21 さすが肉食系ラッキースケベ属性
「……どうすんの、これ……」
開幕から困惑しているワタたちとカーライル家の人々。
というのも、無事にカーライル家へと戻り一夜明けてみると、庭であの黒いワイバーンが気持ち良さそうに寝息を立てているのだ。
「間違いなくワタを追ってきたんでしょう。夜空に黒い影なので、ついてきたのが分からなかったんですね」
「クーさん冷静すぎ。これヘンリエッタさんにも迷惑だよね……?」
「ま、まあ……珍しいものを見られはしたが……どうするのだ? 本当に……」
ワタも、そして屋敷を仕切るヘンリエッタもどうするべきか考えが出ない。
するとワイバーンは大きく息を吸い喉を鳴らし、ふすーっと息を吐いた。
「……まるでこっちの喧騒が耳に入ってない……」
「似たような人を見たことがありますね」
「私もっと寝起きいいもん」「どこが!」
思わずツッコミを入れるキース。
ワイバーンは大あくびをして、目が開いた。
一斉に屋敷へと逃げ帰るカーライル家一同と、念のため戦闘体勢に入っておく三人。
ワイバーンは寝そべったままワタに鼻を近付け、力を抜きコテンと頭を傾け、また目を閉じた。
「仕草だけならば可愛いんだけどなぁ」
「うん。私もそう思う。……ねえ、この子ペットにしてもいい?」
「ペットかぁ……って!?」「あはは……」
能天気炸裂。
しかしキースもクーも、頭のどこかではこの結論が出ることを予期していた。
「あのさワタちゃん、昨日も説明したよね? 黒いワイバーンのこと」
「魔獣の中ではドラゴンの次に強くて、頭もよくて、神様の使いなんて言われてるんだっけ?」
「そう。悪いけどそんなのをペットにしたところで、能力以上に持て余すよ?」
「えー」
「じゃあ現実的なことを言うけど、食事どうするの?」
「うっ……」
さすがのワタも苦い表情。
するとその話を聞いていたのか、ワイバーンが起き上がり、大きな翼を羽ばたかせて何処かへと飛んで行ってしまった。
「……とりあえずおなかすいた」
「その能天気さに有り難味すら抱いてきてるよ」
「拝んでおきましょうか。ありがたやー」「ありがたやー」
「あはは、やめてよー」
朝食中、窓を大きな影が横切った。ワイバーンが戻ってきたのだ。
「こりゃー本当にワタちゃんと一緒にいる気なんだな。……クレア様、あとで通信機をお借りします」
「ええ。……彼、何か持っていますよ?」
「え?」
窓の外のワイバーンに全員が注目。
すると本当に、左足に大きな魚を掴んでいる。
「……ちょっと行ってきまーす」
ワタたち三人でワイバーンの下へ。
掴んでいた魚は、それこそテレビ番組が一本作れそうなくらいの特大カジキマグロ――のような魚。
「えー!? あっ、もしかして自分で獲ってきたの? 自分で食べるのに?」
頷くワイバーン。
キースもクーも苦笑いしつつ、その理由に察しが付いた。
「さっき俺が食事はどうするんだって聞いたから、自分で獲れるって言いたかったんだね」
「ほぇー。んでも海のないところだったらどうすんの? 勝手に牧場の牛さん食べるのは怒るよ?」
これに対しワイバーンは既に答えを用意しており、口の中から骨を一本吐き出した。
「うわー……人の骨……」
「……いえ、これは違いますね。断言はできませんが、恐らくはタウロス種の足の骨です」
「あ、魔獣の? ってことは、魚がないなら魔獣を食べればいいじゃないってこと?」
「そういうことでしょうね。魔獣の中にも弱肉強食の食物連鎖というものは存在していますから」
「そっか。分かった」
ワイバーンは器用にカジキっぽい魚の長い鼻先を折って捨てると、ペンギンが魚を食べる時のように、頭から一飲みにしてしまった。
「新鮮なのだったらお刺身にして食べたかったかも。あっ! 行かなくていいから!」
ワタの漏らした一言に早速、という感じで翼を広げようとしたので、すかさず制止。
ワタたちも食事の途中だったので、ワイバーンをそこに置いて自分の食事。
その間ワイバーンは大人しく寝転んでいました。
ワタたちは食事をかき込んで終わらせた。
キースは先にマーリンガム家へと連絡を取り、ワタとクーは庭でこのワイバーンをどうすべきかと頭を悩ませることに。
とりあえずはクーが質問。
「ワイバーン……さん? は、このままワタについてくるつもりなんですか?」
「…………」
「わたしには反応する気無しですね」
「ねー、せめて質問には答えたら? じゃないと私も困るよ?」
呆れ声のワタ。
するとワイバーンはゆっくりとクーに鼻先を近づけ、思いっきり鼻息を飛ばした。
「ひいいいいっ!」
よろめくほどの風圧だったが、どうにか耐えたクー。
「あーびっくりした!」
「あーぁあー! なーにその反抗的な態度!」
「ははは、まあまあ。今のは恐らく、返答するに値する存在なのかどうか、わたしを試したんだと思いますよ」
ワイバーンはこのクーの推測に頷いた。
「……だったらいいけど。でも、もしキースさんやクーさんになんかしたら、私容赦しないから」
普段よりも低い声のワタ。これにワイバーンは二度頷いた。
ワタが一瞬本気の顔をしたので、少し怖がったのだ。
と、ここでキース登場。
