表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

19  勘違いちょーハズいー

 時刻はまだ朝早く。

 今日は車列を作り、カーライル家の本家へと出向く。

 既に出発の準備は整っているが、ワタはクーに起こされご機嫌ナナメ。


 「……姉さん、どんな起こし方したんですか?」

 「イタズラ心が芽生えまして……耳元で、こう……ふぅ~」

 「って俺で試さないでくださいよ!」

 「ふふっ、眠そうだったのでつい」


 結局はじゃれ合うキースとクー。


 出発前に念のため、キースが周囲に隠れているマーリンガム家の護衛に合図。

 どんな合図かといえば、左手の人差し指と中指を揃えて掲げるだけ。

 この合図は、人差し指をターゲットとして、随伴するように移動しろという意味。

 もっとも簡単な合図である。


 「それで本当に大丈夫なの?」

 「一人でも見ていれば、一分もせずこの街の端から端まで伝達できるよ」

 「ほえぇー」

 「あはは、久しぶりに鳴いた」


 キースはワタの「ほえぇー」がお気に入り。


 車列は五台。前から魔車が三台に牛車が二台。

 中央二台の魔車に、ワタとキース、クレアさんとクーで分かれて乗車。


 移動中、キースがちらっと建物の屋上部分に目をやった。

 それを見逃さなかったワタもそちらへ顔を。


 「んー?」

 「ははは。ワタちゃんには気付かれなかったね」

 「え、いたの?」

 「いたよ。この車列を8人が取り囲んで警護している」

 「えっ!? 全然気付かなかった!」

 「ワタちゃんに気付かれたら失格だよ。ははは」

 「えーなんかムカつくー」


 しかし能天気女子中学生は移り気。


 「ねー運転手さん。クレアさんの娘さんってどんな人?」

 「ヘンリエッタ様は優しくも厳格なお方です。クレア様はあのようなおっとりした方なので、そのギャップに戸惑う方も少なくありません」

 「へぇー。……私と相性悪そう」

 「あっはっはっ!」


 思わず大笑いするキース。


 「むー! ってかキースさんは会ったことあるの?」

 「子供の頃に一度だけね。あれは忘れられない」

 「どんなどんな?」

 「えーっとねぇ――」




 ――16年前の冬。


 マーリンガム家は雪遊びのためにカーライル家を訪ねた。

 構成は母と息子兄弟、そしてお付きが一人。


 当時キースは3歳。物心が付いて、反抗期に差し掛かったところだ。

 そんな状態なので、とにかく常に不機嫌そうに頬を膨らませている。

 一方ルパードは当時から妙に悟っていた部分があり、8歳ながら見事な立ち振る舞いを披露していた。


 「初めまして。ルパード・マーリンガムです。数日の間ですが、お世話になります」

 「ふふっ、これはご丁寧にどうも。わたくしはクレア・カーライルと申します。以後お見知りおきを」


 「キース、ご挨拶は?」

 「むー……」


 母親の足に隠れ、顔を出さないキース。

 キースが不機嫌なのは、この立派な兄がいるためでもある。


 「そちらは、ヘンリエッタ様のお姿が見えませんが?」

 「恥ずかしがっているのか、部屋に篭りっきりですの。あの子には社交性というものが少々欠けておりますので……」

 「ふふっ、我々は肩身の狭い生活に、必要以上の所作を求められますものね」

 「ええ全くです」


 御三家の女性たちは皆仲がいい。家柄に苦労しているので余計に結束が強いのだ。


 居間に移動し、ひと息ついた所で事件(?)は起こった。

 ババーン! と勢いよくドアが開き、明らかに袖が長すぎるダボダボの男性用の礼服を身にまとった少女が一人。


 「わっ……が名はヘンリエッタ・カーライりゅ……ルっ! 将来の当主たる私が、きっ、きさまらを歓迎してやろう! はーっはっはっはっ!!」


 皆、目が点になった――。


 そしてこんな話を聞けば、当然ワタも大笑いである。


 「あはは! えーマジー?」

 「マジ」

 「そりゃ忘れられないよねー」

 「でしょー?」


 盗み聞きしていた運転手も笑ってしまっている。


 「それでそれで?」

 「こっちは笑って済ませたんだけど、あっちとしてはとんでもない大恥をかいちゃったものだから、ヘンリエッタ様は……さっきの家。あそこに軟禁状態。最終日に母上が気を利かせて、俺たちとヘンリエッタ様との三人だけの時間を作ったんだよ」

