18 私が大丈夫だってことも、分かって
ヨーフォーのカーライル家に到着した、はずの三人。
しかし領主屋敷と言えるほどの豪邸ではなく、ちょっと広めの普通の民家。
訳が分からないといった雰囲気のワタとクーを連れ、キースが一歩先に玄関をくぐる。
「クレア様、お邪魔いたします」
家の中は料理中のいい匂いで満たされている。
しかし反応がない。
「クレア様ー?」
「はぁーい。少々お待ちくださーい」
思わず笑うキース。
あまりにも構えていないキースの姿に、ワタとクーが顔を見合わせ、ため息と共に警戒を解いた。
トタトタと駆けてくる足音。
三人の前に現れたのは、そこいらにいる普通の服装をした、おっとり系おばちゃん。
「まあまあ、ようこそわざわざ。ささ、どうぞどうぞ」
「ははは。それじゃあお邪魔させていただきます」
「えっと……お邪魔しまーす」「失礼します」
居間に通された三人。
キースは面識があるのだが、ワタとクーはこの人は召使いなのだと勘違いしている。
「あのー領主さんどこですか?」
「ふふっ。目の前におりますよ?」
「ん??」
キースは笑いを必死に堪えており、クーはなんとなく感付いたが、まだ信じられないでいる。
「しかしこれ以上やって嫌われたくはありませんからね。ワタさん、クーさん。お初にお目にかかります。わたくしがここヨーフォーを仕切る領主、クレア・カーライルです。以後お見知りおきを」
「……ええっ!?」
――クレア・カーライル。
ステージ王国南方を預かるカーライル家の現当主。年齢は『ヒ・ミ・ツ』だそうです。
ぽわぽわとやわらかい雰囲気の中に、どこか妖艶な空気を持つ、おっとり系のおばちゃんである。
カーライル家は女系であり、裏の顔では『国民の盾として王に知恵を授ける』という役割を持っていた――。
そんなクレアさんがクーの前へと行き、ひざまずき手を取った。
「お久しゅうございます。姫殿下」
「えっ、あー……どこかで?」
「はい。とはいえわたくしが殿下と最後にお会いしたのは、殿下がまだ乳飲み子の頃。なので覚えておられないの仕方がございません」
「……すみませんが、全く覚えていませんし、そのような話を聞いたこともありませんでした」
「ええ。しかしお気になさらず」
優しくにっこり微笑むクレアさん。クーも昔を思い出してか、優美な笑みを浮かべた。
「さあ皆様、今丁度ローストチキンが焼きあがったところですの。ご賞味あれ」
メイドさんが準備をして、先に少し早いお昼ご飯と相成りました。
「うまっ!」
「さすがはクレア様」
「これは満点ですね」
「ふふっ、喜んでいただけで光栄です」
ワタは言わずもがな、キースもクーもこの味には大満足。
実はこのクレアさん、料理が大好きなのだ。
「さてお話の続きと参りましょうか。初めにですが、わたくしにはご両家より連絡を頂いております。なので基本的な説明は省いてもよろしいですよ」
「アーヴィン様がご乱心なさった理由も?」
「……信じてはおりません。魔王が人の王と結託するなど、前代未聞ですから」
「だから加わらないと」
「血を流さずに事を収めるのがカーライル家の役目。家紋を裏返すのは残念ですが、しかしまずは穏便に、言葉での解決を探るべきです。それに、マーリンガム家も未だ、王と魔族とが結託しているという、確たる証拠は掴んでいないのでしょう?」
「それは、そうですが……」
「失礼。招かれざる客のようです」
クーが何かに気付き、窓の外を睨む。
すると氷の矢がガラスを突き抜け飛んで来た!
