17 ブラック会社の言い訳みたいでイヤだ
島の制圧と大ダコ退治を終えてから三日後。
この日、ワタは港へ。当然ながら保護者として二人も同行。
港でオンボロ帆船を探すと、すぐに見つかった。
「おっ! ワタちゃんじゃないか」
「おはようございまーす。今いい?」
「ああ、休憩中だから構わないよ」
船長とはすっかり仲良しになったワタ。
ワタは船員を全員召集。
「報酬に船あげるって言ってたでしょ? その約束で来ましたー」
「おおおっ!」
盛り上がる一同。
ワタはあの後すぐに船を作って渡すのではなく、少し待ってもらっていた。
その理由だが、使い切りのオーバーテクノロジーにならないようにとワタなりに気を利かせ、その間に勉強をしていたのだ。
この世界はスクリュー船よりも外輪船のほうが多く、そしてエンジンの燃料は魔車と同じく魔力。船体は木製から鉄製への過渡期である。
「スマホで調べたら本当はスクリューのほうがいいんだって。だからみんなに渡すのは、鉄でスクリューの船。エンジンとかはこっちの世界に合わせるよ」
「こっちはお任せするしかないから、なんとも」
「そう? あ、でもリクエストあったら聞くよー。私めっちゃ張り切るよー」
船員たちは早速会議。しかし意外とあっさり答えが出た。
「今の船はボロいせいで寝心地悪いしキッチンも狭いしで、利便性も居住性もほんっ……っとに悪いんだよ。だからそういうところを改善してほしい」
「それは当然そうなるよ。それ以外は?」
「そ、それ以外……もいいの?」
「うん」
大盤振る舞いというよりは、むしろ船員の要求が当たり前の範囲なのだ。
その後も会議は続き、結論が出たところでワタの出番。
「おっけー任せなさーい。んじゃ今出すねー」
「え、出す?」
「うん。私そういう能力持ってるから。それじゃーいっくよー!」
《船員さんたちの要望どおりの船》
海上に突如として現れ、着水時に大波を立てる新型船。
白い船体に喫水線から下は赤という、現実世界でよく見るカラーリングだ。
何だ何だと漁師や他の船員たちも集まり、皆一様にワタの作り出した船に驚愕している。
「はい。これからはあれが船長さんの船だよ」
「……すげー……」
「ふひひー。でもねー、中が本番だよ?」
「そう……だよな。そうだよな! いよぉーし! 乗り込むぞ!」「おおおー!!」
小船を横付けし我先にと乗船。
何故か周囲の暇そうな漁師たちも乗り込んで、船上はパーティ会場と見紛う状況。
「ワタちゃん、もしかして橋の時と同じ?」
「えへへー」
キースの質問にワタは照れ笑いを浮かべつつ、スマホの画面を見せた。
そこには遠泳漁業用の大型漁船の写真。
「あーこの船とそっくり。これを参考にしたんだね」
「うん。こうやって画像があれば想像しやすいから。スマホ充電できてホント良かった」
「これからもお世話になりそうですね」
「ですね」「うん」
ワタは操舵室へ、キースとクーはそれぞれ別行動。
操舵室には目を輝かせて操舵マニュアルを読む船長と、便乗している人々。
ワタの心遣いが炸裂し、しっかりと各所にマニュアルを配置してあるのだ。
「どう? 読めてる?」
「バッチリ。いやぁー……正直に言うと、ワタちゃんから話を聞いた時は期待していなかったんだよ。あいつよりは良くなればいいかなくらいにしか思ってなかった。なのに……んうゎ~」
感激で文字通り言葉が出ない船長。目が潤んでいる。
ワタも笑顔が止まらない。
「さてさてー? 船長さん、船に乗ったんだから、次やることは?」
「……出航、だな!」
マニュアルを読みながら汽笛を鳴らし、周囲の船が一斉に退避。
船内用のスピーカーも完備してあるので、船長から二時間程度の練習航海に出発すると放送が入った。
ワタは甲板に戻り、丁度船室から出てきたクーと合流。キースは”男の子”に戻り、まだ船内で目を輝かせている。
「ワタ、優しいんですね」
「なんで?」
「それは、こんな立派な船を差し上げるんですから」
「んー……私多分、優しくないよ。本当に優しいなら一生遊んで暮らせるお金あげると思うし」
