えもいわれぬ黒いオーラをまとっている。
「ねえ、コスモ。あれ……何の肉?」
「……?」
「コスモ……何の肉なの? あれ……」
普段とはかけ離れた凍りつくような声に、コスモはキースとクーを見る。
しかし二人とも顔を背け、そして口をつけていない焦げた肉だけが、訴えかけるようにそこにある。
「ねえ……何の肉?」
ここでコスモは、自分がとんでもない失敗を犯してしまったことに気がついた。
と同時に、命の危険も察知。
コスモはこれでも野生の魔獣なので、すぐさま逃走!
だが、時既に遅し。
ワタはコスモの飛行能力を消去しており、コスモは頑張って羽ばたきジャンプするも、ただデカい獣が跳ねているだけである。
ならばと足で逃げるコスモ。しかしワタに背中を見せた時点で、その運命は決まってしまう。
突然足が動かなくなり、しっぽをワタに掴まれた。
(ああ、これで私の命も終わりなのね~)と命の覚悟をして、おとなしくなるコスモ。ワイバーンの目にも涙、である。
「ねえコスモ……これ、魔獣の肉?」
「キュン……」
「……何の肉?」
「…………」
「ワタちゃん……多分……というか、俺たちは見ちゃったけど……ミノ」
「……ん?」
「ミノタウロス……」
「あー……人だぁ……」
手を離したので、恐る恐る振り返りワタの顔を見るコスモ。
そこにはもはやコスモの知るワタはおらず、メガネ越しに、狂気に支配された瞳が光るのみ。
ワタは、魔獣ミノタウロスを、お腹一杯食べてしまったのだ――。
「……んでも魔獣だからいっかー。マジで人だったら今頃ちょー吐いてた。あはは」
「……え!?」
「いいんですか!?」
「フアッ!?」
あっさり雰囲気を戻したワタに、全員置いてけぼり。
当のワタは、そんな二人と一体の反応に、逆に不思議顔。
「だって毒ないんでしょ? あったって私がどうにかしちゃえるし」
「い、いや、仮にも人型なんだよ? さっきもワタちゃん自身が『人だぁ……』って言ってたしさ、もうちょっとこう……ないの??」
「ない。っていうか肉の正体分かったから言うけど、クッソマズかった! エグみってーの? あれひどい! コスモよくこんな肉食えるね? そっちに驚きだよマジで」
ミノタウロスを食べたこと自体よりも、その味にお怒りのワタ。
コスモも反応に困り、思わず顔を背けてしまう。
「もーさ、今度からは魔獣の肉はナシ! 分かった?」
「フキュン……」
「あと! 野菜も食べないとだよ! 好き嫌いダメ! みんなも!」
「了解っ!」「はいっ!」「フアッ!」
ろくな食事をしてこなかったワタだからこその言葉に、全員背筋を伸ばしていい返事。
こうしてこの『ミノ肉事件』は終わった。
―――――
ステージ国王アーヴィン・ガーネットとのパイプ役を務めるサキュバスは、現在とある人物にかしずいている。
「ご報告申し上げます。スリーエフ様」
その人物こそがワタたちにとってのラスボス、11番魔王『スリーエフ』である。
彼は本来、12魔王の中でも穏健派であり、そして本の虫である。
そんな魔王スリーエフが人間の王と手を組み、この大陸の掌握へと乗り出したのには、大きな理由がある。
「あちらに何か動きがありましたか?」
「はい。現在ステージ王国の御三家が結束、王の討伐へと始動いたしました」
「うむ。計画通りですね。では引き続き任を全うしなさい」
「はっ」
「……それともうひとつご報告が」
「なんですか?」
「御三家とは別に、とある能力を有している一行が、こちらへと向かっている様子です」
「とある能力? ああ、あの。その後の詳細をお願いします」
「それが……よく分からないのです」
「よく分からない、という事象についての説明を要求します」
「はい。現在確認されているだけでも、橋を作り出す、身体能力を低下させる、魔法を封印する、自白強要させる、島を吹き飛ばすなど」「待った。島を吹き飛ばす?」
「……ライオットの南西にある、我々が魔獣の牧場としていた島が、まるで噴火でもしたかのように吹き飛んでいました。実際にどうやったのかは確認できていないのですが、足跡から考えて、能力で吹き飛ばしたとしか考えられません」
「ひとつの島をも吹き飛ばせるほどの能力……その者は、魔術師では?」
「いえ、魔力は検知されておりません」
「純粋な能力だけで、それほどの破壊力と応用力……」
「それから、黒のワイバーンを手懐けているとの報告もございました」
「黒の……」
顎に手を当て思考をめぐらせるスリーエフ。
そして辿り着いた結論に、彼は喜びを爆発させた。
「ふふふ……ついに……ついに現れたのですね。ついに、我らの救世主が!」
「嗚呼、この時を幾年と待ち続けたでしょうか! ついに我ら12魔王の救世主たる存在が降臨なさった! 我らの本懐が遂げられる……ついにッ!!」
「長かった。言葉では言い表せないほどに長かった。何度神を憎んだか。何度絶望したか。何度……しかし!」
「さあ! 早く我が元へ! 嗚呼、待ち遠しい……。延々たる刻の中においても、今ほど時が長く感じることも無いでしょう。嗚呼救世主よ……我らの救世主よ!」
「歓迎いたしましょう! 洗礼いたしましょう! 救世主よ、我らを救い給え!!」
―――――
ワタたちは、イカス村へと入った。
予言:近々、森進一が何かしらのニュースで取り上げられる。
なんつって。