即座に反応したのはまたもやクー。剣の腹でその矢を防いだ。
「い、今のは」「間違いなくあなたを狙っていました。クレア様」
クーの断言に青ざめるクレアさんとメイド。
「んもー! せっかくの美味しい料理邪魔された! ご飯は楽しく食べるものなの!」
「ワタちゃんお怒りだね。それじゃ片付けますか」
「ええ。行きましょう」
「むー! 《今割れたガラスは元通り》にしておく!」
ちゃっかり直しておくワタ。おかげで料理に降り注いだガラスも綺麗に消えました。
玄関から外へと飛び出した三人。
通行人は逃げており、それなりの安全は確保されている。
「おぉっと、へへっ。予想外の大物が掛かったぜ」
声の主を探す三人。最初に見つけたのはワタ。
「いた。正面建物の上」
「……魔族だな」
「ですね」
「おうよ。へへっ」
ヘラヘラとした笑い方をする魔族の男。年齢はまだ若いと思われる。
格好良く三階建てのマンションから飛び降り《能力消去!》ようとして、ワタが能力を消したせいで思いっきり地面に激突。
「だ、大丈夫か?」
「うぅ……なん……うっ……」
「あーぁあ。……残念ながら気を失っただけのようです。骨が折れているような形跡もありません。全く頑丈ですこと」
人間でも神の加護があれば可能な芸当だが、魔族は元から頑丈なのだ。
「これ、どうします?」
「とりあえずは縛ってから「口封じ」ってワタちゃん大胆!」
「私怒ってるもん。食事邪魔されたのもだけど、この人はクレアさん殺そうとした。島のあいつは偶然なの分かってるけど、こいつそうじゃないもん」
「……まずはクレア様に聞いてからね?」
魔族は縄で縛り上げてから、さらに鎖でぐるぐるに。ワタがやりました。
「信じられません……まさか……」
頭を抱え、手が震えているクレアさん。
セルウィン、マーリンガム両家は武術を重んじる、いわば体育会系だ。一方カーライル家は知力に秀でるが、武力に関してはからっきしの文系。
敵を力で捻じ伏せる両家とは違い、カーライル家にとって魔族が仕掛けてきたという事実は、死刑宣告にも等しい事態なのだ。
「ねー、魔族が来たのって初めてなんですか?」
「え、ええ……」
「おかしくない? それ」
ワタの疑問に、答えられないクレアさん。
それに答えたのは、キースだった。
「ルパードから伝言です。平和の代償は高い、と」
「……そういうことでしたか。わたくしとしたことが……」
うなだれるクレアさん。
ルパードからの伝言は、カーライル家が魔族の攻撃に無頓着でいられるのは、裏でマーリンガム家が守護しているからだ、という意味。
当然ながらワタは分かっていないので、クーが耳打ちして教えております。
「……クレアさん。あなたはいつまで殻に閉じこもって、いつまで見て見ぬ振りをして、いつまで自分を辱めるんですか?」
「自分を……」
顔を上げたクレアさん。その目線の先に見えるのは、メガネの奥にある、至極冷静なワタの瞳。
クレアさんにとってそれは、自身を奮い立たせようとする神の啓示に思えた。
「……はぁ。わたくしはヨーフォーの領主ですものね。この程度で音を上げてたまりますか。さあっ! まずはこの魔族ですね」
膝を叩き気合を入れるクレアさん。
一方の魔族の男は、まだ失神中。
クレアさんは魔族の目を覚まさせようとキッチンへ行き、コップ一杯の水を持ってきた。
「あ、喉渇いてたんだー」
「え?」
何事も無いかのように横からワタがコップを奪って一気飲み。
でもこれ、分かってやってます。
飲み終えたコップをテーブルに置き、ワタ自らが魔族の頬をツンツンし始めた。
「ねークレアさん」
「あ、はい」
「私の見てるところでそーいうこと、してほしくないなー」
「……ごめんなさい」
えも言われぬ威圧感を発揮するワタ。
キースとクーもたまに”キレるワタ”を見ているので、肝が冷えた。
しばらくしてようやくお目覚めの魔族。