「それは違いますよ。お金だけが価値ではありません。人は求められてこそ自分の価値を見出すんですよ」
「……私にわかると思って言ってる?」
「ふふっ、いいえ。でもワタも、頼られれば頑張るでしょう? そして頼ってきた相手が笑顔になれば、自分も笑顔になる」
「それは……でもそれってブラック会社の言い訳みたいでイヤだ」
「あっははは!」
こうして練習を兼ねた処女航海に出発。
ワタにとっては楽しいクルージングとなり、また自分の仕事にも大満足している。
その後は船長の放送どおり、二時間で練習航海は無事終わり、港へ。
あのオンボロ帆船だが、ワタの提案で魚の住処として海中に沈められることとなった。
これもまたスマホからの知識である。
そのさらに数日後。
ワタたちはまたもや海の上にいた。
ワタたちはルパードの命令で、マーリンガム家所有の外輪船で、ステージ王国南端の都市『ヨーフォー』へと向け航海中。
ヨーフォーは御三家の一つ、『カーライル家』の領地だ。
ワタたちがヨーフォーに出向く理由だが、領主のカーライル家がセルウィン家とマーリンガム家の動きに対し、慎重な姿勢を崩さないので、ワタが直接説得するということになったのだ。
船旅は六日間の予定で、ヨーフォーでの滞在日数は未定である。
「ワタちゃんよくオーケー出したね。イヤだって言うと思ってた」
「おつかいイベントは基本でしょ? まー多すぎたら怒るけどね。それに南の街なんだから泳げそうだし」
「……ギリギリだろうけどね」
「ギリギリって?」
「いやー……姉さん」
「ここでわたしですか? まあどちらにせよすぐに気づくことですからね」
「ワタの世界では北と南、どちらが暖かいですか?」
「南。……あっ、もう分かった。反対になってるんだ」
「はい正解です。この世界では北に行くほど暖かくなり、南に行くほど寒くなります。そしてヨーフォーはこの大陸の南端に位置していて、冬になれば港が凍り付きます」
「……それはそれでアリ!」
「あっははは」「はっはっはっ」
能天気女子中学生にとってはどちらも等しく価値あるものなのだ。
しかしワタにとっては暇な船旅。
自重はしているが、(なんか起こらないかなー)と考えている。
「ねえキースさん。やっぱり海にも魔獣っているんだよね?」
「いるよ。でもそこいらは姉さんのほうが詳しいですよね?」
「キースよりは詳しいですよー」
「ははは……」
普段いい所をキースに取られっぱなしなので、ここぞとばかりに嫌味を言うクー。
――海の魔獣について。
海に生息する魔獣は、そのほとんどが海洋生物が巨大化した”だけ”である。
なので生態もほぼ変わらず、そして種類によっては食べることも可能。
しかし当然ながら、こちらから攻撃を仕掛ければ相手も反撃するので、魔獣を漁の相手にするのは危険すぎて誰もやらない。
あの大ダコに関しては、普通のタコ自体が高度な知能を持っているので、魔族も飼いならすことが可能だったのである――。
「つまりこちらから手を出さない限りは安全です」
「へぇー。それじゃー海のほうが安全なんだ」
「……とも言い切れません。そこはキースにお譲りします」
話を振られたキースは咳払いをして、偉そうな態度。
「んんっ。それではー、この世界の海において魔獣以外で危険なことを「海賊じゃない?」うぅー先言われたぁ……」
「じゃなくて、あれ!」
「……え?」
遠くに、後部に外輪を持つ船が一隻。
真っ黒い船体に、ご丁寧にもドクロマークが描いてあり、進路はこちらへと向いている。
とりあえずワタはスマホで一枚記念撮影。
「あー、確かにあれは海賊だね」
「驚いてない?」
冷静すぎるキースに、ワタがツッコミを入れた。
「うん。この世界は海賊が多いんだよ。そして多いなりにそれぞれが襲う相手を決めて、かぶらないようにしてる」
「あれは?」
「んー……多分この船を襲う気なんじゃないかな?」
「にしては余裕」
「ははは。だってこっちはマーリンガム家だからね」
キースはまるで近所の子供に出会ったかのように余裕の表情。
クーも軽く準備運動はするが、殺気は一切ない。
―――――
その頃、お相手の海賊船では?