 「あー。だからキースさんあの家知ってたんだ」

 「そういうこと。そして――」


 ――行楽最終日。


 市街地にあるカーライル家の別宅。

 クレアさんはヘンリエッタの泊まっている部屋のドアをノック。


 「エッタ。ルパード様とキース様が来てくださったわよ」

 「………………」


 反応なし。

 しかしここで何かと悟っているルパードが行動に出る。


 「ヘンリエッタ様、ルパード・マーリンガムです。次期当主同士、お話をうかがいたく思います」

 「………………」


 「失礼致します」とルパードがドアを開けた途端、偶然にもヘンリエッタのドロップキックが顔面直撃。ルパードは帰らぬ人と――じゃなくて、気を失った。

 二度の大失態にクレアさんやカーライル家の面々は顔面蒼白&怒り心頭で、ヘンリエッタはその後丸一日中怒られていた。

 マーリンガム家としては、幸いルパードには傷一つなかったので大事(おおごと)にするつもりはなく、しかし念のためもう一日様子を見てから帰宅する、ということになった。


 変わり本当の最終日。

 港には申し訳なさで今にも破裂しそうなカーライル家の面々と、後ろを向きつつも頬が膨れているのが一目瞭然なヘンリエッタ。

 ここからはマーリンガム家の船に砕氷船が随伴し、氷を砕きながら北上。流氷がなくなると砕氷船は港へと戻る手はず。


 「本当に申し訳ないことをいたしまして、なんとお詫び申し上げればよいか……」

 「幸い怪我もありませんし、当人も自分がうかつだったと申しておりますので、どうかお気になさらずに」

 「申し訳ございません……」


 そんなうかつなルパードは、慰めようとヘンリエッタに声をかけた。


 「僕は本当に気にしていません。どうかお機嫌を戻してください」

 「………………」

 「ヘンリエッタ様。次期当主同士、これからも良い関係をお願いいたします」

 「………………」


 無反応を貫くヘンリエッタ。

 しかしここで次男坊キースが強烈なジャブ。


 「兄ちゃんきらわれてんだよ。見りゃわかんじゃん」

 「なっ……いや、分かっていてもだよ? ここは大人同士」「兄ちゃん子供じゃん」「いや、そうだけど!」

 「……ぶふっ……」


 兄を圧倒する弟のストレートパンチ。その流れ弾がヘンリエッタに当たってしまい、ついうっかりふき出してしまった。

 大人たちは思わず固まり、空気を読むルパードは場を収めようとあたふたし、その姿にまたヘンリエッタは笑ってしまう。


 「あはははは! マーリンガムの兄弟は面白いな!」

 「い、いや、これは」「兄ちゃん笑われてやんの」「キースのせいだろ!」「俺しーらないっ!」

 「あっははは! あー……惜しいことをした。えーっと……んんっ。えー、マーリンガム家の皆様、私のせいでせっかくの余暇を台無しにしてしまったこと、心よりお詫びいたします」


 これが、キースとヘンリエッタとの出会いである――。


 「キースさんって昔は能天気だったんだね」

 「ワタちゃんには言われたくない」

 「ってかルパードさん今と変わってない」

 「それは同意する。あの人想定外の事態にはめっぽう弱いから」

 「今頃くしゃみしてたりして?」


 ――答え合わせ。その頃ルパードは?