しかし暴れるようなことはせず、既に悟っている表情。
「……チッ。見世物にすんならさっさと殺せ」
「そうは行きません。貴様には色々と吐いて頂きますからね」
「へへっ、そうそう簡単に口を割ると思ってんのかよ? だから人間は……」
「それでは拷問といきますか。マーリンガム式の”ドギツイ”のをね」
「はい待った。私そういうの嫌いだから」
「……でもね、これは必要なことなんだよ」
「だーかーらー、そーいう決めつけが嫌いだっての! こんなの《この魔族は秘密を全部喋っちゃう》ってやれば済むんだから」
「いやぁ……負けました、ハイ」
お手上げのキース。
クーは苦い表情で、クレアさんはいまいち掴みきれていない。魔族の男は何がなんだか分からないといった表情。実際これだけじゃ分からないと思いますけど。
「それじゃーまず私から。あなたどこの魔王の部下?」
「んなのスリーエフ様に決まってんじゃねーか」
当然の答え。
ワタは、後はどうぞという感じにクレアさんに手を差し出し、一歩下がった。
「では尋問いたします。貴様はどの部隊に所属している?」
「だからー、そんなのアサシンだなんて言うはずがねー……じゃん?」
言ってから(あれ?)という表情をした男。
「スリーエフとアーヴィン様との関係は?」
「しっ……しらねーよ。人間の王が魔族使って大陸統一しようと考えてるだなんて……お前ら何しやがった!?」
「答える義務はありません。では魔族側の狙いは?」
「……もう何も喋らねぇ。喋ったら疲弊した所で後ろから騙し討ちする気だってこと喋りそうだもんな。……おいっ! 何だこれ!?」
口が勝手に言葉を喋ってしまうという、当人にしてみれば自白剤を飲まされたか、洗脳されたかとしか思えない状況。
男は口を押さえようともがくのだが、一切の自由を奪われている状況では何もできない。
その後も尋問にもがき苦しみ、果ては泣きながらも言葉が止められない男。
まさに生き地獄。
「ふう。こんなものでしょうか。最後の質問です。まだ何か隠していますか?」
「……もう何もない……ほんと……殺して……頼む……」
「ではわたくしからの尋問は以上です」
ここで再びワタ。
「ねえ、本当に死にたい?」
「人間からこんな辱めを受けるんなら……死んだほうがマシだ……」
「死んだらなんもなくなるよ?」
「元より生きてるつもりはない! ……いいこと教えてやるよ。アサシン部隊は捨て駒だ。ここで生きながらえても次で死ぬ。そういう部隊だ」
「生きたいと思わないの?」
「価値観の違いって奴だよ。人間と魔族とじゃ何をどうやったって分かり合えねーよ。分かったらさっさと殺せ。俺にもう恥をかかせんじゃねーよ……」
「……うん。分かった」
「ねえキースさん、クーさん、クレアさん。この人の命、私が握ってもいい?」
静かなワタの声に、三人ともが理解した。
ワタの最後の質問は、男の本心を引き出すためのもの。それが”恥を受けるのならば死んだほうがマシ”だった。
それをワタは受け入れたのだと。
「処理はこちらで行いますから」
「そうだよ。ワタちゃんが手を出すことじゃない」
「ワタ……」
「……多分ね、それじゃダメになると思うんだ、私。さっきクレアさんに言った言葉、私に返ってくる。それに……この人こうしたの、私だもん。ちゃんと最後まで見るよ」
言葉は強くとも、声は震えている。
キースが最初に後ろを向き、クーとクレアさんも続いた。
「……目を閉じて。痛くはしないから」
「お優しいことで」
「優しくはないよ。私がそういうの見たくないだけだもん。それじゃあ、バイバイ」
男はそのまま眠るように心臓を止めた。
ワタは庭のベンチに一人腰掛けたまま、どこを見ているのかも分からない目をしている。
それを家の中から、複雑な表情で見守る二人。
「……ワタちゃん……」
「ショックなんでしょうね。わたしだって最初に人を殺めた時は、手が震えて剣が握れなくなりましたから」