「兄さんも驚いていたけど、受け入れ準備はしておくってさ。でも本当にワタちゃんについてくるつもりなのかな?」
ワイバーンは先ほどのクーと同じく、キースを鼻息で威嚇。
「ぬおおおっ!?」と、こちらも吹き飛ばされそうになりながらも耐えた。
「……えっ!? 何!?」
「キースを試したんですよ。先ほどわたしもやられましたから」
「ああ、そういうことね。えーっと君……ねえワタちゃん、このワイバーン、名前どうするの?」
「あ、名前……」
さっそく熟考するワタ。ワイバーンはそれを見て、何やら嬉しそうである。
「……黒くてウロコが輝いてるから、なんか夜空みたいだよね」
「じゃあ夜空?」
「んー……って感じじゃないかなぁ。……夜空……星……宇宙……コスモを感じるぅ……う! 決めた!」
ワイバーンも何だろうと首を伸ばす。
「あなた、コスモ」
「……ごめんワタちゃん、俺たちには翻訳されてない」
「え、そうなの? んじゃ……」
スマホでコスモの意味を調べるワタ。
当然出てきた答えは『宇宙』なのだが、ワタはあえて違う表現をした。
「えっとね、全てのもの。全部揃ってるって感じの」
「なんだそりゃ?」
「……ワタの言いたいのは、全ての調和が取れているという意味では?」
「あ、それそれ。多分」
「多分って……。それじゃあ後は本人……人じゃないけど、ともかく、君自身はどうなのか、だね」
三人の視線が集中。
ワイバーン自身も考えている様子で、目をつぶり眉間にしわを寄せながら頭を傾けている。
(……あれ、これ却下されるっぽい?)と不安の募るワタ。
ワイバーンはしっかり考え、そしてしっかりと頷いた。
「おっ。ってことであなたコスモね」
「ンフアアアッ!」
「あはは」
翼を広げ、大きく咆哮したワイバーンの『コスモ』。
ワタは(嫌われなくてよかった)と、ほっとしている。
名前が付いたので、より意思疎通がやりやすくなった。
つまりはワタの質問攻撃の開始である。
「ねーコスモ。なんで私に懐いたの?」
「ワタ、彼は喋れないんですから、質問の仕方は少し工夫すべきですよ」
「あー。……ってかコスモって男?」
ころっと変わった質問内容に一瞬戸惑ったコスモだが、この質問には首を横に振った。
「えっ! 女の子だったんだ! 同じじゃーん!」
「フキューン」
途端に可愛い声を出して、みんなに笑われているコスモ。
「ならば、女の子同士だから懐いたんでしょうか?」
クーの質問。これは否定。
「……あ、私分かったかも。黒いワイバーンって神様の使いだって言われてるんでしょ? んで私がコスモとあっち向いてホイしてる時、キースさんが、私が神様みたい的なこと言ってたよね?」
「あー……言ってた。『今ならワタちゃんがアルトール様だって言われても信じちゃうかも』って。……え? マジだった!?」
「ワタ、アルトール様なの!?」
「違う違う! コスモもそれ勘違いしてるんじゃないかって」
「あー」「あー」
しかしコスモはこれも否定。
「えー? あとは……好きになっちゃった?」
「一目惚れってこと?」
「ワイバーンの女の子が、人間の女の子に一目惚れだなんて……」
100%有り得ない、という空気の中、コスモはこれに頷いてしまった。
当然固まる三人。
「……えっ、恋!?」
思わず聞いてしまったワタ。
一方コスモはこれを否定。そしてほっと胸を撫で下ろす三人。
「いやぁ、これで肯定されてたら困ってた所だよ」
「本当ですね。ははは……」
「私が一番困ってたって。でも今のでコスモの言いたいこと分かった。私とお友達になりたかったんでしょ?」
「フンッ! フンッ!」
鼻息荒く二度頷いたコスモ。
つまり黒いワイバーンのコスモは、ワタに”友達として”一目惚れしたということです。
その後もお互い苦労しながらコスモと意思疎通を図った三人。
コスモは元々好戦的な性格ではなく、食料は前出の通り、魚と魔獣でまかなっていた。
戦場になったヨーフォー山のあの場所は、元々コスモの狩場だったのだ。
そして剣士たちが自分の獲物を横取りしに来たのだと思ったので、追い返すつもりで邪魔をしていた。
しかし様子が違うことに気付き、手を止めて上空から観察中、女の子を発見。
巨大な黒い影である自分を怖がるどころか、能天気が高じて手を振ってきた。
そんな女の子に興味を抱いた。
戦場の勝敗を見届けた後は、次の狩場をどこにしようかと悩んでいた。
そんな折に現れたのが、先ほど手を振っていた人間の女の子。すなわちワタである。
コスモはこの時点で腹を決めた。自分はこの子と友達になろうと。
幸いだったのはやはりワタの能天気。
逃げられることを覚悟していたコスモだが、ワタはその類稀な能天気力を発揮し、巨大な黒いワイバーンをあっさりと受け入れた。
ならばもう、あとは絶対に離さないだけ。
「ワタちゃん、これはワタちゃんの側から手を離さないようにしなくちゃ」
「ねー。なんか私も嬉しいよ」
「フンッ」
「あとはわたしたちにも懐いてもらえればいいんですけど」
そう言ってクーがコスモに手を伸ばすと、コスモはその手をパクリ。
数秒間時が止まり、そして三人ともが大絶叫!
