23 とりあえず明日考える
ワタたちは、カーライル家の二人を連れ、マーリンガム家へと帰宅した。
「お久しぶりです。クレア様、ヘンリエッタ様」
「お世話になります。しかし何年ぶりかしらね?」
「お、お邪魔します……」
玄関先で迎えるルパードたち。
クレアさんは何度か来ているのだが、ヘンリエッタは初マーリンガム家なので緊張でガチガチである。
一方ルパードはカーライル家での案件は報告を受けているので、表向きは優しい表情を崩さない。
「やっほークレアちゃーん」
「あー! 誰かと思えばニっちゃんじゃないの! 元気してたー?」
「元気も元気ー! エッタちゃんもおっきくなったねー」
「ど、どうも……」
そしてクレアさんに対しこの軽い会話を繰り広げる人物は、セルウィン家当主、リヨーシュ・セルウィン。
この二人は歳も近いので、家柄以上の友達なのだ。
そんな貴族たちを遠目で見ているキースとクー。
「話には聞いていたけれど、まさか俺の目の前で御三家が揃うとは思わなかったなぁ」
「そんなに珍しいんですか?」
「城で夜会でも開かれれば揃うことはあるんですけど、今の国王はそういうことを嫌う人なので」
「なるほど。ワタ的に言えば”ぼっちこじらせた”ですね」
「ははは、ひどい言い方。だけどワタちゃんなら言いそう」
その頃国王はひとりぼっちでくしゃみをしていた――。
そして最後に、自分の存在を誇示するかのように黒い影が人々の頭上をかすめ、ワタのすぐ横へと着地。
「……ワタちゃん、本当に黒のワイバーンを手懐けたのか」
「みたいですね。……ワタ君に完全に懐いてる」
「ええ。わたくしたちも命を救われました」
御三家当主はそれぞれに驚きと、”ワタならば仕方がない”という、妙な納得で満たされている。
そのコスモは、ワタにあごの下をさすられてご機嫌。
こうして役者は揃った。
屋敷に入り、作戦会議――の前に、ルパードから話があるとのこと。
「我がマーリンガム家には、代々仕えてくれているクレランド家があります。ここに三名、そして国王に対する諜報役として一名。その一名との連絡が途絶えました」
「……イスル君のこと?」
「そう。そしてこれが届けられました」
執事が布をかぶせた銀のトレイを持ってきた。
嫌な予感の充満する部屋。
ルパードは周囲の反応を確認後、布を取った。
最初に反応したのは能天気女子中学生。
「……なにそれ? 指輪?」
「ああ。イスル君の指輪だ。……つまり、イスル君は失敗した」
「俺のせいだ……すみません……」
すると執事の一人がキースの肩に手を当て、無言で首を横に振った。
彼こそがイスルの父親である。
「キース、結論はまだ早いよ。今朝方の話だが、イスル君と思われる人物がソメの北西にある山中で目撃された」
「ソメの北西って……でも」「だが、だ。希望があるんだよ? 諦めるには時期尚早じゃないか」
ソメの町北西部にある山を越えると、11番魔王スリーエフの居城がある。
ワタたちにとってのラスボスがいるのだ。
「分かった。これは俺の責任だから、しっかり責任は取る」
「んでそれに巻き込まれるのが私ねー」
せっかくの神妙な空気をぶち壊したワタ。
もうみんなも慣れてきており、おかげで話が次に進みやすくなった。
「んんっ。さて、本題に移ります――」
ルパードから大まかな作戦が提示された。
警告、包囲、排除。この順番で作戦は展開されていく。
まずは警告。
ステージ国王アーヴィン・ガーネットが、自ら退位退陣するようにと促す。
次に包囲。
退位の要求を飲まない王に対し、威嚇行動に出る。
城を取り囲み、数日の篭城戦だ。
そして最後に排除。
はっきり言って、城にいる兵士たちよりも御三家と有志連合のほうが強い。
強制排除となれば血が流れることはまぬがれないが、しかし必要とあらば手は緩めない。それがステージ王国の御三家だ。
そんな会議の中、ワタが小声で一言「なんか普通」と漏らした。
聞こえていたのはキースだけだったようで、ひそひそ会話開始。
「普通?」
「うん。よくある展開。テンプレートってやつ」
「まー、こういう作戦って大抵同じだからね」
「ってことは向こうも分かってるってこと」
「……ワタちゃんの言いたいことは分かるけど、だからこその御三家なんだよ? 見てな」
「――という大まかな作戦を」「途中いりませんね」「いらないな」
「っと、言いますと?」