「俺も。次の矢を射られるようになるまで、一ヶ月かかっちゃいましたから」
「……キース、意外と繊細なんですね」
「意外は余計です」
ワタが言ったのならば笑いになる場面だが、この二人ではため息にしかならない。
しばらくワタを見つめていた二人。
するとその視線に気付き、ワタがこちらを見た。そしてふき出した。
「ぶっ! なぁーにふたりしてそんな顔してんの?」
「いやぁ……」「だって……」
目を逸らす二人。
ワタはにじり寄り、窓越しに驚かせようと「わっ!」と叫ぶが、二人とも無反応。
「むー! おもしろくなーい!」
二人が顔を見合わせ、ここはキースが。
「ワタちゃん。俺の時は全部声に出した。それが一番いいとは断言できないけど、ワタちゃんも吐き出してもいいんだよ?」
「……ううん。私の中では整理できたから」「嘘だね」
「ワタちゃんそれは嘘だ。いくらワタちゃんでもそんな早くに立ち直るなんて考えられない。無理しなくてもいいんだよ」
「……ありがと。でもホント大丈夫だから」
ちょっとだけ笑顔を見せ、そして何事もなかったかのように玄関から入ってきたワタ。
”触るな”というような雰囲気もなく、本当に普段どおり。
それが余計に二人とクレアさんの心を抉るのだが、そんなことはお構いなしにキッチンでつまみ食い。
そのワタの後ろに、クーが来た。
「ワタ。本当に大丈夫だったとしても、どう大丈夫なのかを説明してもらわなければ、こちらが納得しません。余計に不安になるだけなんです」
「んむんむ……おいしいよ、これ」
「ワタ!」
「分かってるって。……想像できてたから。想像とは少し違ったけど、やっぱりこうなんだなぁって。それにあの人、静かな顔だったから」
「私おじいちゃん子だったんだけど、ジジ様はもう死んじゃってる。みかん喉に詰まらせて、私の目の前でね。だから苦しむのは見たくない。けど、人が死ぬっていうのは分かってる」
「それことれとは」「同じ。ジジ様にみかん食べさせたの、私なんだもん」
「しかし」「みんな心配してくれてること、分かってるよ。だから、私が大丈夫だってことも、分かって」
余計な力の入っていない、素の笑顔を見せるワタ。
泣いたのはクーの側だった。ワタを抱きしめて、頷きながら瞳に涙を溜めた。
その夜、三人はカーライル家を囲むように立つビル群にあるホテルに宿泊。
宿泊費はタダ――というか、ホテル自体がカーライル家の持ち物である。
クーの部屋にクレアさんがやってきた。
「突然どうしましたか?」
「皆様方の前でお話しすることではないと思いまして」
「……まあ、どうぞ」
クーが紅茶を出し、テーブルを挟み向かい合う二人。
「わたしにだけの話ということですよね?」
「はい。アンダーフィールド家とカーライル家との繋がりについてです」
「昼にも申し上げましたけど、わたしは祖父母からも両親からも、何も聞かされていません」
「ええ。恐らく閣下はわたくしたちに迷惑がかかるのではないかと、お気を使われたのでしょう。単刀直入に申します。アンダーフィールド家とカーライル家とは、親戚同士なのです」
「……親戚同士?」
「話ははるか昔にさかのぼります――」
――はるか昔、セント・フィリス王国の危機。
セント・フィリス王国はアンダーフィールド家が脈々と王と受け継いできた。
しかしある時、後継者不在という事態が発生した。三人の子が産まれたが、そのすべてが女児であり、将来の王となる男児が産まれない。
さらにはそのことにひどく傷付いた王妃が自殺未遂まで犯し、子を産めない体になってしまった。
そこで一計を案じたアンダーフィールド家は、以前から親交の深かったカーライル家を頼った。
カーライル家の出した答えは、とんでもないものだった。
「娘が双子を妊娠しておりますので、それが男児であった場合、片方をお譲り致します。後に姫殿下と子をなし、そちらを後継者としてはいかがでしょう?」