 「……全くキースは……盗聴されてるのも知らずに……」


 呆れていました――。




 ヨーフォー郊外の邸宅に到着。こちらは領主の屋敷らしく立派である。

 御三家の中で庭は二番目に広く、建物は二番目に大きい。執事やメイドの数も二番目に多い。

 この何かと二番目なのは、国民の盾らしくセルウィン家とマーリンガム家との仲を取り持つという意味――なんて全くなく、ただの偶然である。


 車列が到着すると、執事やメイドがずらりと並びお出迎え。


 「おー私のために並んでるー」

 「九割はクレア様のお出迎えだけどね」

 「あー……勘違いちょーハズいー」

 「あっはっはっ!」


 クレアさんが降りると、一斉に頭を下げる使用人。

 そして一人もずれることなく「お帰りなさいませ。クレア様」と声を揃えた。


 「ただいま。みなさんお出迎えありがとう」


 使用人にも優しい笑顔で感謝の言葉を口にするのが、このクレア・カーライルという人物である。

 クレアさんはワタとキースを手招き、四人揃って玄関をくぐった。


 「お帰りなさいませ。母上」

 「ただいま。エッタ」


 顔を上げた”彼女”は、三人の顔を順々に確認。


 「……母上、そちらは?」

 「おや、連絡が行っていませんでしたか?」

 「いえ」

 「それは失礼しました。彼女たちはマーリンガム家からの使いです」

 「……ならば私の耳にも入っています」


 彼女は再度頭を下げ、ワタたちに自己紹介。


 「自己紹介が遅くなってしまい申し訳ありません。私はカーライル家次期当主、ヘンリエッタ・カーライル。若輩者でありますが、なにとぞよろしくお願いいたします」


 一見して軍人とも取れるほど固い口調。

 そして口調に違わず、まるで氷のような表情。

 服装も軍の高官のような礼装なので、余計にそれが際立っている。


 次にクレアさんが一歩前へ出て、三人を紹介。

 手を差し出し、ワタから。


 「こちらがワタさん。情報は入っていますでしょう?」

 「ええ。なんでも異世界からの訪問者であり、特殊な能力を持つと」

 「そーでーす。よろしくお願いしまーす」


 ものすごく軽いワタの態度に、三度瞬きをした彼女。


 「そして……」

 キースを指し示そうとして、奥のクーを優先させるクレアさん。

 「あちらが、かのセント・フィリス王国の姫殿下、クインキュート・アンダーフィールド様」

 「ああ、あの」(っと、失礼を言いそうになった……)

 「初めまして。わたしのことはクーとお呼びください」

 「クー……でん」「さんで」「は、はい。失礼致しました。クーさん」


 にっこり微笑むクーだが、何故かちょーっとだけ、殺気が漏れている。


 「そして最後に……ふふっ」

 「えー、ご紹介に預かりました、私はキース・マーリンガム。お久しぶりです、ヘンリエッタ様」

 「キっ……ぃース様でしたか。ははは……。お元気そうで何よりです」

 「そちらこそ。はっはっはっ」


 一気に全身から脂汗がふき出したヘンリエッタ・カーライル。




 何も食べずにあちらを出たので、朝食を取りつつ話を進めることになった。

 だが、過去のことなどがあり、ヘンリエッタはキースをチラチラ見ており話半分になってしまっている。


 「え、えーっと、ヘンリエッタ様? 何かご用ですか?」

 「いや……あー……いや、なんでも。なんでもない」


 妙につんけんした態度。

 そしてその度に何故かクーから殺気が漏れる。

 と、そのクーが仕掛けた!


 「車中でクレア様より、ヘンリエッタ様はわたしと同い年だとお聞きしました」

 「同い年……でん……クーさんも27歳でしたか」

 「はい。この年齢になると、好きな男はいないのかと両親に突付かれ始めてしまいます。ヘンリエッタ様には、好意を寄せる殿方はおりますか?」

 「すっ……ぅー……いっ……」


 みるみるうちに顔が真っ赤になるヘンリエッタ。そして一瞬だが、目線がキースへと動いた。

 もちろんそこにいた女どもがそれを見逃すはずはない。


 「どうやらヘンリエッタ様には、思い人がいらっしゃるご様子ですね」

 「おもっ……」

 「恋する乙女だー」

 「おとっ……い、いや……」

 「まあまあ。お母さん応援しちゃうわよ」

 「母上まで……」


 当のキースのことはまた後で。


 散々突付かれまくっているヘンリエッタ。どうにか話題を変えようと頑張る。


 「んんっ。えー、母上は皆様のことを信用なさっているようですが、私は違う。カーライル家の実質的な執務を取り仕切る私は、手放しで協力するほど皆様を信用してはおりません。話をするにはまず、私から信用を勝ち取っていただきたい」