「我々が集結したという話は既にあちら様へと伝わっているはず。それでもなお何の反応もないのですから、警告フェーズは不要です」
「ついでに言えば包囲もいらないな。我々の知るアーヴィンという男は、脅しに屈するような王ではなかろう?」
「ははは、それもそうですね。ではさっさと城を落としてしまいましょう――」
「ね?」
「ただの面倒くさがりじゃん」
「あはは、そうとも言える」
会議の最中、ワタが手を上げた。
「どうしました?」
「えっと、先に私たちのこと話しておこうかなって」
とはいえキースにクーもよく分かっていない。
「私たち、別行動したいんだ」
「別行動? 王城には行かないということかな?」
「うん。私たちは魔王城に行きまーす」
一瞬の沈黙。そして驚きの声を上げるキースとクー。
「えええっ!?」「わ、ワタ!?」
「だってそっちのほうが早そうなんだもん」
「だからって……って肯定しちゃったよ俺」
「ま、まあ確かに魔王を倒せば国王は後ろ盾を失いますから……」
一方御三家はニヤニヤ。
「クレア様の仰ったとおりになりましたね」
「ふふっ、あの顔を見れば誰だって分かりますわ」
「私も、こうなるのではないかと予想出来ていたからな」
「だからって、未踏の地ですよ? それをこのたった三人だけで越えろだなんて、あまりにも無茶が過ぎる」
「方法はある」
「……兄さん、それはいくらなんでも危険すぎる!」
「だけど、あの翼ならばできる」
あきれ返るキース。
ルパードの言う翼とはコスモのことだ。
つまり三人がコスモに乗り、魔王城に直接乗り込む作戦。
すると、クレアさんが立ち上がった。
「わたくしの用意していた作戦は、二通りあります。ひとつは我々御三家が総力で国王を討伐する。しかし現状において、この作戦は失敗する可能性が高いと判断いたします。先ほどこちらの従者が一名捕まったと報告がございましたが、そこから情報が漏れている可能性を考慮すると、我々が王城を取り囲めば他が手薄になり、魔族に侵攻の機会を与えてしまいます。わたくしが考え付くのですから、当然魔族も同じことを考え、そしてこの機会を逃しはしないでしょう」
「ではもうひとつの作戦を。こちらは、我々にとっても魔族にとってもイレギュラーな存在であるワタさんを、最大限に利用するものです。アーヴィン様を討伐すると同時、またはその前段階で、11番魔王スリーエフを打ち倒してしまうか、または魔族に想定外の事態を発生させる。これでこちらの隙を突く魔族の侵攻を阻止できます。そしてこれほどの醜態と恥辱を受けるのですから、魔族は間違いなく戦意を失い、アーヴィン様との協調も解かざるを得ません。一石三鳥ですね」
「……はいっ!」
「はい、ワタさん」
「ぜーんぜんわっかりませーん!」
どっと笑いの起こる作戦会議室。
こういう時はキースの出番。
「はいはい、んじゃ翻訳するね」
「おねげーしますだー」「何故訛るし」
「えーっと、まず一つ目の作戦は、全員で王様を殴りに行くと。だけど家がお留守になって、背中から魔族が攻撃してくる可能性があるからダメと」
「あー卑怯な手段ってのね」
「そう。そして二つ目が、俺たちだけで先に魔族を黙らせておこうっての。そうすれば騙し討ちは無いからね」
「……ってことは、私言ったのと同じ?」
「だね」
「おー」
ワタの目線はクーへ。
「……この二人をわたし一人で支えなければいけないだなんて、頭が痛くなります」
その二人は笑っているが、片方は意味が分かって笑っている訳ではなく、空気を読んで笑っている。
「ワタ。ひとつわたしのお願いを聞いてもらえますか?」
「なーにー?」
「……無事を、祈ってください」
真剣なクーの表情に、ワタもその意味を理解した。
命懸け。
それでもワタが大丈夫だと言ってくれるのであれば、その覚悟が出来るのだ。
「分かった。けど、出発する時にね。それまでに、先に私が覚悟をしなきゃ」
「俺もしなきゃなぁ」
「なにするの? あ、わかった。私にひどいことするんでしょ! エロ同人みたいに!」
「するのは覚悟だって!」
ワタなりの重い雰囲気をぶち壊す方法である。が、ぶち壊しすぎ。
使用人も含めてみんな笑ってしまった。
「ははは。それでは最後に、彼女にも聞いてみようか」
「質問するのは兄さんの役目だよ」
「キース、甘いなぁ。あの話はとっくに僕の耳に入っているよ」
「あら残念」