見返りはひとつ。姫を一人、カーライル家に嫁がせること。
当時であっても倫理観に欠けるこの提案。だがアンダーフィールド家はこれを飲んだ。
それほどにまで逼迫していたのだ――。
クーはこの如何ともしがたい話に、眉間にしわがよっている。
「娘は元気な双子の兄弟を出産し、兄が王家へと引き取られ、そして弟の許嫁に王家からも姫が我が家へとやってきたのです」
「……そんなこと……遺恨を残すに決まっているじゃないですか!」
「ところが、両家共にこのことを子供には包み隠さず話し、そしてお互いがより親密に交流を続けたのです。結果両家共に良好な関係が続き、アンダーフィールド家はクーさんにまでも繋がり、我がカーライル家も健在。交流が途絶えたことは残念ですが、しかしクーさん、あなたがわたくしの前に現れたことを、わたくしは運命であると感じております」
「……再び、交流を始めようと?」
「はい」
「カーライル家の本家はまた別のところにありまして、現在は我が娘が執務を取り仕切っております。なのでこの家はわたくし専用の離れのようなものなのです。よろしければ明日にでも、娘と会ってくださいまし」
「……話は分かりました。しかしわたしは今、ワタたちと共にあります」
「ええ、昼のことでお二人がワタさんをどれほど大切に想っているのか、痛いほど伝わりました」
「い、痛いほど……」
ワタに抱きつき泣いた自分を思い出し、ちょっとだけ恥ずかしくなるクー。
「わたくしも腹を決めなければいけません。ワタさんのあの言葉を、我がカーライル家は否定できない。従いましてわたくしも本家へと出向きます。その時に皆様方もご同行ください」
「……分かりました」
「それから一つ質問なのですが」
「なんでしょう?」
「……ワタさんは、一体どのような方なのですか?」
「ふふっ、それは難しい質問ですね。少なくとも今日のワタは、本調子ではありませんよ」
あえて含んだ言い方をしたクー。
クレアさんは余計に混乱するばかりだった。
一方こちら、キースの部屋。何故かワタもいる。
キースはワタに頼んで無線機を創造してもらい、兄ルパードと連絡を取っているのだ。
「……やっぱりそういうことか」
『ああ、そういうこと。セルウィン家とこちらが襲撃されたので、そちらにも日を置かず襲撃者が現れると踏んでいた。まさかキースたちの手を借りることになるとは思わなかったけれどね』
「そういえばあいつが”予想外の大物が掛かった”って言っていたけれど、俺たちのこと、国王様は気付いてるの?」
『半々って所だね。イスル君が調べてくれているが、知られていると思って行動すべきだと進言するよ』
ため息の出るキース。
もしも知られていたのならば、当然敵が押し寄せることになる。
ただでさえ武力に乏しいカーライル家。自分たちがいることで大変な事態に見舞われかねないと危惧しているのだ。
途中、扉をノックされた。
「クーです」とのことだったので、ワタが扉を開けた。
「クレア様が明日、カーライル家の本家へと向かうので、同行してほしいと」
「だって」
「分かりました。マーリンガム家としてもそのほうがいい。兄さんもそれでいいよね?」
『了解したよ。……僕は顔を出さないからね』
「ははは、あれは一生ものだよね」
『忘れたくても忘れられないさ』
意味深な兄弟の会話。
そのままクーは部屋の中へ。
「男部屋に女性が二人。何も起こらないはずがなく……」
「起こらないから!」「あはは!」
『ははは! こっちにも聞こえているよ?』
「もー……じゃあね兄さん!」『はっはっはっ!』
無線を切ったキースは、ため息をしつつ若干赤面。
そしてこんな冗談の言えるワタに、クーも一安心。
「ワタ、クレア様があなたのあの言葉に驚いてらっしゃいましたよ」
「あのって?」
「いつまで殻に閉じこもって、いつまで見て見ぬ振りをして、いつまで自分を辱めるのか」