 「……男を紹介しろってこと?」

 「違うっ!」


 ワタのアホの子成分が炸裂し、ヘンリエッタの頑張りが一瞬で水の泡。

 これにはヘンリエッタ以外、そこにいた全員が笑ってしまった。


 「あーもうっ。話を戻させていただくぞ。このヨーフォーは漁業の他に、ヨーフォー山での鉱山資源でも潤う街だ。最近も新たな鉱脈が発見されたのだが、これが『魔獣の巣』のすぐ近くなのだ。そこでお三方には、この魔獣の巣を掃除していただきたい。全滅させろとまでは言わないが、坑道の形成が出来るほどの安全性の確保、すなわち七割以上の殲滅を必須条件とする」

 「数にすると?」

 「不明だ。しかし数百は倒すことになるはずだ」

 「男紹介したら?」

 「それとは関係ないし、紹介されたところで私は心変わりなどする気はないっ!」


 どんどんワタの術中にはまっていくヘンリエッタ。

 軍人のような厳格な性格というメッキは、既にボロボロである。

 (これがクーさんの仰っていた、ワタさんの本調子なのですね)と納得するクレアさん。


 「それじゃーがんばろーねーキースさーん」

 「うん。……ん? あっ、えっ……!?」


 ワタ、クー、クレアさんの言いたいことにようやく気付き、自身を指差したキース。

 途端に顔が真っ赤になり、「し、失礼する……」とその場から逃げたヘンリエッタ。


 「……いやぁ…………えー?」


 もう皆様お気付きのことと思いますが、ヘンリエッタの恋心のお相手は、キースでした。


 何故こうなったのかといえば、その引き金はやはり16年前のあの事件である。

 当時のキースの能天気を、ヘンリエッタは少し勘違いし、素直な人なのだと高評価。

 その後は一度も会えないまま時間が過ぎ、キースが御三家の裏の顔を復活させるべく兵士となったと聞いたせいで、前出の評価が暴走と言えるほどまで誇張されてしまったのだ。

 そこで誰かが一声掛ければよかったものの、その暴走した評価がカッコイイに変わり、恋心になってしまったのだ。


 「んで、キースさんのお答えは?」「いやいや、いくらなんでも」

 「というかキースの趣味を知りませんよ」「それはそれとしてですね」

 「お婿に来てくださるのならばわたくしも歓迎いたしますよ」「気が早いですから」


 女性陣に詰め寄られ、四面楚歌なキース。


 「ねーどーなのー?」「どうなんですか? 実際」「興味がありますわー」

 「いやそのあのえっとそのそれであの……あ、山登りの準備しなきゃ! それじゃ!」

 「あっ! 逃げた!」「あーららー」「ふふっ」


 追う気はない女性陣。

 ちなみにヨーフォー山は険しい岩山なので、準備なしで登ると命に関わります。




 女性陣から逃げたキースは、かすかな記憶を頼りにトイレへ。壁に看板のような表示を見つけ、一安心で中へ。

 用を足すのではなく、冷静になるために鏡に向かう。

 そしてその鏡が湿るほどの大きなため息。


 「はぁ……いやぁとんでもない目に遭った。……っていうかここにいる限り遭い続けるわけか。はぁ……」

 「なっ……きっ……」

 「え? ……えっ!!?? あっ、こ」「きゃあああっ!!」


 何故かトイレでヘンリエッタと鉢合わせ、ヘンリエッタは悲鳴をあげ物凄い勢いで逃走!

 誤解を解こうと急いでトイレを出るキース。

 しかしこのシチュエーション、正しくはあちらからトイレへと入ってきたので――。


 「……あっ、女性用……」


 やっちまったのはキースなのでした。


 一方その頃、悲鳴を聞いたワタたちは?


 「おぁ!?」

 「……ヘンリエッタ様の悲鳴ですね」

 「ふふっ、お盛んなのねー」

 「あー、キースさんも中々の肉食系だったかー」「意外な顔が見られちゃいましたねー」


 盛大に勘違いをしていましたとさ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