「あああ!! クーさん手! 手!」
「てええっ! 衛生兵! ワタちゃん治癒! 治癒!」
「わ……わ……」
そしてコスモが顔を上げると、ヨダレだらけになったクーの手がにゅるんと出てきた。
当然ながら手首とも繋がっているので怪我は無し。
コスモは”懐くのはワタだけだが、かといって二人に敵対する意思はない”ということを見せるために、わざとクーの手を甘噛みしたのだ。
しかし現場は大混乱。クーは卒倒してしまい、キースは衛生兵だ治癒だと同じ言葉を繰り返し、ワタはわたわた。
とりあえず騒動は収まり、クーはヨダレでベタベタになった手を拭いている。
コスモは翼の爪で顔をかいて誤魔化し、チラチラとワタの顔色をうかがう。
「あーもう心臓止まるかと思った」
「それわたしの台詞です」
「もー、二度としないでよ!」
申し訳なさそうに頷いたコスモ。
「すっ、すみませ~ん……こちらよろしいでしょうか~?」
玄関の影からこちらに声を掛けたクレアさんと、その後ろにヘンリエッタ。
ワタはコスモに対し「シャー!」と猫のように威嚇。コスモはこれに腹ばいに寝て対応。
ほっとしながらもおっかなびっくりの二人がやってきた。
「ど、どう……」
「私のペットになりましたー。あ、友達になりましたー」
「……安全であると?」
「うん」
ごくりと生唾を飲み込んだヘンリエッタが、意を決してコスモに接近。
コスモは睨むでもなく、のんびりとそれを眺めている。
んが! さすがに目の前までは行けず、ちょっとした距離が空いております。
「えー……なんだ……その……ヨーフォー山のことなのだが、あなたがボスということでよろしい……のか?」
この質問に、コスモの側から顔を近づけてきた。
「あっ」とこの先の展開に気付いたキース。
するとキースの読みどおり、コスモはヘンリエッタを鼻息で吹き飛ばしてしまった!
軽く浮き上がるほど吹き飛ばされたヘンリエッタ。
キースはそれをスライディングキャッチ。ぎりぎりで間に合った。
「……ん? やわらかい?」
キースの手に、上質なマシュマロのような、とてもやわらかい感触。
これはなんだろうと確認のためにもう一度軽く握る。
「きゃっ!」という小さく放たれた悲鳴で、それが誰の何なのかを悟ったキース。
(あ、俺死んだ)と確信し、「ごめーん!」と一目散に逃走。
「おーさすが肉食系ラッキースケベ属性」
「物語が違えば主人公ですね」
「うえぇ~ん……もうお嫁に行けないぃ~……」
「エッタ……ふふっ!」
「もうキースさんに責任とってもらうしかないよねー」
「あはは! キースの将来は決まりましたね」
マジ泣きのヘンリエッタ。
これにはワタもクーも、そしてクレアさんも笑ってしまっている。
ヘンリエッタはその性格ゆえか男性経験が皆無なので、こんなこと自体が初めてなのだ。
ワタが代わりにコスモに質問しつつ、クーはクレアさんと一緒にヘンリエッタを慰めている。
キースは――本当にどっか行っちゃいました。
「……ふーん。えっとね、コスモは自分ではボスだと思ってないって。だけど自分より強いのもいないから、まーボスなんじゃない? って感じ。あと山のことはもう知らないから、穴あけるのも勝手にどうぞだって」
「ということは、彼女は本当にワタさんと共に旅をすると決めたのですね」
「ねー? えへへー」
ワタが照れると、コスモも照れる。
(まるで姉妹みたい)と、クーもクレアも、そしてヘンリエッタも同じことを考えた。
一方一目散に逃げたこの男。
現在は庭の片隅で女性の執事に捕まって――否、保護されている。
そこにメイドさんが一名、走ってやってきた。
「どうでしたか?」
「エッタ様は泣いておられました」
それを聞いたキースは、「やっぱりかぁ……」と声を漏らす。
そして執事は、覚悟を決めたかのように本気の見える眼差しでキースを見た。
「キース様。最早これは取り返しのつかない事態であります。つきましては、キース様も腹を決めるべきであると具申いたします」