「あー。あーれーねー……」
カバンをごそごそし、取り出したのはあのラノベ本。
パラパラとページをめくり、とある部分を指で示した。
「ここ。前の話で仲間が死んじゃって、トラウマになった主人公が戦いから逃げちゃうんだ。んで、主人公を立ち直らせるのにクレアが使った台詞がそれ」
「クレア様が?」
「あー違う違う。この本のメインヒロイン。こっちのクレアさんとは違うよ。だけどこっちのクレアさん見てたら、この台詞が一番だなって」
「……当人には言わないほうがいいですね」
「あはは、私もそう思う」
強い言葉の裏には、元ネタが転がっているものです。
「……ところでお二人さん。いつまで男の部屋に入り浸るおつもりで?」
「きゃーおそわれるー」「きゃーえっちー」
「誰が襲うか! 誰がエッチじゃい!」
「きゃー股間の弓矢に射抜かれちゃうー」
「全年齢対象で何言っとるか!! もう怒ったぞー!!」
「きゃー」「きゃー」
なんだかんだでキースもクーも楽しんでいる様子です。
深夜。
キースの部屋に訪問者。静かなノックだったがキースはすぐに気付き、ドアの前へ。
「どちら様?」
「……私」
ドアを開ければ暗い表情のワタ。キースは(やっと来た)と思った。
昼間のことでワタが相談に来るだろうと踏んでおり、起きていたのだ。
キースは笑顔でワタを部屋へと招き入れる。
「……色々……飛ばして、本題。いい?」
「どうぞ」
「それじゃ……魔族ってなに?」
「ようやくだね。そこ座って。紅茶でいいかな」
ワタは紅茶には手を付けず、代わりにキースが紅茶をすすりながら、それを語り出す。
「魔族というのは、有史以前から人間と対立してきた種族、言い替えれば人間の天敵だよ」
「ユーシ以前ってずっと昔からってことだよね? なんでそうなってんの?」
「なんでと言われても、さすがにそこまでは俺も知らない。ただ人間と魔族とは、お互いがお互いを嫌い合い、そして交わることはない存在だ」
「……仲直り不可能?」
「不可能。ワタちゃんの言いたいことは分かるけど、それはこの長い歴史の中で、当然何度も試されて、そして何度も失敗してきている。きっとその数は10や20なんて数字じゃ収まらない」
「でも……」
「それから、人間と魔族とでは価値観が大きく違うんだよ。この世界は命が軽いって言ったけど、それでも人間は命に価値を見出している。でも魔族は違う。魔族にとっては階級やプライドが一番で、命はその付属品でしかない。昼間の彼を例に言えば、彼は命を対価にプライドを守ったんだ」
「……島の魔族は?」
「彼は人間に、この場合姉さんに命を救われる恥よりも、島で起こったことを上に報告し、無用な争いを避けることを選んだ。9番魔王があの情報に価値を見出せば、彼は腕を失った以上の見返りを手に入れてもおかしくはない」
「……それっておかしい。私でも分かる」
「残念ながら、それをおかしいと思わないのが魔族なんだよ」
「……だったら教えて。私、どう考えればいい?」
「島の魔族も今日の彼も、ワタちゃんのおかげでプライドが守れた」
「納得できない」
「けれど、事実そうなんだよ。そして、だからこそ俺たちは容赦をしない。容赦をすれば魔族はプライドのために自ら命を捨てる。人間の持つ価値観は、それを許さない」
「……分かった。じゃ、部屋に戻る」
「そこまで送るよ」
本当にそこまで。キースがドアを開け、ワタはやはり納得できないという思いが如実に表れている表情でそのドアをくぐった。
そして最後に振り返り、こう一言。
「この世界って、狂ってるね。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
この言葉に自分の価値観が揺るがされ、今度は本格的に眠れなくなるキースだった。
諸事情により、次回投稿遅れる……かもしれません。
追記:次回投稿遅れ……ずに済みました。2月1日投稿予定です。