「くくく、おあつらえ向きのカモがいたもんだ」
「ターゲット進路変わらず。こりゃ楽勝っすね」
余裕ぶっこいているのは海賊も同じでした。
しかし?
「船長、あいつ花の紋章つけてる」
「花の紋章?」
見張り役から連絡が入る。しかし船長はその意味を理解しきれていない。
最初に副船長がそれが家紋であると気付いた。
「あっ! 船長、やつらマーリンガム家かもしれねーぞ!」
「マー……っジかよ!? おい! もう一度よく確認しろ!」
「待ってー……間違いねーです! 五枚の花びら、それが三本です!」
「船を止めろ! 白旗上げろ! 急げえええ!!」
―――――
ワタはよく見ようとピョンピョン跳ねており、キースとクーは余裕。
そんなキースが最初に、マストに白旗が上がるのを確認。
「あ、白旗上げた」
「なぁーんだ、せっかく海賊狩りができると思ったのに。根性のない海賊」
「姉さん危険だなぁ、ははは……」
中には白旗を上げつつ攻撃してくるえげつない海賊もいるが、今回のお相手さんは停船し、ただただ嵐が通り過ぎるのを待つのみ。
こちらも相手している暇はないのでそのままスルーでした。
「って、それでいいの?」
「いいのいいの。マーリンガムだって無闇に血は流したくないからね」
「……そんなに強いの? この船」
「姉さんがスキル使えば一撃だし、そうでなくても船員はみんなマーリンガム家に仕える者だ」
「あー、納得」
マーリンガム家に侵入を試みる者はあれ以降も途切れないのだが、そのことごとくを返り討ちにしている。
それはワタも知っているので、”マーリンガム家に仕える者”の強さも当然知っているのだ。
だがそれでも向かってくる愚か者もいる。
「攻撃してきたね」
「ワタちゃんもすっかり冷静だ」
出航から五日目。
毎日のように海賊と出会うのだが、こちらがマーリンガム家だと分かれば皆白旗を上げてきた。
だがこの日、ついにこちらを砲撃する海賊が現れた。
相手はかなり使い込まれた感のある、赤い船体に黒いマストの帆船。ベテランだ。
「ではわたしも」「ちょっと待った」
「……わたし、ただでさえ出番少ないんですよ?」
「ははは、ごめんなさい。でも、姉さんはワタちゃんを守っていてください」
ワタに違わず頬の膨れるクー。
一方のキースは操舵室へ。
「船長、どんな按配ですか?」
「無視して逃げ切ってもいいですけど、そうなると入港が真夜中になります。ヨーフォー港は浅瀬に囲まれているので、夜には近付きたくないというのが本音です」
「そうですか。それじゃー……お相手して差し上げますか」
「では準備いたしますね」
焦る様子は一つもなく、じゃれてきた子猫をあやすかのような雰囲気。
この船には大型の拡声器が積まれているので、それを使って相手に最終通告。
「そこの海賊船へ告ぐ。こちらはマーリンガム家だ。即刻停船しろ! さもなくば撃沈する!」
そのお返しとばかりに砲弾が飛んできて、クーが《エアブラスト》を当てて撃ち落した。
「停船の意思なし。全乗員戦闘開始!」
船長の声が響き、乗員が大型の弓矢などの遠距離武器を持って甲板へ。側面に大砲もあるので、一斉に砲撃が始まる。
「それじゃ俺も参加します」
「あまりやりすぎないようにお願いいたします」
「あはは、それは保証できないなぁー」
終始朗らかな雰囲気の操舵室です。
一方こちらワタとクー。
二人はこのあまりの物量差に口が開いたままである。
「おまたせ。よーし俺も頑張っちゃおーっと」