「おそれながらも、私も解決方法はそれしかないと思います」
「……ひとついいかな。ヘンリエッタ様と俺とを、くっつけようとしてない?」
「いえいえー」「とんでもないー」
手と顔が同時に動く執事とメイド。
二人の腹の内、というよりもカーライル家全体の意図に気付いたキース。
「もしかしてだけど、トイレの看板、変えた?」
「なっ、何のことでしょー?」「ふゅー、ふゅー」
白々しく誤魔化す二人。メイドに至っては口笛を吹けていない。
「はぁ……どっちにしてもこのままって訳にはいかないか」
死ぬ覚悟を決め、ワタたちの下へと戻るキース。
―――――
さらに一方その頃。こちらはステージ国王の自室。
国王は次の公務の準備中で、部屋の中を動きまわりながら、サキュバスから報告を受けている。
「やはり生きていたか」
「はい。現在はカーライル家に身を寄せている様子です」
「そしてマーリンガム家に邪魔をされていると」
「はい」
「……ふっ、私に従わない奴が悪いのだ……。見せしめだ、カーライルの領地もろとも火の海にしてやれ」
「それが……」
「まだ何か?」
「……未確定の情報なのですが、どうやらワイバーンを一体、手なずけているようなのです」
「はっ! 竜のなり損ないが一匹増えた所で何も変わりはしない!」
魔族はワイバーンを一体を称し、国王は一匹と称した。
「しかし、まだ未確定の……」「前任の者はよく切れた。貴様の肉もやわらかそうだ」
国王は棚に飾ってある剣を手に取り、軽く振って見せた。
冷や汗の出るサキュバスだが、そこは種族の特徴をうまく使う。
「……うふふ、アーヴィン様ったら、わたくしの豊満な二つのお肉をご所望なのですね。なれば遠慮なくわたくしめがこの体をもって」「あーそういうのはいいから!」
「んもう、つれないんですからー」
「いやいや、私は本当に忙しいのだ。そちら側でヨーフォーを襲撃し、同時にカーライル家と三人組を殺せ。以上だ」
「……」
「返事は?」
「はぁーい」
なんだかんだでこちらも良いコンビになっているようです。
―――――
意を決し、しっかりとした足取りでキースが戻ってきた。キースはワタたちには目もくれず、ヘンリエッタへと一直線。
復活していたヘンリエッタは、途端に背中を向ける。
キースはヘンリエッタの下へと到着すると、片ひざをついた。
「ヘンリエッタ様、先ほどの無礼、心よりお詫び申し上げます」
「…………」
「ヘンリエッタ様……私へのお気持ち、嬉しく頂戴いたしました」
周囲の人とワイバーンが、それだけではなく屋敷にいる使用人も全員が窓から顔を出して、固唾を呑んで見守る。
「しかし、今はマーリンガムの者として、この国の行く末こそが最重要と考えます」
「……私では……ダメ……か?」
「何がダメかと申し上げるのであれば、時期がダメなのです。我々には問題が山積しております。私にも、ヘンリエッタ様にも。まずはその問題を片付けるべきなのです」
「つ、つまりは……」
「申し訳ございません。ヘンリエッタ様のお心への回答は、このステージ王国の暗雲が晴れた後に……」
「……時期が……あの国王が悪いのだな……。あのアーヴィンが……」
「あ、あのーヘンリエッタ様?」
「アーヴィン死すべし……この恨み是が非でも晴らす!」
とんでもない所のスイッチの入っちゃったヘンリエッタ。
「ついてはだが、キース様に一つお願いがある」
「あ、はい」
「……わ、私を、そのー……えっ……」
「え?」
「……エッタと……その、ヘンリエッタではなく……」
「はい、承知いたしました。エッタ様」
「さ、様はいらないっ!」
ここでキースは一か八かの賭けに出た。
なんとヘンリエッタを抱きしめたのだ。
「ぃっ……」
「……分かったよ、エッタ。だから俺のことも、キースでいいよ」
「………………」
「……あれ? ってエッタ!? おーい!」
やりすぎたキース。ヘンリエッタは顔を真っ赤にして失神してしまったのでした。
「あー……結局怒られるな、これ。ははは……」