コスモの鼻息テストに飛ばされる兄を嘲笑しようとしたキースだが、やはりそこはご当主様のほうが上手なのだ。
庭に出ると、コスモの側から寄ってきた。
「っていうことは、わかってる?」
「フンッ」
「だって」
すると挑戦者現る。ニツバ様ことリヨーシュ・セルウィンである。
「鼻息で飛ばされなければ、こちらの話を聞いてもらえるのだったな。どれ、ひとつお手合わせ願おうか」
優しい声で対峙するリヨーシュ。
しかしコスモは動かず、ワタに(どうしたらいいの?)という表情を見せた。
「んーと、ヘンリエッタさんは吹き飛ばされたけど、それでも自信ある?」
「ふっふっふっ。私は御三家でも一番の武闘派であるセルウィン家の領主だよ? 老いてはいるがまだまだ若い者には負けないさ」
「おー。んじゃ横にルパードさん並んで」
「え……」「さささ、兄さんどうぞどうぞ」「い、いや僕はこういうことは得意ではないんだよ?」
「だからこそー。はい、コスモやっちゃってー」
ワタの要請でキースに強引に並ばされたルパードは既に負けた顔。
コスモも乗ってきた様子で、体を反らして大きく息を吸った。
「あははー、二人とも盛大に吹っ飛んだねー」
「くっ……この私が負けるとは……」
「ひどいよ! ワタ君もキースもコスモも! 本当に怖かったんだから!」
やりすぎたコスモ。
リヨーシュは伏して凹んでおりクレアさんとクーに、ルパードは本気で泣いておりキースとヘンリエッタになだめられている。
しかしどちらもやわらかい生垣に落ちたので怪我はない。
「そういえば、ワタちゃんだけは飛ばされてないんだよね」
「だってコスモから私に懐いてきたんだもん。ね?」
「フンッ」
そして(撫でてー)と顔を近づけるコスモ。
「正直、ずるいと思ってる」
「あはは、わたしもです」
「特権だもーん」
ドヤ顔でコスモに頬擦りするワタと、ドヤ顔で頬擦りされているコスモ。
(似たもの同士だなぁ)と誰もが思ったのでありました。
しかしその最中、執事が報告書を持ってやってきた。
「ルパード様、近隣に魔族の一団が潜伏、こちらに攻勢を仕掛ける模様です」
「やはり狙ってきたか。ではご両家様とも、計画通りに」
「ああ」「ええ」
当然ながら御三家もこれを読んでおり、既に準備は整えてある。
国王一人がどう知恵を絞ろうとも、この御三家には敵わないのだ。
「私たちは?」
「そちらは屋敷でのんびりお茶でも楽しむといい」
「おー。キョーシャの余裕ってやつだー」
「まあね」
とは言うものの、キースは念のためワタに、ヨーフォーでやったように市街全域で魔族の魔法を封じてもらった。
本当に居間でお茶を飲みながらのんびりしているワタたち。
「……あ、ねー。向こうから来るの分かってるのを、アッチはわかってるの?」
「さあ? どちらにせよ手は打ってあるはずだよ。だから兄さんは俺たちを戦力とみなさなかったんだからね。マーリンガムの調査力、カーライルの構築力、セルウィンの実行力。これが揃っているんだから、この家はいわば要塞なんだよ」
「へぇー」
「……ねー。だったらなんで前の街では襲撃されたの?」
という質問にはキースではなく、丁度入ってきたヘンリエッタが答えた。
「それが平和の代償だったからだ。我がカーライル家は、裏でマーリンガム家が守護してくれていることに気付かず、薄氷の上にある絨毯を本物の平和だと妄信してしまった。結果、平和ボケした愚者は不測の事態を想定せず、割れた氷にただ足をすくませ、冷たい水へと呑まれたのだ」
「………………」
「これを簡単に言い替えると、襲撃されるとは思っていなかった、となる」
「おー。ちゃんと私に分かるようにしたー」
「はっはっはっ! 印象深かったのですぐ覚えたよ」
満足げなヘンリエッタ。
その後ものんびりしていると、遠くで爆発音。
ワタは「おっ!?」と驚き窓の外を見つめ、クーは立ち上がり窓際へ。キースとヘンリエッタは反応すらせず、庭のコスモは寝ている。
「キース、今のは?」
「大丈夫ですよ。今のは侵入者用のトラップに引っかかった音ですから」
「……慣れているんですね」
「そりゃー、ここが俺の生家ですからね」
「それよりもワタちゃん、俺たちはいつ動く? その判断を俺はワタちゃんに任せる」
「えー? そーいうのこそ御三家なんじゃないの?」
「俺が言ってるのは、いつ覚悟ができるのか、っていう意味だよ」