「……え?」
「キース、これはあまりにも……」
「悪いのはあちらですからね。マーリンガム家に手を出した報いを受けてもらいます。命をもって、ね」
笑顔でウインクするキース。ワタとクーは背筋が凍るのを感じた。
あちらの海賊船はみるみるうちに破壊され、キースが構える頃には全てのマストが折れ、すっかり見通しが良くなっていた。
「……あ」
キースが弓を射る前に、こちらの砲弾が船体中央に直撃し大爆発。
海賊船は真っ二つに割れてしまし、そのまま海中へ。
「戦闘終了。本船は航行を継続する」
また船長からの冷静な放送が入り、ワタもクーも口が開いた。
「ね、ねえキースさん……」
「救助はしないよ。助けた所で反撃される可能性もあるからね」
「……こわっ!」
ワタの一言は”至極冷酷なマーリンガム家が”という意味である。
しかしキースは”海賊が”だと受け取り、クーはどちらとも受け取り、勝手に納得している。
そんなこんながあり、六日目の朝には無事にヨーフォー港へと入港を果たした。
『ヨーフォー』はステージ王国の南端にあり、また大陸の南端でもある。
南部に位置する町は他にも多数あるが、ヨーフォーはその中でも一番栄えている。
その理由だが、周辺海域に高級食材の漁場が多数存在し、また背後にあるヨーフォー山が、様々な鉱石の埋まる宝の山でもあるのだ。
このように海洋と鉱物、二つの資源に恵まれた街なので、その建物も立派なものが多い。
甲板に出てきたワタは、ちゃっかり上着を創造して寒さ対策をしている。
「ふいぃーさむー……くない? これじゃ上着いらないじゃん」
「まだ夏だからね。あと10日もすれば一気に気温が下がるよ」
「わたしの格好だと寒いのはちょっと……」
「姉さんは……まあ鎧ですからね」
「んじゃこの上着あげるー」
「あ、いいなー俺にも作ってー」
「えー」「えー」
じゃれ合う三人。すっかり姉・兄・妹である。
ちなみに寒冷地で活動している剣士の中には、鎧の中にモフモフの毛皮を仕込む人もいる。クーも時が来ればワタに頼むつもりだ。
準備も終わり船から下りると、既に迎えが来ていた。
魔車が三台、形も色も違う。
「キース、これは分断するつもりでは?」
「カーライル家がそんな見え見えの手を使ってくることはありませんよ。大体、そんなことをすれば大損害を被るのはあちらですから。……っと言ってる間に」
能天気女子中学生が、あっさりとあちらさんと接触。
「どれ乗ってもいいってー!」
「ははは。例えそうなったとしても、俺たちはワタちゃんに振り回されるだけですよ」
「それもそうですね」
先頭車にはキースが、中間にはワタ、最後尾がクーとなった。
そんな最後尾、クーと運転手との会話。
「何故三台も?」
「見栄です」
「ふふっ、なるほど。納得しました」
御三家同士、意地の張り合いというものが存在する。
今回カーライル家は、魔車を三台付けることで見栄を張ったのだ。
車列は街の中心部へ。
停車し三人が下ろされたのは、何故か一軒のお宅。一般的な民家よりも一回り広い程度だ。
周囲は3階以上の建物が多く建ち、中にはホテルもある。
しかし従者が案内したのは、やはり普通の民家。
「どゆこと?」
「これも作戦のうち。木を隠すなら森の中、領主を隠すなら街の中」
「どーゆーことー??」
頭上に大きなハテナマークを掲げたまま、ワタは民家へと足を踏み入れた。
羊が見栄を張りました。「ミエェ~」
やべー人離れるわこれ