「んー……とりあえず明日考える」
「そう来なくちゃ」
笑いが起こり、爆発音などどうでもよくなった。
そこへご当主三人がやってきた。
「どう?」
「順調だよ。ところでワタ君、能力使ったかい?」
「バレた。この街では魔族は魔法使えないよ」
「だからか」
「兄さんなんかあったの?」
「向こうも魔法が使えなくなることを見越してか、武器を持ち込んでいたんだよ」
「つまり、ワタちゃんの能力を把握していると」
「その可能性が高いね。そして情報元はイスル君」
「……だったら私たちも行ったほうがいいんじゃないの?」
その気はあるワタ。しかしリヨーシュがこれを笑い飛ばした。
「はっはっはっ、ワタちゃんはセルウィン家の強さを過小に見ている。我がセルウィンに集う者は、クーさんに勝るとも劣らない」
「え、そしたらスキル使える人もいっぱい?」
「一杯とまでは行かないが、クーさんの出番はない」
「ほぇー」
一方ただでさえ影が薄いのに出番無しと宣言された人物は、相当に落ち込んでおります。
それから数日。
「んよっしゃー! 行くかー!」
玄関先で元気に両手を広げるワタ。
その声にコスモも起き上がり、翼を広げて咆哮。
「ははは、二人とも元気だなぁ」
「……たまに思いませんか? ワタの能天気さが羨ましいと」
「思いますけど、同時に絶対なりたくないとも思います」
「あはは、やっぱり」
そんな二人に振り返り、笑顔を見せるワタ。
「私、覚悟できたから。魔族も魔王も消し飛ばしてやるんだ。なんたって私に喧嘩売ったんだし」
「お見事。……それじゃひとつ、旅の無事を祈ってもらおうかな?」
「クーさんも?」
「はい。なにせ敵の本拠地にたった三人で乗り込むんですからね。生きて戻れる保証などないこの旅路。不安を抱かないほうが無理ですよ」
「私不安ないけど?」
「ワタは……ははは」
(やっぱりワタのようにはなりたくない)と思うキースとクー。
しかしそれはマイナスの感情からではなくて、不安も楽しみの一つだと思えるようになったからである。
「私たちはみんな揃って魔王を倒して、みんな揃ってここに帰ってくる。はい、約束」
「……あっさりしてるなぁ」
「それはそれでワタらしいですけど」
「なーにー文句あるー? 今のは能力使ってないんだぞー?」
「ははは」「あはは」
死地に赴くとは思えないほどの和気藹々とした雰囲気。
ワタたちは魔車で陸上から、コスモは空を飛び、所々で休憩しながら進む。
ソメの町までは支援があるが、そこからは何も分からない。
ルパードたちも見送り。
「キース、分かっているとは思うけど」「盗聴器積んであるんでしょ?」
「正解。ソメの町まではこちらも援護できる。だがその先は御三家の手も届かない」
「……兄さんさぁ」
「なんだい?」
「もしかして、俺たち以上に不安なんじゃないの?」
「……い、いやだなぁ、そんな、そんなそんなそんな……」
「はいはい。気持ちは分かったから、そっちはそっちの仕事をして下さい」
「……了解です」
「クーさん。アンダーフィールド家とカーライル家との交流を、またここから始めましょう」
「はい。この吉報を、早く家族に知らせないと」
「他国に住んでらっしゃるのですよね?」
「はい。なので……まずはこの騒動を収めないとですね」
「ふふっ、そうですね」
「ワタちゃん、ニツバは全面的に支援する手はずになっている。安心して行ってきなさい」
「うん、分かった。……あー、なんか不思議」
「不思議とは?」
「だって私、最初にソメの平原に到着したんだよ? 色々回って最初と最後が同じって、ちょっと運命的じゃない?」
「はっはっはっ、確かにそうだな。ならばワタちゃんの本当の能力は、運命を操るものかもしれないね」
「おーそっちのほうがカッコイイ!」
それぞれの挨拶も終わ――まだ一組残っていました。
「きっ……キース!」
「なんだい? エッタ」
「そ、そのー……だな……、こ……の、戦いが終わったら……」
「終わったらちょっと休みたいなぁ」
「や、休むって、どういう……」
「んーそうだなぁ、雪遊びでもしにそっちに行くかも」
「お、おう……」
「それじゃ、またね」
「……キース! 私は! ……はぁ」
ため息をつき、キースの言わんとすることを察したヘンリエッタ。
三人は魔車に乗り込み、コスモも空へと舞い上がり、手を振ってマーリンガム家を後にした。




